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2009/04/02

社会主義と無政府主義の対立

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不定期刊行物【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験】
 第201号       2009/4/2日発行
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目次
1近代の文学
2アナーキストは右翼か左翼か
3社会主義と無政府主義の対立
4徒弟制度
5自然主義文学

1近代の文学
メルマガ第192号「文学フリマから現代文学を考える」の
 4自然主義時代における文学の役割
http://archive.mag2.com/0000265076/20081112061910000.html
の続きを書きたい。
自然主義文学は文学の一番権威的な部分で、
だからこそ闇が深いと思うし、
書こうとすると色々面倒臭い部分が多い。
大雑把に言って日本でいう純文学と自然主義文学は、
ほぼ同義だと言って良いと思う。
日本に限定すれば、近代文学と自然主義文学も
ほぼ同義な気もする。

時代としての自然主義文学期は
1850年〜1910年ごろまでで
フランスによる産業革命の発見から第一次大戦まで。
産業革命によって表面化してくる労働問題が
自然主義文学の大きなテーマになるのは
時代区分的にも正しいと思う。

世界史の自然主義期は、日本史の明治・大正期にあたる。
第二次大戦以降の日本史を仮に現代と呼ぶなら
自然主義期=近代と呼べる。

世界史の近代を
イタリア・ルネッサンス(1400年〜1600年)から始め、
西洋文学史で最初の近代文学を
ドン・キホーテ(1605年〜)としたときに
ドン・キホーテの中に既に、労働問題が描かれているのは有名な話だ。
産業革命は、蒸気機関という人力以外の動力を生み出したために
多くの職人や農民の職を奪ったが、
風力で動く風車や、毛織物の原料となった羊の需要増による
囲い込み運動などへの風刺が、風車や羊の群れを怪物に見立てて
戦いを挑むドン・キホーテに描かれている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/囲い込み

産業革命という語が学術用語として定着したのが
1850年だとして、その百年前1750年辺りから
イギリスでは静かに産業革命が進行していて
さらに言うなら、その150年前のドン・キホーテに
自然主義文学的なテーマは描かれていたりする。
江戸幕府が1603年〜だから、そのぐらいの時期から
労働問題というテーマはあったのだと思う。

1400年〜1600年 イタリアルネッサンス
1440年頃 グーテンベルクによる活版印刷術の発明
1500年前後 ルターの宗教改革。プロテスタントの誕生
1550〜1600年前後 シェークスピアの活躍
1600年〜1750年 バロック
1750年〜1800年 古典主義。
1750年〜1850年前後 イギリスで産業革命
1800年前後 フランス革命&ナポレオン帝政
1800〜1910年 ロマン主義。
1850年前後 写実主義(フランス)
1850年〜1900年 自然主義(フランス)
1850年〜1900年 国民学派(音楽・ロシア・北欧・東ヨーロッパ)
1914年〜1918年 第一次世界大戦
1939年〜1945年 第二次世界大戦

イタリアルネッサンス自体が、
キリスト教に対するギリシャ神話(異教)の勃興で
ある種、宗教改革や法学と結びついていく。

ロマン主義はフランスの市民革命から生まれたわけで
男子普通選挙法や政治学と結びつく。

自然主義は産業革命の発見から始まるわけで
労働問題や経済学と結びついていく。

日本が明治期にやった近代化は、日本だけではなく
この時期の西洋諸国が手探りで作っていった国家制度で
ゼロから近代の国家制度を作る時に、
グリム童話から法律学が生まれ、
ユートピア文学からあるべき国家観や政治学が生まれ
劣悪な社会環境をありのまま描いた自然主義文学から
経済学や社会学が生まれたとすると
近代という時代に文学が大きな力を持った理由の一つは
近代の国家制度や近代の学問(文学部政治学科・文学部経済学科など)
を生み出したのが文学であったからだと思う。

いま文学といったときにイメージされる物が、創作であり
文学部創作科で習うような物を文学と呼ぶが
近代という時代においては、政治・経済・法律も含まれ
外国の社会制度を知るための学問として、
文学部英文科や仏文科や露文科があったり
自国の民俗学的な研究をする場所として国文学科があったりする。

そういうベタに古臭くていまさらなことを考えて
あ〜〜〜、う〜〜〜〜〜、と、うなっているわけですが。

2アナーキストは右翼か左翼か
最近、日本に入ってくる西洋思想というと
ニューアカ(1980年)のドゥルーズ=ガタリや
その流れを受けたネグリなど、
無政府主義(アナーキズム)の思想が多い。

