2009/03/29
夢解き蓬鈴屋vol.12「死と再生と夢と」
☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆------------------------ 夢解き蓬鈴屋 〜夢と現(うつつ)の蝶結び〜 vol.12「死と再生と夢と」 -----------------------------------------2009/3/29☆ こんにちは。 夢解き<蓬鈴屋>の、 蓬鈴 蘭(ほうれい らん)です。 夢の不思議に触れながら、 そのメッセージを受け取るコツや、 現実と結び付けていく秘訣などを 楽しくお伝えしていきます。 どうぞゆったりとお付き合いくださいませ♪ ☆vol.12☆-----------「死と再生と夢と」--------------- 一週間のご無沙汰です(^^) 「WORLD BASEBALL CLASSIC」 “サムライニッポン”の感動の残り香が、 いまだソコかしこに漂う春の日本列島です。 感動のその瞬間、 日本中の人々の気持ちは一つになって、 何か大きなうねりを、かもし出していたかの様でした。 日本人としての誇りを感じながら、 感動と喜びを分かち合った素晴らしい時でした。 それなら、それなら、^^ いつかそれが「世界大会」の枠を超えて、 「宇宙大会」になったならば、 (地球人 vs 異星人^^の野球大会、 「SPACE BASEBALL CLASSIC」) その時は、地球上の人間全てが一つになって、 大応援団を作ったりする事も出来るだろうか。 そしたら、地球上の人々みんな、 さりげなく手を取り合えるだろうか? 全人類がひとつのチームとして、 人類の誇りと愛をもって、 感動を分かち合えるだろうか・・・・・。 などと、 やや突拍子もないアレコレを 思い巡らせてみたりしていました。^^ ☆〜☆〜☆ さて、 この一週間のあなたの夢は、 どんな表情を見せていらっしゃるでしょう? “春眠暁を覚えず”状態で、 爆睡、熟睡の毎日ですか?(笑) それも健康優良児! たっぷりとオヤスミ下さいませ!☆ ここのところ、いろんな投げかけをしつつ、 夢にちょっと刺激を与えているところなので、 もしかしたら、 それまで眠っていたいろんな能力や個性が、 自然と目覚め始める頃かもしれません。 それは、 例えば過去世の事を思い出す感覚だったり、 未来の事を垣間見る感覚だったり、 何かしら不思議な雰囲気を 感じる事もあるかもしれませんが、 何も心配ありません。 元々あなたが持っていたものが、 ややビックリしつつも、 そっと瞼を開き始めているだけです。^^ 覚醒し始めたその感覚を、 ただそのまま受け入れてみて下さいね。 そうやっているうちに、 自分でも気付いていなかった (もしくは気付かない振りをしていた) 内なる個性や何かの能力が、 新たに見えてくるかもしれません。♪ どうぞ楽しんで味わって下さい!^^ ☆〜☆〜☆ さて、前回は、 3.【天からのメッセージ】という部分を、 「形あるもの」と「形の無いもの」、 又「破壊と再生」という事を通して見ていきましたが、 今日は更に一歩踏み込んで、 「死と再生」という事にも触れてみたいと思います。 そして、その中から見えてくる「夢」を考えてみようと思います。 ☆〜☆〜☆ 命あるものは皆、いつかは死にます。 変えようのない、 とても明確な事実です。 ただその捉え方によって、 「生きる」という事への感触が、 とても大きく違ってくるような気がしています。 「死」というものを 哲学的に論じようとすれば、 それこそ一生かかっても完成しない論文。 の様な感じになるのかもしれません。 “いかに生きるか” というのと同じベクトルとして、 “いかに死ぬか” ということもあるわけですが、 それは一生完成しない、 永遠に追い続けるテーマでもあります。 答えが出るものでもありません。 でも「死」というものが 恐れるものではないのだという感覚が、 何となくでも感じられるようになってくると、 それだけでも、心が少し開放されていきます。 ☆〜☆〜☆ この事は、 夢に於いても同じことが言えるかもしれません。 恐怖におののく様な夢を見た場合であっても、 それは現実で恐れる必要の無いものなんだと、 ほんの少しでも知っていれば、 その怯えを引きずらなくて済みます。 夢で見るいろいろな恐怖の原点は、 「死」への恐怖であるとも言われているのですが、 「死」への恐怖が取り除かれていく事と、 「夢」に関する恐怖を取り除いていく事と、 それらは循環しながら、 円のように廻りめぐっていき、 生きていく中での いろんな恐怖や怯えを和らげてくれる事に繋がります。 