今年の冬、
イチジクの木の剪定♪をした。
筆者は、福岡正信の「無の哲学」に奉じているから、無剪定を原則としていた。
でも、あまりにも丈が高くなりすぎると収穫しにくいし、一度やってみたわけだ。
かなり思いっきり、バチバチと枝を切り落とした。
こんなに切り落としたら、イチジクさん可哀想、って感じ…
すると、今の夏、どうだ!
確かに高すぎる枝は減ったけど、
横に枝が伸びるは伸びるは…!
葉っぱも、今までにないほど繁茂しまくり。
これで果実がどれだけつくか不明だが、やはり!、みたいな感じ。
何事も、「反作用」ってスゴイのよね。
時々「いてこま」して、刺激を与えるのも必要なのかもしれない。
そういう意味もあって、もうすぐ人類の文明も「いてこま」されるのかしら…?
(※注: 「いてこます」とは、痛い目にあわせるという関西弁)
■■■
真説・歴史観(5) 江戸時代 ■■■
本メルマガ的な切り口で、江戸時代を扱います。
内容は次の3つです:
・素敵な江戸時代
・鎖国とキリスト教
・国際金銀差益の秘密ビジネス
━━━【広告】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
‖健‖ 健康アンチエージングの厳選アイテム!
‖康‖━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
‖第‖ 還元水・健康ハーブなど紹介。少食健康法は無料で実行可!
‖一‖
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/ark/KENKO.HTM
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★★
素敵な江戸時代 ★★
筆者が昔、学校教育や映画などを通じて得た江戸時代のイメージは、封建時代。
身分制度が厳しく、あまり良き時代ではなかった、みたいな感じ。
ところが最近、いろんな研究から、思った以上に素敵な時代だったことが判明してきた。
たとえば江戸中期から特に末期に日本を訪れた欧米人の、日記や手紙が残っている。
それによると、「日本に永住したいくらいだ」、とまで書いているものが多数あるそうだ。
より具体的に、欧米人から見た、当時の日本のスゴいところを挙げると:
・平和である。(当時、欧米は侵略戦争に明け暮れてましたからね)
・道を歩いていて、ゴミが見当たらないし、糞尿の臭いがしない。
(当時ヨーロッパでは、糞尿を家の窓から道路に捨てていたところが多かった)
・道や家が小綺麗で、玄関や庭、そして山野にも、美しい花が多く咲いている。
(特に冬に咲くツバキは感激され、ヨーロッパでの小説「椿姫」にも影響している)
・人々は礼儀正しく親切で笑顔にあふれている。特に父と子が楽しく遊んでいる。
仕事帰りの夕刻ともなれば、父は子のため、玩具などのお土産を買って家路につく。
・食事は質素だがバリエーションがあり、山海の食材に富んでいる。肉食はしない。
料亭といわれるところに行けば、数十種類もの食材で作られた料理がでる。
・教育のレベルが高い。田舎の農民の娘までも、読み書きができるものがいる。
子供が凧揚げに興じる時、凧に描かれた人物絵の説明文を得意気に読む。
・職人のレベルが高い。特に和服や玩具、刀や絵画彫刻、和紙など生活用品。
(和紙製の雨合羽など、西洋のゴム製より通気性も良く、感嘆されたようだ) |
ゲゲなんじゃこれ、「笑顔にあふれ、特に父と子が楽しく遊ぶ」ところが印象的だ。
父が子と遊べる時間があったってことは、ゆとりの生活をしてたんだぁ。
21世紀の日本より、江戸時代の人々は幸せだったのかもぉ〜?
