2009/05/07
日本国憲法25条とJR西日本福知山線の脱線転覆事故
日本国憲法 第二十五条では、 「 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。 国は、すべての生活部面について、社会福祉、 社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」 と歌っているにもかかわらず、 派遣切り、孤独死をした人の胃袋を解剖したら空っぽであったとか、 親の介護をする後期高齢者のお年寄りの自殺などの現実を見るにつけ、 弱者切り捨てが当たり前になってしまった日本は この憲法で謳っている権利と義務をどこに捨て去ったのだろうか。 一方、 三年前に起こったJR西日本の脱線事故の事故原因の 解明が遅々として進まない。 この事故の原因を最も承知しているはずの JR西日本が行動をとらないのである。 これら二つの事実には共通の思惑が見て取れる。 憲法で国民の権利と言いながらも国は責任とらなくてよいように又、 犠牲者に報いる前に企業の論理が優先している結果である。 いづれも、人間の弱さ故、組織を守るとか市場原理の美名のもとに 弱者を切り捨る行動をとってしまう。 世界人類史上傑作のひとつである日本国憲法 第二十五条の 精神がこの様に形骸化させてしまったことは残念でならない。 この事実が、憲法改正議論のトラウマになっているのではないか。


