2009/03/14
朝ドラ「だんだん」 生きる気力
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第104回 朝ドラ 「だんだん」
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西日本新聞の夕刊に吉田栄作さんが「のぞみの花嫁姿い゛挨拶を
受けるときは感無量だった」そして「結婚式ではのぞみの人生に
むねのが詰まった」と感想を述べていました。
祇園を飛び出して、雨のしたたる松江の港に父、忠をたずねて
来たシーンは感動的でございました。
そんなに突拍子もないことが出来るのか、と思いましたねえ。
学歴のないことから、仕事が見つからないことは現実的な問題で
した。 そんなつらい思いが舞いに生かされたのでございますね。
初枝の夢枕に亡夫の宗助が「まだ、生きて二人の孫の花嫁姿を見て
こい」と励まします。
私の母がなくなって2年、父がなくなって33年。 二人とも私の
夢枕に出てきたことがございません。 「たまには、夢でも良いから
話がしたいものだ」と思います。
私が親不孝者だったからでしょうか。
さていよいよ「だんだん」も残すところ2週のみです。
のぞみの結婚式、そしてめぐみと石橋の結婚? までもうすぐでございます。
この半年間、いろいろありました。 皆さんもさまざまな思いで過ごして
来たことでしょう。 4月から新しいTV番組がどんどん出てきます。
つぎの朝ドラは「つばさ」ですね。 私は出来ればまだこのメルマガ続けたい
と思っていますが、間もなく60歳の私にとりましては機械設計業の経営と
副業のバスの運転士はやはり大変です。 でも1週間に1回くらいなら時間を
見つけて出したいなと思っています。
さて「だんだん」です
生きる気力
これ以上隠し通せないと感じためぐみは、石橋と共に、初枝に病名を告げる。
告知を受け初枝は、意外にもすっきりしたと言う。
田島家では、勝手に告知しためぐみを責めるが、反対にめぐみは看護師と
しての心構えを皆に説く。時に気弱になる初枝だが、亡き宗助に二人の
花嫁姿とひ孫を見るまで生きるよう夢で言われる。
のぞみと康太の式は松江ですることとなり、また、のぞみは式で松江舟歌
を歌って欲しいと初枝に電話で依頼する。
初枝が机に向かって寝入っためぐみに着せてやる。
初枝 「こげな時間になにしちょるかね、忠」
宗助 「何をみまちがっちょるかね」
初枝 「へっ」
宗助 「わしだが」
初枝 「宗助さん、迎えに来てごしなさったかね」
宗助 「違う違う、まだだが、もうちょっこし長生きして
わしの分も見てきてごしない、 めぐみとのぞみの花嫁姿」
初枝 「2人ともかね」
宗助 「そりゃそげだ、もうちょっこし頑張ってひ孫の顔も見てくればいい」
初枝 「見られえかねえ、私癌なんだが」
宗助 「大丈夫だが、癌くらいなんかね」
初枝 「すごく辛いが」
宗助 「だどもこの子が付いてくれちゅうがね」
初枝 「そげだねえ」
宗助 「そげだ、それにわしのかわいい孫を苦しませたらいけんがね」
初枝 「そげですね」
宗助 「いよいよとなったらわしが迎えにきちゃるけん、
それまでは図々しい生きたらええがね」
初枝 「必ず迎に来てごしないよ」
宗助 「わかった」
初枝 「約束だけん」
夢花 「お祖母ちゃん、うちらの結婚式、出てくれはるんやなあ」
初枝 「必ずでるけんねえ」
夢花 「お願いがあるんどす」
初枝 「なんかね」
夢花 「披露宴で松江舟歌をうとうてほしいんどす」
初枝 「松江舟歌、そげかね、わかった、だんだん」
初枝 「めぐみ、のぞみが松江舟歌うとうて欲しいんだと、
もっともっと頑張らんといけんねえ」
めぐみ 「ん、そのいきだが」
初枝 「のぞみがききたいって」
家族のぬくもりと支えが再び初枝に生きる気力をもたらしました。
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福岡県北九州市若松区東二島
林 茂生
x1796shm@bronze.ocn.ne.jp
小さな環境対策を自作品で
http://www7.ocn.ne.jp/~futajima/
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