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2007/08/20

★インド・ガネーシャ通信 NO.264 ★

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            インド・ガネーシャ通信         NO.264  
   
                              2007.8.20

         http://www.makaibari.co.jp 
          tea@makaibari.co.jp 

   〜インドをもっと知りたい方 必読!!!〜 <2001年8月3日創刊>
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◆インドを旅したことはあるけれど、インドで生活している日本人はどんな
生活しているんだろう。もしかしたら、旅行者の知らないインドを知ってい
るかも! 

◇マカイバリジャパンでは、ニューデリー在住20年以上になるニューデリー
オフィスの石井吉浩をはじめ、インドに駐在している日本人の方々が体験し
たインドを、様々な角度からお届けしております。

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こんにちは! マカイバリジャパンの石井です。

今日の吉野さんの原稿の中に、8月23日の安倍首相コルカタ訪問にちなんで、
日本人で最初にコルカタを訪れた多田元吉(1829〜1896)について書かれて
います。

実は2001年11月に産経新聞論説委員長(現在)千野境子(ちの・けいこ)氏が、
明治時代に明治政府から派遣され、日本政府として初めてダージリンへ紅茶の
製造を学びに来た多田元吉(ただ・もときち)の足跡を追って、マカイバリ
茶園を訪れたことがあります。マカイバリジャパン石井洋子も同行いたしました。

(詳しくは『日本人の足跡【三】〜世紀を超えた「絆」求めて』産経新聞社
.2002年. p.616 「茶業近代化の功労者―多田元吉」明治時代から始まって
いた日本とダージリンの茶史。)

マカイバリジャパンのホームページに掲載されている「玉露プロジェクト」
は、「インド・ダージリンから日本」の逆、「日本からインド・ダージリン」
に日本の伝統手もみ玉露を山下壽一氏に伝授していただくプロジェクトです。
下記アドレスに詳細を掲載しておりますのでご高覧いただけましたら幸いです。
↓      ↓      ↓      ↓
http://www.makaibari.jp/projects/meijin.html


◆ “紅茶専門店スタッフのブログ:マカイバリ紅茶日記”
       こちらのブログもインド発です。
         ↓   ↓    ↓
  〜インド駐在ブログ〜
       2007年インド独立記念日
       インドのコーヒー
         ↓     ↓     ↓
     http://makaibari.tea-nifty.com/blog/

 〜マカイバリ茶園訪問記〜
         ・森探索
      ↓    ↓     ↓     ↓
     http://makaibari.tea-nifty.com/darjeeling/

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◇◆ ニューデリー駐在員便り VOL-140◇◆           
                         
              byーニューデリー在住  吉野 宏



            〜インド独立60周年 その3〜



 8月15日は独立記念日でインドはお祭り。バーゲンセールの宣伝のチラシ
が2枚朝刊に入っていた。チラシの最低価格商品の値段は共に10万円前後で
ある。

  ●パナソニック プラズマTV(66CM)
   39,990ルピー(約119,970円、@3円/ルピー)

  ●サムスン 液晶フラットTV(66CM)
   32,000ルピー(約96,000円、@同上)

 インドも豊かになったものだ。庶民がこんな高いものを買える様になった
のだから。そんなことを思いながら朝食を取った。今日のメニューはヒマラ
ヤの山の幸。ブータンの松茸ご飯とお吸い物。デザートはリンゴ。もう食卓
は秋。最後にダージリン紅茶。

 安倍首相が今週8月23日(木)西ベンガル州コルカタをご訪問される。さ
て、誰がこの街を近代になって最初に訪問されたのか調べて見た。江戸時代
は鎖国だから、1868年以降、明治になってからの日本人の訪問はさて誰であっ
たのか?
 ボンベイ日本総領事館の開設は1994年11月25日、カルカッタのそれは1907
年3月16日。ニューデリーに首都が移ったのは1911年。

 先ずは岡倉天心、1902年の訪問。その後横山大観と続く。軍人の福島安正
は1886年。浄土真宗僧北畠道龍は1883年。
 さて、さて、お茶の栽培家、多田元吉(1829年〜1896年)は1877年の訪問。
これが私が調査した一番乗り。彼は明治政府の命令でインドはダージリン地
方やアッサム地方などお茶の栽培法を視察。幕臣で1869年江戸幕府崩壊後、
徳川慶喜に従い静岡に赴き、静岡市丸子にて茶園を開拓し茶の栽培を始めた。
当時、お茶は絹に次ぐ日本の重要な輸出品目で旧幕臣は静岡で茶の開墾事業
を行った歴史がある。
 多田のその一人。1877年インドから帰国後、インドから持ち帰った紅茶の
原木を丸子にて栽培。英国が中国よりインドに伝えた紅茶栽培は、彼によっ
て日本の静岡に伝へられたのである。一方、英国は日本より杉をダージリン
地方に移植して紅茶用の箱材にしようとしたがうまくいかなかった歴史があ
ると聞いた。

 さて、15日の新聞は独立後60年でインドを変えた人として外人3人を挙げ
ている。そのうちの一人は日本人。鈴木自動車の鈴木修会長である。鈴木自
動車の出身地は静岡。日印交流の戦前と戦後の成功の基点はどうやら何故か?
日本は静岡にある様だ。

【写真】巣を作って卵を温めている親鳥。
    自分たちもインドで事業を生むべく案を温めている所。
    ↓     ↓     ↓     ↓
     http://www.makaibari.jp/mailmagazine/ganesha/0820.jpg
 
安倍首相のインド訪問をこの小鳥と一緒にお待ちする。ダージリン紅茶がい
つもより一際美味しく感じられた。

                         以上


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お待ちしております。          
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発行人:石井 洋子

発行:有限会社マカイバリジャパン
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〒166-0001 東京都杉並区阿佐谷北5−17−12
tel 03−3338−6718/6719
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<2007年4月に、事務所移転をしました。>
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