競馬の文化村「もきち倶楽部」 No.879
競馬の文化を発信するメール・マガジン 2008 年5月12日発行
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競馬の文化村「もきち倶楽部」 No. 879
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▼目 次▼
■ 富山の競馬(戦後編) 第133回 立川健治
各地の闇競馬(66)
山口:占領ニュージーランド軍との「交驩(こうかん)」
■ 佐藤正人著『わたしの競馬研究ノート』 第551回 編:山本一生
競馬ノート15:競馬切抜帳(51)
栃木県また変なカネ・・・不成立の競馬で報賞金
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■ 富山の競馬(戦後編) 第133回 立川健治
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各地の闇競馬(66)
山口:占領ニュージーランド軍との「交驩(こうかん)」
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今回と次回は中国地方の闇競馬を紹介します。
中国地方での闇競馬の開催は、広島と山口の2県にとどまっていたが、岡山で
は、英印(オーストラリア、ニュージーランド、インドのグルカ兵からなるイギ
リス連邦軍)進駐軍が日本人にも馬券を発売する競馬を開催していた。この岡山
の進駐軍競馬は、北海道とは異なり、文字通り進駐軍が主催し、日本側の馬匹組
合、あるいはレースクラブが賛助という形態をとるものではなかった。
以上の3県では、軍用馬鍛錬競走が1940(昭和15)年から1944(昭
和19)年実施されていたが、鍛錬競走を実施していなかった鳥取、島根の2県
の地方競馬の復活は1947年のことになる。
岡山、広島の開催時期が早いので、時系列としては逆だが最初に山口の闇競馬
を紹介する。
山口の闇競馬は、馬匹組合に限ってのものではなかった。
山口県馬匹組合は、地方競馬法の成立を受けて、10月初め、12月上旬の開
催を決めたが、その上で11月9日からの闇競馬の開催も決定していた。戦前か
ら山口の地方競馬は九州地区と密接な関係をもっていたが、その九州地区と同じ
パターンだった。コースは小月競馬場(現・下関市小月小島1丁目)。同場は1
931(昭和6)年創設されて地方競馬の開催を続け、1940(昭和15)年
から1944(昭和19)年までは鍛錬馬競走が実施されていた。
これより5ヶ月先の5月9、10日にも、小月競馬場では競馬が開催されてい
た。同場が近く公認競馬場として発足するための馬場開きで、小月愛馬会という
会が主催していたが、馬券は発売されなかったという。鍛錬競走中止後、農作物
などが植えられていたコースを整備したものであろう。
また宇部市では馬匹組合などが 5 月4、5 日、琴崎八幡宮で賞金5000円
の競馬会を、ついで5月18、19日、徳山競馬倶楽部が、賞金1万円、優勝旗
30本を賭けて競馬会を催していた。いわゆる旗競馬だったが、記録に残されて
いるだけでもこのように、山口県も盛んだった。
県馬匹組合の闇競馬開催予定が、つぎのように報じられた。
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「馬券は10円、小月競馬来月9日から」
『防長新聞』1946(昭和21)年10月12日
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ファン待望の県馬匹組合主催公認競馬(註1)が占領軍の後援下(註2)に1
1月9日から6日間(註3)小月競馬場で華々しく挙行と決定したので同組合で
は小郡町に競馬事務局を設置、諸般の準備を進めることになった。
なお今次競馬法の改正により枚数制限が撤廃され、配当100倍に改訂を見た
ので(註4)折柄の新円景気も織り交ぜて早くも空前の盛況が期待されている。
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註
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(1)
地方競馬法施行は11月20日であり、仮に公認であるとするならそれは県レ