アナーキストというと、日本だとテロリストやアウトローと
ほとんど同じイメージがある。
セックス・ピストルズのアナーキー・イン・ザ・UKとか
すべてを破壊し尽くすぜ!みたいな、感じですね。

ところが、そのアナーキズムの本を日本に輸入したニューアカは
資本主義バンザイ!日本型資本主義最高!
みたいな受け取られ方をした。

最近の東浩紀さんの政治的な方向性は、
伝統的なソ連型マルクス主義的思考を一端保留して
新自由主義的な思考をしようという物です。

ニューアカ=浅田彰に対する批判や
東浩紀に対する批判は、当然伝統的左翼からは出てくるわけで
マルクス主義とか社会主義とかの人からすれば
アナーキストなんて、自分達より左寄りの極左でしょ
その紹介者が何故、アメリカ型の新自由主義なんですか?
原典を意図的に誤訳しているのではないですか?
という話になる。

閑話休題。俺さ、何でこんな頭の悪い文章書いてんだろって
思うけどさぁ、自分で書いた文章の事実誤認とか自分で気付いてるけど
直さないままWEBにUPされっ放しとかあるけどさぁ
内側に溜まった思考を垂れ流すことでしか
自分の精神状態を保てないなら、それが周囲の迷惑になったとしても
垂れ流す以外の選択肢はないのだと思うし、今回も事実誤認等は
あるかも知れないし、まあしょうがない。痛い内容でスマン。

アナーキズムのことをラテン語圏
(厳密にはロマンス語圏というのかも知れないが、
ドゥルーズのフランス・ネグリのイタリア、
南米などのスペイン・ポルトガル語圏など)
では、アウトノミアという。日本語で「無政府主義」と訳されている内の
いくつかはautonomie/autonomismeだったりする。
オートノミーは直訳すると、自治・自律・独立で
無政府主義というよりもは直訳すると自治主義みたいな意味になる。

アウトノミアもアナーキーズムも無政府主義を指すのだが
アウトノミアの方がイメージが良いわけです。
ラテン語圏では無政府主義のことをアウトノミアと呼ぶので
無政府なんかよりもイメージが良くて、政党なんかでも割と真面目に
アウトノミアを政策に掲げていたりする。

3社会主義と無政府主義の対立
第一インターで、社会主義・無政府主義者の大会が開かれて
途中で、マルクスの社会主義派とバクーニンの無政府主義派が
対立し、分かれていくわけですが
バクーニン派は数量的にはマルクス派よりも多かったにも関わらず
第一インターの主導権を奪われ、去っていくのですが
その後もバクーニン派はラテン語圏においてマルクス派以上の
影響力を持ち、ソビエト社会主義の崩壊で
再びバクーニンの無政府主義・アウトノミアが
脚光を浴びているというのが現状です。

マルクスの社会主義のの支持母体が労働者階級で
バクーニンのアウトノミアの支持母体が自営業者です。
マルクスから、プチブル(小ブルジョア)と呼ばれ
労働者階級の敵だとされた自営業者が、無政府主義者になります。

じゃあ、なに?家の近所のラーメン屋さんはアナーキストなのか?
この場合の自営業のイメージですが、大手チェーン店の傘下に入っていない
独立した・自律的ビジネスモデルを持つ自営業者を
アウトノミアと呼ぶわけで、英語でいうと
インディーズ・インディペンディエントになります。
身近な所だと、単館上映の映画のことを
インディペンデント映画と言ったりします。

図書館の辞書でアウトノミアとアナーキズムを引いたのですが
英語・ドイツ語・フランス語共に、両方載っていて
英語の辞書にはindependentと書かれていました。
ちなみに日本語の辞書にはアウトノミアが書かれていませんでした。
株でいうとジャンク債などは
アナーキーな株を買っているという事になります。

マルクスは資本家と労働者の二つの階級の闘争として
社会をイメージしたわけですが
アウトノミアを考慮すると、
資本家と自営業者と労働者の三つの階級がある。
落語でいうと、ご隠居・番頭・丁稚の三つの階級があり
ユダヤジョーク集でいうと、銀行員と雑貨屋と乞食がいる。
狭い意味でのアウトノミアには、
大手資本のチェーン店化した店の自営業者や店長は
アウトノミアに入らないのですが、
広い意味で、雇われ店長や雇われ番頭も含めると
マクドナルドでバイトのシフト管理をする雇われ店長=正社員も
アウトノミア階級だとしたときに
資本家/正社員/アルバイトという三つの階級があって
「戦争は希望」とか言っている人はアルバイトの立場から正社員に
階級闘争を吹っかけている。

