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今の生き方、何かちがう! はっきり言っておせっかいです。だけど訊きます。あなたは今幸せですか?幸せについて考えたことありますか? 心が主導であり、頭がアシストする生き方。五感から六感へ。感じることの大切さとは。

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2009/01/08

心地よく生きよう!01.08

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        ☆ 心地よく生きよう ☆    vol.033  

            2009.01.08号 

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こんばんは、留環です。
七草も過ぎ、新年も1週間が経ちましたね。
不思議なことに、今年は早く過ぎていくといいなって気分
になっています。←今現在ですが。
何なんでしょうね? いつもは早すぎる〜なんて思ってい
るのに……。

では。

小さい頃から言われたこと、特に繰り返し言われたことは
良いことでも悪いことでも記憶されます。
「そうするべき」「それが善いこと」も結果「しなければ
不幸になる」という脅しである限り、悪いこととして記憶
されます。

意識的には忘れているつもりでも、記憶されています。嫌
なことは特に、意識の表面から消そうとするでしょう。で
も、記憶されます。
意識の表面から消されてしまっても(忘れても)、記憶の奥
底にしまい込まれたことは、決して無くなってしまうわけ
ではありません。
無意識の領域にはきちんと残っていて、無意識の領域から
あなたを誘導しています。

例えば、
全く忘れてしまっている大事なことがあった。
ある時、ふとある人に電話をかけようと思い立ってかけた。
そのとき、その大事なことについて話が出て思い出し、か
けてよかったと胸を撫で下ろす。

あるいは、電話をかけないままにしていて、後から大変な
ことになった。あの時かけていればよかったと後悔する。

この時ふと電話をかけようと思い立たせるのが、無意識の
領域に押し込まれた記憶です。心の声と呼ばれることもあ
りますが、何も神秘的、心霊的なことではありません。

あなたが突き進んいく現実と(表層意識では忘れているけど)
記憶したことに違和感があるよ、何か違うんじゃない、そ
う教えてくれるものです。

さて、あなたはダメな子だ、そんなじゃ嫌われる、たいし
た人間にならない、とか、あなたには出来ない、無理だ、
才能が無い、とか、他にもいろいろと言われたことが記憶
されて、今のあなたになっている、あるいは、今のあなた
の人生の躓きになっているとは、どういう意味なのでしょ
う。

今の自分の人生に不幸せ感がなく、疑問を感じることもな
く生きているときには、自分の無意識がどんな風に自分を
誘導しているかなんて考えることもあまりないかも知れま
せんね。

何か自分の人生ちがうなと感じたり、何かにチャレンジし
ようと決めたときから、何故かなかなか上手くいかなくて
おかしいなと感じる、そんなときに自分はどうしてこうな
んだろうと、疑問を感じ始めることはよくあります。

自分はこれこれな幸せを望んでいるのに、何故か逆の現実
がやってきているようだ。

自分は、これこれを成し遂げたいのに、何故か邪魔するこ
とが現実に起こりすぎる。または、どうしても足が止まる
ことがある。

そんな時は、これこれな幸せや、これこれを成し遂げよう
とする今のあなたの現実と、記憶されたことの方向性が違
うよ、と無意識があなたの選択を誘導し始めます。

あなたは表面の意識では(これこれの幸せ)とか(これこれを
成し遂げる自分)を考えているけれど、無意識が記憶したこ
とは(これこれではない幸せ)とか(これこれを成し遂げられ
ない自分)だったりする可能性があるわけです。

そして記憶どおり(これこれではない幸せ)とか(これこれを
成し遂げられない自分)に向かう無意識の声に誘導されるの
です。


さてここで、
否定的なことを言われたことが、人生の躓きになっていな
い人の意見を聞いてみました。簡単にまとめてみると、そ
う言われても、「相手にしていない」「そんなこと事実か
どうかわからない」「そういわれてもできるまでやった」
などです。

「相手にしていない」というのは、無視するとかではなく、
それはその人の感想・意見だ、として受け止めるというこ
とです。他の人は違う感想や意見を持つかもしれないし、
一人だけの意見で自分は決められないということです。冷
静ですね。
事実かどうかわからない、ということも同様です。
出来るまでやったというのは、他ならない「できるまでや
りたい」自分の気持ちを素直に全うして、結果「できない
ことはない自分」を証明して見せたということです。

とはいえ、そうできる人もいれば、できない人もいるわけ
で、その違いは何なのか、気になるところです。

もちろん本人の性格があります。そして、親との関係は見
過ごすごとができません。
親の絶対的愛情を感じて生きられる子供は、親に対しても、
恐れずに自分の気持ちを素直に表現することができます。
全ての子供に、親の絶対的愛情が感じられるか、というと、
そうではないのが現実ではないでしょうか。

絶対的愛情とはおかしな表現ですが、おおざっぱに言うと、
その子の事を信頼しているか、その子の行動の結果は一緒
になって受け止める覚悟があるか、などだと思うのです。
子供を叱らないことでは、決してありません。

親自身に受け止める覚悟がないわけではないけれど、出来
れば面倒なことは避けたい、子供につらい思いをさせたく
ないという意味で、子供を自分の価値観に即して規制する
のは、子供に対する愛以上に、親自身のためと言えるでしょ
う。
その上、そこで愛情の駆け引きを子供に持ち掛けた時には、
子供が親の絶対的な愛情を信じられるわけがありません。

まだ、幼くて、非力で、親の愛を得なければ生きていけな
い子供には、親に対してできないこと言えないことがあり
ます。親の愛を絶対だと信じられない場合は特にそうです。
また、親が厳しく、特に体罰や怒鳴る、などの恐怖によっ
て子供を抑圧した場合は、子供は自分を主張することを諦
めなくてはならないのも、もっともだと思えます。そして
その場合、子供はもっとも険しい道を歩まなければなりま
せん。

そうとは言え、それもこれも、子供の頃にあなたが自分で
選んだ道であり、他ならない自分の身を守るために必要だっ
たことなのです。

子供がこのジレンマから解放される成長過程は、反抗期に
あります。自分と親は別々の人格を持つことを自覚し、親
との一心同体からの開放を求めます。そして無事に親から
自立し、そのときに親も一人の人間と相手を認めることを
知っていきます。
超簡単に言うと、です。


どういう事情があれ、否定的な言葉を受け入れてしまった
ことが、今の自分を作る種になっているとして、そこで、
育った環境やそういう言葉をかけた親や他人を責めても何
も始まりません。むしろ責めている間はそこから脱出する
ことが難しくなるでしょう。
責めるのではなく、自分に向けて発せられ、記憶されてし
まった否定的な言葉の呪縛から解き放されることが先決で
しょう。


最後まで読んでくださってありがとうございます。

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