もっと知りたい! イタリアの言葉と文化 第12号
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もっと知りたい! イタリアの言葉と文化
第12号 2009年6月26日
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縁は奇なもの
先週6月16日は私たちの結婚記念日(anniversario di matrimonio)でした。
なぜこの日に決めたかというと、一つは、うちの夫は植物を育てたり、自然につ
いて学んだりするのが好きで、たとえば野菜の種をまいたりするのにも、月(luna)
の満ち欠けを意識しているからです。月の満ち欠けに留意していると、植物がよ
く育ち、たくさん収穫ができる、と近所の方もおっしゃっていました。luna
crescente、つまり月が満月へと向かって徐々に満ちていく時期に物事を始めると、
豊かな実り・将来が約束されていて、幸先がよいというので、luna crescente
(月が満ちていく時期)である土曜日(sabato)に結婚しようということになりま
した。本当は、「5月(maggio)に、春で花が咲き乱れる頃」が望ましかったので
すが、いろいろな準備が5月には間に合わないということで、「6月(giugno)の
月が満ちていく時期の土曜日」に焦点をあてることになり、それが結婚した年に
はちょうど6月16日(il 16 giugno)だったのです。私の方は、大安ではない
ものの仏滅ではないので、了承しました。
なぜ土曜日かというと、遠方からくる友人や親戚もいたため、週末(fine
settimana)がいいけれども、日曜日(domenica)は避けたかったからです。それに、
イタリアでは、数字の17(diciassette)は縁起が悪く、不吉だとされてもいます。
2世代住宅に住んでいると以前にも書きましたが、私たちの住む3階建ての大き
い家には、独立したアパートに、夫の母方の伯父も二人住んでいます。その一人、
夫の伯父Don Anchiseは健康上の理由で2002年に退職しましたが、それまで長
年カトリック教会の神父(prete, sacerdote)として、Umbria州のさまざまな教区
(parrocchia)の教会で務めてきた人です。カトリックでは、神父の結婚が認めら
れていないけれども、やはり家事や教会関係の仕事に助けが必要な場合が多いた
め、神父の家族、両親あるいは兄弟姉妹が一緒に住んだりして、神父を陰で支え
る場合も多くあります。うちの夫の家族はその典型で、夫の母は、早くに父親を
亡くしたため、また末っ子であったために、兄のDon Anchiseが神学校(seminario)
を終えた後は、兄が神父として新しい教区に就任・転勤するたびに、母親(つま
り夫の祖母)と共に、新しい教区に赴き、同じ家に住んで、家事を受け持ち、教
区の仕事を手助けしていました。私も愛媛県で高校教員として勤めていたころは
「若いから」という理由で、郊外や田舎の高校で教えましたが、Don Anchiseも同
じ理由で、かなり生活の不便な地域で、長い間神父を務めたようです。
Migliana di monte Tezioというペルージャ郊外の教区をDon Anchiseが担当し
ていたとき、義母(suocera)は義父(suocero)と出会って、結婚しました。その後
も、Don Anchiseを支える必要があったため、 また、義父が農家の9人兄弟の
末っ子であったこともあり、義父母は夫の祖母と共に、教会に付属した大きな建
物でDon Anchiseと共に暮らすことになりました。そういう経緯もあるため、夫も
夫の家族も非常に信仰心が厚く、義父母はよっぽどのことがなければ毎週日曜日
に教会のミサ(Messa)に行っています。夫も、日曜日に遠出や友人との会合など
他の用事が入るときを除いては、ミサには毎週行くため、わたしもまだカトリック
教徒ではありませんが、たいていの場合同行しています。
話が横にそれましたが、そういう事情があるため、「結婚式は教会で挙げる」
ことに最初から決めていました。また、教会は伯父が退職直前まで勤めていたペ
ルージャ郊外のColle UmbertoのPrugnetoの教会にしようということになりまし
た。夫は、山の中腹にあり、自然にあふれるMigiana di monte Tezioで19歳ま
で過ごした後、Don AnchiseのPrugnetoの教会に家族と共に同行し、20年近く
も教会(chiesa)に隣接した建物の中で過ごし、伯父の教区や教会での仕事もいろ
いろと助けていたようで、そういう意味でも、夫の家族全員に縁の深い教会であ
るわけです。なぜ土曜日を避けたかというと、私も夫ももうそんなに若くないし、
ごく限られた友人と身内と共にひっそりと内々に式を挙げようと考えていたから
です。日曜日に式を挙げると、一般の人が参加するミサと一緒に行われることに
なり、そうなると教会にかなりの人がそうと知らずに列席してしまうことにもな
ります。最終的には、pubblicazione di matrimonio(結婚式の公示)を教会の
扉で見つけたり、花屋さんで花飾りを依頼しているときに偶然来た知人などがあ
ちこちに知らせたりしたので、結局土曜日に式を挙げても、予定していたより大
