2009/03/10
古典落語の世界-日本人の笑いの原点≪たちぎれ線香≫
【前置き】 男性がお金を払って女性と遊ぶという慣わし。 遠くは、キリストの時代にもうすでにあったようですね。 また、江戸時代には花柳界や廓(くるわ)で、独特の慣習や文化が形成されました。 とても手の込んだ擬似恋愛の演出があったそうです。 もちろん、通いつめて成就した本当の恋もあったでしょう。 さて、今日はまず花柳界を題材にしたお噺です。(廓は後日。) 花柳界といえば、いわゆる芸者さんとか舞妓さんのいる世界ですね。 お座敷で酒肴をやりながらの踊りや唄。 この娯楽、男性にはとても結構なものらしいです。 もちろん、今も昔も花代はこれもまた結構な額のようですが。 その花代ですが、今はどうかわかりませんが、昔は時間制だったようです。 時計のなかったころはなにを使って時間を計測していたか? 実はお線香です。 よく一人前になることを『一本になる』といいます。 これは線香一本分の料金がとれるようになった、というところから来ているそうです。 色街の恋は、こいはこいでも金持ってこい…。 ≪たちぎれ線香≫ せんばのある商家の若旦那さん。 ある日のこと、大旦那の名代で寄合に出掛けて行きました。 そのあとの懇親会が、あるお茶屋のお座敷。 まだこの世界を知らないうぶな若旦那です。 そこへ、ふと目に留まった一人の芸妓さん。 名を『小糸』といいます。 南は『きのしょう』の娘。 生まれたときから芸妓になる定めの娘です。 まだお座敷に出たての若葉マーク。 なんとはなしに見ていると目と目が合いました。 この一瞬のことで、一目惚の相思相愛。 こう言った経験はないのですが、世の中にはあるのですね、このようなた現象が! それからというもの、この若旦那、馬車馬のごとく小糸に逢いに通うようになります。 両親や番頭さんの言葉も全く耳に入りません。 それからしばらくたって、この商家で親戚会議が開かれました。 主催は番頭さん。 大旦那の信任が篤く、とてもやり手の商人さんです。 ≪千両みかん≫のあの大ボケ番頭さんとは雲泥の差。 さて、この親戚会議の成り行きが気になっているのは例の若旦那。 なにしろ、小糸恋しさに放蕩が過ぎていたわけですから。 もしかしたら最悪『勘当』ということも…。 自室にこもっていましたが気が気でなりません。 ちょうど通りかかった丁稚を呼び止めます。 都合の良いことに、会議の給仕をしていた丁稚です。 若旦那、なんとか会議の内容を聞き出そうとします。 しかし、番頭さんから口止めされているとかでなかなか話してくれません。 実は番頭さんから口止め料として五十銭もらったとのこと。 安いもんやな、ならば一円やる、と若旦那。 一円に目がくらんで洗いざらい話す丁稚さん。 若旦那の放蕩がやはり問題になっていました。 京都の親戚は高瀬の綱引きをさせる、と。 丹波のおじは牛につき殺さす魂胆。 兵庫のおばは、波の荒い日に釣りに出してフカの餌食にという。 いやいや、金の有り難みを知るには乞食がいい!と番頭さん。 さすが番頭、それがええ、それがええ! さあこれを聞いた若旦那、一円ふみたおして、丁稚を振り切って下にかけ降ります。 挨拶もせず、親戚一同会した場に乗り込んでなじります。 「ここには恐い人たちがそろてる!高瀬の綱引きをさせるいうたんはどなただんねん? 牛につき殺さすいうたんはどなただんねん!フカの餌食にするいうたんはどなただんね ん!?」 突然の乱入者に一同色を失ってしまいます。 「番頭!お前やな、乞食にするいうたんは!できるもんならしてみぃ!」 荒い息をしながら立ちはだかって一同をにらみつける若旦那。 しばしの沈黙が続きます。 そこへ沈黙を破って番頭さんが静かな口調でたしなめます。 「お座りやす。目上の方々がそろてる席に、なんですか…。」 「確かに私が乞食にせよと言いました。」 「しかし、若旦那がいややと言うたら無理にするわけにはいきまへん…。」 「それを、あんさんは、してみい、とおっしゃった。」 「これは正に願うたり叶うたりというもの。」 見ますと、着物、はし、茶碗、ずだ袋と、乞食の道具が一式そろっています。 まだ年若い若旦那、番頭さんの計略にまんまとかかってしまいました。 飛び込んできたときの勢いもどこへやら。 乞食は勘弁してくれ、と泣いて頼みます。 若旦那、乞食はどうしてもイヤだと言います。 ならば百日の間蔵住まいをしてもらいましょう、と番頭さん。 蔵がイヤなら乞食が待ってます。 若旦那に選択の余地はありません。 そのまま蔵に直行です。 蔵の中はきれいに片付いて調度類もそろっており、畳も敷いてあります。 世話役の丁稚に頼めば本の差し入れやら、好きなものが手に入ります。 いつもの生活と違うところは、風呂が行水であることと、外出できないこと。 これは全て番頭さんが書いた筋書きでした。 仰々しく親族会議を開き、丁稚の中でも飛びきりおしゃべりな者に給仕をさせます。 若旦那の性格を的確にとらえた、巧妙なワナ。 そのワナにまんまとかかって蔵に閉じ込められた若旦那でした。 百日の蔵住まいの始まりです。 若旦那が蔵住まいを始めたときから、南より手紙が届くようになります。 見るからに太鼓持ちという出で立ちの男性がメッセンジャーです。 それに応対した人が悪かった。番頭さんです。 若旦那は留守です、というなり受け取った手紙を引き出しにしまい、鍵をかけてしまい ます。 次の日もまた次の日も、果てしなく届く手紙。 日が立つにつれ一日に届く手紙が二通、四通、八通と倍増しに。 丁稚を一人応対にあてなければならないほどの届きぶりです。 