ベルのものであった。
(2)
主催が謳われることになる。
(3)
実際は13日までの5日間開催となった。
(4)
競馬法は日本競馬会を対象としたものであり、地方競馬法制定を受けて、それ
までの一人1枚の枚数制限、10倍の配当制限が、このように改正された。ここ
では、競馬法と地方競馬法が混同されている。
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解 説
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賞金10万円、全国的にみても高額な部類に属していた。馬券は単複1枚10
円、発売枚数無制限、配当は100倍。開催は占領軍の主催が謳われ、その文字
が開催の宣伝ポスターにも踊っていた。
山口の占領軍はニュージーランド軍だったが、これより先の9月16日旅団長、
副官、下関駐屯軍部隊長が小月競馬場を視察、その際、日本側との「競馬交驩」、
10月下旬、11月下旬の開催の合意に達していた。この副官は所有馬をメルボ
ルン・カップの出走させたこともあったという。
こういった占領ニュージーランド軍との「交驩」が、闇競馬の開催主催という
ことにつながっていたのだろう。
だが開催直前の11月8日付で、占領軍主催は取り消され、組合主催への変更
が告知された。勝手に後援を謳ったとは考えにくいので、「交驩」の一環として
当初は同意を得ていたが、何らかの事情が生じて取り消されたのであろう。
その取り消しとは関係なく、開催にはニュージーランド兵が姿を現し馬券を購
入していた。
開催中、当時は制限されていた国鉄の乗車切符が特別発売され、また下関小月
間の臨時列車、特別バスも運行された。
残念ながら、開催を伝える記事は、初日、戦前を偲ぶ盛況で、多数の占領軍将
兵も訪れ、終日賑ったという簡単なもののみで、またその他に開催を伝える資料
も残されていないので、これ以上のことは不明である。
なお地方競馬法施行後、山口県馬匹組合は、12月11日付で施行許可を受け、
小月競馬場で、14日から4日間開催を行い、677万余円の売上高をあげてい
た。賞金が20万、他に名誉賞2万円と闇競馬の2倍となっていたのは、この1
1月の闇競馬の売上高がかなりの額にのぼっていたことを受けてのものだったろ
う。
山口県で、占領軍主催が謳われた開催には、他に11月2、3日の仙崎競馬大
会があった。コースは、仙崎町(現・長門市)、厚生省帰国朝鮮人収容所内、賞
金1万円、馬券は1枚10円、無制限発売、無制限配当、後援は厚生省仙崎援護
局上陸地支局、仙崎町、その他各種機関及び団体というものだった。なお援護局
というのは、軍人、軍属、一般人の海外からの引上げを援護する業務にあたって
おり、仙崎援護局は10月1日出張所から昇格したばかりだった。
仙崎港は、1945(昭和20)年9月から引揚者の上陸基地となっただけで
なく、帰還する朝鮮人の出港基地ともなった。1946(昭和21)年12月1
6日、仙崎援護局が廃止され、引揚港の役割を終えるまで、仙崎港に上陸した人
々は約41万人、ここから朝鮮に帰った人々は約34万に及んだという。
実際の主催は大津郡東部輓馬組合だったようだが、新聞広告だけでも、占領軍
の名前を騙ればすぐに露見するものであったことを考えれば、少なくとも一旦は
占領軍、厚生省、町が、開催の合意に達していたのだろう。目的として掲げられ
ていたのは、援護事業の膨大な費用の一部をまかない、そして占領軍も含めた町
民や引揚者などの慰安に資する、といったことだった。このまま馬券が発売され
れば、占領軍、国の機関、町が闇競馬を実施したという全国でも稀なケースとな
っていたが、開催初日2日の朝、「突然」その発売の中止が発表となった。
こうして結局旗競馬となってしまったが、両日の見物人は2万をくだらなかっ
たという。その多くは馬券目的だったろうから、そのファンを失望させてしまっ
たことは想像に難くない。
そして小月競馬に引き続いて、11月18、19、20日、旧大畠練兵場(現
・下関市向洋町スポーツセンター)でも闇競馬の開催が行われていた。
主催は下関競馬倶楽部、県馬匹組合の開催と同額の賞金10万円、小月競馬の
人気馬のほとんどが出走予定だったという。
また練兵場跡地の急造の粗悪の悪条件のコースで実施したのは、下関市内での
開催の集客力を見込んでのものだろうが、実際にもその思惑通りに、早朝から数
