最終章「自由」
間があきつつも、やっと、最後にたどりつきました♪
読んでいただき、ありがとうございました。
もう秋も終わりつつ冬に入りそうです。
空は高く、
山は色とりどりにきらめき、
・・・そして冬の真ん中に突入します。
クリスマスですね。
お正月ですね。
1年が過ぎるのはとても早いです。
今年は、私にとってはとてもよい1年でした。
未来の自分を決定づけるような1年でした。
有意義な今年の1年をさらによい物にするために
来年はもっと頑張りたいです。
では、「絡糸」の最終章へどうぞ
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小 説
「絡 糸」
最終章 「自 由」
舞子
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僕は、父が死んだ後に遺言での遺産相続の放棄をするために、
一度だけあったことのある父の顧問弁護士に会った。遺言には
遺言の執行は10年後で、その間の諸所の問題に対応することも
記述されていた。
その時、僕は、ずいぶんと用意周到な遺言書だと不思議に思った。
「本当に、放棄を撤回するんですか?」
「できますよね」
「まだ執行されていませんから、大丈夫なんですけど・・・ほ
んとに撤回するんですか?」
妙なしつこさだ。弁護士は、何度も用心深く聞く。
「撤回されれば、諸所の事柄もお話しなければいけなくなります
が、それは、お父様の意思にそむくことになりますが、いいです
か?」
「お願いします」と、僕は、きっぱりと答えた。
弁護士は、意を決したように顔をあげた。
「あなたが、正当な遺産相続人です。だから、撤回されれば、あ
の家のすべてがあなたの物となります」
すべてはいらないと、言いそうになる自分を抑えた。
「正当? 兄が長男で直系でしょ。私がどうして正当なんですか?」
「あなたのお父様がおじい様の遺書に照らし合わせて付加された
のです。その理由は」
罰が悪そうに弁護士は、言葉を詰まらせた。
「で?」僕は、答えを促した。
彼は、曇ってもいないメガネをはずしておもむろに胸ポケット
から取り出したハンカチで拭いた。
兄が目の前に座っている。僕は、今までと違う目で兄を見てい
た。兄は、僕のすべてを憎んできたのだろうか。兄は、これまで
そういう気持ちで僕だけを見て生きてきたのだろうか。兄は、な
んとかして僕を負かすつもりで生きてきていたのだろうか。そう
思うと、兄が哀れで申し訳ないという気持ちで僕の胸は張り裂け
そうになる。そう思うことさえ、兄にとては迷惑なことなのだろ
うか。それともそんなこと考えるのは僕の傲慢なのだろうか。
「で、話ってのはなんだ?」
「綾子のことだけど」
兄の眉間に皺が寄った。
「まだ、そんなこと言っているのか? 結果はすでに出てる」
「出てないよ、兄貴。彼女はまだ結婚したわけじゃない。僕にも
まだ望みがあるということだ」
「結婚がすべてじゃない」
「そうさ、でも、綾子は結婚したがっている。兄はその望みは叶
えられない。でも、僕は違う」
ふんと、兄が鼻を鳴らした。ますます兄の眉間に皺が寄る。
「綾子は贅沢な女だ。お前ごときに扱える女じゃない」
「忘れてない? 兄貴。実は、俺も金持ちってこと」
「俺ほどじゃない」
「そうかなあ、僕が、相続放棄を撤回すればどうなる?」
「撤回なんかできるものか」
「弁護士にあってきたよ。そして、僕は、反吐が出そうなくらい
の真実を聞いてきたよ」
兄の顔が歪んだ。
「兄貴が、僕を憎んでいるのはよくわかつていた。兄弟なのにね。
でも、その理由が今までわからなかった」
平常心を失わないように必死な力を込めて話している僕の動揺
がわからないほど、兄もまた動揺していた。
「お前の血がどんなに汚れているか、よくわかったろう。で、ど
うだ、その事実とやらは、お前の気持ちを楽にしたか? うん?」
「なぜ、そういう事実を兄貴は知ることができたんだ? それも
幼い頃に」
「お前は、俺の右足を知っているか?」