ある欧米人は、「
地上で最も『天国』に近い国」、とまで絶賛した。
日本に開国を恫喝したペリー提督の、部下の一人は、
「
この素晴らしい国を、世界の現実に巻き込もうとする我々自身に、疑問すら感じる」
とまで書いているのだ。
その疑問というか不安は的中して、その後、日本は戦争の時代に突入するわけです。
しかし考えてみれば江戸は世界最大の都市だったから、「南蛮人」が驚くのも当然かも。
百科事典Wikipedia「
江戸」によると、
| 1609年ごろに15万人と伝えられた江戸の人口は、18世紀初頭には100万人を超え、世界一ないしはそれに匹敵する規模であったと推定されている。成人男性の識字率も幕末には70%を超え、同時期のロンドン(20%)、パリ(10%未満)を遥かに凌ぎ… |
ちなみに何故、そんな素晴らしい江戸時代がその後イメージダウンしたのか?
それは多分、いやきっと、明治政府のプロパガンダだろう。
古今東西、
新しい政府は、前の政府の悪口を言う。
そうしないと、新しい政府の存在理由が薄れてしまうからだ。
さらに目の前の現実は、植民地にならぬための富国強兵しか、日本に道は無い。
昔は良かったのよ、…なんてことは忘却する必要があったのだろう。
★★
鎖国とキリスト教 ★★
江戸時代の最大の特徴は、その鎖国政策だろう。
鎖国により、日本独自の文化が花開いた。
では何故、鎖国をしたのか?
某教科書では、「鎖国の理由」を次のように説明している:
・幕府は,封建支配の妨げになるキリスト教の禁止を徹底させ、
・西日本の大名が貿易によって勢力を強めることを防いで、
・幕府が貿易の利益を独占しようとした。 |
要するに幕府の「支配」にとって利益があっただけ、…みたいな説明である。
(
作者は、左翼的な「階級闘争史観」に影響されているようですね)
まずキリスト教が封建支配の妨げになる、ってオカシイんじゃないの?
キリスト教は神の下での平等を唱えるから、身分制の封建支配には都合が悪い、って言いたいんだろうけど、単細胞すぎる。
当時西欧諸国は、キリスト教をむしろ利用して、
封建制から
16世紀末の絶対王政を確立したくらいです。
例えばカトリック教国スペインは、当時ハプスブルク家の絶対王政だったじゃないの。
だから「キリスト教が封建支配の妨げになる」なんて、トボケた説明も甚だしい。
教科書がこの有様だから、江戸時代のイメージが落ちるのは当然だ。
本題の本質は、当時のキリスト教、特にイエズス会にある。
当時イエズス会は戦闘的で、キリスト教は世界侵略の洗脳ツールだったからだ!
ネット上でも確認できる資料を、いくつかご紹介しよう。
■1)
宣教師ザビエルはスパイ!
後の島原・天草の乱(1637〜38)とも、大いに関係する話ではないか。
さて江戸時代の少し前、秀吉は最初キリスト教を歓迎していた。ところが…
■2)
秀吉は日本占領計画を察知!
(NHK「その時歴史が動いた」 2000/08/23)
→ http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2000_08.html#03
『
秀吉は、世に名高い長崎の26聖人殉教事件(1597)などキリスト教への迫害を強めていった。……
近年解読されたイエズス会文書館所蔵の資料から、日本で布教を続ける宣教師の間にキリシタン大名を競合しての「日本占領計画」が存在したことがわかった。
ヨーロッパ最強と謳われたスペインの海軍力がその背景だった。
追放令は、計画を察知した秀吉による対抗手段だったのである。
弾圧を強める秀吉に対して、宣教師側は四国・九州攻撃と日本国内への軍事基地の建設まで企てていた。
』 |
ところが秀吉の死(1598)もあり、キリスト教は西欧列強の侵略意図を知らない善良な大衆に広がっていく。
大きな理由として、
宣教師たちが親切で、例えば無償で病人の治療をしていたからだ。
侵略の隠れた意図を隠して、偽善の人気取りをしたわけだ。
宣教師は本部から給料をもらってるから無料奉仕も可能だし、工作の一部だ。
「
悪魔は天使の姿をして現れる」とは、筆者が考えた言葉だ。(現代も同じだよ (^^;)
しかも人徳ある活躍ぶりで有名な高山右近がキリシタン大名になると、大名の信者も増えた。
かくしてキリシタンは増え続けた、…だけならまだ良い。
なんと仏教や神道を異教徒と呼び、
神社仏閣に火をつけるほどの狼藉ぶりなのだ!