そして、どんどん、どんどん 楽に生きていく事が出来る様になってきます。 ☆〜☆〜☆ 「死」が恐れられる最大の原因は、 「死」の向こう側にあるもの、 その世界がわからないから。 という事が考えられます。 それはおそらく、 肉体が滅びると全てはそこで終わる。 という考えに基づくものかもしれません。 けれども、 肉体の中に宿る“魂”は、 滅びる事はないのだという感覚、 肉体の「死」を通して、 魂はその故郷へ還る事ができるのだという感覚。 もしもそのような感覚で生きることが出来たとしたら、 「死」への意識は大幅に変わって来るかもしれません。 ☆〜☆〜☆ エリザベス・キューブラ・ロス(1926-2004) という方をご存知でしょうか? 精神科医という立場から、 死にゆく人々を見守り続け、 『死ぬ瞬間』という本を書いた方なんですが、 “死にゆく過程の5段階説”というものを説いています。 自分の死を予期、又は宣告されて、 死に直面した人々を調査した結果から、 死にゆく人の心の変化を分析したものです。 【否認】 ↓ 【怒り】 ↓ 【取引】 ↓ 【抑鬱】 ↓ 【受容】 こんな風に心が変化していくとまとめられています。 ☆〜☆〜☆ 一般的な生活の中で、 仮に「余命何ヶ月」と 宣告されたと仮定してみましょう。 まず、「まさか・・そんなはずはない・・。」 という【否認】から入ります。 そしてそれは、 「なんでよりによって、この私が!?」 という【怒り】に変わります。 その後、どうにかしてこの事実を変えられないかと、 いろいろと【取り引き】を試みます。 それでも事態は変わらず、病状が深刻化してくると、 【抑鬱】状態になってきます。 そして、もはや抵抗できないのだとわかり、 最後に人は自分の運命を受け入れます。 闘いをやめて【受容】する時です。 ただ、中には、 なかなか受容の段階に達する事が出来ない。 ・・・という方もいたそうですが、 そういう人であっても、 やがては闘いをやめる日がきます。 もちろんこれは医学的見解を含んだ、 あるひとつのデータに過ぎません。 全ての人間がこの過程を通るわけでもありません。 それでも、なるほど・・と思える節がありませんか? そしてそれは、もしかしたら、 「死」以外の場面でも、何かの反応として、 特に衝撃的な事や、 突発的な出来事に対して、 人が無意識のうちにとっている反応とも言えるでしょう。 ☆〜☆〜☆ 人って、未知のものに出会った時、 どうしてもまず否定から入りがちです。 ただこれも、見方を変えると、 知らない事に対する、 無意識の“自己防衛”でもあります。 そう考えると、それ自体は自分を守ろうとする いわゆる「本能」なので、 とても自然なことと言えるかもしれません。 それ故に、人としての究極の未知のもの、 「死」ということに向き合った時、 自然に本能が出てくるだけ。とも言えます。 ☆〜☆〜☆ それでも、この5段階を見て分かるように、 いろんな感情を通りつつ、 やはり最後は【受容】へと行き着く様です。 もしかしたら、それこそが、 人生の『悟り』への鍵なのかもしれません。 そしてどんな人であっても・・・、 本能が前面に出てきた人であっても・・・、 最後は闘いをやめて受け入れるというのは・・・・・、 魂そのものは、 そうなることを知っているから、 還るべき所へ還るだけなのだ、 という事を知っているから。 ・・・・と・・・そういう気がしてなりません。 地上で自分の故郷に帰る時、 とても懐かしく温かな感じになるのと同じ様に、 魂のその故郷へ還る道のりは、 温かくおごそかな感覚なのかもしれません。 そしてそれを知っている魂は、 そっと受け入れて旅立つのかもしれません。 そしてそれは、遠い日のどこかで、 また「再生」されたものとして、 新たに蘇って来る事になる様です・・・・・。 “破壊と再生”と同じ様に、 「死」は新たなる再生へ向けての、 一つの扉として存在するものかもしれません。 ☆〜☆〜☆ 「夢」を受け入れる。 ただそのままに受け取る。 それは、 ひいては「死」をも受け入れるという事に、 繋がっていくような気がしています。 「死」というものはまさに“見えない世界”です。 そして「夢」は、 肉体を持ちながらその“見えない世界”を体感できる、 最も身近なものでもあります。 「夢」は見えない世界への扉となり、 その見えない世界の中にある「死」は、 魂の「再生」への扉となり・・・・・・。 