2008/06/10
2.逃 避
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人は皆平等だと 先人は言いました
頑張れば 未来は絶対だいじょうぶだと 先人は言いました
今の世の中 本当にそうなのだろうか
頑張っても頑張っても 報われない人が多いのはなぜ?
何もしていないのに 苦しまなければいけない人が多いのはなぜ?
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心が苦しくて死にそうになるから 逃げ出すのは弱虫?
事実があまりに重くて その場所にいられないからと
逃げ出すのは卑怯?
自分がそこにいても何も変らないからと 逃げ出すのは身勝手?
未来の自分の心細さに耐え切れなくて逃げ出した主人公・・・
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小説
絡 糸 Vol.2
舞 子
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初春の冷たい雨は、やっとの思いで貯め込んだ温かい想いをもぎ取り
地面に散らして行く。そして、僕の心に哀しかった痛みを呼び起こす。
なぜか、妙に胸騒ぎがする。
しかし、僕は、その胸騒ぎを封じ込めた。
二十八歳になった僕は、今までの自分とは違う。
この凍てついた心を溶かしてくれた女性にめぐり合って、僕は変わっ
た。彼女は、いつも朗らかに笑う。僕の心を凍てつかせた出来事が、と
ても小さなことだったような気にさせてくれる笑顔だ。僕は、やっと、
安心の場所を手に入れられるかもしれない。
兄の結納が終わったら、僕は、彼女に告白するつもりだ。
彼女がいれば、僕は、温かい人生を送ることができるはずだ。
そんなことを考えながら僕は、大きな門扉を開けた。
兄が、玄関から出てきて僕を迎え入れる。びっくりするほどの兄の笑
顔だった。僕は、ほっと胸をなでおろした。きっと、兄の彼女は、とて
つもなく素晴らしい女性なのだろう。あの兄をこんなに変えてしまうの
だから。
「よく来てくれたな」と、笑顔の兄は言う。僕は、なんとなく居心地が
悪くて、ぼそぼそと「おめでとう」と、答えた。
「彼女が奥の居間で待っている」
「彼女一人?」
「結納式は延びたんだ。でも、おまえだけには、彼女を紹介しておこう
と思って」
「そんなに気を使わなくてよかったのに」
僕は、ほんとうに居心地が悪かった。こうして兄と差し向かいで話す
ことなんて、たぶん物心ついてからは一度もなかったような気がする。
それなのに、兄は、とても親しげだ。
長い廊下を先に歩く兄の背中を僕は見ていた。
僕は、この兄に、たぶん一生親しみを感じることはないたろうと思う。
婚約者になる彼女がどんなにステキな女性でも、僕は、今日一日の出
会いで終わりにするつもりだった。結婚式にはでるつもりもない。こん
なに兄を変えてくれたのだ。兄のそばには彼女がいればそれでいい。僕
は、もう、この家とは縁を切る。そして、僕は、僕の彼女と新しい人生
を踏み出すのだ。
僕は、そんなことを考えながら歩いていたので、急に止まった兄の背
中にぶつかった。
「おい、だいじょうぶか?」
僕は、苦笑した。
兄が居間のドアをノックすると、部屋の中から「どうぞ」という緊張
した声が聞こえてきた。
僕は、兄の後ろからうつむき加減に部屋に入った。
「まあ!」
彼女の驚いた声が聞こえてきた。僕は、顔を上げた。
どうして彼女がここにいるんだ。僕の頭は真っ白になっていた。
「知り合いだったのか」
「ええ。大学時代からの友達です」
「仲がよかったの?」
「同じサークル仲間で・・」
彼女が言いにくそうに話している。
「そうか、友達だったのか。じゃあ、わざわざ紹介しなくてもいいよね。
うん? 健太郎、どうした?」
僕は、我に返った。
「びっくりしすぎて・・なんて言うか」
彼女は、きごちなく微笑んだ。
兄の目が、僕をじっと見ている。僕は、兄に弱みは見せられない。僕
は、腹に力を入れた。
「なんだ、そうならそうと、この前言ってくれればよかったのに。よか
ったじゃないか、貰ってくれる人がいて」
「そ、そうね」
兄の手が、細い彼女の肩を掴んでいる。
「君たちが友達同士だったなんて、ほんと世間は狭いよ」
兄の大きな手が、彼女の肩から背中に向けて下りていく。兄の手が、
彼女の背中を撫でている。
止めろ! 止めろ!止めてくれ! 彼女に触るな! 僕の心の中で悲鳴
が聞こえる。しかし、僕は、その悲鳴を封じ込めて微笑みを顔に貼り付
けた。
彼女が頬を赤らめてうつむいている。
「自己紹介は済んだし、彼女と僕は友達同士だし、これで、今日はいい
よね。悪いけど、これから用事があるんだ」
僕は、ゆっくりと、無理にゆっくりと居間のドアを開けた。
「送るよ」と、兄が、後ろから声をかけた。僕は、咄嗟に振り向いた。
その時だった。
兄の目が、勝ち誇ったように笑った。そんな気がした。
僕の胸の中がざわめいた。ジェットコースターでまっさかさまに奈落の
底に落ちていくような閃きが僕を襲った。
僕は、足早に走り出した。
それから半年後、彼女の名前が小野寺京子から詩音寺京子に変わった
という手紙を受け取った。
僕は、その直前から渡米していた。無理に頼み込んでニューヨーク支
店への転勤を願い出たのだ。僕は、仕事があればなんでもよかった。だ
から、今、僕は、ニューヨーク支店が出店しているレストランでマネー
ジャーをしている。同僚は、キャリア畑の僕の頭が変になったのだろう
と噂していたが、僕は、仕事があってラッキーだったと思っている。あ
のまま、兄たちのそばにいたら、僕は発狂していたかもしれない。そう
思うと、今でも背筋が凍ってしまう。
あの不吉な閃きが事実であろうとなかろうと、彼女が兄と結婚すること
を止めることはできないとわかっていた。だから、僕は、二人のもとか
ら姿を消す決意をした。
僕の心をこれ以上病ませないように、これ以上凍てつかせないように
するためにも、僕は逃げるしかなかったのだ。しかし二年が過ぎて今、
僕は、本社から呼び寄せられた。
成田のターミナルに立ち、眼前に広がる日本の蒼い空を見ていると、そ
の後の二人の様子が気になって仕方がなかった。彼女は、元気で明るく
過ごしているだろうか。兄の陰険な性格が彼女を困らせていないだろう
か。そんなことばかりが気になってくる。
彼女が幸せならば、諦めよう。今度こそ、きちんと諦めよう。
だから、自分の心をもう一度きれいにするために、僕は彼女に会いに行
かなければいけないのだ。
しかし、やはり僕は臆病だ。彼女が幸せだったら、僕はどうする? 彼
女が不幸だったら、僕はどうすればいい? と、そんな堂々巡りの繰り
返しをうだうだと考えながらも、一ヶ月が過ぎ二ヶ月が過ぎ、そして半
年が過ぎた。
続 く
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