□◆「諸行無常」を、進化につなげる
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┃□◆メールマガジン「負けるな社長!」第35号はここからです◆□
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■河野順一です。
前回34号の、メルマガで、
「人は、口ぐせから老化する 」(佐藤富雄 著 青春出版社)
の話題に触れました。
どうですか、みなさん、実行していますか?
「口ぐせ」を若くして
「加齢」を「華麗」に変えていこうではありませんか!
・・・と語った矢先に、私はやってしまいました。
何を・・・って?
重度の肉離れです。
何か過激な運動をしたから?
と皆さんから聞かれましたが、違います。
■情けないことに、前回メルマガ配信の翌日、
雨で滑ってコケました。
急いで立ち上がろうとしたら、足が痛い。
しこたま打ったせいだろうと、それでも歩こうとしたとたん、
「ブツッ」と、大きく不気味な音がして、ふくらはぎに激痛が走った。
人生61年、さまざまな経験をしてきたものの、
一瞬、何が起こったか理解できませんでした。
それはもう、痛いのなんのって。
家人を伴って、すぐさま近所の病院へ・・・
その診断が、肉離れでした。
■よく、スポーツ選手が肉離れを起こすことは耳にしますが、
こんなに簡単にそれが起こり、
激痛を伴うものだということは知りませんでした。
車の運転など、とんでもありません。
どこへ行くにも松葉杖で、不便なことこの上なし。
痛い箇所をかばうので、身体全体が緊張し、悲鳴を上げています。
約3週間たった今も、車の運転ができません。
どこへ行くにも、お抱え運転手が必要です。
自由が利かないということは、人間を卑屈にします。
よる年波を思わざるを得ません。
■止まれ!
これを口ぐせにしてはならない。
歩けなくなったから、
日頃当たり前と、感謝を忘れがちな、家族の有難さが身にしみる。
歩けないから、日頃、自由が利く健康な身体に感謝できる。
歩けないから、歩けない人の不便さが理解できる、優しくなれる。
歩けないから、身をもって常ならず、「無常」を体感する。
歩けないから・・・・・・。
ケガをマイナス思考でとらえれば、
限りなく落ち込む要因になるものの
アクシデントを、感謝の心を忘れた自分への警告と受け止め、
異なった視点から物事を眺めれば、
それもまた趣があるというものである。
ケガを気にし、常に嘆いていれば
早く良くなるというのであれば、
嘆きに徹するがいい。
しかし、そうすることに効果がないのであれば、
俎上の鯉と、開き直るが勝ちである。
つまり、なるようにしかならないときには、
じたばたしないのが肝要なのだ。
せっかく、動けないのだから、動けないことを楽しめばいい。
人生、日々之に、山あり谷あり。
それぞれの風景を楽しみながら、ゆっくり歩を進めていけばいい。
同じ風景に、感動を共にできる道連れがいれば、なお楽しい。
■6月1日の『解雇・労働時間をめぐる』 実務対策セミナー
までには、完全復帰します。
私は運がいいときに、ケガをしました。
動けない間に、充実して勉強した分
セミナーの内容が、さらにバージョンアップしましたよ。
これも、ケガのおかげ。
みなさん、ご期待ください。
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平成20年5月17日版
ビジネス系ポップフィロソフィー メルマガ
【 「負けるな社長!」⇒ http://jinji-no1.co.jp 】
<第35号>
河野 順一
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※当メルマガは、社会教育家・労使紛争解決アドバイザー
河野順一が、読み、聞き、学び、 考え、そして実践した
<ポップフィロソフィーによる成功の哲学>を、
誌上に おいて配信するメールマガジン です。
▼日々の出来事、私が感銘を受けた書籍や、
言葉もご紹介していきます。忙しい日常の、
一服の清涼剤としてご活用いただければ幸いです。
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<負けるな社長! 今日の言葉>
『 孤独を生きる 』
瀬戸内寂聴
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■人は生まれてくるときもひとり、
もちろん、死んでゆくときもひとり。
愛する恋人がいても、
心から慕う師がいても、
自分のすべてを、赤裸々に打ち明けられる心友がいても