ところが、八十日目にピタッとこなくなってしまいました。 番頭さん、フフンとせせら笑って言いました。 「色街の恋も八十日か…。」 いよいよ約束の百日です。 番頭さんが蔵住まいの若旦那を訪ねます。 若旦那、お出ましを。 え〜?!もう百日たった?と驚く若旦那。 最初は苦痛だった蔵住まいも、日が立つにつれすっかり気に入った様子。 色々と深く考えることができたと言います。 もう百日入ろうと言う若旦那を促して、番頭さん、蔵から連れてでます。 見せたいものがある、と言います。 そう、南から届いた手紙です。 若旦那は最初見ないと断ります。 なにしろ百日かけて忘れようとしたわけですから。 手紙を預かった番頭さんとしてはそうはいきません。 色街から届く手紙がどんなものか向学のために知りたいと。 それと、八十日目に止まってしまったことについて、所詮色街の恋はその程度だと、若 旦那に言い聞かせます。 ああいうところには遊びに行くもの。 命がけで真剣に通いつめるものではない、と。 番頭さん、そう言いながら若旦那に最後に届いた手紙を手渡します。 「この手紙を受け取って即刻お越し頂けないときは、今生にてお目にかかれまじく候。」 これを見た若旦那、急にそわそわしはじめます。 蔵の中で天神さんに願かけて、出たらすぐにお礼参りすると約束した、と番頭さんに告げます。 もちろん、もう自由の身ですので引き止める理由はありません。 若旦那、店をでるなりお伴につけてもらった丁稚をまいて、まっすぐ南のきのしょうへ。 きのしょうは静まり返っています。 声をかけると中継ぎがおかみさんに取り次ぎます。 びっくりしたおかみさん、直ぐ様若旦那の応対をします。 もちろん、若旦那のお目当ては小糸。 とりあえず顔だけでも見たい、落ち着いたらゆっくりと逢いにくる、とおかみさんを急かします。 小糸、どこにも行ってまへん、おうておくれやす…。 と、沈うつな表情で若旦那の前に差し出したのが… 位牌!! 俗名、小糸…。 小糸死んだ!!?? 誰が殺した!? 誰が殺した、いうんやったら若旦那、あんさんとしかいえまへん…。 若旦那、おかみさんに今までの経緯を話します。 おかみさんも小糸のことを話して聞かせます。 お芝居行きをすっぽかした若旦那。 蔵に入れられた翌日に小糸と約束していたこと。 仕方がありませんでした。 手紙のこと。 色街からせんばのお堅い商家に、とんでもない! と、最初思ったが、哀れで仕方なく許してしまった。 それからというもの、食事もろくにとらず、手紙を書き続けて、日に日に衰弱していっ たこと。 慰める言葉もなくなったころ、若旦那があつらえた三味線が届いたこと。 おかあちゃん、わてその三味線ひきたい…。 一人で起き上がれない体を起こしてやって三味線を持たせます。 嬉しそうに三味線を抱える小糸。 シャン、と一バチ入れる。 じっとかがみこんだのを、おかみさんが続きを促す。 そして、顔をのぞきこんだら、もうこの世の者ではなかった…。 号泣する若旦那。 知ってたら蔵破ってでも逢いにきたのに…。 本当にすまないことをしてしまった。 そこへ、若旦那にお酒が勧められます。 こんなときに、と若旦那が最初辞退します。 が、お口も濡らさず帰したら小糸にしかられます、とおかみさん。 その言葉で若旦那、杯をとります。 小糸、よばれるわ…。 と、言うなり、小糸の仏前に供えた三味線が…。 なんと!なり始めました! 若旦那の好きな『雪』という曲です。 しばし皆でか細い三味線の音に聞き入ります。 しかし、どうしたことか、途中で音が止んでしまいます。 なんで小糸、続けてくれないのか? すると、おかみさんが言いました。 若旦那、小糸もう三味線ひかしまへんえ。 ちょうどお仏壇のお線香がたちぎれました…。 ц<(_ξ_)> 【後書き】 この演目、お笑いという範疇から外れています。 悲しくもとても真剣な恋の物語です。 ですので、しみじみと味あわなければなりません。 登場人物もさまざまで、演者にしてもかなり高度な演技力と間が要求される大ネタで す。 前から配信したいと思っていたところに、ある読者さまからリクエストをいただきまし た。 読者さま、良いきっかけを与えて下さったことと、リクエスト、本当にありがとうございました! ♪♪♪♪♪♪♪ [PR] 大師匠 DVD-BOX 価格:¥ 15,559(定価:¥ 19,950) http://www.amazon.co.jp/dp/B000XGKZI8/ref=nosim/?tag=rakuda972-22 古典落語名作選 大全集 [DVD]落語 価格:¥ 19,234(定価:¥ 24,675) http://www.amazon.co.jp/dp/B00006G90V/ref=nosim/?tag=rakuda972-22 五代目 柳家小さん 落語傑作選 全集 [DVD] 価格:¥ 30,325(定価:¥ 39,900) http://www.amazon.co.jp/dp/B0001Z2VVA/ref=nosim/?tag=rakuda972-22落語研究会 古今亭志ん朝 全集 上 価格:¥ 24,874(定価:¥ 31,920) http://www.amazon.co.jp/dp/B00122DUY8/ref=nosim/?tag=rakuda972-22 落語研究会 古今亭志ん朝 全集 下 [DVD] 価格:¥ 24,874(定価:¥ 31,920) http://www.amazon.co.jp/dp/B001DNF756/ref=nosim/?tag=rakuda972-22


