戦国逸話集『常山紀談』を現代語訳する!  RSSを登録する

マンガ世代の人間だから、この常山紀談がコミックだったら読んでみたいなと思っていたのですが、現代語訳ですら出回っていないようです。しかたがないので高校時代の古語辞典を片手に想像と妄想だけで全訳してみようと思います。誰か歴史に詳しい方、どうか訳しまちがいを指摘してください。

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2009/11/18

遠藤喜三郎三村家親を打つ事並備前明禅寺合戦を打つ事 その2

033-2                               2009.11.18
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戦国逸話集『常山紀談』を現代語訳する!

第33話 その2

遠藤喜三郎三村家親を打つ事並備前明禅寺合戦を打つ事 その2
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この常山紀談の33番目にある話は長いので、少しずつ区切りました。


<並びに備前明禅寺合戦のこと その1>

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 三村家親の長男は荘氏の養子になっていて、備中(岡山県西部)猿掛城を居城にする荘
(しょう)元祐(もとすけ)である。次男は三村修理亮(しゅりのすけ)元親(もとちか
)で備中松山城に居た。ふたりは父、三村家親の弔い合戦をしようと作戦を練った。
「備前国(岡山県東南部)上道郡沢田の西明禅寺城を攻め取れば、宇喜多直家は沼城を出
て、奪われた砦を取り返そうと明禅寺に攻めてくるだろう。そこを後詰めする。つまり援
軍をもって宇喜多軍を背後から襲って、明禅寺にいる兵とはさみうちにしよう」
 そういうわけで、精鋭四百人が夜陰に乗じて三棹山(操山)から押し寄せて明禅寺城を
攻め取った。そして薬師寺弥七郎や根矢与七郎らに守備を任せた。
 案の定、宇喜多直家は明禅寺城を取り戻そうと攻撃を仕掛けてきた。
 
 
 宇喜多家に忍び込んでいたスパイが備中松山城に駆け戻ってきて、この情報を伝えた。
「願ったとおりの展開になってくれてラッキーだ」と三村元親は言った。そして三村一族
が互いに集まり、明禅寺に向かって出陣した。その兵力は二万人あまりとなった。
 三村軍は、備前の辛川(からかわ)の宿駅で兵を三つに分けた。
 一隊は荘元祐を大将として、兵七千あまりを率い、万成(まんなり)山のふもとをわま
って春日神社の前から旭川を渡り、旭山の下から北東に向かって三棹山に押し寄せて明禅
寺の後ろ巻き(=味方を攻め囲む敵軍を、さらにその背後から囲むこと【広辞苑】)とな
る。
 もう一隊は石川左衛門尉が五千ばかりの兵で首村(こうべむら=現在の岡山市北区首部
)の日焼鼻(ひやけばな)から(旭川を渡って)、岡山城の北を過ぎ、原尾島村に進出し
て、宇喜多直家の本陣に押し寄せ、一気に決戦にもちこむ。
 三村元親は一万人を率いて、津島村から国府市場を通り釣の渡りで旭川を渡って、四御
神村の山を越えて、宇喜多直家の本拠地である沼城を攻め取る。
 このように三村軍は作戦を定めて侵攻していった。
 
 
 宇喜多直家はそうとも知らずに沼城を出て、古津の西宍甘(現在の岡山市東区宍甘あた
り)に陣を構えていた。
 そこへ「万成山城から、敵の三村軍が三方に分かれて押し寄せてきています」という報
告が入ってきた。
 宇喜多軍の兵たちは、「前方の明禅寺城では敵が死を覚悟して籠城をしている。そこへ
我が軍を挟撃しようと、三村元親の援軍が大軍で攻めて来てきた」と聞いたので、敗戦ム
ードを漂わせながら騒いでいた。
 しかし、宇喜多直家は少しもひるまず大声で笑った。そして、「明禅寺城さえ攻め破れ
ば、敵の兵が何万来ようと、蹴散らしてやるものを」と言うや否や、兜を取って緒を結び
、ぶらぶらと垂れて邪魔にならないように、結び目から余った緒の両端を刀を抜いて切り
捨てた。そして馬に飛び乗り、二十町あまりの田んぼの中を一直線に明禅寺城と駆け向か
った。
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それから、

「スパイ、ラッキー、ムード」とか外来語を使っているのは、その方がわかりやすいとい
うのもありますが、この常山紀談というのは「歴史そのまま」ではないので、外来語を使
うぐらいの厳密さで十分だとぼくが判断したからです。歴史物にカタカナ語が使われたら
信用がなくなりますが、それでよいぐらいで、歴史的事実だと思われるのを避けるためで
す。

「桃から生まれた桃太郎」という言葉を耳にしたことがあります。

桃太郎は、「草双紙」が原典と言っていいと思います。
グリム童話とかもそうですが、それが明治時代に物語作家たちが適当に童話として改編し
ました。

無論、桃太郎は、老夫婦が川に流れていた桃を食べて若返り、それで子供ができて桃太郎
と名付けました。それを子供向けに、桃から生まれたことにしたというわけです。

浦島太郎、一寸法師は『御伽草子』 ですね。浦島太郎をウィキペディアで検索してもら
えばいいのですが、日本書紀にも浦島太郎伝説は載ってあります。御伽草子あたりで完成
されたとみていいということです。