また、にぎやかに明るい家族に囲まれていても、
しょせんは、自分ひとり、人は孤独なものです。
■それを前提として、人には
「孤独に生きる」生き方と、「孤独を生きる」生き方があります。
「孤独に生きる」ほうは、ひとり淋しく、
人生において、日々を悲嘆する生き方をいいます。
常に受身の姿勢で、孤独の原因を周囲のせいにします。
この考え方をする人は依存心が強いため、
人生に幸せを感じる事が極めて稀です。
一方、「孤独を生きる」のほうは、
人生とはそんなものと達観し、
ひとりを楽しむ、余裕を持つ生き方をいいます。
主体的に孤独を満喫しているため、
それ自体に淋しさを感じることはありません。
こちらの考え方をする人は、少しの事でも、
「幸せ」を感じる事ができます。
もちろん、我々がめざすは、後者の生き方ですね。
このように「に」と「を」、
助詞がたった一字異なるだけで、
随分意味合いが変わってくるものです。
■さて、何かをしようとしても、なかなかうまくいかないとき、
「四苦八苦したよ」などといいますね。
この、「四苦八苦」、実は、仏教の言葉なんです。
最初の「四苦」は「生老病死」、すなわち、
生まれる苦しみ、
老いる苦しみ、
病気の苦しみ、
死ぬ苦しみ
・・・・の4つをいいます。
いずれも、人が逃れることのできない苦しみです。
さらに八苦とは、先の四苦と、
愛別離苦(あいべつりく)、
怨憎会苦(おんぞうえく)、
求不得苦(ぐふとくく)、
五陰盛苦(ごおんじょうく)の四苦を合わせたものです。
愛別離苦とは愛する人と別れていく苦、
怨憎会苦とは嫌な人と出会っていく苦。
そして、求不得苦は、欲しいものが得られない苦。
最後の五陰情苦は、
食欲や性欲が過ぎて自制が利かず心が乱れる苦
というものです。
煩悩に生きる、私たち凡夫は、
誰しもこれらの苦を凌駕しようと、
文字通り「四苦八苦」です。
■思い通りにならないことを
思い通りにしようとするから、苦しみが生まれるのです。
こうした苦しみに対して、
人智が及ぶ範囲で最大限の努力をするにしても、
その先は、自然の大きな流れに委ねるしか解決方法がありません。
誰しも、老いがいやだと、時間の経過による物理的な加齢を、
忌避することはできません。
また、死にたくないと、
永遠の命を手に入れることも、不可能です。
生を授かったということは、同時に、
死という終焉に向け、
生の時間を削る作業に着手したことに他ありません。
いつ何時、自分の身に訪れるかわからないものの、
誰にでも必ず訪れる死の瞬間を、日々恐れおののいて暮らすも一生。
限りある人生だからこそ、日々を精一杯生き、
今日一日の無事を心から感謝し、明日への活力につなげるも一生。
健康であろうと、病気であろうと、
今、この瞬間を生きていることに変わりはありません。
どのような場合にも、先のことを思い煩って、
今を蔑ろにするような、愚かな生き方は避けたいものです。
■人は、所詮孤独なものです。
また、生きるということは、苦しみと対峙することです。
それは、何もあなたに限ったことではありません。
しかし、だからこそ慈悲の心を知るのであり、
考え方一つで、何の変哲もない日常生活にも、
幸福を感じる事ができるのです。
心の修養を欠かさず行いたいものです。
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【 今日のお勧め本
「 特定社会保険労務士試験完全模擬問題集 」 】
河野順一 著 九天社
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■平成20年度第4回試験対応、拙著
「 特定社会保険労務士試験完全模擬問題集 」が、
九天社から刊行された。
この本は、近年の私の著書の中でも
最も気に入っている物の一つである。
その理由は、書名こそ「問題集」となっているが、
実際に頻発する個別労働紛争19事例に 対応するための
ノウハウを、余すところなく紹介している点にある。
本書における当初のコンセプトでも、
問題集としての位置づけのみならず、
むしろ、実務への対応をかなり重視して執筆したものである。
社会保険労務士の業務は、いまや1号2号業務だけではすまないことは
現場で、日々、労務管理に苦慮されている
開業社会保険労務士の皆さんなら
簡単にお分かりいただけると思う。
雇用環境や労働者の意識の変化に伴い、
労使トラブルは、いつ、どこの事業所で起こっても不思議はない。
もちろん、開業社会保険労務士の皆さんの、顧問先もしかりである。
これらのトラブルに、迅速に的確に、どう対処するか。
これが、労働法の分野におけるホームドクターたる
社会保険労務士の腕の見せ所である。
■争点は何か!