「・・・」
「俺の右足の指が三本ないことを知っているか?」
僕は、首を横に振った。
「親指と人差し指と中指だ」
僕には、答えることができない。兄の足など見たこともないの
だ。
「たったそれだけの物がないだけで、俺は、走ることが出来なく
なった。たったそれだけのことで、俺は、右足で立っていること
ができなくなった。バランスが悪いんだな」
「何を話したいんだ」
「幼い頃は、それが、すごく嫌だった。体育の時間などは針のむ
しろだった。いや、プールの時間がもっと最悪だったな。そして
苛め」
兄の目が細くなった。憎しみを露にして、僕を睨み付ける。
「おまえは、明るくて元気だったよ。そして誰もがおまえを可愛
がる」
「それは違う。兄貴は母を独り占めしていた。母は、兄貴のこと
だけを可愛がっていた」
話が逸れている。僕は、その話の軌道修正をしなければいけな
かったが、兄の言葉にはあまりにも激しい怒りが含まれていて
毒々しすぎて、つい耳を傾けてしまう。
兄は、呆れたような顔で含み笑いをもらした。
「おまえは、ほんとに無頓着で、自分さえ無事だったら良かった
んだな」
「どういうことかわからない」
どれだけ、僕が傷つけられていたか兄は知らなかったのだろう
か・・・それを無頓着だなんて
「あの人は、いつも怯えていたんだよ。俺と祖父とあの家に」
「兄貴がそうしたんだろ?」
「そうさ、俺が始終脅していた」
「なぜ?」
「なあ、この足の指、誰がこうしたと思っているんだ?」
「母がしたの?」
「お前だよ。お前が小さいときに包丁を僕の足に落とした。その
結果だ」
僕は、愕然とした。
「お前がまだ二歳の時だ。俺は、泣き喚いた。けど、あの親たち
は、俺を病院に連れて行く前に何をしたと思う? まず、おまえ
の無事を調べた。そして、俺におまえのことを口止めした。自分
で間違えてやったということにしろと」
「そんな・・」
「おかげで、俺の治療は遅れて、指は切断。あと数分早かったら、
俺の指の少なくとも親指だけはつながったかもしれないと、医者
があいつに言っているのを聞いた」
僕は、何も話せなくなっていた。
「そのうえ、俺は、お前の二番手だった。お前は、親父の子じゃ
なくて、爺の子供だったんだからな」
聞きたくない言葉が僕を襲う。僕は、太ももの上で握り締めた
拳をさらに強く握り締めた。
「あいつらたちは、俺の人生を弄んでいたんだ。だけど、さすが
に母親だよな、あいつだけは、俺のことを不憫だと思ってくれて
いたよ。だから、お前に辛く当たっていた。いや、自分の身の汚
れをお前に当たることで癒していたのかもしれないな」
「母のことを、あいつだなんて」
兄は、ゆっくりと両手を組んだ。僕の動揺を面白がっている。
僕は、彼女のことを思い浮かべて無理に冷静を保った。
「それで、兄貴がそのことを知ったのはいつ?」
「俺は、それから、ずうっと家族の秘密を探っていた。まだ小学
生になつて間もない頃からだ。いつも耳をすませていたよ」
「・・・」
兄がいやらしい人間になってしまうには十分な年だ。
「爺の最後の日の前の日、三人でなにやらこそこそ話していた。
俺は、それを盗み聞きしたんだよ。それですべてがわかつた」
「・・・」
「それからは地獄だ」
僕は、心の中で呪文を唱えていた。この問題が片付いたら旅に
出よう。この問題が片付いたから、僕は、苦悩に浸ろう。彼女が
兄貴と別れることができてから、彼女が幸せになれるまでは、な
んとか頑張らせてくれ・・と。
「父は優しかったよ。だから、父には何もしなかった。父はじっ
と耐えていた。父もまた俺と同じだったから」
僕は、なんて馬鹿だったんだ。憎まれていると思っていた母が
僕の身を案じ、好かれていると思っていた父が僕をうとんじてい
たなんて。
僕は、黙り込んでいた。それを見透かしたように、兄は畳み掛
けてくる。
「で、綾子のことはどうするんだ」
「それとこれとは話が違う」僕は、やっとのことで応じた。
「俺は、綾子と結婚する」
「姉さんはどうするんだ? 姉さんだって、一生懸命兄貴に尽く
