2009/11/22
都電荒川線『学習院下』 豊島区
ついに出ました! 鉄道メルマガ!! まずは、東京のマニアック路線!! 都電荒川線の全駅制覇シリーズ! それでは出発進行! ____________________________________ 都電荒川線『学習院下』 豊島区 取材日:2009年10月18日『日』 学習院下駅(がくしゅういんしたえき)は、 東京都豊島区高田二丁目にある都電荒川線の駅で、 相対式ホーム2面2線を有する駅である。 駅名通り近くには学習院がある。 さすがに皇族の方々が通う学校だけあって、周りの環境は良さそうである。 また、少し歩けば目白不動尊がある。 目白不動尊に向かう途中ですごい道を横切る! この坂だけはぜったいに走りたくない(笑) さて、目白不動尊とはどんなところなのか… 正式には、真言宗 神霊山 金乗院(こんじょういん)慈眼寺 目白不動尊 伝 弘法大師作 関東三十六不動霊場第十四番 なんだか難しい名前である。 宿坂の方から来ると、江戸時代たっぷりの雰囲気をもつ山門があって、 左に「十一面観世音」の石柱、右に不動尊の石像を見ながら門を入ると、 先ず前方に、鉄筋コンクリート造りの金乗院が目に付きます。 家康が江戸に入る前からあったと伝えられる寺です。 観音様を拝んでから、右手の方に、別に不動堂がることに気が付きました。 関口の方にあった東豊山 新長谷寺の不動堂が戦災で焼けて、 移ってきているものです。 その経過を豊島区教育委員会は案内板で、次のように説明します。 金乗院は真言宗の寺院で開山の永順が本尊の聖観音を 勧請して観音堂を築いたのが草創とされ、 永順の死は文禄3年(一五九四)六月であるからそれ以前の創建である。 当初は蓮花山金乗院といい中野宝仙寺の末寺であったが後に、 神霊山金乗院と改め護国寺の末寺となった。 江戸時代には近辺の木之花開耶姫社(このはなさくやひめしゃ)などの 別当であったが、昭和二十年四月の戦災で本堂等の建物、 水戸光圀の手になるという「木花開耶姫命」の額などの宝物も焼失した。 現在の本堂は昭和四十六年に再建されたものである。 目白不動堂は以前、文京区関口にあったのであるが 昭和二十年五月の戦災により焼失したため、 本尊の不動明王像を金乗院に移して合併したのである。 不動堂は元和四年(一六一八)に小池坊秀算によって建立され、 東豊山浄滝院新長谷寺と号した。 本尊の不動明王像は、目黒、目赤などの五色不動の一つであり、 目白の号は寛永年中(一六二四~一六四四)に 三代将軍徳川家光の命によるといわれる。 さて、次の駅『鬼子母神前』に向かいたいと思う。 写真はブログで↓ http://touhoudensyaroku.seesaa.net/?1256816068 ___________________________________ オフィス・マーキュリー 石田 和弘 〒124-0011 東京都葛飾区四つ木5-5-7 お問合せ:office-mercury.ishida@auone.jp ホームページ:http://officemercury.zero-yen.com/ ■メール配信解除は以下のフォームからお願いします。↓ http://www.mag2.com/m/0001038381.html
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