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はじめまして、僕は24歳の旅人です。
二十歳の時に日本を発ちアジア、ヨーロッパ、アフリカを経て今に至ります。
現在は、またヨーロッパです。
そしてアムステルダムを拠点として色々なところを周っています。
ジャグリングをアフリカで習い、少しずつ人前でやるようになり、
今は大道芸人の卵として今日も頑張っています★
これは僕がこの夏、スペインからセルビアまで旅した一つの物語です。
全てのエピソードを伝えたいと思うのだけれど、恐らくトンでもなく長くなってしまうので、最初に概要だけ取りまとめました。
まずはスペインの山で行われたRainbow Family Gathering。その後に3週間住んだバルセロナ滞在記。ここからヒッチハイクで東欧へ。
そして、この夏の三つのビックイベントへ。
まずは8月の頭にドイツで行われたEJC(ヨーロピアン・ジャグリング・コンベンション)。
その後ハンガリー・ブダペストで行われたSziget Festival。これはヨーロッパで3本指に入るほどの大きなフェスティバルで、40万人以上が集まった音楽祭。
そして、セルビアで行われたRainbow Family Gathering。ここでも行ってきました。素晴らしい出会いがたくさんありました。
これから僕の見てきたもの、感じたこと、やり遂げたこと、挫折したこと、そして出会えた様々な人々を紹介していきます。是非お楽しみください!
また、感想なんかもメールに送ってくれると嬉しいです。文章の書き方等もアドバイス等あればなんでも送ってください。
『再びの旅立ち、いざスペインへ』
ドイツからアムステルダムに帰ってきた後、僕はハンブルグで出会った
デニスの情報をもとにスペインへと向かった。Rainbow Familyと呼ばれる人々に
会いに行くために。
Rainbow Family National Gatheringが正式名称で、
デニスから聞いていたことは、これはどこかの山の中で月の周期と共に開始される
集いである。つまり新月に始まり、満月になるにつれて徐々に人が集まってきて、
そして次の新月に終わりを迎える。皆がお互いを助け合う共同生活で、自然との調和、人との協力、ラブ、ピース、リスペクトなどからなっている。
山暮らしで、電気などは当然ない。ご飯は共同で作り、皆で少しずつお金を出し合うのだ。
中央広場には大きな焚き火がなされ、毎夜、焚き火を囲い皆でギターや、ジャンベなどの民族楽器で音楽を楽しむ。Rainbowの曲もたくさんあるらしい。
この集いは世界各地で行われており、大小様々で500人〜5000人くらい集まるらしい。
この時期も、世界3ヶ所同時に行われていたようで、スペインの他、中国とアメリカでやっていたらしい。
6月11日、僕は再びアムステルダムを発った。
ドイツからアムステルダムへ戻ってきて、僕は僅か1週間しかいなかった。
雄生や友達もたくさんいて、もっとのんびりとしたかったのだが、満月が近かったためにそうも言ってられなかったのだ。
レインボーギャザリングの場所は、北スペインのLeonという町の近くの山だった。
今回はどうやってそこまで行こうかとずっと悩んでいたが、距離が遠いためバスや飛行機ではお金が高く、結局ヒッチハイクをすることにした。
アムステルダムからは4日前後で着けるだろうと考えた。
いざ、出発し、今回の出だしは順調とは行かなかったが、それでも4台乗り継ぎ、夕方にはオランダを抜けてベルギーへと入っていた。
オランダ・ベルギー国境にいた時に面白いおっちゃんと出会った。彼もヒッチハイクをしていたのだが、その紙に書かれた行き先は、なんと「Tokyo」だった。
思わず吹きだしてしまい、すぐさま話しかけに行った。
ポーランド人で、人類学の大学教授だった。僕が日本人で東京出身だと知ると、彼も驚き、物凄いテンションで話が始まった。
彼は実はイギリスに行きたいらしい。「Tokyo」と書けば、皆が面白がって話しかけてくれるので、そこから人との会話を作り、ヒッチハイクしているらしい。
さすがだなと思った。
ただ、よく喋り、ドライバーたちにもよく冗談半分で話しかけるので、ガソリンステーション(以下GS)に苦情が行き、僕らは敷地内から追い出されてしまった。
行き先が違ったため、それ以上彼と一緒にいなかった。
その後、また面白い人と出会った。
GSの裏の休憩所でウロウロしていたら、一台の車が目の前を通り過ぎ、そして戻ってきて目の前で停まってくれた。
女性の二人組みだった。50km程だけだがベルギーへ行くらしく乗せてくれた。
珍しいと思い、色々と会話をした。特に男を乗せることに躊躇いはなかったようだ。
僕は二人のことを聞いてみた。
最初、薄暗くてドライバーが良く見えなく、少し老けて見えたので、二人は親子?
と聞いてみた。すると助手席の若いお姉さんは言った。『違うわ、彼女よ』と。
びっくりしてしまった。お姉さん方はとてもオープンで何も隠していなかった。
レズビアンの人達とまともに接するのはこれが初めてだった。
どう返答したら言いか、分からずどぎまぎした。色々と聞いてみたかったが、逆にオープンすぎて、何を聞きたいのか頭が整理つかなかった。とても興味深かった。
そうこうする内に、目的地へと着いてしまった。
また、GSへと入ってもらい、たくさんの感謝をした。
特に助手席のお姉さんはすごく優しい笑顔で見守ってくれて、凄い心強さを感じた。
こういう人だからかは分からないが、すごく強い母性を感じ、人として、女性としての何か強いオーラさえ感じた。また会いたいと思った。
最後にこの助手席のお姉さんが、『あそこで給油している車の男の子たち優しそうで良いわ。あの子達に話してごらんなさい』そう言って彼女らは行ってしまった。
僕は言われたとおりに、その車のドライバーに話しかけた。
するとドライバーは、車内にいた友人らに乗せても言いかと話し始めたではないか!