しているじゃないか」
「はん」と、兄は馬鹿にしたように鼻をならした。
「あんな女、お前が夢中じゃなかったら選ぶもんか。最悪な女だ。
夜なんてただのでくの坊の人形だ。一日で嫌になったよ」
「ひどい言い方をするね。だから、僕は綾子の方がいいんだ。
俺の目もまんざらじゃなかったってことだ」
僕は、目の芯が痛くて堪らない。胸の中でどす黒い塊が今にも
爆発しそうだ。
「ま、おまえも大人の男になったということだな。しかし、綾子
は渡さない」
「でも、遺産は兄には渡らない」
兄の目がますます険しくなった。
「綾子におまえの出生の秘密をばらす。あいつはお喋りだぞ」
僕は、じっと考える振りをした。
「綾子がお前のところに戻ると思うか? お前の血の汚れを世間
はどうみるかな?詩音寺家は地に落ちる。お前の代で消し飛んで
しまうというわけだ」
「・・・・・」
「俺がこのまま当主でいれば、お前は安泰。詩音寺家も安泰」
「兄貴が喋らないという保障はない」
呆れたように兄は、肩を下ろした。
「そうだな。それはおまえの判断だ。俺には関係ない。そういう
ことで、今日の話は決裂だ。帰れ」
僕は、立ち上がった。めまいがしそうだ。
ドアを開けると、そこには彼女が立ちすくんでいた。兄が怒鳴
る。
「何してんだ! まさか、立ち聞きしてたのか! 出てけ!お前
の田舎臭い顔など二度と見たくはない! 今すぐ出ていけ! お
前とは離婚だ!」
僕は、嬉しい悲鳴を出しそうになる自分を押さえつけた。
「兄貴、そんな言い方ってないだろ。それに、彼女にだって言い
分はあるだろうし、もう少し話し合わなきゃ」
兄がじろりと僕を見据えた。
僕は、心底ぞっとした。今まで兄にはさんざんな目にあわされ
てきた。
しかし、今の兄の目は、それらの哀しみを吹き飛ばしてしまう
くらいの残酷さが宿っている。
睨みで人を殺すことができるのなら、今の兄の目がそうだろう。
だけど、僕は無視した。ここで彼女の肩を持ってはいけないこ
とくらいは、動揺しまくっている僕にだってわかる。ここが最後
の踏ん張り場所だ。くじけるな。と、僕は自分に言い聞かせてい
た。
「わかったか! 今すぐだ! 今すぐ出て行くんだ。二度と俺の
前には現れるな。この不感症女!」
彼女は、怯えて走って逃げた。
僕は、兄の言葉の激しさに度肝を抜かれていた。
「お前も早く去れ! 二度と来るな! 相続でも撤回でも好きな
ようにしろ! けど、俺はここを離れない。死んでもだ。覚えと
け」
僕は、震える手でドアを閉めた。
恐ろしかった、と、いうのが僕の本当の気持ちだった。兄の真
の残忍さを僕は知った。今まで、あの残忍さを僕に対して使わな
かったことを感謝しなければいけない。僕は、兄に殺されていた
としても不思議ではなかったのだ。
そして、兄をそういう人間にしてしまったのは、間違いなく僕
自身だったのだ・・・僕の体の中では、言葉にならない感情が渦
を巻いていた。
この渦を整理するために、僕は何をすればいいのだろう。
鬱々としている数日間の間に、彼女に会った。
「私、あなたと縁が切れることになったわ。他人なのよ。あなた
は、家族だからお金を貸してくれたのに・・・ごめんなさい。
でも絶対に返済するわ。でも、少しだけ待って。もう会社が決
まったのよ。だから、二ヶ月後からの返済にしてくれれば助かる
んだけど」
彼女がはにかみながら言う。今までの彼女とは比べ物にならな
いほど明るい顔だ。今の僕には、それだけが救いだ。彼女を抱き
たい・・彼女にこの苦しみを癒してもらいたい・・でも、僕は、
じっと堪えていた。
「ほんとに、ごめんなさいね」
「いいよ。そんなに気にしなくて。僕は、最初に言わなかったっ
け? 電話してくれればいいって」
彼女の瞳が潤んだ。
「ほんとに、そうしてくれるの? ほんとに、ありがとう」
「兄と別れてどう?」
彼女は、うつむいた。しばらくして、彼女は言った。
「ありがとう。あれからいろいろ考えたの。きっと、健太郎は、
お兄さんを最大限に怒らせるためにああいうことをしたのね。