キリシタン大名の一部は宣教師に対し、日本女性を売る大規模な奴隷輸出までしたという。
これでは、キリシタンが弾圧されて当然だろう?
■3)
家康も日本占領計画を察知!
(NHK「その時歴史が動いた」 2007/01/24)
→ http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2007_01.html#02
『
…キリシタンは、仏教など“異教徒”に力づくで改宗を迫っていた事実が明らかになってきた。
こうした改宗活動を扇動していたのが宣教師だった。
スペインやポルトガルなどカトリック教国は、世界各地で植民地政策を進めていた。
両国から資金援助を受けていた宣教師たちは、その戦略の遂行に大きく関与していた。
島原の宣教師も有馬氏(キリシタン大名)に交易で利益を与える一方、暴力をも容認する改宗活動を後押ししていた。
カトリック教国の侵略意図を知った幕府は禁教令を発布し、キリシタンに厳しい弾圧を行う。
……
△徳川家康の言葉
「邪教を広めて、日本の国を領有しようと企んでいる。」
慶長18年(1618)の禁教令で、家臣の金地院崇伝が起草した『伴天連追放之文』より
△宣教師ルイス・フロイスの記録
「有馬晴信に領内の寺社の破壊と領民の改宗を約束させた。一方で、鉛と硝石を提供した」
「僧侶たちが隠していた仏像をキリシタンたちが取り出し、大きな仏像は祭壇もろとも放火した」
△オランダ国王の(家康に宛てた)国書
「カトリック宣教師は日本人を改宗させて、他の宗教を排斥しようと考えている。
そして、宗教の争いを起こさせ、内乱に導こうとしているのだ」
(オランダはカトリックでなく、プロテスタント国だったための密告といえる)
△宣教師の言葉
「日本においては、カトリック諸侯による武力征服は有効な策であり、またそれは可能である」
(ローマのイエズス会本部ジェズ教会に宛てた、宣教師ペドロ・デ・ラ・クルスの報告書)
』 |
キリシタン弾圧を現代人からみれば、信教の自由の侵害だ、と感じる人が多い。
踏み絵までさせて、キリシタンと判れば死刑にまでする暗黒の時代だ、と。
もしそのような方がいたら、ぜひ考えを改めて頂きたいものだ。
ここで、西欧列強の侵略の手口をまとめてみよう。
・南米インカやマヤのように、
軍隊も無い弱い国は、一気に武力で征服する。
たった数百人の騎馬鉄砲隊で、実際征服しちゃったんですね。
・
それなりに軍隊もある国は、まず宣教師や商人を上陸させる。
次に、宣教師らが
例えば略奪を受ける事件を、意図的に演出する。
それを自衛するという名目で、
軍隊を上陸させ、規模を拡大して征服する。
・
手強い軍隊を有する国は、まず宣教師と商人を上陸させる。
次に地元の有力者をキリスト教徒に仕立て、政府への反乱を扇動する。
あるいは複数の有力者に工作して、武力衝突が起こるように誘導する。
国内が内乱により疲弊し尽くした時を見計らって、軍隊を上陸して征服する。
鉄砲が種子島に伝来したのが、1543年であった。
先ほども登場したザビエルがキリスト教を伝えたのが、1549年である。
ところが日本は当時、ラッキー(^^; にも戦国時代。
あれよあれよと鉄砲が広まり、ほんの30年ものうちに、
日本は世界一の鉄砲保有国だったのだ。
だから前述の侵略の手口の、手強い軍隊を有する国への戦略が採用されたのだろう。
それに地球の裏側だから、軍隊派兵が困難だった理由もあるだろう。
もし鎖国をしなかったら、日本はどうなったであろうか?
