記念すべき第1回目のテーマは「ザ・クサリ」です。
皆さん生まれてから成人するまでの間に周囲から
「君には無理だ」「できないよ」「やめとけ」など
皆さんを制限する言葉を平均で何回くらい聴かされて
成長するかご存知でしょうか??
50回?100回?500回?1000回?、、、、、、
実は1万5千回だそうです。(偉い心理学者の方が統計を取ってました)
これが何の関係があるのかという分かり易い例え話としてゾウさんのしつけ
について説明します。
ゾウはご存知のように怪力の持ち主です。
車も潰せますし金網のフェンスだって簡単に破れます。
そんなゾウさんが怒りに狂って大暴れしたら大変な事になります。
そこで動物園の飼育員やサーカスの飼育係りの人は次のように
ゾウさんをしつけます。
まず小さい小象の時に足に輪っかの付いた鎖と地面の杭とをつなげます。
しかし鎖が伸び切ってしまうと輪っかの内側に無数についてある
鉄のトゲが足に食い込むようになっていてとても痛いのです。
まだ小象には鎖を引きちぎるだけのパワーはありません。
ですから鎖に繋がれている時は
鎖が伸びきらない(トゲが足に食い込まない)範囲でしか
行動をしなくなります。この状態で立派な大人のゾウさんに
成長したらどうなるでしょうか??
答えは怪力を持ち、鎖を簡単に引きちぎる事ができるのに
そんな事は決してしません。
ただ鎖が伸びきらない範囲をグルグル動き回るだけなのです。
なぜでしょうか?これが今回のテーマでもある
「ザ・クサリ」なのです。
小象の時から鎖が伸びたら痛い、怖い、無理だと教えられたゾウは
大きくなっても痛い、怖い、無理だという考えが頭に
刷り込まれていて、心に鎖がかけられている為に
恐怖心ですぐにあきらめてしまう様になります。
危険なゾウさんをしつける為ですから仕方がないのですが、
本来は野生の動物なので人間の勝手でそうしているのです。
話しを人間に戻します。
前半で書いたように幼い頃から1万5千回もの制限する言葉を聴かされて育つと
人は自分で自分の心に鎖をかけるようになります。
「自分には無理だ」「できるはずがない」「怖い」などです。
恐怖心、確かにこれが無ければ死者も増えるため
最低限の心の鎖は必要です。(交通マナーや道徳的な事柄)
しかし必要以上の鎖が心にかかっている人の多いこと、
嫌気がさすほどたくさんいます。私もその中の1人でしたが。
「世の中で人と違う結果を出し成功するなんて自分には無理だ」とか
「あの人は生まれも育ちも良いから幸せなんだ」とか
「親が頭が良いから子供にも遺伝してあの子は頭が良い」とか
実にくだらない鎖が世の中には溢れかえっています。
しかし本当にそうなのでしょうか?
同じ人間がやっている事なのに、その人がした努力には注目せずに
ただなんとなく大変そうとか無理そうとか思っているだけで、
鎖を外す努力をしたがらない人の多いこと、また気付いていない人の多いこと。
そんな目障りな鎖を外す唯一の方法をお伝えします。
私もこれを日々実践し新しい自分を手に入れました。
それは「自分はできる」と呪文のように唱えること。
毎日、毎時間、毎分、毎秒。
暇さえあれば自分で自分を洗脳するのです。
出来ない理由はどこにもありません。
言い訳はいくらでも見つけれます。
そんな時間は無駄なのでひたすら洗脳します。
「自分はできる」「自分はできる」、、、、、、、何千万回も。
ただそこまでして変化する事がめんどくさいと思っているだけの
人がたくさん世の中にはいます。もったいない事です。
話しは飛びますが子供はみんな天才です。
しかし周りの大人がアホだったら
気付かずに子供に鎖をかける言葉を連発しています。
「これはダメ、あれはダメ」
頭ごなしに否定します。
知らず知らずに天才から能力とセンスとやる気を奪います。
自分のエゴや価値観を子供に知らず知らずに押し付けます。
子供がかわいいから、心配だから、守らなければ等と
正当な理由を付けて押し付けます。
私も子育て新米の頃は気付かずにこのような事をしていました。
しかしこのままではいけないと気付き、
子供の意見を尊重してあげ、可能性にはどんどん
チャレンジさせ、危ないことは遊びを通して身体で覚えさせ、
礼儀と道徳をきちんと伝えてしつけを頑張っています。
子供は親の所有物でも奴隷でもペットでもありません。
立派な1個人として周りが接してあげるべきだと思います。
「心に鎖をかける」これは想像以上に効果があり
使い方を間違えれば恐ろしい手段になります。
しかし上手に活用すればこれ以上に心強い味方はいません。
長年のさび付いた鎖はなかなか強敵ですが、
皆様が何かを始めるとき、今面白くないとき、どうにかしたいとき
また日常生活を豊かに過ごしたいときなどは
まずは自分の心の鎖を外すことから始めることをオススメします。
20歳で商売を始めた時は心に鎖が絡まりまくってましたが、
1年経って成長した時にはそんなものはどこかに吹き飛んでいました。
毎日呪文のように「自分はできる」と言い聞かせ続けた結果です。
周りの人は鎖をかけるような言葉は発しても外すような言葉は
なかなか発してくれません。
周りの人も悪気は無いのですが、心の鎖に気付いてないのです。
私が商売を始め必ず成功すると意気込んでいた時にほとんどの周りの人は
バカにしましたし、鎖をかけてきました。
「あなたには無理だ」「若いくせに」「フリーターが成功!?」と。
しかしひとたび結果を出せばコロッと態度が変わります。
「凄いね」「やると思ってたよ」「さすが!」と。
周りの人は良くも悪くも無責任です。
あなたのことはあなたが1番管理するしかないのです。
せめて自分だけは自分の応援団長でいて下さい。
みんなで心の鎖を外しましょう!
