2009/10/21
日本の底力(必読拡散推奨!10・27「日本解体法案」反対請願受、そして中川昭一先生の追悼の会の知らせ)
日本の底力(必読拡散推奨!10・27「日本解体法案」反対請願受、そして中川昭一先生の追悼の会の知らせ) 公明党が26日の臨時国会で、外国人地方参政権の法案を提出しようとしている動きは昨日伝えた。 今回から、その関連に関する記事を中心にお送りしていく。 まずは中川昭一氏がなくなった後日、管理人が書いた10月5日のブログの記事からである。 中川昭一氏の死亡ニュースが流れて1日が経過した。どうやら、病死の可能性が強いようだ. だとすれば、ずっと前からその兆候があったのではないか。 マスコミがG7の記者会見の様子を連日流し、徹底的に叩いた時、管理人は、 ネット流れている読売新聞の記者の説が一服盛ったとか一切取り上げていない。 すぐに入院したということもあり、なんらかの病気で朦朧会見をした可能性も否定できなかったからだ。 選挙のこともあり、本当に病気だとしても、努力家の中川氏なら、あえて、隠していたかもしれない。 なぜなら、病気と判断されれば次の衆議院選に出馬ができないからだ。 だが、それが返って、裏目に出たのではないかと思うと不憫でならない。 病死だということになれば、テレビのマスメディアは自分たちがやったことについて、どう責任を取るのか。 G7のときにすでに何かの病気があると判明していたなら、これからの政治活動はできなくても、 論客として凄まじく優秀だった中川昭一氏なら、田母神氏のような講演活動や執筆活動がいくらでもできたのだ。 連日の叩き、自民党の敗北、本人の落選、ストレスが病気の進行を早めるにはいくらでも理由があった。 それでも、最後のブログに「日本が危ないから」と書いて、これからの選挙区を回って、再起を決意していた。 そして、中川昭一氏の功績を知る人間は必ず、復帰してくれることを信じて疑わなかった。 だが、それはもはや永遠にかなわぬ願いとなり、誰もが落胆の色を隠せない。 しかし、残された者にとって、悲しんでいる暇も与えないぐらい、日本の解体が現実のものとして、降りかかっている。 千葉景子法務大臣が推進する様々な売国法案が可決されていけば、日本という国は大きく針路を外されてしまう。 中川昭一氏はずっと闘っていた。 私たちはその功績をほとんど知らなくても、たった1割でも知っていれば、これからの日本に取ってはなくてはならない方だという認識になれた。 官僚を使いこなせる政治家の一人として上げるなら、間違い無く中川昭一氏は農業から経済に至るまで、 その卓越した頭脳を使って日本の農業や経済に貢献してきた。拉致問題にも積極的に取り組み、拉致被害者の家族にも凄く献身的に尽くしてくれた。 死をずっと悲しんでもいられない。中川昭一氏の意志を引き継ぎ、日本が危ないという言葉の意味を深く洞察し、 私たちはこれからの未来を歩んでいく必要がある。 管理人はこうしてブログを書いているが、今年は本当に自分が知っている有名人の死亡ニュースが多い。 グイン・サーガの作者である栗本薫氏、クレヨンしんちゃんの作者、臼井儀人氏もそうだ。 特に、管理人にとって、栗本薫氏の死というのは非常に大きいものがあった。 高校生の頃から50巻ほど読んだグイン・サーガの作者であり、全100巻完結という壮大な小説構想であった。 だが、それも未完で終わり、結末もわからなくなった。物書きの素晴らしさを教えてくれた小説でもある。 そして、さらに中川昭一氏の死という知らせが来た。気持ちの整理もつかないまま、1日がただ過ぎた。 ブログは更新していても、そこに心あらずで、何かをしていても、些細なミスばかりしていた。 まだおそらく、多くの読者様も気持ちの整理はついてないと思われる。それだけすぐに切り替われるような人物の死ではない。 日本の国益に直結する方であった。 読者様から何件か広めて欲しいという情報があって、そろそろブログに書こうと思っていた矢先の出来事だった。 中川昭一氏が守ろうとした日本を守るために、出来ることを一つ提案する。フリーJAPANから引用しよう。 水間氏は本当に強いな。管理人にはこの強さはない。 中川昭一先生の追悼 中川昭一先生のご逝去に際し、心より哀悼の意を捧げます。 テレビのニュース速報が、「中川昭一元財務大臣が東京世田谷区の自宅で死亡…」とのテロッフに頭の中が真っ白になってしまいました。 保守思想に基づいて、日本を再興する最重要政治家が中川昭一先生と認識しておりました。 中川先生が会長として設立し、休眠していた「自民党歴史議連」を、戸井田徹先生の要請に応えて2007年1月、 中山成彬先生に会長を託して復活させ、側近中の側近であられた 西川京子先生が事務局長に就任してからは、目覚ましい功績を残されました。 今年の『靖国神社みたま祭り』には、「雪洞」を奉納して下さり。 