「ちょっと一言」当たり前の生活ができる幸せに感謝する
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「ちょっと一言」 こころの栄養 2007/11/11
第89号
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■皆さん、こんにちは。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今日は「当たり前のこと」についてお話しします。
■いつもは、まったく気には留めないことのありがたみが、ある
ことをきっかけによく分かることがあります。
今回は、少し汚い話をします。
そう、トイレの話です。
平成7年1月の阪神淡路大震災のときのことです。
私は、当時会社勤めをしていましたので、部下の安否を確認す
るために神戸の西部から徒歩で三宮に向かっていました。
もう、地震発生から3日が経っていました。
■道路はアスファルトがひび割れて、その下から赤黒い土が見え
ていました。
道行く人々は、皆背中にリュックサックを背負って、何かにせ
かされるように早足で歩いています。
ちょうど昼ごろになって、三宮のフラワーロードにある公園に
着きました。
そこで、おにぎりを食べて、半時間程休憩をした後に、ついで
に用を足そうと、公衆トイレに入ったときのことです。
個室のドアを開けると、気分が悪くなるほどきつい悪臭が私の
鼻をつきました。
見ると、便器の中はもちろん、その周りにも、うんこが山盛り
になって積まれています。
高さが30cmは、あったでしょうか。
5つある個室の便器が全て山盛りでした。
■そのときになって、初めて気付きました。
水が無ければ、家でうんこもできない。
でも、うんこをがまんするわけにはいきません。
家では、容量に限度がある。
街の人たちは、ここにうんこをするしかなかったのです。
■普段、私たちは「家のトイレの水が流れなかったらどうしよう」
などと心配するようなことはありません。
トイレの水は流れて当たり前なのです。
それだけ、幸せなのです。
■さて、
□□□ 今日の「ちょっと一言」です。 □□□
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【 当たり前の生活ができる幸せに感謝する 】
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■中谷彰宏さんは、その著書「中谷彰宏 金言集」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478001049/mag2com02f-22
のなかにこんなことを書かれています。
あなたの今日一日は、幸せな一日でしたか。
私は、幸せな一日でした。
なぜなら、歯が痛くならなかったからです。
歯が痛くならないことは、当たり前のことではありません。
歯が痛くならないことほど、幸せなことはありません。
歯が痛くならないことに感謝して、歯をいつもより丁寧に磨く
ことにしよう。
歯が痛い時だけ、歯を磨くようではいけません。
歯が痛い不幸な時だけ文句を言う人にかぎって、歯が痛くない
幸せに感謝する気持ちを忘れてしまっています。
■いつもは、当たり前だと思って気にも留めないことが、たくさ
んあります。
でも、もし、それが当たり前でなかったら・・・
ときどき、そう考えると、当たり前の生活ができる幸せを感じ
ることができるでしょう。
■さて、いつものように、ここから私の学生時代の経験をモデルに
脚色を加えた青春物語
【うしのフットボール】です。
今回は89回目です。参考のために88回目も掲載しておきます。
決して、フットボールの技術指導ではありません。
田舎で若者がフットボール部を作って、僅か2年で関西大会出場
を果たした物語です。
(脚色を加えていますので、登場人物等は架空のものです)
■この物語の中にも生き方のヒントが、たくさんでてきます。
がまんして読み続けてください。
ではどうぞ。
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【 うしのフットボール 】 第89回
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【 前回分 】
試合後、三木高校の皆は以外にさばさばしていた。
春に市立西宮高校に負けたときとは全く違った不思議な感覚が
あった。
全く力が出せず、試合をした実感がない。だから、くやしさも
なかった。
目標の関西大会出場が実現できたので、それで満足していたの
かもしれない。
翌日の新聞のスポーツ欄には、関西大会の記事が掲載された。
その記事の中に、「彦根東高校のクォーターバック民田が、初
出場の三木高校のディフェンスをかく乱した」とあった。
クォーターバックが取り違えられている。
これを見たしんちゃんが言った。
「やっぱり、うちは歴史ないな。無名やわ」
翌日から、3年生は本当の引退をした。
部は、2年生の新キャプテンなるさんを中心に練習を再開した。
一方、3年生には受験勉強が待っていた。
うしは今までずっと、先輩のいない部には長くいられた。独立
志向が強く、先輩からあれこれいわれるのがもうひとつ好きに
なれなかった。
中学1年のときには、入学と同時にたけなかとおなじく剣道部
に入部したが、長く続かなかった。
そして、2年生のときには3年生が引退したサッカー部に転向
している。
サッカー部では、みんさんとも一緒だったが、わりとのびのび
として、卒業まで続けている。
そして、高校入学時も同じである。
今度は、最初からサッカー部に入部したが、先輩がいるとどう
もしっくりとこない。
誰かの指示に従うということが生にあわない。
ある意味で変人である。
大学入学時もそうで、フットボール同好会が素人集団であった
から、1年生から続けることができたと思われる。
少なくとも、経験者としてのリーダーシップは執れるのだから。
これが、最初からしっかりとした体育会の部であったら、続か
なかったかも知れない。
【 89回 】
うしとは変わった愛称である。学校で呼ばれるのはまだいいが、
これが駅とかの人の集まるところだと、大変である。
三木高校の最寄駅である神戸電鉄の三木駅でこんなことがあっ
た。
日曜日の朝、試合に行くために、改札を入って電車に乗ろうと
していたときである。
駅は、休みを利用してこれから出かけようとするお客さんで混
雑していた。
その混雑の中で集合時間に遅れてやってきたぜんが、先を行く
うしに向かって大声で言った。
「うし〜い、待ってくれ〜」
それを聞いたまわりのお客さんは、みなあたりをキョロキョロ
と見まわした。
お客さんは駅にうしがいると思ったのである。
このうしという愛称は、中学校のサッカー部時代に付けられた
ものである。
本名、赤城潮。「あかぎうしお」と読む。
当時、サッカーシューズのメーカーに「うしとらタイガー」と
いうのがあった。
「潮」の発音から、「うしお」になって、それがやがて「うし
とらタイガー」に変わった。
だから、しばらくは、「うしとらタイガー」と呼ばれていた。
しかし、あまりに長いので、いつしか省略されて「うし」にな
った。
以後、高校に入ってからも中学校の同級生が皆そう呼ぶため、
「うし」が継続している。
女子はさすがに「うし」とは呼ばずに「うしちゃん」と呼ぶ。
それにしても、変な愛称である。
(次回に続く)
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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