最後までお付き合いくださりありがとうございます。
次週も宜しくお願い致します。
■■2億円稼いだ男が伝えたい役立つものの考え方!■■
発行人:三谷 清治
モットーは、「楽しく生きる」「後悔しない」
「感謝を忘れない」「1日1笑」
プロフィール
氏名:三谷 清治(みたに きよはる)
■幼少期
1976年広島県の田舎町に3人兄弟の末っ子として生まれる。
小さい頃から怖いもの知らずで保育園にいた時に
頭をケガして縫うくらい活発に遊んでいた。
ちなみに1歳の時に自宅の階段からころがり落ちて手に持っていた玩具のそろばんが
右眉毛に突き刺さり重傷。現在もきっぽがクッキリ。
しかし右目だと失明していたので眉毛でラッキーだったと常日頃から思っている。
両親が共働きで家にあまりいなかったので淋しかった記憶がある。
その影響か今でも淋しがりやである。
あまりの淋しさに耐えかねた当時3歳だった私はお気に入りのコロ付き自転車に乗り
母親の職場(距離にして2~3キロ)まで乗り込む!?
一度父親の車で行っただけなのに、結構根性と記憶力があった模様。
あとおばあちゃんの家が近所にあった為よく泊まっていた。
おばあちゃんは女手1つで6人の子供を育てたツワモノだったので
いろいろ大切なことを教えてくれた。(大切な優しさを1番教わった)
しかし末っ子ということもあり基本的には甘えん坊であった。
■小学生時代
人を笑わせる事に快感を覚え、1日1笑(1日1善にちなんで)をモットーに人を笑わせる事に全力を尽くす。
お蔭で結構な人気者になれた。
友達の誘いで少年野球に入ったが、肌に合わず2ヶ月で辞める。
小学校の文集の将来の夢には「大会社の社長になる!!」と堂々と書いてある。
文章の始まりは、「僕の家は貧乏です。だから将来社長になってお金持ちになって親孝行します。」
と書いてあり純粋さが満開の当時を思い出し目が潤む。
「社長になる=勉強して大学に行く」と思っていたので好きではなかったが
良い点を取ると親が喜ぶ(人が喜んだり笑ったりするのが好きでしょうがなかった)
ので勉強を頑張っていた。
しかし遊びの方が楽しいのでいつも泥だらけで遊んでいたのを覚えている。
好奇心旺盛だったので6年生の時に親戚のおじさん(市の長者番付けに
載るくらい金持ち)のタバコの吸殻に火をつけて吸ってみた、死にそうなくらい
ムセたのを覚えている。
お金持ちになりたかったので金持ちはタバコを吸うと純粋に信じての行為である。
■中学校時代
思春期まっさかりなので異性の事を意識する毎日が延々と続く。
ハーフっぽい顔!?のお陰で結構モテていた。
また悪さもしてみたい時期なので悪友とタバコを吸ったり、
家出をしたり万引きしてみたりと迷惑をかけていた。
部活動も中途半端だったので、煮えきれない学校生活が続いた。
夜屋上に忍び込んでビールを飲んだりいろいろ悪ふざけをしたが
親を悲しませるのは嫌いだった。
ただ友達と悪ふざけをするのが楽しくて仕方なかった。
しかしこのままでは社長になれないと心の何処かで思っていたので勉強はそこそこ頑張った。
お笑いが大好きだったのでお笑い芸人になりたいとも中途半端に思っていた。
■高校生時代
そこそこの新学校に入学したが、
入学1週間後からいきなり1ヶ月間の不登校になる。
学校が山の上にあり、家からかなり離れていたので行くのがめんどくさかったのと
中学時代の友人以外とは気が合わない気がして
(今でも中学生時代の親友が1番仲が良い)面白くなかった。
またよくあるパターンだが音楽に興味を持ち楽器を手に入れ、
(夏休みを利用しペンキ屋でバイトして10万円稼いだ)将来はBIGになる!
