2009/11/13
プーチン首相衝撃、メドベージェフ大統領の威圧態度
★☆★ 「現代ロシア政治・経済の展望」 ★☆★
2009年11月13日 (金)
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(Newsru.com)(HTV)(Vesti.ru)(ejru)他より
★ プーチン首相衝撃、メドベージェフ大統領の威圧態度
11月12日(木)(12:00~ 現地時間)、上院への大統領
年次教書報告で、2時間近く政府批判を繰り広げた
メドーベジェフ大統領の批判に耐えたプーチン首相も苦虫。
TV映像は容赦なくプーチン首相のうつむきかげんな表情を映す。
演壇を去るメドベージェフ大統領の姿と1000人近い参集者が
起立し拍手でその姿を送る映像の中、プーチン首相の気落ちしたような
表情をまた放映。
一瞬からだがぐらついたプーチン首相の姿もまた、カットされることなく
ライブ中継は捉える。
何が起きているのであろうか。カメラ担当と映像選択の編集者に
どのような指示があったのか。
ライブとは言え、実力者プーチン首相の元気のない表情と言い、
起立した瞬間の身体のふら付きと言い、本来なれば他の映像で
逃げるべきところ、敢えて国民の前に晒した「策士」はだれ?
イデオロギー担当の大統領府副長官スールコフ氏の変身か?
S・イワノフ第一副首相(当時、現在 副首相)がプーチン大統領の
後継者と言われていた時期、メドベージェフ第一副首相(当時)を
「落とし込もう」と画策し、メドベージェフ氏の反撃にあったスールコフ氏、
大統領府副長官としてプーチン氏の「耳」役だと噂されていたが、
今やメドベージェフ大統領側に「寝返り?」
年次教書の内容は新聞報道などで詳しく紹介されているので省略。
ただ、ポイントは、
1、 国営企業の民営化、株式公開、一部国営企業の廃止など、
「構造改革」(まさに、ずばりこの表現)(小泉首相の度重なる
ロシア招待は「民営化」の伝授?あるいは、桜井さんが指摘したように
「横須賀軍港」がターゲット?)
つまり、プーチン首相の過去8年間の実績を完全否定。
プーチン首相の怒りやいくばかりか。
2008年5月から1年と6ヶ月で「この豹変」に焦りさえ感じたはず。
おそらく、何らかの「反応」が出るはず。
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文責 ヨーゼフ・サハロフスキー
友人の吉尾 紘さんの「講演会」(文京シビックセンター)が本日終了しました。
タイミングよく、大統領の年次教書が出され、予告どおり、
メドベージェフ氏とプーチン氏の間に経済政策の違いが明確になり、加えて、
人間的な感情の対立にまで発展することが予測される事態となり、
今後とも、同氏の分析に関心を寄せていく予定です。
レジュメが手に入りました。
Exel文書が上手く掲載できるか分りませんが、同氏の許可がありますので、
掲載致します。
なお、講演内容で特徴的な指摘は、
1、 1990年代、プーチン氏が比較的トントン拍子に出世したのに対し、
その時期、1999年末に、モスクワ中央に抜擢されるまで、
大学講師の薄給に悩み、9年間、コンサルタント会社を立ち上げたり、
林業会社の役員になったり、保険会社のアドバイザーなどのサイドビジネスで
苦難を嘗めていたことが、今日の同大統領の発言の端々に出てくる
「中小企業の育成、保護」や「国営企業の非効率性」、
「国家の関与の有害性」で理解できる。
2、 モスクワに出てきてからもプーチン氏から重用はされたが、
大統領後継者決定も2007年秋までは、S・イワノフ氏が有利であった事実
を考えると、「自分の言いなりになる」と見られたことが「今日の地位」に
つながったはず。
3、 ところが、昨日の決定的なプーチン政権批判は、その「忠誠度」を覆した。
4、 従い、「双頭」は文字通り、暗闘状態に突入したと判断される。
などなど
(吉尾氏の提供資料)
プーチン首相 メドベージェフ大統領
生年月日 1952.10.07 1965.9.14
出生地 レニングラード市 レニングラード市
学歴
1975.7 LGU・法学部 1987.7 LGU・法学部
1990 大学院 法学博士
略歴 即 KGB
1985-1990 ドレスデン駐在員 1990.6- サプチャークの補佐官
1990 LGU学長補佐官 (プーチンとの出会い)
(国際担当) -1999 LGU民法講師
市長顧問(市評議会)
1991.6- 市役所国際委員会委員長 1991.6-1996 プーチンの補佐官(法律担当)
1994- 第一副市長 1994.3- プーチンの顧問(法律担当)
1996.8- 大統領府総務局副局長 (1990- 国営「URAN」共同起業
1997.3- 大統領府副長官 (1993- 木材会社「イリムパルエンタープライス」法律部長
(管理総局長 兼任) (1993- 「フィンツェール」社共同起業
1998.5- 大統領府第一副長官 (1994- コンサルタント会社「バルフォルト」同級生3人で起業
1998.7- FSB長官、 (1994- 保険会社「RUSJ」でアルバイト
安全保障会議書記 (1998- 「ブラーツク総合林業」社 取り締まり役
(1999秋- 木材会社「イリムパルエンタープライス」 及び
「フィンツェール」社役員辞任、
民営化計画違法性疑惑で
(いよいよモスクワ中枢に抜擢)
1999.8.19- 首相 (1999秋- プーチン首相内閣府官房副長官
1999.12.31- 大統領代行 (官房長官は コーザック、大学の2年先輩)
2000.3.26 大統領選 1999.12.31- 大統領府副長官(長官はヴォロシン)
2000.5.7 大統領就任 2000.1- プーチン首相内閣府官房副長官の兼任解任
2000.2- 3 プーチン大統領候補の選対委員長
2000.6 大統領府第一副長官(ガスプロム会長)
2001.4- (ガスプロム株放出作業班長)
2001.6- (ガスプロム会長 ヴャーヒレフ)
-2002.6
2002.6- (ガスプロム会長に復職)
2003.10.30- 大統領府長官(ヴォロシンの後任)
2003.11.13- 安全保障会議 委員 (遅い)
2004.3 (カスャーノフ首相辞任、 2004.3- 大統領府長官(副長官 セーチン、スールコフ)
フラトゥコフ首相誕生) 2004.4 安全保障会議 常任委員
2004.3.14 大統領選
2004.5. 大統領就任(2期目)
2005.11.14 第一副首相
2008.5.8 首相就任 2008.5.7 大統領就任
2012年5月 59歳 誕生日で 60歳 2012年5月 47歳 誕生日で 48歳
資格 経済学博士 法学博士
家族 リュドゥミーラ スヴェトラーナ
娘 (1985,1986) 息子 (1996)
個性 柔道、射撃 水泳、インターネット
(意見の相違)
(政治信条)
外交 ○
内政 △
経済政策 ×
(経済政策の変化は内政、外交に反映される)
以上
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