法の解釈や判例の動向から照らし、
依頼人の利益を最大限尊重するためには、
どのような戦術で、論陣を張るか。
理論武装に手引書は、欠かせない。
こうした視点から、
起こりやすいトラブルの事例を集め、
解決への手引きを凝縮したのが本書である。
取り上げたテーマは、日々のトラブルとして頻発する
雇止め・時間外手当・管理監督者と時間外手当
有期契約と試用期間・退職の意思表示
競業避止義務・配転・経歴詐称・・・・等に
今年度は、「降格」と「年次有給休暇」が加わっている。
■私は近年、厚い本を執筆するとき、
自分が後に資料として使用できるものを作っている。
つまり、これを見れば、
「大概のことがわかる」というものである。
皆さんの、トラブル解決の一助となれば、幸甚の極みである。
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<河野順一の 司法うんちく
『解雇は、使用者が労働者に対してする
一方的な意思表示である』>
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■「監督署から解雇予告の認定が得られなくても
明日にでも解雇予告手当てを支払えば、
その日から懲戒解雇は成立するのでしょうか。」
上記は、ある方から私に寄せられたご質問です。
社会保険労務士の皆さんは、
どのようにお考えになりますか?
■私は、この質問に対して以下のように回答しました。
「『解雇』とは、使用者が労働者にする
労働契約解除の一方的な意思表示です。
したがって、懲戒解雇は使用者の意思一つで、できることになります。
ただ、たんに、労基法20条の解雇予告や、
除外認定の手続が行われていれば、
労働基準法上の違反にならないというだけのことです。
そして、その解雇が、解雇権の濫用になるか否かについては、
裁判所の判断に委ねることになります。」
■これが、まさしく一般法(民法)と、
特別法(労動基準法)の考え方になるのです。
したがって、労働契約を考えるとき、
あくまで民法が主であるということを忘れないようにしましょう。
弁護士などは、労務トラブルを解決する際でも、
まず民法から論理を組み立てます。
労働契約は、双務契約です。
つまり、この場合、契約当事者である労使双方が、
相手に対して、債権債務を有するという契約になります。
労働者は労務提供して、使用者から賃金を得ます。
言い換えれば、労働者は、「労働提供」という債務に対し、
使用者に対して「賃金債権」を有するわけです。
他方、使用者は、「賃金支払」という債務を有し、
労働者に対し「労働受領」という債権を有しているわけです。
■これを前提として、事業主都合による休業を考えてみましょう。
事業主都合による休業とは、労働者が提供しようとする、
「労働提供」債務の受領を、使用者が拒否することになります。
したがって、これは、帰責事由が使用者サイドにあるため
「労働受領」債権の債権者たる使用者の
「賃金支払」債務は免除されません。
つまり、労働者から労働の提供を受けなかったその日についても、
使用者は、通常の賃金を支払わなければならない
・・・ということになります。
■では、労動基準法26条の
休業手当との関係はどうなるのでしょうか。
まずは、条文を確認しておきましょう。
「(休業手当)第26条
使用者の責に帰すべき事由による
休業の場合においては、使用者は、
休業期間中当該労働者に、その平均賃金の
100分の60以上の手当を支払わなければならない。」
確かに、「100分の60以上の手当を支払わなければならない。」
と明文化されています。
しかし、これをして、使用者が労働者に対し、
100分の60これだけ払えば、
残りを免責されるというものではありません。
100分の40については、労働者から請求があった場合には、
当然支払わなければなりません。
つまり、100分の60の支払いは、
労働基準法上の罰則を逃れる効力はあっても、
一般法たる、民法まで免責することはできないということなのです。