永々と繋がっていく命の連鎖は、 そんな風にして、 荘厳なまでの運命の輪を 創り上げていくのかもしれません。 (ただここで、誤解がない様念の為に・・・。 魂の世界へ還るだけ。とは言っても、 どうやら、向こうの世界は いろんな場所があるようです。 これはあくまでも、自分の命を生ききって、 寿命を全うして、自然に逝く場合の事です。 自らの命を絶つ。という事は当てはまりません。 自ら命を絶った場合、 その向こうの世界は、 おそらく今考えてる以上に大変な様です。 今が苦しいから、と自ら断つと、 向こうはもっと苦しいようですよ。 そこはどうぞ心に留めておいて下さいね・・・。) ☆〜☆〜☆ 人として「死」のテーマというのは、 まだまだ尽きる事がないのですが、 今日は、 「夢」を受け入れるという事から、 無限の境地が広がっていくようだ。 という事を少しでも感じて頂ければ・・と思いました。 一つひとつ、目の前の具体的な事を 積み重ねていくのと同時に、 たまに、その先に繋がるものを思ったり、 俯瞰的に見渡す余裕を持つ事で、 更に手元がはっきりして来る。 という事もあるようです。 そしてその繰り返しが、 より一層あなたの夢を 深いものにしてくれるかもしれません。 そして、もっと、 うんと幸せになれますように。^^ 肩の力を抜いて、 のびのびと生きていかれますように・・・・。 ☆〜☆〜☆ さて、^^ 延びに延びてた「例題」による夢の読み解き。 そろそろスタートさせようと思っています。 夢の全体像やそれに繋がるものを、 いろんな角度から見て、 少し広がりが出て来たところですし、 春ですし・・・・・。^^ 次回頃から、 具体的に見ていけたらと思っています。 夢の体験談は引き続き募集中です。 コチラからです。↓ http://form.mag2.com/clouprewaf よろしくお願いいたします☆ では、素敵な一日を! そして、今夜も“夢”を心ゆくまで味わって下さいね。 それでは、また次回まで・・。(^0^)/~ ・〜お詫びと訂正〜・ 前回(vol.11)の最後の方で、 [ひよこが・・(かなり歳とったひよこ) ピーチクつぶやいてる。] という表現をしたのですが、 “ピーチク”鳴くのは、ひよこじゃなくて“ヒバリの子”でした。^^; (ピーチク、パーチク、ヒバリの子。と言うではないか); ここに訂正してお詫び申し上げます。 加えて、 “歳とったひよこ”というのは、存在しないらしい・・・・。 歳とったひよこ=ニワトリ。・・・と言うそうな。^^; でも、あれを書いた瞬間、 私の頭の中には、確かに存在したんです。 歳とって、ヨタッとした、よぼっとした“ひよこ”が・・・・。(笑) 言い訳しつつ、お詫び申し上げます。(- -); ☆編集後記☆------------------------------------------ 最後までお読み頂きありがとうございました。 特に今日のテーマなどはそうなんですが、 PCを閉じたらサッと忘れてくださいね! 常日頃から、 死生観を確立しておくということは、 自分の軸をぶらさない。 という点に於いてはとても大事かもしれません。 でも! 死するとは、何ぞや・・・・を、 一日中考えあぐね過ぎると、 「生きる」という事が後回しになってきます(笑) 夢の事もそうです。 あまりにも深刻になりすぎると、 本末転倒、どよ〜んとした日々になってしまいます。 何かのきっかけで「死」を考えてみる事も、 「夢」をひも解いてみることも、 「生きる」ためです。 自分らしく、思いっきり生きるためです。 では、この辺で・・ パァ〜っとお花見にでもお出かけ下さ〜い♪^^ 蓬鈴 蘭 ☆----------------------------------------------------☆ 夢解き蓬鈴屋〜夢と現(うつつ)の蝶結び〜 ◎発行者: 蓬鈴 蘭 ◎ブログ: 夢の<蓬鈴屋>へようこそ http://plaza.rakuten.co.jp/houraiya/ 〜人と地球と大宇宙〜の館 http://blog.livedoor.jp/luchiel/ ◎ご意見・ご感想: http://form.mag2.com/clouprewaf ◎登録・解除:http://www.mag2.com/m/0000280429.html -------------------------------------------------------- ◎発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com


