2009/11/28
陸軍病院壕を町文化財に指定
陸軍病院壕を町文化財に指定 1)厚生省遺骨収集への疑問(1985) 2)手探りの実態解明調査 ・ひめゆりの学徒隊からの記録しかない、しかも壕の数や位置は出版物によって違う ・当時の南風原村が建立した「南風原陸軍病院壕址」(1953)に刻まれた「重傷患者ニ ニ千名自決之地」の碑文に疑問 ・隣接地域や元陸軍病院の軍医・看護婦・衛生兵などから聞き取り 3)戦争の記憶をヒトからモノへ ・戦災調査の過程で体験者の減少を実感する ・調査対象にモノ(遺留品・家屋・塀・ヒンプン・樹木など)も設定 ・モノの象徴としての陸軍病院壕 4)町文化財に指定 ・文化庁・県文化課との折衝 ・町文化財指定基準の改正 ― 「沖縄戦に関する遺跡」を挿入する ・全国初、戦跡指定文化財(1990) 5)なぜ文化財指定が可能となったか ・戦災調査 ・文化センター常設 ・町文化財審議委員会 6)取り組みと影響 ・壕シンポジウム(1995、町沖縄戦終結50周年記念事業) ・第二回戦争遺跡保存全国シンピジウム開催(1998、全国ネットワークと共催) ・壕の位置確認調査と発掘調査(1994~現在) ・国の文化財指定基準改正(1995)、県も改正 ・県埋蔵文化財センター事業の「沖縄県戦争遺跡詳細分布調査」(1998~現在) 県文化課は戦争遺跡の県指定に向けて文化財審議会に諮問(2003) ・文化庁は全国戦争遺跡詳細調査の対象に陸軍病院壕をあげる(2002)


