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2008/06/30

映画批評0066(番外編)「ストップ!温暖化」

■□映画批評と物語構成論0066□■


  今回は番外編……

      Short Shorts Film Festival & Asia 2008
              『ストップ!温暖化』部門を考察する


◇ ◇

 東京は原宿を拠点にして“Short Shorts Film Festival & Asia 2008”が
開催され(08/06)、その目玉の1つとして『ストップ!温暖化』部門が新設
され、全世界、計307作品の応募のなかからコンペティションに選ばれた
全13作品が上映されました。
          参照URL:http://www.shortshorts.org/2008/

『ストップ!温暖化』というのはつまりは「エコロジー」のことであり、で
は「エコロジー」をテーマにして(短編)映画を想定した場合、その物語パ
ターンにはどのようなものが考えられるでしょうか?

    ○現状を嘆く・訴える・列挙する
       (いまと昔の自然の風景を比較)
       (国別CO2排出量などの数値をプレゼン、など)

    ○現状を改善するアイディアを【漠然と】提案する
       (「考えよう、いま私たちにできること」)

    ○現状を改善するアイディアを【具体的に】提案する
       (エコバッグを持ち歩こう)
       (冷房の温度を28度に設定しよう、など)

    ○温暖化した未来をブラックジョークとして描く
       (だからいまのうちから気をつけよう)

 上記3つはドキュメンタリーに分類されかねず、その内容は政府広告的で
もあり、フィクションとしての「エコロジー」を考えるならば、その物語パ
ターンは「ブラックジョーク」しかないようにも思われます。

 温暖化した未来をブラックジョークとして描くことで、いま現在をかえり
みる。

 ブラックジョークという方法は、それ自体がオチとして作品全体を大きく
動かすと同時に、「エコロジー」という説教臭くなりかねないテーマをジョー
クとしておもいきり茶化すことでその説教臭さを払拭しつつ、現状への痛烈
な批判としても機能する。ブラックジョークはかくも便利で有用なのです。

 しかしながら今回優秀賞を受賞したチリの『二つの氷山/Two Icebergs』
という作品はブラックジョークともすこしちがって、温暖化した未来を前提
にして人間ドラマが展開する──土砂崩れにより底なし沼状態で生き埋めに
なった2人の男が、人生の最期におのれの人生を後悔する──という「温暖
化した未来」という設定がなかったならば同部門には相応しくなかったかも
しれない、しかし表現力と説得力に長けた作品でした。

「ストップ!温暖化」部門がまだ第1回目であるにもかかわらず、この作品
だけがいきなり1本ズバ抜けて、普遍的な物語を展開していた。だから優秀
賞を獲得したのでしょう。

 だからといってブラックジョークが劣るわけではなく、それは審査員の好
みもあるでしょうし、また、フィクションには(意識的・無意識的に)現代
性を取り込んでしまう性質があるのだとすれば、ブラックジョークこそがシ
ニカルに現代性を反映させるはずでもあり、「エコロジー」をテーマにして
今後ほかにどんな物語が創造しうるのか?──興味は尽きません。

                             (おわり)


◆ ◆ ◆                        ◆ ◆ ◆


  次回は『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』
    ──インディ・ジョーンズは現代性を反映しているのか!?
       について検証します。


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