小説「絡糸」  RSSを登録する

自分だけが知らない事実がそこにある。その事実は知らなくても不穏で重い何かが自分の前に暗い壁となって立ちはだかっている気配はわかる…そんな主人公の苛立ちから始まります。小説「絡糸」です。

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2008/07/13

絡むデジャブ

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本当に人の家庭の中はわからないものだ。

私の友人は、とても幸せそうだった。

少なくとも私よりは数段幸せそうだった。

私は、そう信じていた。

だから、彼女が突然家を出たときいて仰天した。

用意周到に計画していたらしい。

友達だと思っていた私には、一言の相談もなかった。

私は、その報告を聞いても、何も言えなかった。

そう、信じてくれなかったという愚痴さえも

思いつかなかったのだ。

ただ、ただ、そんなに苦しかったのなら

どうして私の愚痴をあんなに親身になって

やさしく聞いてくれていたのだろう?

どうしてあんなにやさしい笑顔でいられたのだろうか・・・。

私には

それがとても不思議だった。

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あれから 半年。

彼女からの連絡はない・・・

どうしているのだろうか

彼女のご主人はどうしているのだろうか・・・

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先日

伝言のない非通知の電話番号がディスプレイに残っていた。

あれは彼女からの電話だったのだろうか・・・・

心の奥底に何かが引っかかっていて

頭の隅に何かがいつもよぎって

私は落ち着かない。

彼女は

そんな私の気持ちも無視して忘れて楽しく過ごせているのだろうか

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                    小説

           絡  糸

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 それから一週間、綾子からの連絡はない。
 正直言って、綾子を抱く時以外は、僕は綾子に興味はなかった
から、連絡がないということは嬉しいことのはずだった。
 しかし、もし、それが兄に会う前だったら、こんなに苛々する
ことはなかっただろう。
 また、僕のしらないところで何かが進行しているという不安が
襲い掛かってくる。幼い時にいつも抱いていた不安と恐怖がデジ
ャブとなって僕に畳み掛けてくる。
 僕は、綾子に連絡を入れた。電話に出るや否や、綾子は言った。
「私、好きな人ができたの。だから、健太郎とはもう会わないよ」
 あまりに、タイミングがよすぎる。兄は、また、僕の邪魔をし
ようとしているのか。それとも、ほんとに綾子と気があったのか。
 このことを彼女は、知っているのだろうか。
 ああ、また、僕の妄想が走り出している。

 ふと、僕は「毛玉」のことを思った。そういえば、あのスカー
トは見たことがある。彼女が結婚する前に、着ていた服だ。
 以前に彼女は、物持ちがいいのだと照れながら話したことがあ
った。そういうことを笑いながら言った彼女の輝く笑顔を僕は思
い出していた。そういうことを思いだせばだすほどに、彼女が兄
と結婚した理由が他にあるような気がしてならない。
 兄が、用意周到に準備して人を絡めて行くやり方を、僕は嫌と
いうほど知っている。そして、それは、絡められた人間が後にな
らないと気づかないほど周到なものだ。現に、僕は、そのことを
理解するのに十年という年月を費やしたのだから。
 だから、彼女も、絡めとられたのではないかという不安が、胸
いっぱいに広がっていた。彼女には絡め取られる弱点がどこかに
必ずあるはずなのだ。僕は、その理由を解明しなければいけなか
った。  
 そうしなければ、僕はここから前には進めない。
 
 だからといって、何をすればいいのか皆目検討がつかないまま、
二か月が経った。
 僕は、今、仕事の都合で新宿にいる。ふと、何かの気配を感じ
て、僕は振り返った。
 兄の姿が見えた。兄のオーラを無意識に感じることができる自
分が恨めしい。そういう時、自分は兄の呪縛から一生逃れられな
いのじゃないかと、不安になる。
 人ごみの中の兄は、とても嬉しそうに笑っていた。横の誰かを
見ながらしきりにうなづいている。兄にもあんな笑顔ができるの
だと僕は驚いた。僕は、一歩下がって人の影に隠れた。
 兄の横にいる人物が見えた。綾子だった。そのことに驚いてい
ない自分が驚きだった。
 僕は、静かに後ろに下がりその場所から移動した。僕は、兄た
ちが歩いていく方向とは反対方向に歩き始めていた。しばらく行
くと、また見知った顔、彼女をみかけた。僕の鼓動が早まった。
 なんてことだ。兄たちとよく鉢合わせしなかったものだと、僕
は、咄嗟に当たりを見回した。今すぐ彼女に駆け寄って、ここか
ら連れ去りたい。しかし、僕はその感情を抑え込んで、彼女の後
を追った。
 彼女は、うつむき加減で哀しげで苦しげだった。彼女は、路地
を右折して、細長い建物の前で一瞬躊躇しながら立ち止まった。
 しかし彼女は、看板を見もしないで建物の中へと入っていく。
 僕は、その建物を眺めた。三階より上には金融関係の会社だけ
が入っている建物だった。僕も、その建物に入っていった。彼女
が乗ったエレベーターが四階で止まった。四階には有名なローン
会社がある。彼女はそこにいったのか。なぜ?
 兄の贅沢な生活からしてみれば考えられないことだ。
 僕は、建物の前に立ちはだかっていた。彼女に会って話を聞く
までは、絶対にここを動かない。そう決心していた。

 建物から出てきた彼女は相変わらず俯き加減で、目の前で仁王
立ちになっている僕に気づかない。彼女は、僕の足元を見ながら
僕をよけようとしている。僕は、彼女の名前を呼んだ。彼女が驚
いて顔をあげる。
 彼女の目が大きく見開かれて、呆然としている。
「話があるんだけど」と、僕は彼女の腕を取った。
 彼女が、掴んだ僕の手を振りほどこうともがく。
 彼女の目から涙が溢れ出る。「ごめんなさい、ごめんなさい」

 僕は、あまりの彼女の悲しみの目に耐えられなくて、つい手を
離してしまった。彼女がよろけるようにして走り去ろうとしてい
る。  
 僕は、彼女の肩を抱くようにして掴み直した。彼女の肩は、今
にも折れそうなくらい細くて、あんなにさらさらとしていた髪の
毛が枯れた枝のようにごわごわしていた。
 彼女は、顔を背け、涙を必死になって手の甲で拭いていた。
「お化粧もしてないの?」
 彼女は、黙っていた。
「ほら、お化粧していたら、そうやって、手で涙拭けないだろ」
 僕は、なんて、ばかなことを言っているのだろう。
「あっちにいったら、兄貴に会うよ」
 彼女の体が硬直した。
「さっき、兄貴をみかけたから」
 彼女が、ひたと僕の顔を見上げた。
「ほんと?」
「ほんとだよ。だから、僕は、君の後を追ってきたんだよ。兄貴
と鉢合わせしたくないだろうと思って」
 僕は、彼女の涙でぬれた顔をじっと見ていた。彼女は、ちっと
も変わっていない。瞳は、澄んでいたし、ぽっちゃりとした半開
きの唇も以前と同じだ。少しだけ、ほんの少しだけ頬がこけて顎
が尖っただけだ。
「ありがとう」彼女は、また俯いた。
「僕は、君の話を聞きたいんだ」
 俯いたままで彼女が答える。「話すことないわ」
「僕には、わけのわからないことがいっぱいだ」
 彼女は、僕から離れようと小さくもがく。意思表示する分だけ
の動きだった。僕は、彼女の肩を抱く力を強めた。彼女は諦めた
ようにうなづいた。

                      続く


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