狡猾な戦国武将の徳川家康ばかりが日本人ならともかく、
一般日本人はマッカーサーの指摘の如く純粋で、今も昔も洗脳に弱い。
またキリスト教の禁止だけでは不十分であったろう。
西欧列強の目的は日本の植民地化なのだから、商人が宣教師と入れ替わるだけだ。
どんな次はキタナイ手口を使ってくるか、考えただけで恐ろしいではないか。
鎖国は大正解だった、と筆者は考える。
(西欧列強侵略の本質は、次号の予定)
だから冒頭で紹介した鎖国に関する教科書の記述は、次のように改めてほしい。
改訂教科書に提案する「鎖国の理由」:
・スペインやポルトガルなどカトリック教国は、世界各地で植民地政策を進めていた。
・両国から派遣されるキリスト教宣教師たちは、その戦略の遂行に大きく関与していた。
・そこで幕府はやむなく,国家安全の妨げになるキリスト教の禁止を徹底させた。
・ただし海外からの情報や技術が入るように、オランダと清の船だけは来航を許した。
・そのため明治となって開国した後にも、いち早く西洋の技術を取り入れることができた。
|
★★
国際金銀差益の秘密ビジネス ★★
さてこの章は、本メルマガ的には非常に重要な話なのです。
何故なら、明治以降から現代までの歴史に大きく関係するからです。
しかし秘話に近い話で、実証性に乏しいかもしれません。
前章までの話は、第一級の史料に基づいています。
しかしそれも、イエズス会の秘密文書が公開されたりしたからです。
それまで、「宣教師たちの秘密の目的は日本侵略だった」、は秘話でした。
歴史は、1%未満の周知の話と、99%以上の秘話で構成されます。
秘話を検証することは、歴史の進化だと思います。
まず周知のお話からします。
江戸幕府を開いた1603年頃は、中国では「明」が統治していました。
1616年、万里長城の北の満州地域に、「清」が起こります。
それまで満州は明に支配されていましたが、独立したのです。
そして1644年、清は長城を越えて南下し、明を滅ぼします。
ここで、昭和史にも繋がる重要なポイント があります。
★ 負けた「明」は、漢民族 (漢人)
★ 勝った「清」は、満州民族 (満人)
★ 満州は、万里長城より北 (華外の地) |
漢人の国破れ、異民族の満人の政権に取って代わったのです。
漢人、特に政権の中枢にいた人たちは敗走します。
その多くは、中国南部や台湾に逃げ込んだようです。
そして
一部は、日本にも逃げてきたというのだ。
なんでも、明の皇族・官僚・技術者集団が中心だったという。
さあこの辺りからが、資料も少ない秘話の世界である。
その来日した明グループと、日本の一部の公家グループが結びついた。
その混成グループが、「
ラフォコンス」である。
、一方、ボルネオ島に逃げた明グループもいたらしい。
そして前後は不明だが、そのグループもラフォコンスに加わったという。
コンスとは漢字で公司と書き、現代では「会社」を意味する。
ラフォの漢字は、筆者は知らない。
ここで周知の話に戻ろう。
多くの教科書によると、
★ 江戸時代のころ、金と銀との交換率は、
・ 日本では概ね、金1 : 銀5
・ 外国では概ね、金1 : 銀15
であった。(外国とは中国清や西欧) |
一方、こうも教科書に書かれている:
| ★ 江戸時代を通じ、国内の金と銀、特に金が不足するにつれ、幕府は衰退していった。 |
この理由について、多くの書物は次のように説明している:
1) 日本は貿易において常に「
輸入過多」だったから、支払に用いた
金や銀が流出した。
2) 西欧人が「幕末」に訪れるようになると、
金と銀の交換差によって、金が流出した。
(これを「国際金銀差益ビジネス」と呼ぶが、あとで内容を説明します)
納得できますか?
・1)は、輸入過多だったかもしれないが、
「鎖国中」だから貿易量は少ないはずではないか?
江戸時代、舶来製品が多く出回っていたという話はないしぃ…、禁制品も多いしぃ…
・2)は、金流出原理は納得できるが、
「幕末だけの短期」の話で一時的でしょう?