勢の方が結婚式に列席してくださいました。イタリアでは、結婚しようとする男
女について、氏名や生年月日などの情報と結婚式の場所・日取りを書いた紙を新
郎新婦の在住の市役所(comune)に2週間掲示しなければなりません。これを
pubblicazione di matrimonio(結婚式の公示)と言います。また、教会で式を
挙げる場合には、教会の扉にも同様の掲示を2週間しなければなりません。
「もし、誰かこの二人の結婚にはふさわしくない事情があることを知っている人
は、その2週間の間に連絡しなさい。誰も何も言わなければ、この結婚には支障
がないということだから、二人が結婚するのに問題はない。」というわけです。
前置きが長くなりましたが、そういうわけで、6月16日にペルージャ郊外の
Prugnetoの教会で式を挙げました。ミサを執り行ってくださったのは、実はその
教区の神父さんではなく、夫の家族と縁の深い、Migiana di monte Tezio出身の
神父Don Nelloです。Don Nelloは神父であるだけでなく画家、芸術家であり、ペ
ルージャの教会や病院にはDon Nelloの手になるモザイクの壁画などの作品がた
くさんあります。温かい色づかいや「異なる文化的背景を持つ人々の共生が皆の
幸せにつながる」と受け取れるメッセージのこもった美しい絵が、また穏やかで
人情に厚いDon Nelloの人柄をそのまま反映しているような気がします。残念な
がら昨年の春に病気で亡くなられたのですが、夫も私も、結婚式をDon Nelloに
お願いしてよかったと心から感謝しています。7年イタリアに暮らしている間に、
教会での結婚式に参加する機会は何度もありましたが、(自分の結婚式だったか
らということもあるのでしょうが)あんなに新郎新婦に温かくありがたい祝辞は
まだ他に聞いたことがないような気がします。私がカトリック教徒ではないのに、
それを私の方も夫や夫の家族の側もひけ目に感じる必要がないよう、陰ながら考
えた末での言葉だったのではないかとも思います。これは、特に私たちの結婚式
の2週間前に夫の従妹が結婚した際に、神父の言葉が、結婚に対する祝福という
よりも、最近の世間一般の結婚に対する姿勢を批判する説教というとんでもない
ものであったからでもあります。(これには、日曜日の他の人もいるミサだった
ため、そして、その日読むことに決められていた聖書の章句がそういう内容のも
のであったからだという理由もあるのですが。)
さて、カトリック教会での結婚式では、新郎(sposo)と新婦(sposa)が、それぞ
れ決められた誓いの言葉を神父、公衆、そして何よりも、神(Dio)と結婚しよう
とする相手の前で、はっきりと口にする場面があります。まずは新郎が誓いの言
葉を言い、次に私の番になりました。
La sposa:
Io Naoko, prendo te, Luigi, come mio sposo,
e prometto di esserti fedele sempre,
nella gioia e nel dolore,
nella salute e nella malattia,
e di amarti e onorarti tutti i giorni della mia vita.
(新婦:
わたし、直子はあなた、ルイージを私の花婿として迎えます。
そして、喜びの中でも苦痛の中でも、
健康な時にも病気の時にも、
絶えずあなたに誠実であること、
私の人生のすべての日にわたってあなたを愛し、敬うことを誓います。)
新郎の言葉では、(当たり前ですが)名前の部分が違うのと、come mio sposo
(私の花婿として)がcome mia sposa(私の花嫁として)に変わるだけで、あと
は一語一句がすべて同じです。
式の中でDon Nelloがおっしゃっていました。「遠い国から、ここに新婦がやっ
て来て、新郎と出会い、今日という日を迎えることになったのは、決して偶然では
ありません。私たちには目に見えず、想像もつかないような広大なdisegno divino
(神の意図、計画、摂理)があったのです。」
仏教でも「袖触れ合うも他生の縁」と言いますが、日本とイタリアという距離的
に大きく隔たりがある国で互いに生まれ育ち、それぞれに様々な人生経験を重ねな
がら、二人が出会って結婚するに至るには、さまざまな選択や偶然、きっかけの積
み重ねがあり、そのどこが狂っても、結婚には、あるいは出会いにも至らなかった
わけです。何か私たちを越える大きなものが私たちを引き合わせてくださったのだ
と思います。だから、生まれ育ってきた文化や環境の違いで、つまらないことで衝
突したりすることも時々あるけれども、結婚式のときの誓いの言葉も思い出しなが
ら、大切に二人の関係を育んでいけたらと思います。
国語を教えることも、クラス担任として生徒に関わることも、多忙で精神的に辛
いことが多いにも関わらず大好きだったのに、退職をしようと考えたのは、長年望
んできて初めてクラス担任を持て、1・2年と持ち上がれた学年を、管理職の意図
で3年生まで担当することができなかったことが大きいと思います。休み時間もで
きるだけ教室に残ったり、生徒の意見や感想を載せたHR通信を発行したり、壁に生
