2009/02/23
リストの血をひいた娘、コジマ~愛情と友情の最中で~
今日からまた新しい週が始まりますね。 一週間、色々なことに挑戦してみたいものです。 ブログ 『クラシックにようこそ^^』もよろしくお願いします。 http://ameblo.jp/ongakuclassic/ 2月23日号 ■今日のメニュー■ リストの血をひいた娘、コジマ 編集後記 □リストの血をひいた娘、コジマ□ 前回紹介したリストの数々の恋。 初恋に破れてからというものリストはリスクの大きい恋をすることが多かったのです。 そんなリストと深い関係にあったのがマリーダグー伯爵夫人でした。 マリーダグー伯爵夫人とリストが交友を持ち始めたのが1830年代前半。 スイスへの逃避行の後、二人は子どもを授かります。 そのうちの一人が今日扱うコジマ・リストです。 コジマはドイツの哲学者・ニーチェに『比類ないまでに最高の高貴な天性の持ち主』と言わしめるほど雰囲気のある女性でした。 活発な一面も多く、当時の女性の中では外交的で物事を取りしきるタイプ。 10代の頃のリストを髣髴とさせる雰囲気があったようですね。 ただしコジマが10歳にもならないうちにリストとマリーは事実上の破局を迎えます。 親子関係はけしてよかったとは言えません。 父・リストは日々作曲やピアノ演奏に追われていました。 それを10歳そこそこの娘が理解するのは難しかったのでしょう。 コジマは父を『少し冷たい人』と感じていたようです。 さて、そんなコジマですが20歳の誕生日を迎え、結婚をしました。 相手は指揮者でピアニストのハンス・フォン・ビューロー。 ハンスはそのピアノ演奏の質の高さからコジマの父、フランツ・リストにとても気に入られていました。 コジマよりも7歳年上のハンス。 包容力はありましたが天性の気難しさ、繊細さも持ち合わせた人物だったようです。 そんなハンスが指揮を学んだのがリヒャルト・ワーグナー。 文筆家、作曲家としても知られるハンスよりも17歳年上のワーグナーは自己中心的ではありましたが数々の偉大な作品を残していました。 ハンス・フランツ・リスト、ワーグナー。 この3人はお互いを意識して、学びながら音楽活動に励んでいました。 ところが1864年、事件は起こります。 コジマ34歳のことでした。 ハンスとの間に2人の子をもうけていたコジマですがなんと、、、、 なんとなんと!ワーグナーと不倫関係に落ちてしまうのです。 コジマは幼いときに父・リストのそばでワーグナーと共に過ごしていました。 そのころからの憧れの存在がワーグナーだったのですね。 不倫が始まったとされるとき、ワーグナーは借金を背負い込んでフランツ・リストの元にいました。 そこで二人の愛が始まってしまうのです><! なんとワーグナーは父親のフランツ・リストと2歳しか違いません。 当時リストは娘の不倫について公言することはありませんでしたが、やはりショックだったのでしょう。 さて、コジマですが夫・ハンスとの離婚が決まらないうちになんとワーグナーとの子どもをもうけています。 戸籍上はハンスの子どもとされていますが実際はワーグナーの子どもだったようです。 ハンスは愛する妻の裏切りとワーグナーへの嫉妬、羨望がありました。 そして迎えた1869年。 ハンスとコジマはついに離婚に至ります。 その時を境にハンス、フランツ・リスト、リヒャルト・ワーグナーが築いてきた友情は音も立てずに壊れたのでした。 後、コジマは無事ワーグナーと結ばれその生涯をワーグナーに捧げました。 父親と同じで、愛に生きて愛に死んだ女性だったのですね。 □編集後記□ 来週からはいよいよ楽曲です。 最初はファウスト交響曲を扱います^^ それでは^^ノシ こまつ puu02240403@yahoo.co.jp