幕末だって、そんなに多く西欧人が入国した話はないしぃ…、一度に大量はヤバイしぃ…
納得のいくには、次の説明なら解かる:
★
江戸時代で長期間、国際金銀差益ビジネスで儲けたグループがいる?
(
日本に銀5キロを持ち込み、金1キロと交換し、日本国外で銀15キロに!)
なにせ
海外と一往復すれば、3倍ゲームで儲かるのよ!
それに、
金や銀は溶かせば産出地は不明となるのょ!
普通の輸入品なら、お、密輸品だってバレちゃって逮捕獄門。
どこかで売って換金しないといけないから、バレやすいのよね。
だからこんなボロ儲けの商売は、絶対誰にも「秘密」にしたいでしょ!
そしてこのボロイ商売は、続けられるだけ長期間続けたいでしょ!
ここで先ほどの、怪しげな秘話に戻ろう。
その
国際金銀差益ビジネスで儲けたのが、ラフォコンスだというのだ!
日本の公家の一部が加わったのも、その方が日本で仕事がしやすかったからか?
一時期、長崎に入航できるオランダが同様のことを始めて、武力衝突があったという?
幕末の頃には、大量のゴールドを蓄財したという?
そしてそのゴールドの大半は、ボルネオ島に貯めこんだという?
日本の歴史にも隠然と影響力をもち、倒幕後、年号が「明」治となったのにも関係が?
明治期、ロスチャイルドが日本だけには好意的だったのも、この金目当て?
日米戦争前、ロスチャイルド・日本・中国の3者で密約があり、日中関係のカギとか?
日米戦争後、その金が米国に運ばれ、それが映画「007・ゴールドフィンガー」の原話?
いろいろ怪しげな話だったでしょう?
マトモな歴史にするには、例えば武力衝突したスペイン船の記録が発見されるとか、
膨大な史料による歴史検証が必要だろう。
ちなみに筆者は、雑誌「ムー」は購読してないが、ムー好みな話題ですね。
どなたか、ムーでこんなこと書いてあったよ、みたいのがあれば教えてください。
勿論、ムー以上に信憑性のある何かがあれば、教えてください。
しかしラフォコンスが実在しなかったとしても、似たような組織実在の可能性は?
・ ボロ儲けができて、
・ しかも技術的に可能であって、
・ ただし最高レベルの秘匿が要求されるとしても、
100%自然発生的に、そういった組織は誕生するはずだ。
当時の国際金銀差益ビジネスこそ、正にそれではないか。しかも、
・ 直接他人に迷惑かけない、
つまり直接的な被害者は当面いないのだから、尚更ではないか?
もっとも長期的には日本から金が流出して、皆が被害者になるわけだけど…
日本人は金融に弱いから、今も似た話で苦しんでいるわけだけど…
★★
おわりに ★★
世界侵略の先鋒となって暗躍したイエズス会が、現在はおとなしくなって、過去の秘密文書まで公開したのは、何故か。
それは日本共産党が、かつては破壊工作活動をしていたのに、現在は普通のマジメな政党になったのと似ている。
つまり「政治的意思」が、宗教よりも、共産主義よりも、強力な「新しい洗脳ツール」を活用できるようになったからに他ならない…
それが、「マネーと情報」という、現代の「沈黙の兵器」なのではなかろうか。
【Repeat Messages】
●日本が800兆円の負債? ちょっと待った! 日本は世界一の債権国だぞ! 外国からの負債はない!
では日本の負債の債権者は誰だ? それは日銀とその子分の金融機関だった! ★参照:
ep1
●日銀は株式会社であり国の機関ではない。(その証拠にURLは私的機関を示す「or.jp」だ)
日銀を国有化して、政府と国会が信用創造せよ! ★参照:
ep2
●バブルとその崩壊は、日本を構造改革するため意図的に創られたのだ! ★参照:
ep6,
ep7
●聖書における天地創造の神はエホバ(ヤハウエ)ではない。天地は神々(エロヒム)により創られた、とある。
アダムとイヴだけが最初の人類ではない。他の神々が創った人が存在した? ★参照:
ep13
[広告]