徒の書いた今年の抱負を貼ったりと、生徒とできるだけ接触を持てるように、少し
ずつ信頼を築き、一人一人の生徒を理解できるようにと努めていたのに、自分で情
熱を傾け(一部、逆に傾けすぎという批判もあったようです)育て上げた生徒と共
に3年に上がることができないのが辛くて仕方がありませんでした。この時の人事
には、他にも批判や苦情も多かったようです。次の年に受け持つことになった2年
生も、「この子達の担任はわたしで、一生に1年しかない機会なのだ」と思って同
じように精一杯関わりましたが、自分の中で、甘いのかもしれませんが、2度と同
じような喪失感を味わいたくないという気持ち、また、もともと自分自身が非常に
勉強することが好きで、英語に続けてイタリア語の学習を始めて、自分の力を海外
で試してみたいという気持ちもありました。母が48歳で亡くなっているため、教
員としてはもう10年以上自分なりに精一杯がんばったのだから、もし10年後に
死んでも後悔しないように新しいことに挑戦してみたいということもありました。
また、授業の中や小論文の指導、HRの運営などで生徒に関わるのは好きで、他の先
生や生徒から教わることも多かったのですが、たとえば服装検査などで毎月前髪の
長さや爪の切り具合を点検し、指導すること、そして担任をしていたクラスの生徒
がタバコを吸い、夏休み中にも再び吸う可能性があるからという理由だけで、校長
に「先生の将来のことを考えたら、予定していたイタリアへの旅行はキャンセルし、
万一の事態に備えて日本にいるべきだろう」と言われるような、規制の厳しすぎて
生徒だけではなく教員の生活も縛っている一部の愛媛県立高校の実態にも疑問を感
じていました。
何はともあれ、今になって考えてみると、あの当時の私にとっては辛くて仕方が
なかった経験のおかげで夫に出会えたわけです。また、イタリア語を勉強し始めた
のも偶然のようなものです。初めてクラス担任を持ち始めて、7月に入って毎日遅
くまで職員室に残っていた際、お世話になった先輩に「もう夏休みも近いわね。」
と言われたことがきっかけでした。それまで目の前の仕事に追われて、目先の休み
の計画もまったく立てていなかったのですが、「こんなに今学期は頑張ったんだか
ら自分にごほうびをあげよう」と、外国旅行を思い立ちました。この年に入る年始
年末に『風と共に去りぬ』及びその続編を英語で読み、アイルランドの文化や人々
の気性にひどく魅かれたので(続編の日本語版は、原作とはかなり異なる内容になっ
ています)アイルランドを訪ねようと思いましたが、7月も10日になって、いま
さら一緒に行ける友人を探すのも、個人旅行で宿を頼むのも大変そうだったので、
ダブリンの英語学校に留学し、そこで出会った友人や学校のツアーであちこちを見
て回れたらと思い立ちました。それで2週間留学した先のダブリンの学校で、クラ
スの生徒の半分以上が、そして学校の生徒の半分以上がイタリア人であったことが、
私がイタリアに興味を持ち始めたきっかけです。それまでは、イタリアにはまった
く興味がなかったので、まったく「人生万事塞翁が馬」です。
夫と出会ったのには実は仕掛け人がいて、アパートの同居人でウンブリア州の州
庁に勤めていたイタリア人の女の子が(これは付き合いだしてから彼女に聞いた話
ですが)「ルイージは東洋が好きだから(夫は、インドや中国などアジア各国を旅
行で回ったり、指圧や柔道を習ったりしたことがあり、今はヨガに励み、小さい日
本式の庭を作り上げたいと考えています)」と考え、私には “Luigi ama la natura
ed e’ bravissimo”(ルイージは自然を愛していて、本当にいい人だ)と言い、
夫には “Naoko e’ molto brava nel cucinare”(直子は料理がとても上手だ)
と言って、二人を接近させようと図ったようです。この彼女と同居するようになっ
たのも、やはり偶然で、その前に住んでいたアパートに新しくクウェートの学生が
入居したのですが、その学生が大勢友人を呼んで深夜までディスコパーティーかと
思われるほど、大音響で音楽を聞いたり、廊下や台所などの共同の空間で平気で煙
草を吸ったりと身勝手な態度を取る上に、こちらの苦情を全く受け入れなかったた
め、大学にも近く、日本人の仲間もいて居心地もいいアパートだったのですが、そ
れを引き払わなければならなくなったからです。また、夫と出会うきっかけになっ
た新しいアパートには、もともと親しい友人だったスペイン人の女の子(この彼女
とも偶然に知り合いました)が短期間の語学留学で住んでいて、彼女との付き合い
を通じて、他の同居人もよく知っていたため、彼女が帰国した後に、その一人用の
部屋(camera singola:どのアパートでも、たいてい机やベッドが1台、タンスな
どがそろっています)に私が住むことになりました。
ずいぶん話がそれましたが、人生、とんでもなくつらい経験が、実は将来ゆくゆ
くは自分に幸せを運んでくれる可能性もあります。つらいときは思い切り悲しむこ
とも大切ですが、いつも希望を忘れずにいることが必要です。そして、かけがえの
ないいろんな出会いを大切にしましょう。
外国語を勉強するのも、そういう出会いを増やしていくいいきっかけです。
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