もちろん、民法は私的自治が原則ですから、
労働者が残り100分の40につては、「いりません」と言えば、
使用者はその分につき、免責されることとなります。
■お分かりいただけたでしょうか。
このように、労働契約の根拠となる法律は、
労働基準法ではなく、民法なのです。
労働法ばかり勉強していても、それはほんの一部に過ぎません。
木を見て森を見ないのと同じです。
したがって、法律は体系的な学習が必要となるわけです。
こうしたリーガルマインドを身につけなければ、
労働法のホームドクターにはなれません。
皆様のさらなるご活躍を期待します。
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┃ 【本日の、オンリーワンプログラム】
┃
┃ ● 主体的に「孤独を生きる」
┃ ● 労働契約の根拠となる法律は「民法」
┃ ● 「諸行無常」を、進化につなげる
┃
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【編集後記】
■「無常」・・・人生に起こる、すべてのことがらは、
一時たりとも同じ状態にはない。
常ならず。・・・諸行無常。
■これは、仏教のお話です。
昔、貧しい家に生まれ、痩せていた(キサー)ので
「キサー・ゴータミー」と呼ばれていた若い女がいました。
彼女は縁あって、あるお金持ちの家に嫁いだのですか、
なかなか子宝に恵まれず、家族の中にあって
ひとり肩身の狭い思いをしていました。
その後、やっとのことで、待望の男の子が生まれました。
彼女は、かいがいしく世話をし、
愛情のありったけを、子どもに注ぎました。
それは傍目にも美しい、幸福に満ち満ちた母子の姿でした。
しかし、幸せは長くは続かなかったのです。
キサー・ゴータミーは、その幼子を病で失ってしまいました。
母の悲嘆ぶりといったら、それは、それは気の毒で、
周囲はなんと声を掛けてよいのやら、言葉が見つかりませんでした。
しかし、いくら泣いたところで、死んだ子どもは生き返りません。
■そこで、人々が死んだ子供を火葬にするため
運び去ろうとしましたが、
憔悴しきっていたはずの母、キサー・ゴータミーは
何かに突き動かされたように、彼らを制止して言いました。
「息子を生き返らせる薬を探します。
必ず生き返らせて見せます。」
その言葉には、絶望とは対極の
希望すら感じさせる力強い響きがありました。
■そして彼女は、子どもの骸を愛おしそうに抱きながら
あてもなく、蘇生薬を求めて
村の家々を、尋ね歩きます。
常軌を逸した彼女の奇行を、見るに見かねた人が言いました。
「死んだ人を生き返らせる薬など、あるはずがないでしょう」。
しかし、彼女はあきらめません。
一縷の望みをかけて、村中を尋ね歩きます。
そうするうちに、ある人が
「その薬のことは、お釈迦さまに相談してみたらいかがでしょう」
と話しかけました。
藁にもすがる思いで、すぐさま、
キサー・ゴータミーはお釈迦様の元を訪ねました。
そして、「どうか、死んだ子供を生き返らせる薬をお授けください」
と懇願します。
お釈迦さまは、優しくこういいました。
「キサー・ゴータミー。ここに来るまで大変だっただろう。
ご苦労だったね。それではお前の望みどおり、
わたしがその薬を作って上げるから、村へ行って、
白い芥子の実を貰ってきなさい」
と言いました。
キサー・ゴータミーの顔は、希望に満ち、ぱっと明るくなりました。
そして彼女は、すかさずこういいました。
「それならば簡単なことです。すぐにもらって参ります。
それにしても、お釈迦様。
いったい白い芥子の実をどこから貰ってくればいいのですか?」
釈迦さまは、静かにこう答えました。
「芥子の実は芥子の実でも、
死者を出したことのない家の
芥子の実を貰ってきなさい」・・と。
そんなことなら、と母は喜び勇んで、
芥子の実を求めて出かけていきました。
■彼女は村々を歩き回り、家々を尋ね歩きます。
「あの、すみません。芥子の実を分けていただけないでしょう」