で、

「お前、ほんと何も知らないな。桃太郎は桃から生まれたんだよ」的なことを言う人が多
くいますが、物事はそんなに単純ではありません。

戦国武将の逸話も、当時にビデオカメラで撮影したわけでなく、単なるいいつたえ程度の
ものです。

事実と意見の区別ができない人がいますが、歴史だって客観的に証拠づけられた史実と主
観的に語られてきた伝聞のあいだには天と地ほどの差があるのです。



事実:

第二次世界大戦前、アメリカでは一般労働者がふつうに自家用車を持っていた。毎週、小
型空母をかるく建造できた。アメリカの石油の生産量(1941年)は年間1億9000
万トン。日本は30万トン。GHQによる占領統治時、日本には37万トンの石油しか残
っていなくて、アメリカの戦略爆撃調査団は、この数字報告を受けて「これは一(いち)
飛行場の石油備蓄量だ」と突き返し、(当時の日本の統計はひどいものだったから)、こ
れが国全体だとは信じなかった。(書類記録が残っている。それから日本の旧海軍の連合
艦隊だけで一日に一万トン以上の石油を消費した。陸軍も一般国民も工場も石油は使うの
だから、アメリカの言い分はもっともである。現在の日本は5億トン以上の年間消費量。
1人当たり4トン。海上自衛隊の総出の観閲式では省エネもあって一日にせいぜい千トン
。昔は燃費が非常に悪かった)

意見:

日本は神の国である。日本軍は負けることはない。米英鬼畜だ! ぜいたくは敵だ!


こんな極端な例を挙げるまでもなく、この世は悲しいことに事実よりも意見の方がまかり
通るのです。ぼくの感覚では多くても十人にひとりぐらいしか、事実と意見の区別はでき
ていないと思います。ほとんどの人が意識すらしていないのです。


テレビ、新聞だってひどいものです。区別できていません。報道関係のひとは、そんな区
別、もとからしないように心がけているのかもしれません。マスコミという存在は煽らな
ければ儲からないわけで(利益優先でないNHKでさえやらせ事件を起こすほどですから
)、事実を淡々と述べられても想像力がなければ面白くないので、結局はそれを求める国
民が悪いのでしょう。


だって「米英鬼畜だ!」とか「私がルールブックだ!」とか言われたら、ぼくには返す言
葉はありません。「それはあなたの意見であって事実ではないで……、ぐはっ!」という
感じで殺されます。日本ではロバのハンスのように、まわりの空気を読める人間だけしか
生きていけないのです。

ウィキペディアみてみたら、馬とあったので、馬に訂正します。

///// 賢馬ハンス クレバー・ハンス効果

ハンス(Hans、賢いを意味する「Kluger」や「Clever」を付けて「独:Kluger Hans」、
「英:Clever Hans」と呼ばれる)は、計算ができるとして話題になった馬。実際には観
客や飼い主が無意識下で行う微妙な動きを察知して答えを知っていた。

1891年頃から飼い主のウィリアム・フォン・オステンが出す簡単な問題に蹄を叩く回数で
答える事ができると有名となり、1904年にはカール・シュトゥンフらによって調査された
が何のトリックも使っていないと結論づけられた。その後アルバート・モールによって飼
い主の動きを追っている事が指摘され、1907年にオスカー・フングストらによってハンス
がどのようにして答えを知っていたかが解明された。観客や飼い主、出題者、その場に居
合わせただれにも問題が分からないように出題(あらかじめ紙に書かれた問題を出題者が
見ずに出題する、あるいは出題後直ちに立ち去る)すると、ハンスは答えを出す事ができ
なくなったのである。つまり計算ができるわけではなく、回りの雰囲気を敏感に察知する
ことに長けた馬だったというわけである。今日このような現象の事を「クレバー・ハンス
効果」と呼ぶ。
////////

ガリバー旅行記のような言い意味ではなくて、日本は馬の国なのでしょうか?
(ガリバー旅行記も、おとぎ話ではなくてちゃんと著者スイフトの本を読まないと上の文
の意味もわからないと思います。)


どうせ、ぼくは戦国時代に「スパイ」という外来語があると思っている愚か者ですよ。と
いうか、えらそうに意見されたので、蛇足ながらこのような逆ギレ文をのせました。歴史
は(も)本当に素人なので、まちがいだらけで申し訳ないのですが、「外来語は良くない
のでは」というレベルの丁寧語だったら、「そうですね。そうかもしれませんね。そうし
ます」と対処しようと思っていたのですが、スパイという語が戦国時代にあると思ってぼ
くが訳していると思われているレベルならば(ぼくの日本語はひどいものだということは
自覚していますが)、やっぱり外来語を使った方がいいと確信しました。

「肯定的意見はいいけど、否定的意見はよくない」とは思ってはいませんが、ネットって
中傷的なことのほうがしやすいのでしょう。


<常山紀談の原本>
http://takeshi.boy.jp/1_19.pdf
http://takeshi.boy.jp/20_39.pdf 
http://takeshi.boy.jp/40_59.pdf (現在訳している20ページ分)
http://takeshi.boy.jp/60_79.pdf
http://takeshi.boy.jp/80_99.pdf
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