と意気込んでいたが、ちょっとつまずくと諦めてしまう悪い癖があり
中途半端に終わる。
1年生の時の担任の先生の説得によりなんとか高校生活をやり過ごしていた。
あまり楽しい思い出はない。
中途半端な自分がすごく嫌だったが、自分にはとことん甘かったので周りに流されながら適当に生きていた。
「将来はどうせ社長になるから!」という根拠も無く意味の分からない自信だけは常に持っていた。
■浪人時代
「社長=大学に行く」と信じていたので浪人して良い大学に入ろうとしたがあっさり挫折。
予備校に行く振りをしてパチンコに明け暮れる。
常に両親への後ろめたさいっぱいのしょぼい自分であった。
結局1年の浪人生活の結果これまた広島の中途半端な大学(失礼なので名前は伏せます)に入学する。
■大学生時代
大学に入った1番の理由は「社長になる為!!」のはずだったが、
駄目駄目の当時の私は合コンしか頭になかった。
大学に1ヶ月通い悟った。(もちろん悟りを開けるほど大した人間ではなかった)
「大学なんか意味ないわー」(注:大学は意味の無い所ではありません、三谷がガキだったのです。)
、、、突然辞めた。
■フリーター時代
大学を辞め両親に申し訳ないと思いつつもギャンブルに明け暮れる毎日。
「夢を叶える=ギャンブルで一山当てる!」というサブい信念を持ち、
「一山当てたら社長になって親孝行するで~」と小学校の頃の夢を
心の片隅に置きながら、完全にズレた考えで勘違い路線を爆走していました。
同時に「学歴がある人しか社長になれないわけではない」という事にようやく気付いた頃でした。
■独立時代
そんなショボいフリーター生活を1年近く続け、
20歳になり理想とはかけ離れた生活をしていた時、突然転機は訪れました。
幼なじみから「一緒に商売をしよう!」と誘われました。
最初は商売など自分が出来るはずもないと迷っていましたが、
友人の執拗な誘いに負けなんとなく広告業関連の商売をスタートさせました。
こうして20歳の時にわけも分からず独立しました。
しかしこの時の決断が人生を180度転換させる事になろうとは当初は夢にも思っていませんでした。
今では誘ってくれた親友には感謝でいっぱいです。
■サクセスストーリー
独立して6カ月間で借金が100万円を超えました。
このままではイケないと思いたくさん勉強しました。
本もたくさん読みました。
成功している人に頭を下げてアドバイスを頂きました。
そのアドバイス通りに実行すると少しづつ結果が出始めました。
遊びたい気持ちは少しもなく青春時代を全て仕事にぶつけました。
その結果、商売をスタートして1年後には収入が100万円を超え借金を完済する事ができ、
憧れの外車にも乗れるようになっていました。
子供の頃の夢である「社長になって親孝行する」も少しずつですが実現させていました。
住みたい戸建ての家に住み、乗りたい外車に乗り、行きたい場所へ旅行に行き、
食べたいものを食べ欲しい物はどんどん手に入れて、
経済力と自由な時間を使い成功を満喫していました。
こうして6年たった26歳の時にトータルで2億円稼ぎ出していました。
■栄光と挫折
余裕が出来ると貧乏人上がりで我慢だらけの人生だった私は仕事そっちのけで遊びまくりました。
2004年には税務署の調査が入り(悪い事はしていないが売り上げが目立ったので
調査に来たという事でした。)いろいろと文句を付けられて追徴課税で500万円持っていかれました。
完全に罰が当たったのです。
そして仕事意欲を無くしてからは見る見るうちに仕事の売り上げが下がり収入も激減してしまいました。
それから5年経った今現在は2人の子供の子育てに没頭し一緒に遊んでいます。
今は子供達に多くの夢を見せれる親になりたいという新たな目標の為に日々精進しております。
商売を続ける傍ら農業にも興味を持ち少しづつ勉強をしています。
20歳から32歳のこの12年間で本当に色々な体験、経験をさせてもらいました。
少しでもお役に立てればと思いパソコンおんちな私が毎週1つずつですが
実体験を交えた役に立つものの考え方をお送りさせて頂きます。
最後までお付き合い頂き誠にありがとうございます。