家人は快く
「いいよ」
といってくれます。
そこで母は、続けで質問をします。
「お宅では、お葬式を出したことがありますか?」
「ああ、昨年、お袋の葬式を出したよ。」
キサー・ゴータミーの顔は、落胆を隠せません。
次の家も、快く芥子の実を分けてくれるといいます。
しかし、今年おじいさんが亡くなっているそうです。
その次の家も、一昨年奥さんを亡くしたそうです。
その次の家も、またその次の家も・・・・。
もう、何軒の家を尋ねたでしょう。
でも、ここの家だったら・・・。
そう思ってさらに何十件となく尋ねまわりましたが、
結局、死んだ人のいない家を探すことなど、
出来ないことでありました。
彼女は身も心も、疲れ切っていました。
そして、気づいたのです。
「死んだ人のいない家など、ないんだ。
悲しい思いをしているのは、何も自分だけではないのだ。」・・・と。
彼女は極限状態に、冷静さを取り戻したのです。
すぐさま彼女は、お釈迦さまのところへ踵を返します。
戻ってきた母親に、お釈迦さまは優しく語りかけます。
「芥子の実を手に入れることができましたか」
「いいえ、できませんでした。
しかし、おかげさまでわかったことがあります。」
お釈迦様は、再び優しく訊かれます。
「キサ−・ゴ−タミ−よ、いったい何がわかったのだね。」
彼女は迷いのない表情でこう答えました。
「はい、死んだ人のいない家など、ないということを。
そして、愛する者を亡くして、悲しい思いをしているのは、
何も自分だけではないのだということをです。」
「キサ−・ゴ−タミ−よ、よく悟りましたね。
生あるものは必ず死があるのです。
残念だけれど、生き返らせることはできないのですよ。」
■こうして、お釈迦さまの教えを聞いたキサ−・ゴ−タミ−は、
のちに出家して尼僧になったということです。
■「諸行無常」は、仏教用語の中で最もよく知られている言葉です。
すべての存在、すべての物事は他のものと関係しあいながら
刻々と移り変わっていきます。
したがって絶対的に存在するもの
普遍なものは何一つありません。
諸行無常には、どことなくはかない
虚無的な印象があります。
がしかし、宇宙の成り立ちも
生物の進化もすべて「無常」だから起こったのです。
生物は生まれ、死に、進化し、種として知恵を獲得していきます。
無常だからこそ地球は周り、
水と空気は循環し、風が吹く。
四季は移ろい、花が咲きそして散っていく。
この繰り返しが、次の世代に命をつないでいくのです。
人間の身体や精神も、例外ではありません。
今日と明日の自分は、同じようでいて、
決してそうではありません。
だから人は病気になるし、治癒もします。
たとえ大きなダメージを受けても、
必ず回復することができるのです。
七転び八起き、たとえ失敗したとしても
自然の摂理で必ず立ち直れるのです。
■「諸行無常」・・・・
あらゆるものは変化し、同じ状態にとどまることはありません。
人の心も、その生命も・・・・。
「行く川の流れは絶えずして
しかも、もとの水にあらず」(方丈記・鴨長明)
川の流れはいつも同じように見えるけれど、
一点を通過する水に同じものはない。
私たち自身も、常ならぬものであることを踏まえ、
進化を意識し日々精進したいものです。
・・・つまり、仕事も「諸行無常」の例外ではないので、
絶えず、新しい知識の仕入れが必要になります。
いくら高い本を買っても、いくら高いセミナーに参加しても
それが、5年前、10年前の内容では、
スピーディーな情報化社会に太刀打ちできません。
これは、いくら高度な機能がついた高価なパソコンを買ったとしても
3年ほどで、新しく発売されたパソコンに
太刀打ちできなくなるのと同じことです。
知識とは、旬のものを、旬のうちに習得してこそ
真の価値があるのです。
したがって、みなさんも「諸行無常」で、
常にバージョンアップを心がけてください。
合掌
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