千の観衆が押し寄せ、1 レース4、5万円を売り上げていた。ちなみに下関市は、
翌年6月25日付で、新競馬場設置を要望する「意見書」を可決していたが、そ
の候補地はこの旧大畠練兵場だった。
倶楽部の中身は不明だが、この開催が「公認」であるとすると、山口県での合
法的な闇競馬の開催権も、愛知や栃木と同じように、馬匹組合に限定されず、認
可を受けたクラブ(団体)にも与えられ、その開催が1回と規定されていたか、
あるいは小月と下関の「縄張り」が異なってそれへの配慮という事情も加わって
いたかも知れない。いずれにしろ実際には馬匹組合の関与、協力がなければ、開
催はできなかった。
だがこの倶楽部が、必ずしも「公認」でなかった可能性もあった。というのは、
地方競馬法施行日の20日、あるいはそれ以降に開催することは法律違反であり、
全国的には禁止に追い込まれていたが、この下関競馬倶楽部では開催されていた
からである。また21日まで日程が延期されてもいたようである。
馬匹組合が公式に関与していれば、地方競馬法施行後は開催できないが、そう
でなければ開催を強行する。あとは司法、警察、あるいは「暴力団」との力関係
だったが、その「暴力団」が主催者とするなら、簡単に手を出せなかっただろう。
全国でも、地方競馬法施行前にも、施行後にもヤミ競馬が開催されていたよう
だが、新聞には全くといってよいほど報じられることなかったので、その意味で
も珍しい記録となる。
その後の山口の地方競馬に関して簡単にふれておく。
山口県馬匹組合は、1947年の第1回開催を3月15日から5日間、小月競
馬場で開催するが、終了後、同場は占領軍に接収されてしまう。これにより山口
県は、新たに2ヶ所の競馬場設置を行うことになるが(3月末の地方競馬法の改
正で2ヶ所と倍増されていた)、その争奪戦が、宇部、柳井、下関、徳山、光の
各市町の間で、地域振興、財源確保をかけて繰り広げられた。徳山市は市長が期
成同盟会会長、光市も市長、市議が音頭をとり、柳井でも後援会が設立され、ま
た下関市は、同市会が、「他都市に決定せんか、本市の復興と繁栄に重大なる影
響をもたらすことになる」と、6月25日付で、新競馬場設置を要望する「意見
書」を可決していた。
結局、馬匹組合の各支部による投票で決着をつけることになり、8月13日、
一つは宇部市と決定(8票)、後は柳井と下関が同数(4票)となったが、9月
末柳井と決定された。柳井は後援会を結成して1000万円の株を公募して競馬
場設置を行った。
1947年の開催は、このように競馬場選定に時間を要したこともあって、8
月、9月とその後も引続いて小月競馬場で開催が行われた。なお小月町民は、接
収後も競馬場存置運動を起していたが、1949年接収が解除されたことで、小
月競馬場は復活することになる。それに伴って柳井競馬場が廃止となった。
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関係略年表
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1946(昭和21)年
1月 1日 天皇「人間宣言」
4日 GHQ、軍国主義者の公職追放指令
2月 3日 マッカーサー、GHQ 民生局に、天皇制、戦争放棄、封建制度廃
止を原則とする憲法草案作成を指示
17日 金融緊急措置令(新円発行、旧円預貯金封鎖、現金給与支払は
500円まで)
3月 6日 政府、憲法改正草案要綱発表
農林省、地方競馬実施条例案、各都道府県馬匹組合に諮問
4月10日 衆議院選挙
22日 幣原喜重郎内閣総辞職
5月 1日 メーデー復活
3日 極東国際軍事裁判所開廷
19日 食糧メーデー
22日 吉田茂内閣発足
27日 静岡県馬匹組合連合会開催(三日間、三島競馬場)
6月 7日 農林省、全国の馬匹組合の代表者を集めて、地方競馬実施条例案
研究会(14日まで)
13日 日本競馬会、春季開催を断念
20日 憲法改正案上程
7月 4日 札幌競馬場で進駐軍競馬(20、21日も開催)
19日 愛知県馬匹組合連合会主催(三日間、岡崎競馬場、地方競馬法施
行までに計2回)
26日 石川県馬匹組合開催
(三日間、小松競馬場、地方競馬法施行までに計3回)
27日 主催アメリカ第11空挺師団、賛助渡島馬匹組合、函館競馬倶楽
部の進駐軍競馬開催
(二日間、函館競馬場、第2回8月10、11日)
28日 大阪府馬匹組合連合会開催
(春木競馬場、地方競馬法施行までに計7回)
