2009/08/24
よろしければ日常の参考にどうぞ
6年で2億円稼いだ男が伝えたい役立つものの考え方! 20歳で起業し6年で2億円を稼ぎ、たくさん働き、たくさん遊び、 そして成功と挫折を味わった男がどうしても伝えたいものの考え方を 体験談を含めお伝えします。 日常生活やビジネス等さまざまな分野に必ず役に立つ!! と自負するヒントをお届けします。 詳しいプロフィールは後半で! 今回のテーマは「自己評価」です。 何かをしたい、成し遂げたい でも途中で挫折して自己嫌悪に陥る。 こんな経験ありませんか? 私は商売を始めたとき、いや人生を振り返ると いつも劣等感を抱えていました。 自分はこんなものだという「自己評価」は 私の場合もの凄く低かったのですが、 この評価が実は人生の全てを左右するという事を ご存知でしょうか?? 私がこの事に気付いたのが成功した1番の理由です。 自分に対する「評価、イメージ」これによって 我々は物事を判断します。 全ての行動の基準にしています。 例えば自分は年収いくらにふさわしい人間だと評価していますか? ある人は300万円と評価しています。 その人が年収600万円になると違和感を感じてお金を稼ぐこと に罪悪感さえ感じるようになります。 そして自然と年収300万円になる行動をとり 自分の評価している自分になるのです(戻るのです)。 そんな人は年収3000万円稼ぐ人の行動や、考え方など全てに 圧倒され、時には批判もします。 もの凄い事をやっている様に見えてしまうのです。 しかし自己評価が3000万円の人は何の苦労も無く 淡々と楽しんでお金を稼ぎます。 周りから見ると難しそうなあるいは大変そうな事も平気です。 私も稼ぎまくっていた頃よく周りの人に 「よくそんなに頑張れるねー」と言われていました。 でも自分はそんなに死に物狂いで頑張っていたつもりはなく 全てが当たり前と思って楽しんでやっていました。 今の私の自己評価は年収1億2千万円です。 そこに向って日々精進しています。 普通(?)に考えるととんでもない事(犯罪は犯してませんよ) をしてみたり、言ってみたりと豪快です。 皆さんの「自己評価」「自分のイメージ」はどうでしょうか? ここが低いといくら考え方や行動を見直したところで 結局は元の自分が評価を下した人間になってしまうのです。 この自己評価、イメージをアップする方法は様々ですが 自己評価を上げて毎日意識するだけでも全然違った感覚で 物事をとらえたり、行動できるので楽しいですよ。 生まれた育った環境や過去の失敗によって 自分を過小評価している人が世の中には沢山います。 私もその中のひとりでした。 世界中の成功者の人も初めから成功している人は1人もいません。 自分を過小評価したまま生活すると全てが小さくなります。 スポーツ選手でいう「イメージトレーニング」です。 勝つイメージを持ち続けた選手が一流になります。 「自分に対する評価、イメージを変える」 これこそが成功の第一歩になります。 皆さんも意識して評価を変えてみて下さい。 今号も最後までお付き合い下さりありがとうございました。 ■■2億円稼いだ男が伝えたい役立つものの考え方!■■ 発行人:三谷 清治 モットーは、「楽しく生きる」「後悔しない」 「感謝を忘れない」「1日1笑」 プロフィール 氏名:三谷 清治(みたに きよはる) ■幼少期 1976年広島県の田舎町に3人兄弟の末っ子として生まれる。 小さい頃から怖いもの知らずで保育園にいた時に 頭をケガして縫うくらい活発に遊んでいた。 ちなみに1歳の時に自宅の階段からころがり落ちて手に持っていた玩具のそろばんが 右眉毛に突き刺さり重傷。現在もきっぽがクッキリ。 しかし右目だと失明していたので眉毛でラッキーだったと常日頃から思っている。 両親が共働きで家にあまりいなかったので淋しかった記憶がある。 その影響か今でも淋しがりやである。 あまりの淋しさに耐えかねた当時3歳だった私はお気に入りのコロ付き自転車に乗り 母親の職場(距離にして2~3キロ)まで乗り込む!? 一度父親の車で行っただけなのに、結構根性と記憶力があった模様。 あとおばあちゃんの家が近所にあった為よく泊まっていた。 おばあちゃんは女手1つで6人の子供を育てたツワモノだったので いろいろ大切なことを教えてくれた。(大切な優しさを1番教わった) しかし末っ子ということもあり基本的には甘えん坊であった。 ■小学生時代 人を笑わせる事に快感を覚え、1日1笑(1日1善にちなんで)をモットーに人を笑わせる事に全力を尽くす。 お蔭で結構な人気者になれた。 友達の誘いで少年野球に入ったが、肌に合わず2ヶ月で辞める。 小学校の文集の将来の夢には「大会社の社長になる!!」と堂々と書いてある。 文章の始まりは、「僕の家は貧乏です。だから将来社長になってお金持ちになって親孝行します。」と書いてあり純粋さが満開の当時を思い出し目が潤む。 「社長になる=勉強して大学に行く」と思っていたので好きではなかったが 良い点を取ると親が喜ぶ(人が喜んだり笑ったりするのが好きでしょうがなかった)ので勉強を頑張っていた。 しかし遊びの方が楽しいのでいつも泥だらけで遊んでいたのを覚えている。 好奇心旺盛だったので6年生の時に親戚のおじさん(市の長者番付けに 載るくらい金持ち)のタバコの吸殻に火をつけて吸ってみた、死にそうなくらい ムセたのを覚えている。 お金持ちになりたかったので金持ちはタバコを吸うと純粋に信じての行為である。 ■中学校時代 思春期まっさかりなので異性の事を意識する毎日が延々と続く。 ハーフっぽい顔!?のお陰で結構モテていた。 