■第372回 意識の近代化(その1)(台湾史入門その86)
■第372回 意識の近代化(その1)(台湾史入門その86)
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板垣退助といえば、土佐(現在の高知県)出身で明治維新で活躍しました。
その後の自由民権運動の指導者の一人です。
暴漢に襲われたときに「板垣死すとも、自由は死せ」叫んだといわれてい
ます。
かつては紙幣の肖像に描かれました。
その板垣退助が台湾近代史に登場します。
第1回から第221回までのバックナンバー一覧は、下記をごらんください。
http://blog.mag2.com/m/log/0000183170/108501028.html
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●板垣退助の登場
1913年、林献堂が日本内地へ旅行し、東京で板垣退助を訪問しました。
訪問の目的は、内地の政治家と連携して台湾人の権利取得を図るためで
した。
林献堂は板垣に「ぜひ台湾を訪問して、実情を見てほしい」と懇請しまし
た。
板垣は明治維新の元勲、功労者であり、当時は伯爵の爵位を持っていまし
た。
●維新の元勲、台湾訪問
その元勲が台湾を訪問しました。
1914年2月、西来庵事件が勃発する前年でした。
板垣の滞在期間は16日間でしたが、各地で講演会を開き、演説しました。
内地の第一級の政治家の来訪ですから、いずれの講演会場も多くの台湾人
が入場しました。
板垣は持論の『大アジア主義』を前面に押し出して、下記の内容を聴衆に
訴えました。
日本人はアジアの一員として中国と提携して、欧米の勢力と対抗し
なければならない。
この台湾は中国と最も近い位置にあり、日本と中国の融和に適して
いる。
そのためには、台湾在住の内地人(本国人)は本島人(台湾人)の
生命、財産、そして人権を尊重しなければならない。
私の今回の台湾訪問の目的は、台湾の現状、特に内地人と本島人の
格差を調査し、内地と台湾の同化を促進することである。
この板垣の演説に台湾の文化人グループの期待は高まりました。
内地に戻った板垣は、同年7月、「台湾統治の基本は、同化主義である」
として、本島人に内地人と同じ権利を与えるべきであるとの結論を発表しま
した。
その手段として、『台湾同化会』の設立を唱えました。
『本島人に内地人と同じ権利を与える』が台湾文化人は魅力がありました。
台湾文化人は、もはや武装抵抗の時代ではないと考えていたのです。
●『台湾同化会』が発足
板垣と林献堂の間で具体策が検討されました。
同年12月20日、板垣が再度台湾を訪問し、『台湾同化会』の発会式が
台北で挙行されました。
板垣が総裁となり、評議員として林献堂を始めとする台湾文化人が名を連
ねました。
『台湾同化会』の主張は、教育の機会均等と『六三法』の撤廃です。
『六三法』とは、総督府による統治が確立していなかった1896年、台
湾総督府が独自に法令を発布してもよいとする法令です。
正式名称が『明治29年法律第63号』であるため、『六三法』と呼ばれ
ました。
帝国議会で成立した法令ですが、台湾総督府の『力による統治』を合法化
する目的があったといわれています。
では、台湾総督府は『台湾同化会』をどう見ていたかは、次回に語ります。
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■ 歴史好きの素人が語る歴史(第372回)(2008年04月11日号)
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