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2009/07/28

『カシスウー論』 ~新宿のジャズバー『DUG』編~

『カシスウー論』 ~新宿のジャズバー『DUG』編~


 こんにちは 菓子酢ウーロンです。 
 第17回『カシスウー論』は、新宿にあるジャズバー『DUG』(ダグ)編です。

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 靖国通り沿い、ちょうど紀伊国屋の裏あたりにジャズバー『DUG』はある。
 目立たない看板の脇にガラス戸の入り口があって、その扉を開けると地下へ続く短い階段がある。
 店内の壁はレンガ造りになっていて、木製のテーブルやイスはすべてが古びている。
 オシャレかどうかという尺度で言えば、あんまりオシャレでない代物もあるが、古びていることに違いはない。

 ジャズバーなので、当然店内にはなかなかのボリュームでジャズが流れていて、
 昼間のカフェタイムでも照明はグッと抑えられている。
 もちろん、夜のバータイムはさらに暗い。
 
 『DUG』とは、まあそんな店だ。
 ざっくり言ってしまえば、レトロなムードの「いい感じのジャズバー」というわけだ。


 『DUG』は、村上春樹の小説に登場したことでもよく知られている。
 たしか、「ノルウェイの森」のなかで、主人公が授業の帰りに立ち寄るという描写があったと思う。

 私の知り合いには、授業の帰りにジャズバーに立ち寄るヤツなんて一人もいなかったが、
 村上春樹の周りには、きっとそんな人がいたのだろう。
 (あるいは村上春樹自身がそんな大学生だったのかもしれない)

 いずれにしても、私も「ノルウェイの森」で『DUG』を知ったクチだ。

 小説に出てきたジャズバーに実際に行ってみるなんて、いま思えば割とはずかしい行為だが、
 当時(20代前半)の私はけっこうカッコイイと思っていた。 
 若い頃って、多かれ少なかれみんなそんな感じでしょ。 

 私の場合、もともと酒は飲めないし、ジャズになんてまったく興味はないのだが、
 ときどき一人で『DUG』へ行っては、無理やり本を読んでいた。


 本を読むには暗すぎるし、音楽はうるさかったけど、そんなことは気にならなかった。
 そもそも、快適な空間で本を読みたかったわけではない。
 大切なのは『DUG』で読むことだ。
 店内が少しくらい暗くたって、弾むようなピアノがガンガン鳴り響いていたとしても、
 それが『DUG』なら仕方がない。

 そんなふうに思っていたんだと思う。たぶん、きっと・・・
 

 ただ一つの問題は、何を注文するかだった。 

 昼間に行くときはコーヒーを飲んでいればそれでよかったが、
 夜のバータイムではそうもいかない。
 
 バータイムでは「何か、アルコールを頼まなきゃいけない」と勝手に思い込んいたので、
 やむを得ず私は「フォアローゼズ」を注文していた。

 カッコイイ酒といえば、バーボンに決まっている。(当時の思い込み)
 そして、当時の私が知っているバーボンといえば「フォアローゼズ」と「I.W.ハーパー」しかなかった。
 何にしたって、どちらかを注文するしか方法はない。

 かなりさびしいリストではあるが、バーボンの銘柄を2つ知っていれば、たいていの場面は切り抜けることができた。 
 最初はフォアローゼズを飲んでおいて、しばらくしたら「次はハーパーにしようかな」なんてほざいておけば、それで事足りた。
  
 ちなみに、「フォアローゼズ」にはブラックラベルという上級版(通称『黒バラ』)があったので、
 相当無理をして、「フォアロゼのブラックラベルを、ロックで」なんて具合にオーダーしていた。

 いまとなっては、「何がブラックラベルだよ!」とつっこむところだが、
 当時の私が知る限り、それが最高にカッコイイ注文の仕方だったのだ。

 別に飲みたくもないバーボンを、しかもわざわざ高級なほうを選択するなんて、本当に馬鹿げたヤツだと思う。

 でも、当時の私には、そうしなければならない理由があったのだ。
 
 まず大前提として、バーボンを2つしか知らないという事実は、絶対に悟られてはならない。
 とはいえ、「フォアロゼ」と「ハーパー」という、誰もが知ってる二枚看板で勝負するしかないので、
 「まあ、いろいろ飲んでみたけど、これがけっこう好きなんだよね」という雰囲気を醸し出すほかない。
 
 そんなとき好都合だったのが、フォアローゼズのブラックラベル(通称『黒バラ』)だったのだ。

 「みんなはよくフォアロゼを飲むけれど、ブラックラベルのほうが深みがあっておいしいよね」

 なんて雰囲気を漂わせつつ、注文すればそれでいいのだ。
 変に緊張して口ごもったり、かんだりしない限り、たいていはうまくいくはずだ。 


 そうまでして『黒バラ』を注文するのには、もう一つ理由がある。
 

 それは、「じつは、お金がない」ということを悟られないためだ。
 『DUG』は決して高級な店ではないが、貧乏な若者がサイフを気にせず飲める店でもない。
 (そもそも、貧乏な若者がサイフを気にせず飲めるバーなどほとんどない)

 本音を言えば100円でも、10円でも安いほうがいい。
 本来なら、高級な『黒バラ』をオーダーするなんて絶対に避けたい選択だ。

 ところが、「お金がないと思われたらどうしよう・・・」という不安が強いために、
 ちょっとだけ高いほうをわざわざ注文してしまうのだ。 


 男の見栄とか、貧乏人の不安とか、若者の経験不足なんかをすべてごちゃまぜにした結果、
 「フォアロゼのブラックラベルを、ロックで」というオーダーに落ち着いてしまったのだ。
 
 何だか切ないけれど、それがダンディズムというものである。


 あれから10年以上経ったいま、
 久しぶりに『DUG』へ行ってみると、拍子抜けするくらい、しっくりと落ち着いた普通のバーだった。 
 大人になった私は「黒バラ」なんて無益な代物はオーダーせず、
 身の丈にあったカシスウーロンを、何の引け目も感じずに注文することができた。

 背伸びをして飲みに来ていた『DUG』は、もうそこにはなく、 
 リラックスしてくつろげるレトロなジャズバーが、普通に存在しているだけだった。


 それにしても、昔はバーボンを飲んで、いまはカシスウーロンを飲むなんて、
 私もヘンテコな歳のとり方をしてしまったものだ。
 
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  菓子巣ウーロンの『カシスウー論』
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