8月 1日 岐阜県馬匹組合連合会開催
(4日間、笠松競馬場、地方競馬法施行までに計3回)
17日 北海道レースクラブ開催
(札幌競馬場、地方競馬法施行までに計14回)
神奈川県馬匹組合連合会開催
(戸塚競馬場、地方競馬法施行までに計2回)
富山県馬匹組合連合会
(高岡競馬場、地方競馬法施行までに計3回)
24日 三重県馬匹組合開催
(4日間、霞ヶ浦競馬場、地方競馬施行まで計3回)
新潟県馬匹組合連合会開催
(4日間、三条競馬場、地方競馬法施行までに計3回)
29日 地方競馬法、議員立法として衆議院上程
9月 5日 地方競馬法衆議院通過(23日貴族院通過)
7日 主催アメリカ第11空挺師団、賛助函館競馬倶楽部の進駐軍競馬
(二日間、函館競馬場、第11次11月24、25日まで)
13日 埼玉県馬匹組合連合会開催(4日間、春日部競馬場、地方競馬法
施行までに、川越、浦和、熊谷と計4回)
14日 京都府馬匹組合連合会開催
(4日間、長岡競馬場、地方競馬法施行までに計2回)
20日 茨城県馬匹組合連合会開催(4日間、取手競馬場、地方競馬法施
行までに計2回)
山梨県馬匹組合連合会主催(3日間、富士競馬場、10月17日
からは玉幡競馬場で6日間開催)
21日 滋賀県馬匹組合連合会開催(4日間、草津競馬場、地方競馬法施
行までに計2回)
26日 奈良県馬匹組合連合会開催(4日間、地方競馬法施行までに計3
回)
28日 主催アメリカ第11空挺師団、賛助室蘭レースクラブ、第1次室
蘭競馬開催(2日間、以後12月1日までの毎週末第9次まで
開催)
八戸馬匹組合開催(2日間、大平牧場、地方競馬法施行までに計
2回)
10月 4日 東京都馬匹組合連合会開催(八王子競馬 場、競馬籤も発売、地
方競馬法施行までに計2回、11月第2回開催から連勝複式馬
券発売)
5日 青森競馬倶楽部開催(5日間、油川飛行場馬場、後援青森進駐軍)
盛岡振興競馬倶楽部主催進駐軍慰安競馬(2日間、黄金競馬場、
地方競馬法施行までに計3回)
6日 競馬法改正(地方競馬法成立を受けての一部改正、枚数制限撤廃、
配当制限を10倍から100倍へ)
7日 日本国憲法成立(11月3日公布)
11日 第二次農地改革関連二法案成立(21日公布)
群馬県馬匹組合連合会主催(6日間、高崎競馬場、地方競馬法施
行までに上泉、前橋と計3回、)
17日 18、27日、11月2、3日本競馬会春季開催(東京、京都両
競馬場)
栃木県馬匹組合連合会主催(6日間、足利競馬場)
26日 福井県馬匹組合連合会主催(3日間、大野競馬場)
11月 1日 長野県馬匹組合連合会主催(4日間、上諏訪競馬場)
大上競馬倶楽部主催・平鹿馬匹組合後援秋田全県競馬大会(3日
間、大上競馬場)
2日 若松競馬協賛会・会津馬匹組合主催(4日間、会津競馬場)
9日 山口県馬匹組合主催(5日間、小月競馬場)
16日 17、23、24日、12月1、8、15日本競馬会秋季開催
(東京、京都両競馬場)。
宮城県馬匹組合連合会主催(4日間、長町競馬場)
11月24日 東京競馬場で第7回優駿牝馬競走(勝馬ミツマサ)
12月 1日 京都競馬場で第7回農林省賞典競走(現菊花賞、勝馬アズマライ)
20日 地方競馬法施行(以後年末までに各県馬匹組合連合会開催計25場)
12月27日 傾斜生産方式開始
*上記以外の闇競馬に関しては、本シリーズで紹介する毎に追加していきます。
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♪♪ ダービーの系譜から、近年盛んなPOGまで、たくさんの興味深い逸話を
ちりばめて、歴史、血統、ジョッキー、馬産理論等々、ミステリーの道具立てを
愛情いっぱいに説く。無類の優しさにみちた「書斎の競馬」の決定版。
解説・高橋源一郎。
山本一生著 『増補・競馬学への招待』 平凡社 1260円(税込み)
「彼の素晴らしき傑作、この「競馬学への招待」を読んだあなたなら、
我々には、いや日本の競馬には、山本一生が必要なことがわかるはずなのだ」
高橋源一郎
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■ 佐藤正人著『わたしの競馬研究ノート』 第551回 編:山本一生
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競馬ノート15:競馬切抜帳(51)
