目からウロコの仏教入門 ── 無の思想 ──
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□□□ 目からウロコの仏教入門 □□
□□ 〜ひとりで学ぶ歴史と思想〜 □□□
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── 無の思想 ──
「無常」「無我」「無心」「無相」「無所住」、
これら、仏教において重要とされる言葉の頭には、
「無」という文字がついております。
私は、日本仏教のキーワードこそ、この「無」であると考えております。
もともと、「無」という言葉は、
サンスクリットにおいて、
事物の存在を否定する接頭語「a」の漢訳です。
ですが、日本仏教における「無」は、
それとは異なる意味を持っていると思うのです。
もともと「無」は漢語でありますから、
中国思想とからんでいるわけですが、
あえて「日本仏教のキーワード」と申しましたのは、
中国の「無」思想よりも、日本の「無」思想は、
さらに一歩、奥深く、入り込んでいるような感触がするからです。
これは、日本の武道と、関わって来ているのではないかと思います。
「無」という思想は、中国において、
仏教と老荘系の思想が触発される形で生み出され、
それが日本に来て、武士道に取り入れられ、さらに奥深くなった。
そのように理解しております。
上座仏教はもちろん、中国仏教でも、さほど「無」の思想は、
とりあげないのではないかと思います。
ですから私はあえて、
日本仏教のキーワードが「無」なのであると申し上げたわけです。
日本における「無」の思想は、武道の中で発展しただけあり、
武道やスポーツを通して考えると、非常にピンと来るものがあります。
思考のこだわり。
身体のこだわり。
これらのこだわりを捨て、
自由自在に思考や身体が動く境地を「無」と言うのです。
ちなみに、「無心」という言葉は、特に、精神面に特化し、
「思考のこだわりが無い」という状態を意味します。
「無」という言葉は、精神面のみならず、
あらゆる精神、物質面において、こだわりがない、
とどこおるところがない、という意味です。
一流の武道家やスポーツ選手は、みなこの「無」を体得していると思います。
でなければ、相手の迅速な動きに対応できません。
思考を一点に集中してしまっていたり、
身体がこちこちになっていては、
相手の動きについて行くことが出来ません。
「無」は、武道やスポーツにおいて、絶対的に重要なものです。
これは人生、そのものにおいても言えるのだと思います。
思考や動作、その他もろもろ、何でもそうですが、
固定化させてしまってはいけない。
柔軟でなければならない。
そうでなければ「無常」という世の動きに対応できないのです。
仏教にはさまざまな宗派があり、みな、それぞれに教義があります。
特定の宗派に所属してしまうと、
その教義のしばりから、抜け出すことができなくなります。
ですが、教義などというのは、人が考えたものです。
必ず、矛盾があります。
時代や環境にそぐわない点もあります。
ですから、教義にしばられてはなりません。
「無」でなければならないわけです。
そういう意味で、私は「ひとり仏教」を提唱しているわけです。
政治においても、右翼とか、左翼という思想があります。
これも、特定の団体なり、師匠についてしまいますと、
どうしても、そこに思想的なしばりが生じます。
たとえば、格差問題に関する社民党の政策がすばらしいと思っても、
「護憲」という思想が、自分と合わなかったりするわけですね。
それにも関わらず、社民党に入党すれば、護憲思想を受け容れざるを得なくなる。
しかし、一人では何もできないからと、
そのような妥協をする人が多いのです。
本当は、思想など、人ぞれぞれで、さまざまなのです。
ですが、組織化、団体化するに当たり、個性を失い、思想が単純化されるのです。
左翼は「社会主義+護憲」。
右翼は「自由主義+改憲」というように、理解されていることが多いです。
これは、日本における、現在のメジャーな政党が、
こういうところしか無いからです。
しかし実際は、「社会主義+改憲」。
「自由主義+護憲」という人もいるのです。
反中、反朝鮮の左翼思想家。
護憲派の自民党議員。
結構、いるのです。
そして、この多様性こそ、
世の中が発展するためには大切なのではないでしょうか。
「多様性」とはすなわち「無」ということです。
日本仏教の伝統である「無」という思想を、
もっともっと我々は深く自らに刻み、実践しなければならないと思います。
-【編集後記】---------------------------------------------------------------
前回の記事で、私がどこぞの街に突っ込むのではないかと思い、
心配してくださった方もいたようです。
ご心配なく。
私はリアルでは人気があると言ったでしょう?
朝、開店時にデパートに行くと、従業員たちはみな、頭を下げて私を出迎えます。
町を歩いている時も、犬の前を通り過ぎようとすると、
首紐がちぎれんばかりに飛びついて来て、犬が話しかけて来ます。
ほら、今も私を慕って、羽のはえた黒い小さな生き物が肩に乗って来ましたよ。
(延々と続く)
いやはや、やはり、読者の反響はうれしいものです。
時々、メールをいただくとうれしいです。
ありがとうございます。
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