ある中国美人の波乱の半生(ふるさとを離れ深センへ)  RSSを登録する

中国進出中小企業の6年間にわたる工場管理の失敗談、経験談を赤裸々に語ります。筆休みで、中国美人の魅力にも迫ります。

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2008/12/11

ある中国美人の波乱の半生!(1)

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ある中国美人の波乱の半生!(1)

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ある中国美人の波乱の半生では、したたかとも思える「王」という女性(仮名)
の波乱に満ちた生き方にスポットを当てています。この記事は中国人少女が内
陸部の村から都会に移り住み、家族を想いながら必死に生きる姿を描いた、リ
アリティーに富んだ内容のフィクションです。
工場管理の本題に入る前に、まず中国女性の生活や考え方などについて理解し
ます。
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王は20歳を過ぎてから四川省の田舎町から両親の元を離れ3日間バスを乗り継い
で深セン市にやってきた。彼女の田舎では何人かの女性が深センや東ガンで3年
ほど出稼ぎをした後、現金を得て戻っている。

そんな彼女らの話を聞き、王は都会にあこがれるようになった。王は両親のもと
で小学校、中学校に通う傍ら、農業の手伝いをして、家族でわずかな現金収入を
得ていたが生活は苦しく、病気がちな父親の薬代もままならない生活だった。王
は友達のつてをたどって、深セン市郊外の工場の工員の仕事についた。基本給は
わずか400元(6000円)だった。工場の敷地内の寮で12人部屋の中の片隅
に与えられたベットにわずかな衣類と洗面器などの身の回りの道具を置いた。工
場では毎日8時から夜10時まで働いた。時には一週間休みなしのときもあった。

400元の給料は半分田舎の両親へ仕送りの為に貯金した。残った200元のう
ち100元で食べ物や衣類をなどを買った。残りの100元と200元ほどの残
業代は自分のために貯金した。田舎では600元もの現金を得ることはとてもで
きなかったので、王は夢中で働いた。こんな生活が一年以上続いたが、ある年の
2月、春節(中国の旧暦の新年)の休みに、久しぶりに故郷から出てきている友
人に会った。友人は深セン市の繁華街にアパートを借りて住んでいた。

友人の貰っている給料の額を聞いて王は驚いた。わずか5,6時間働くだけで基
本給が800元、歩合がついて平均1500元は貰っている。王は春節の休み明
けには、寮を引き払って友人のアパートに住んでいた。友人の名前は「李」とい
い深セン市内の日本カラオケで働いていた。春節の休みで帰国していた日本人が
戻ってきてネオン街に賑わいが戻ったある2月も末の夜、21歳を過ぎた王は李
に付き添われてカラオケデビューを果たした。

続く >>>


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