こうしてみると、無政府主義が社会主義より左だとは言えず
むしろ、資本主義と社会主義の中間的な何かに見えます。
インディーズという文脈で言えば、アメリカでMBA(経営学修士)を
取って、起業するみたいな創発系の文化もアウトノミアと言えます。

最近、政府が「大田区の町工場を守れ」みたいなことを言って
「痛くない注射針」を作った町工場の職人さんの技術やなんかを
喧伝するわけです。もしくは、特別行政自治区みたいな物を作って
特定の地域で規制緩和の実験をしたりする。
この辺りの政府の政策は典型的なアウトノミアで
いま、最も輸入が期待されている思想の一つなんだろうなと思う。

アダム・スミス的な経済学、神の見えざる手が機能するには
無数の消費者と無数の生産者がいなくてはいけないが
実際の資本主義社会では、無数の生産者が自然淘汰されて
寡占状態が起きる。独占禁止法があるので、独占は起きないにしろ
二社から四社ほどでの寡占は成熟した資本主義社会において
どの市場にも起きます。

経済学者のガルブレイスが、マルクス主義の失敗は
官僚化によって起きたと言っているのですが
寡占・独占状態にある資本主義も官僚化が起きて
ソビエト型の社会主義と同じ道を歩くことになります。
官僚化を防ぐためには、無数の企業が新規参入し
規模の経済(スケール・メリット)に劣る新規参入者が
技術革新や新しいビジネスモデルを武器に
市場活性化をしなくてはいけない。
つまり、古典派経済学的な人達にとっても
アウトノミアは必要なわけです。

4徒弟制度
ゲマインシャフト(家族のように精神的安定によってつながる共同体)と
ゲゼルシャフト(企業のように利潤追求目的でつながる共同体)の
中間にあるような共同体で、
親方の家に住み込みで働く弟子達と親方との関係、
ある種の徒弟制度、いまだと
古くは大工さんの徒弟制度、いまだと相撲部屋や落語家さん
あたりにそういう制度が残っていそうですが
師匠のところへ住み込みで働いて師匠の技術を盗むという制度がある。

師匠は弟子を無料で働かせるかわりに、衣食住を与えて
家族のように養う。家内制手工業の時代にそういう制度があって
マルクス主義というのは、
もはやその徒弟制度が機能しない時代になったという宣言だったわけです。

木やをカンナで削ったり、石をノミで削ったりしていた時代は
大工の棟梁のところで技術を学ぶ意味もあったが
ベルトコンベアで自動車の部品が流れてきて
それにネジを入れる作業を一日中やったところで
技術も何も身につかない。資本家に安く使われているだけだ。
これが産業革命によってもたらされた変化で
マルクスの主張する所ですが。

マルクスが研究したのは産業革命が最も進んだイギリスに関してで
手工業が発達していたフランスやイタリアにおいては
今でも徒弟制度的な物は根強く残っていて、
馬具を作るときの牛革加工技術が
いまでも高級バッグや高級ブーツを作るのに使われていて
そういった職人の技術が暴落していない。

対するベルとコンベア式の労働は、今の日本では賃金が高くて国内では
工場を持てない。
途上国に工場を移す結果になるので、マルクスが想定したような
単純作業をやらされる労働者というのは製造業においては
日本では成立していません。

流通や小売においては、レジ打ちのような単純作業が
多く存在しますが、卸や小売においては、ディーラー的な要素、
将来において売れる物を予想し買取る、
予想屋的なギャンブラー的な要素が仕事上多くを占めます。
マルクスは未来において、雑貨屋(アウトノミア)は消え
資本家と労働者だけになると予想したのですが
今の日本では産業の空洞化で労働者が消え、
資本家とアウトノミアと失業者しかいないみたいな状況に近い。

5自然主義文学
といったような、労働問題に対する視点を持って
社会問題になっている環境に潜入取材して、そこで経験したことを
ありのまま描いたドキュメンタリー文学を
自然主義・純文学と言ってんだろうなと
第一回から第三回ぐらいまでの芥川賞受賞小説を読むと思います。
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【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験メルマガ】
登録ページ http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/mmg.htm
登録と解除は上のページで。

関連HP:掲示板に感想・御批判入れて下さい。
http://www.tcup3.com/356/kidana.html
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