2008/09/14
第15号 PMAプログラム SESSION 1
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆ 2008年9月15日発行 成功への道 〜黄金率〜 《第15号》 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ こんにちは、副業起業です。 第15号のメルマガ発行します。 今回は、潜在意識に対する働きかけの続きです! 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 SESSION 1 TRACK 03 価値ある秘訣 ミネアポリスに本拠を置くカールスン社といえば、全米の非上場会社のベスト20 の1つに数えられている会社です。 そこの会長カーティス・カールスンは、社員にそれぞれの目標を設定することを 制度化しています。 カールスン傘下の会社の中には、TGIフライデーズ、カントリー・ キッチンレストラン、ラジソンホテル、フォスター旅行会社、E・F・マクドナルド 販売促進会社のような輝かしい会社が数多くあります。 彼は次のように語っています。 「ビジネスを始めたとき、私は小さな紙切れに最終目標を書きつけました。 そして、それを折りたたみ、達成するまで身に付けて持っていることにしました。 その目標に到達したとき、その紙切れは擦り切れてしまっていました。 そこで私は別の紙に新しい目標を書き、今度はそれを持ち続けました」 「私はその紙切れを身に付けることによって、目標があることを常に意識する ようにしていました。 そうすることによって、目標は私の一部となり、それを心の中で具体化すること ができたのです。 そのことが私の考え方をはっきりさせ、決断を容易にしてくれました。 明確な目標を持っていると、決定が自分の目的に沿っているのか、離れているのかを すばやく評価できるようになります」 1938年、カールスンは借金の50ドルを資本金としてゴールドボンド景品スタンプ会社 をスタートさせましたが、そのときの最初の目標は週に100ドルを稼ぐことでした。 その目標を書いた紙切れは、彼自身を駆り立てる“旗印”だったのです。 最初のうちは、なかなかその目標を達成させることはできませんでした。 しかし彼は、あきらめませんでした。 ひたすら、新しい方法を模索したのです。 創立2年後の1940年には、ゴールドボンド社はひどい資金難に見舞われました。 そのときは、半ダースずつの株を友人たちに買ってもらうことによって急場を しのぎました。 第2次大戦中の食糧割当で景品スタンプの魅力が失われたときは、会社機構を 合理化して貴重な資本を守り抜きもしました。 カールスンが景品スタンプの繁栄を実感し始めたのは、1950年代になって、 あるスーパーマーケットチェーンとの取引を開始したときからです。 彼はその販売促進戦略を食料品のビジネスにも適用し、さらにガソリンスタンドや クリーニング店との取引にも適用しました。 1960年代になると、各地で消費者運動が活発になってきました。 消費者は、宣伝や景品の代わりに、より安い価格を要求し始めたのです。 カールスンは企業防衛のために闘いましたが、消費者は、景品スタンプは食料品 の価格を押し上げるものとして非難しました。 こうしてスタンプの人気は急速に失われていったのです。 そこでカールスンは企業の多角化で生き残り対策を立てました。 不動産、ホテル、レストラン、カタログ販売、ショールーム、製造業などの企業を 買収し、それらの業種に参入していったのです。 この販売促進のノウハウが使えるビジネスを次々に取り入れていったのでした。 彼は部下のマネージャーたちに常に次のように言っていました。 「我々は常に目標に目を向けていなければならない。 目標から目をそらすと、恐ろしいものが見えてくる。 障害という恐ろしいものだ。 それから、目標に達しても決して満足してはならない。 目標を到達地点というよりは、通過地点と考えてもらいたい」 そして、彼は“目標の明確化”がいかに大切であるかを、実践によって証明 したのです。 1973年にカールスンは、「1977年末までに売上高を10億ドルにする」という目標を 設定しました。 この野心的な目標は人々を驚かせました。 1973年当時、カールスン傘下の全社の売上げを合わせても、 その半分にも満たなかったからです。 彼は5年で売上高倍増の目標を立てたことになります。 ところが、その目標は計画より1年早く達成されてしまい、そのときには、 最初に疑問視していた人たちも、彼を信じるようになりました。 カールスンはその勝利に酔いしれることなく、さらに次の計画を発表しました。 1982年末までに、さらに売上高倍増の計画を発表したのです。 景気の後退が予想以上に長引いたにもかかわらず、カールスンはまたもや その目標をやり遂げてしまいました。 「我々が目標に到達したことは、1983年1月10日になるまではっきりしませんでした。 しかし、数字を合計してみますと、1982年末には目標を突破していたのです」 とカールスンは言っています。 「私達の目標は、5年ごとに売上を倍増することでした。 これは毎年、前年比15%増ということです」 彼の目標は1986年に35億ドルのラインを超えました。 毎年15%増という計画は実際に実現し、1987年には売上高は40億ドルを超えました。 1986年に雑誌『フォーブス』は、カールスン個人の正味資産を5億5,000万ドルと 算定しています。 カールスンは5カ年計画の提案者です。 5年という時間を区切ったのは、途中でもし新しいチャンスが生じて、そのために 一時的にその計画から離れることがあっても、その時間枠の中では自由に融通が きくからです。 したがって5年というのが最良の時間枠だとカールスンは言っています。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■サブライムストア 登録するだけで3000円!! http://f001.sublimestore.jp/trace.php?pr=text&sid=7047&ttl=0&bs=108091407582583362&drf=21&bn=1&rd=http%3A%2F%2Fwww.sublimestore.jp%2F ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