そうすれば、お兄さんが私を追い出すって・・・計算したんで
しょ?」
「僕は、そんなに利口じゃないよ。それに、そこまで忍耐強くも
ない。たまたま、ああなっただけ」
彼女は、物知り顔で微笑んだ。
「そうね」
僕は、彼女に携帯電話を渡した。思ったとおり、彼女は素直に
受け取ろうとはしない。
「僕は、これから旅行ばかりしていると思う」
「仕事は?」
「辞めたよ」
「まあ」
「いいんだ。これからは、少し自分を見つめなおす旅に出ようと
思っている」
彼女は、黙ったまま僕の言葉を聴いている。
「それで、家の電話は、止めていこうと思う。だから、この携帯
が必要になるんだ」
彼女が、静かに言った。
「わかったわ。あなたへの連絡用として預かっておくわ」
彼女には僕の気持ちがわかっているのだろう。そんなニュアン
スが彼女の言葉の裏で聞こえた。
「これって、すごいんだよ。メールもできるんだ。海外でだよ」
彼女が、微笑んだ。哀しそうに・・・。
「私もメールの仕方覚えなきゃね。そしたら、どんどんあなたに
エールを贈ってあげるわ。うるさいくらいに」
「それは、嬉しいな。期待してるよ」
彼女の瞳が潤んでいる。
僕は、慌てて話題を変えた。
「で、今はどう?」
「とっても幸せ。自由がこんなにステキなことだったなんて、改
めてかみ締めているわ」
「よかった。君が不幸だったら、僕も不幸だった」
「え?」
「昔から、君が好きだったよ。今も君が好きだ」
彼女が、声にならない声で「えっ」と、言った。
「そんなに驚くことはないよ。何もしないから」
僕は、席を立った。彼女は、呆然とそんな僕を見ている。
「僕は行くよ。月の終わりに電話して。居なかったら留守番にで
も入れといてくれればいいから」
僕は、足早に彼女の元から去った。もし、彼女が追いかけてき
たら、僕は、きっと彼女を抱きしめて・・・
だけど、彼女は追っては来なかった。
僕は、その日の夕方には成田にいた。僕の後ろには、思い出す
ほどの価値もない過去があるだけだった。僕は、この世に生まれ
てきてはいけなかったのだ。僕の周りには、暗闇だけが渦を巻い
ている。
僕の先には光明はない。僕は、これから先、光明を探し出すこ
とはできるのだろうか。真っ暗な無明の世界で生き続けていくだ
けの力が僕にはあるのだろうか。
僕は、無明の恐怖と戦っていた。
どこかで、聞きなれた音楽が・・・僕のバッグの中だ。
それは、彼女からのメールだった。
「待っています。あなたは、私の光ですから」
僕の胸が、震えた。僕のすべてが震えた。
無明の彼方に、一すじの光明が見えたような気がした。
・・ありがとう・・・
僕は、携帯電話を抱きしめた。
飛行場から弁護士に電話を入れた。「放棄撤回を撤回してくださ
い。今まで通りに兄に遺産相続をお願いします」と。
濁った綿菓子のような雲の上を滑る飛行機の中で、僕は、目を閉
じた。僕の胸ポケットには、彼女のメールひとつが入っている携
帯電話がある。今の僕には、その携帯電話が命綱のように感じら
れてならない。僕は、胸ポケットを押さえた。
兄と魚釣りをしたかった。兄と凧揚げをしたかった。兄とキャ
ッチボールをしたかった。
兄と一緒にふざけながら学校に通いたかった。
兄と一緒に父と母とみんなで旅行に行きたかった・・・
僕は、物心ついてから何時の時もそれだけを願っていた。
しかし、それらは、絶対に叶うことのない願いだった。
僕の閉じた目から涙が零れ落ちていた。
(了)
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長い間のご購読ありがとうございました。
また、
新しい小説を書いていきたいと思っております。
その時は、また読んでくださいね
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私の小説読んでくださいな。
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