7月13日の前夜祭には羽田空港から駆け付けられ、小生も中山成彬先生と西川京子先生に帯同させて頂き、 本殿で執り行われた儀式に同席させて頂きました。 実は、「10・27請願受付」告知動画の国会議事堂の歩道での収録が、ここ数日の雨で今日(4日)の11時まで延びていました。 中川先生のニュースは、自宅を出る直前に速報を見ただけでしたので、 なかなか気持ちの整理が出来ず、自然に振舞うことを意識し過ぎて、何を話したか支離滅裂になっていると思っています。 帰宅後、改めて中川先生のニュースを見て驚いたことは、 中川先生の死亡時刻に「10・27請願受付全容確定」をインターネットにアップする準備完了時刻と重なっておりました。 発起人に名を連ねられている、殆どの前衆議院議員の諸先生は、中川昭一先生が会長の「真・保守政策議連」のメンバーだったのです。 自然なことですが当然、10月27日は「中川昭一先生の追悼の会」を兼ねることになります。 中川昭一先生に敬意と感謝を表し、一人でも多くの日本を愛する方々が「請願受付国民集会&デモ」に御参集して頂ければ、 中川昭一先生にも喜んで頂けると思っております。 〔10月27日は、中川昭一先生に来賓として登壇して戴く予定でした。残念でなりません。〕 最後に、『南京の実相』が出版できたのは、中川昭一先生が陰で支えて居てくれたからでした。 『南京の実相』の中川昭一先生の推薦文を「日中歴史認識」に対する中川先生の遺言として受け継ぐ所存です。 【ネットだけ転載フリー】「請願受付国民集会&デモ」実行委員会事務局長・水間政憲 : http://mizumajyoukou.jp/ (http://www.freejapan.info/?News ) まだ、悲しみに浸って立ち直ってない方も多いと思う。だが、日本を守ろうとした中川昭一氏の強い意志を管理人は引き継いでいく所存である。 そのためには、ブログでいつまでも悲しみのコメント書いても先には進まない。 自分の心と闘いながら、管理人は涙一つ見せずに、淡々とこれから先に起こるニュースを知らせて、中川昭一氏が守りたかった日本を、 日本人の一人として、決して諦めることなく、守って行くことをここに決意する。 読者様もコメントにそうした決意を書いてみて欲しい。それが自分の決意となって、諦めない心を奮い立たせてくれると思う。 何より、自分が思った意志を表明することは大切であり、これからの運動や抗議デモなどに積極的な姿勢が生まれる。 「人の死なんて、突然やってくる。さよならをいえる事態、奇跡なんだよ」 探偵癸生川より この言葉を思い出した。私が名言としてルームに残している言葉の一つなのだが、やはり、この言葉の意味は非常に深い。 死は決して消滅ではなく、われわれ人間はわれわれが知り合った人間の記憶の中に認知された存在として生きつづけるものであることを。 夷荻を待ちながらより。 一つは携帯の推理ゲームの癸生川探偵という登場人物の台詞。 そして、もう一つはノーベル文学賞受賞作家、J.Mクッツェー氏の名言である。もう一つだけ紹介しよう。 「人の一生というのは、たかが五十年そこそこである。いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、 いやしくも弱きを発してはいけない。たとえその目的が成就できなくても、その目的の道中で死ぬべきだ。 生死は自然現象だから此れを計算に入れてはいけない」 司馬遼太郎 竜馬がゆくより 本当に50年そこそこの一生であった。 すぐに自信を取り戻せといっても難しいと思う。だが、その決意と意志が揺らがなく、烈火のごとく、心の中で燃え広がるなら、行動して欲しい。 今、日本が直面する危機に立ち向かえるのは、覚醒した日本人だけである。 衆愚政治に陥った日本の最後の良心は、何者にも縛られない普通の一般人なのだ。 想いが集まれば、その想いを引き継いで、また一人、また一人と仲間は増えていく。必要なのは、その想いをずっと持ち続けること。諦めない心。 そして、全てを自分一人で背負い込まないこと。後、必要なのは行動するほんの少しの勇気だけで、何か出来ることが見つかるはずである。 このブログやメルマガはそんな想いの集合体として、これからも活動を続けていくことになる。 長くなったがこれで管理人は悲しむことを記事にすることはなるべくしないように淡々と述べていくことにする。 中川昭一氏の意志を引き継ぐ者として、恥ずかしくない知識と知恵を身につけていく次第である。 2009年 10月5日 ジンボルト 以上。 このメルマガは私のブログの記事の掲載と一番最後のメルマガ用追記でできている。 その他の記事は↓のURLで確認して欲しい。 http://ameblo.jp/dol-souraku/ メルマガ用追記。 残念ながら、中川昭一氏の不安は公明党が先に動いたことで,核心に変わったわけだ。 だが、まだ何も終わってもいない。絶望しても意味はない。 一般市民が手を取り合って闘うことがこの先、重要となっていく。


