2009/12/10
具体的に学ぶ仏教実践講座【2009/12/10 vol.96】
★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★ 「具体的に学ぶ仏教実践講座~現代社会の善行・悪行とは~」 (2009/12/10 vol.96) 現代、よく分からなくなってきた「善悪観」について、 一緒に頭悩ませましょう。。(っ´・∀・)っ ★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★・・・・・★ ☆小雨の運営ブログ『雑事妄言』 → http://zatuji.blog86.fc2.com/☆ <最初にちょっと一言> 近所に生まれた猫が、日々大きくなるのを見ながら年の瀬を感じる小雨です。 ほんと大きくなるのが早いんですねぇ。 その猫たちは、ゴミ捨て場がお気に入りです。暖かいんでしょうかね。 ------------------------------------- < 雨にも耀く、星空を求めて > by 木曜担当 : 小雨 ------------------------------------- 本日は「ふまじめ」 ------------------------------------- 私の好きな「ふまじめさ」というのがある。 不道徳に悪びれるのは、「ふまじめ」ではない。それは、「まじめ」の一種であって、 道徳的な存在の価値を強く感じることを前提としなければ成り立たない反発である。 道徳的価値観に親近感を持つにせよ、嫌悪するにせよ、道徳的価値観を前提とすることから離れない人が善人だ。 私が言いたい「ふまじめさ」とは、善も悪も取り敢えず観察対象として見てしまう、一種のまじめさだ。 何かひとつの価値体系-たとえば道徳-を観察吟味するには、それを測るための別の、 メタ的な考え方、論理が必要であり、そういうメタ的な世界への無限進行的探究心、 まさにユートピアを求めるような思念が必要である。 本人はいたってまじめだが、この態度を世間的には現実(実用性)から離れた「ふまじめさ」と言うのだろう。 こういう人間には、不気味に面白い心の落ち着きがある。 何が起きても「ありうる」というだけの思考力を持っているし、 逆に「ありうる」しかないという現実の必然的な構造は何かを考えているから。 これが社会的有事に対する強さであり、唯一社会に貢献できる「ふまじめ」の道かもしれない。 。・★。・。・★。 編 集 後 記 。・★。・。・★。 今回は変化球で(苦笑) フランクルの「夜と霧」で実際、どういう人が精神崩壊しなかったのか、 その記述を参照してもらえれば、何となく言いたい事が分かると思います。 ┌──┐ │\/│ └──┘ written by...小雨 ---------------------------------------------------------------------- 具体的に学ぶ仏教実践講座~現代社会の善行悪行とは~ 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000280376.html ★小雨の運営ブログ『雑事妄言』 http://zatuji.blog86.fc2.com/★ ----------------------------------------------------------------------


