小説「絡糸」  RSSを登録する

自分だけが知らない事実がそこにある。その事実は知らなくても不穏で重い何かが自分の前に暗い壁となって立ちはだかっている気配はわかる…そんな主人公の苛立ちから始まります。小説「絡糸」です。

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2008/06/15

病んでいく心

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人は、よく「愛してる」という。

でも


「愛」って何?

親が子供を愛する「愛」はよくわかる

しかし

それ以外の「愛」はわからない

・・・私には、「愛」は思いこみのように思えてならない

なぜなら

愛は絶対に人を傷つけてしまうから

真実の「愛」が存在するとするならば

それは

絶対に人の心を傷つけないものだと想う


・・・私は 間違っている?


「愛」という物は ほんとに罪作りな代物だ

それでも

「愛」がほしいと思うのは 何故?

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過去に蓋をして 逃げても

その過去は いつも心の奥に住み着いている

そして

それは 少しのきっかけで せき止められたダムの水のように

一気に噴出す

噴出したら それは止まらない

過去のパラサイトは 体中を熱い炎が駆け巡り

心の芯をも燃やしてしまう

主人公の過去の愛の心が 心の隅に追いやったはずの愛の心が

また 息を吹き返す・・・・

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                           小説
 
              絡   糸


               舞 子


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 僕の前には、新しい彼女が座っている。兄の妻となった彼女のことで胸が
張り裂けそうなくらい心を痛めていることなど知る由もない今の彼女の綾
子が、ケーキのろうそく越しに僕の顔を覗き込んでいる。
「健太郎、早く、ろうそくの灯を消して」
 ろうそくの灯が消えて部屋の中が真っ暗になった。綾子は、僕に擦り寄
ってきて甘える。それなのに、僕の頭の隅では、彼女のことが思い出され
てならない。
「また、他のこと考えてるの?」と、綾子が僕の腕をつねる。
彼女のことを考えながら、僕は綾子を抱いた。僕は、なんて残酷な人間な
んだ。
「ねえ」と、彼女が体を摺り寄せながら甘ったるい声を出す。
「うん?」
「健太郎の家を見てみたいわ」
「ああ、あの家には戻らないんだ」
 綾子が怪訝そうに鼻をならした。
「変だよね。同じ東京なのに帰らないなんて。何かあったの?」
「別に、何もないさ。俺は、次男で跡継ぎじゃないから」
 そう言いながら、僕の頭の中はしきりに動いていた。
「一度でいいから見たいわ」
「何故?」
「桜の話、してくれたじゃない? だから、桜の木がある家なんてどんな
だろうって考えていたんだ。ほら、うちって、家なしだし、生まれてから
ずうっと借家だし」
「行こうか」
 僕は、なんとなくそう答えた。答えたすぐ後に、それがとても自然な感
じがした。そう、こんな理由があれば、あの家にもいけるじゃないか、と。
 綾子が言った。
「それって、私を家族に紹介してくれるってことだよね。うれしいわ。私
、健太郎のいい奥さんになるからね」
 僕は、綾子の早合点などどうでもよかった。もう、彼女に会えるという
ことだけで胸がいっぱいになっていた。
「ねえ、いつ行くの?」
「今度の日曜日はどうだ?」

 いよいよ彼女に会う日曜日、僕はまだ迷っていた。しかし綾子に背中を
押されて、僕は部屋を出た。
 外に出た僕に吹く風は、冬のものでもなく、そうかといって春のもので
もなかつた。微妙に冬と春が入り混じった複雑な風だった。まるで、僕の
今の心境だ。
 駐車場には、僕の愛車のブルーバードが白く輝いていた。もう十数年前
の型だ。この愛車は、彼女が好きな車なのだ。そして、この車に初めて乗
せたのも彼女だった。
 馬鹿みたいな話だ。僕は、そんなことを思いながら苦笑した。
「健太郎、この車買い替えた方がいいよ」と、綾子が言う。
「いいんだ、この車で」
「頑固ね」綾子は、ため息混じりに言う。
「私、今流行の車がいいわ。結婚したら、買い換えてね」
「ああ、考えとく」
 考える気持ちもないくせに、僕は、もっともらしく答えた。
「それに、その服装。変よ」
「そっかあ? 俺は、自分の家に行くだけだよ」
「だけど、今日は特別でしょ。私がいるのよ。私は、こんなにおしゃれし
ているのに」
 僕は、黙り込んだ。綾子も、何を言っても無駄だと思ったのか、それっ
きり話しかけてはこなかった。
 フロントガラスの向こうに、見慣れた街路樹が見えてきた。
 僕は、大きく息を吸い込んだ。綾子がそばでため息をつくのが聞こえた。
「大きな家ばかりね」と、
 綾子は、きょろきょろとあたりを見回してはしゃいでいる。
 僕は、そんな綾子の存在がうっとうしかった。僕は、もっと、心を集中
させていなければいけないのだ。
「あの桜の木をみて。あんなでかい桜の木が庭に咲いているなんて、それ
も五本も。私も、あんな家に住んでみたいなあ」
「嫁さん追い出して兄貴と結婚すれば、あそこに住めるよ」
 僕は冗談を言った。そうなってくれればどんなにいいかと、いう心を奥
にしまいこみながら。
「あれが、俺の生まれた家。今は、兄貴夫婦が住んでいる」
 綾子は、素っ頓狂な甲高い声を出した。
「健太郎って、お金持ちの息子だったんだ」
「金持ちじゃないよ。土地があるだけだ」
「でも、半分は健太郎の物なんでしょ?」
「俺は放棄したんだ」
「そ・・・・そうなんだ」
 綾子が気落ちしたのが、よくわかった。僕は苦笑した。

 綾子は、じっと窓の外を睨み付けている。綾子が、何を考えているのか、
手に取るように僕にはわかった。
 僕は、たぶん綾子とは一緒にならないだろう。この家をみた女性とは一
緒にはなれないと思う。
 僕は、兄以上にひねくれているのかもしれない。綾子とは何度も寝た。
 綾子のほくろがどこにあるかも知っている。綾子の喜びの声がどんなか
も知っている。それに比べて、僕は彼女のことは何一つ知りはしない。た
だ、彼女の心がとても優しいことと、彼女の笑顔が僕の心を温かくしてく
れること以外は。それなのに、僕は、こんなに彼女に恋焦がれている。他
の女をどれだけ傷つけようと、後悔のひとかけらも心に残らないほどに、
彼女を好きになりすぎている。ほんとに、僕は大ばか者だ、いい加減にし
ろ、と、何度も何度も、僕は自分に言い聞かせてきた。そして、今も言い
聞かせている。
 しかし、彼女は、まるで割符の片割れみたいに僕の心の半分を奪ってい
る。彼女の存在がなければ僕の存在はないかのようだ。  

「ねえ、さっき言ったことだけど」
「うん?」
「冗談よね」
「何が?」
「お兄さんのお嫁さんを追っ払うってこと」
「当たり前だよ、冗談にきまってるだろ」
 しかし心の中で、僕は綾子に言っていた。兄と恋に落ちてくれ。そして、
兄と再婚してくれ。
 ああ、なんてことだ。僕は、彼女に近づく度に心が病んでいく。わけの
わからない苛立ちが黒い塊となって、僕の心に居座り始めている。




                                                             続く


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