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栃木県また変なカネ・・・不成立の競馬で報賞金
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宇都宮競馬場で、下位馬に賞金差額を払うという変な事件があったことは前回
に紹介したが、昨年(90 年)11月に県実施の足利競馬で不成立となったレー
スでも、馬主らに賞金分を報賞費として渡していたことが明らかになった。
朝日新聞(91/1/5)にのった記事を以下に抜き書きで紹介してみよう。
新たに報賞費名目の支払いが明らかになったのは、昨年11月9日、足利競馬
場で行われた第1レース。6頭が出走したが、1頭がゲートから出ないまま、残
り5頭が完走した。ゲートから出ない馬がいる場合、スタートをやり直すことが
定められているが、同競馬の開催執務委員長が、再スタートは5頭に不利になる
と判断し、レースを不成立とした。この際完走した5頭の馬主に、順位ごとに、
それぞれ賞金に相当する金を報賞費名目で渡していた。
栃木県の五十嵐誠県公営競技課長は「複雑なケースだが、5頭は1頭がスター
トしないことを知らぬまま完走しており、委員長判断で報賞費を払うことにした。
監督官庁の農水省にも経過を報告しており、判断に問題はなかったと思う」と話
している。
「複雑なケースだが…」なんて競技課長は言っているが、なにも複雑ではない。
すこぶる単純なケースだ。
「5頭は1頭がスタートをしないことを知らぬまま完走しており」とあるが、5
頭はなにも1頭がスタートしたことを知らなくてよいのである。スタートターが
知って(スタートターが知らぬなどという馬鹿なことはないはずだ)、スタート
のやりなおし(カンパイ)をやれば良いのである。すこぶる単純なことだ。
だがこの場合、おそらくスターターがぼんやりしていて、全部がそろってスタ
ートしたと思い、カンパイをしなかったのであろう。「判断は問題なかったと思
う」などと課長は言っているようだが妙な話である。
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『わたしの競馬研究ノート』こそは、わが競馬界が生んだ金字塔であり、
それは、競馬を志す後進者が汲めども尽きざるヒントの養水池である。
残念ながら、生前、佐藤さんに親炙する機会を持つことはなく終わったが、
これらの書物を通して、私は、今も佐藤さんに私淑することができる。
伊与田翔
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競馬の文化村「もきち倶楽部」 No. 879
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BACK NUMBER http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000042700
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【発行部数】 700部 独自配信 360
汎用配信 340 まぐまぐ 298
melma 42
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【発行者】 安部俊彦
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【編集人】 山本一生
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【WEB】 http://www.bunkamura.ne.jp/mokichi-club
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【MAIL】 mokichiclub@bunkamura.ne.jp
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【制 作】 (有)ケーズオフィス
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【WEB】 http://www.kz-office.co.jp
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