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2009/01/30

デザイナー特集 Vol.25

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デザイナー特集 Vol.25 『カール・ラガーフェルド:Karl Lagerfeld』

ブランドの始まり

 1984年自身の名を冠したブランド「カール・ラガーフェルド」を設立。また カール・
ラガーフェルドは「シャネル」、「フェンディ」のデザイナーも担当する。

カール・ラガーフェルドについて

カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)は1938年 ドイツの北西部、ハンブルグに生ま
れる。父が乳製品の事業で成功し、裕福な家計で育つ。子供のころから絵の才能に秀で
ていたが、ファッションデザイナーに興味を持っていた。そんなカール・ラガーフェル
ドの夢を叶えるために両親は彼をパリに送り出す。

1952年、14歳で、パリに移住。パリではオートクチュール組合が経営する洋裁学校に入
り、服作りの基礎を学ぶ。ここで一緒に学んでいたのがイヴ・サンローラン。1954年16
歳の時に IWS(国際羊毛事務局)のコンクールのコート部門で優勝。(この時ドレス部門で
優勝したのがサンローラン)

17歳からピエール・バルマンのアシスタントをはじめ、20歳でジャン・パトゥのアーテ
ィスティックディレクターと、オートクチュールメゾンで経験を積む。新しい時代の流
れの中でオートクチュールの存在に疑問を感じ、イタリアに渡りフィレンツェで美術史
を学ぶ。ここで建築、絵画、彫刻的な考えを学ぶ。

イタリアからパリに戻り、フリーで活動をはじめる。始めの仕事はクロエで、その活躍
が認められ、63年、創業者の任命により、ブランドのヘッドデザイナーに就任。65年、
フェンディのデザイナーに就任。83年、シャネルのデザイナーに就任。

84年、自身のブランド「カール・ラガーフェルド」をスタート。86年、デ・ドール賞(金
の指貫き賞)受賞。88年、マルティーヌ・シットボンにクロエのデザイナーをバトンタッ
チするが、92年、再度デザイナーに復帰。結局クロエは5年間勤めた後、97年にステラ・
マッカートニーにバトンを渡す。

2004年にH&Mとコラボレーションで「Karl Lagerfeld for H&M」を展開し、大きな話題と
なる。2005年、自身のブランドを、トミー・ヒルフィガーに売却。2008年、TIME誌が選
ぶ最も影響力がある100人にファッションデザイナーとしては唯一選出される。

さまざまなブランドで活躍し、トレンドセッターとしての地位を確立。シャネルでは服
のデザインする以外にも、サングラス、バッグと人気商品を生み出した。2007S/Sコレク
ションを代表とするで白と黒を基調にしたミニスカート(ミニドレス)に大きなサイズの
サングラスのスタイルは他ブランドにも大きな影響を与えた。

一時体重が100キロを超えていたがディオールオムの細身のスーツを着たいがためにダイ
エットに挑戦、13カ月で42キロの減量に成功した。ファッションデザイナーだけではな
く、写真家としても有名。

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