また悪さもしてみたい時期なので悪友とタバコを吸ったり、家出をしたり万引きしてみたりと迷惑をかけていた。 部活動も中途半端だったので、煮えきれない学校生活が続いた。 夜屋上に忍び込んでビールを飲んだりいろいろ悪ふざけをしたが 親を悲しませるのは嫌いだった。 ただ友達と悪ふざけをするのが楽しくて仕方なかった。 しかしこのままでは社長になれないと心の何処かで思っていたので勉強はそこそこ頑張った。 お笑いが大好きだったのでお笑い芸人になりたいとも中途半端に思っていた。 ■高校生時代 そこそこの新学校に入学したが、 入学1週間後からいきなり1ヶ月間の不登校になる。 学校が山の上にあり、家からかなり離れていたので行くのがめんどくさかったのと 中学時代の友人以外とは気が合わない気がして (今でも中学生時代の親友が1番仲が良い)面白くなかった。 またよくあるパターンだが音楽に興味を持ち楽器を手に入れ、 (夏休みを利用しペンキ屋でバイトして10万円稼いだ)将来はBIGになる! と意気込んでいたが、ちょっとつまずくと諦めてしまう悪い癖があり 中途半端に終わる。 1年生の時の担任の先生の説得によりなんとか高校生活をやり過ごしていた。 あまり楽しい思い出はない。 中途半端な自分がすごく嫌だったが、自分にはとことん甘かったので周りに流されながら適当に生きていた。 「将来はどうせ社長になるから!」という根拠も無く意味の分からない自信だけは常に持っていた。 ■浪人時代 「社長=大学に行く」と信じていたので浪人して良い大学に入ろうとしたがあっさり挫折。 予備校に行く振りをしてパチンコに明け暮れる。 常に両親への後ろめたさいっぱいのしょぼい自分であった。 結局1年の浪人生活の結果これまた広島の中途半端な大学(失礼なので名前は伏せます)に入学する。 ■大学生時代 大学に入った1番の理由は「社長になる為!!」のはずだったが、駄目駄目の当時の私は合コンしか頭になかった。 大学に1ヶ月通い悟った。(もちろん悟りを開けるほど大した人間ではなかった) 「大学なんか意味ないわー」(注:大学は意味の無い所ではありません、三谷がガキだったのです。)、、、突然辞めた。 ■フリーター時代 大学を辞め両親に申し訳ないと思いつつもギャンブルに明け暮れる毎日。 「夢を叶える=ギャンブルで一山当てる!」というサブい信念を持ち、 「一山当てたら社長になって親孝行するで~」と小学校の頃の夢を 心の片隅に置きながら、完全にズレた考えで勘違い路線を爆走していました。 同時に「学歴がある人しか社長になれないわけではない」という事にようやく気付いた頃でした。 ■独立時代 そんなショボいフリーター生活を1年近く続け、20歳になり理想とはかけ離れた生活をしていた時、突然転機は訪れました。 幼なじみから「一緒に商売をしよう!」と誘われました。 最初は商売など自分が出来るはずもないと迷っていましたが、友人の執拗な誘いに負けなんとなく広告業関連の商売をスタートさせました。 こうして20歳の時にわけも分からず独立しました。 しかしこの時の決断が人生を180度転換させる事になろうとは当初は夢にも思っていませんでした。 今では誘ってくれた親友には感謝でいっぱいです。 ■サクセスストーリー 独立して6カ月間で借金が100万円を超えました。 このままではイケないと思いたくさん勉強しました。 本もたくさん読みました。 成功している人に頭を下げてアドバイスを頂きました。 そのアドバイス通りに実行すると少しづつ結果が出始めました。 遊びたい気持ちは少しもなく青春時代を全て仕事にぶつけました。 その結果、商売をスタートして1年後には収入が100万円を超え借金を完済する事ができ、憧れの外車にも乗れるようになっていました。 子供の頃の夢である「社長になって親孝行する」も少しずつですが実現させていました。 住みたい戸建ての家に住み、乗りたい外車に乗り、行きたい場所へ旅行に行き、 食べたいものを食べ欲しい物はどんどん手に入れて、 経済力と自由な時間を使い成功を満喫していました。 こうして6年たった26歳の時にトータルで2億円稼ぎ出していました。 ■栄光と挫折 余裕が出来ると貧乏人上がりで我慢だらけの人生だった私は仕事そっちのけで遊びまくりました。 2004年には税務署の調査が入り(悪い事はしていないが売り上げが目立ったので 調査に来たという事でした。)いろいろと文句を付けられて追徴課税で500万円持っていかれました。 完全に罰が当たったのです。 そして仕事意欲を無くしてからは見る見るうちに仕事の売り上げが下がり収入も激減してしまいました。 それから5年経った今現在は2人の子供の子育てに没頭し一緒に遊んでいます。 今は子供達に多くの夢を見せれる親になりたいという新たな目標の為に日々精進しております。 商売を続ける傍ら農業にも興味を持ち少しづつ勉強をしています。 20歳から32歳のこの12年間で本当に色々な体験、経験をさせてもらいました。 少しでもお役に立てればと思いパソコンおんちな私が毎週1つずつですが 実体験を交えた役に立つものの考え方をお送りさせて頂きます。 最後までお付き合い頂き誠にありがとうございます。 ---------------------------------------------------------------------- 6年で2億円稼いだ男が伝えたい役立つものの考え方! 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0001000339.html ----------------------------------------------------------------------