車内にはすでに3人いて、小さな車なのでぎゅうぎゅうだった。
それでも皆嫌な顔一つせずに僕を迎えてくれた!
すげぇー!と本当に思った。あの人は何者だろうか…!
彼らの行き先は、ベルギーの首都、ブリュッセルだった。ここからまた50kmくらいだ。喜んで乗せてもらった。
大学生たちで、さすが車内ではバカ騒ぎとなった。
オランダから帰ってきたばかりのようで、マリファナを買いに行っていたらしい。
車内で皆モクモクと吸っていた。
実は、さっきのお姉さん方もオランダへ行ってマリファナを買ってきた帰りだった。
オランダに近いと、そんな人々が多いようだ。
ドライバーのキャミにどっかのGSでと頼んだのだが、通り過ぎてしまい、さらにハイウェイを降りて、ブリュッセル市内に入ってしまった。
駅で降ろそうかと言われたが、列車は使いたくなかった。お互い困ってしまった。
そうしたら、助手席に座っていたケーシが、じゃあ泊まっていくか
と言ってくれたので、そうさせてもらうことにした。
実は、もう夜なので誰か泊めてくれないだろうか思っていた。
ドイツの旅以来、今夜の寝所を探すのがうまくなっていた。人に会う旅は、人に甘える旅でもあり、優しくしてもらって、自分も大きくなれることを知った。
着いた先のケーシの家は、こっちでは珍しいワンルームで、一人で住んでいた。
そこにドライバーのキャミと、後ろで一緒に仲良く座ったジュリアンと
ジュラルとでお邪魔した。
ご飯を作ってもらってる間、パソコンで日本のお笑い番組があると見せてくれた。
それはダウンタウンのごっつええ感じという番組で、笑ってはいけない学校、
という物だった。You Tubeから取ってきたようで、言葉が分からなくとも、
その体を張った日本のお笑いで、大爆笑していた。僕も久々に見て大爆笑だった。
やっぱし日本のお笑いは本当に面白い。独特のこれは、日本の文化ではないだろうか。
食後、皆でジュラルの家へと行った。途中でトニーという友人も合流した。
ジュラルはモロッコ人で、アガディールという場所から来ていた。僕もアフリカに行ったときにそこには寄ったので、話が弾み楽しかった。
ジュラルの家では彼の姉と、ホップマンというルームメイトもいた。
姉は寝ていたために、静かにせざるを得なかった。ここでポーカー・テキサスホールデムが始まった!
以前、オランダのパトリックの家でマルコス相手に熱戦を繰り広げたのを思い出す。あれ以来、やりたくてやりたくてしょうがなかった。
今回、二度目であり、7人もいて、結果的に言うと、僕はあっさりと負けてしまった。
僕はまだよくルールが分からなく、未熟だった。
テキサスホールデムは、見るのも楽しい。そこに小さな社会図が現れるからだ。
色々な運を持った奴がいて、微妙な駆け引きが見ていて楽しい。
その人の人格そのものが現れる。
次に負けてきたのは、ジュリアンで、誘われたので、プレイステーション2の
サッカーゲーム、ウィニングイレブンをすることになった。
このゲームは、アジア、アフリカにもよくあり、よくやった。世界中で見かける。
特にアフリカでは、ゲームセンターがよくあり、地元のちびっ子や、
相方の雄生とよく対戦した。ゲームセンターといっても、路上に長いすがしかれ、
TVとゲーム機が2,3台置いてあり、その周りをたくさんのちびっ子たちが埋め尽くして
る感じだ。あのひと時は本当に楽しかった!
その為、今の僕はめっちゃ強くなっていた。
ジュリアン以外にも他の皆と対戦したが、皆弱すぎた。
彼らの目には、ゲーム大国の日本からきたという事で僕を見たかもしれない。日本の威信は守った。気分が良かった。
永遠と遊び、気が付けば、朝日が見えていた。時の流れをすっかりと忘れていた。
朝6時くらいにお開きとなり、ケーシの家へと帰った。キャミとジュリアンも一緒に来た。皆で泊まるらしい。
次の日、14時ごろ目覚めた。
朝飯をもらい、今日どうするか話し合った。僕は出る気まんまんだった。満月が近いためにのんびりともしていられないのが残念だ。
キャミがベルギー・フランス国境近く町、Lilleという所まで送ってくれると言ってくれた。
そこはもうフランスだ。ケーシなどは、この町出身らしい。
途中、買い物に行ったりして、16時ごろLilleのハイウェイのGSに着き、降ろしてもらった。
楽しいひと時を共に過ごせたこと、そして出会えた事に感謝し、再会を約束して別れた。本当に面白い夜だった。楽しかった!
色々なもの繋がった良い出会いだった。
運命と言うのか、本当に面白い。
昨日アムステルダムからヒッチハイクした車のドライバーがちょっとでもずれ、
一人でもあの時、あのタイミングで僕を拾わなければ、今回の出会いもなかった。
もしかしたら昨晩は野宿だったかもしれない。
しかしまた、別の出会いがあったのかもしれない。
パラレルワールドというのだろうか。人生を木と例え、その続く道を枝とした時、
ヒッチハイクは、特にそんな未来の枝分かれが顕著に感じられて面白い。
さて、ここはフランスだ。ここを越えればもうスペインだ!あと一息!
虹に会いに、いざ進もう!
続く