2008/11/12
文学フリマから現代文学を考える
■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 不定期刊行物【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験】 第192号 2008/11/12日発行 ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 1やおい 文フリの打ち上げで、さえらさんが、 「JUNEでは三行空きだった物が、 BLでは三行しか書けない人がいる。 私はJUNE派だ」 と言っていた。いわゆる、やおいの歴史で耽美派→JUNE→BLと あるのですが、JUNEでは、セックスに到るまでは書くが セックスそのものは書かずに三行空けて、「ちゅんちゅんちゅん」という 鳥の鳴き声とともに朝になっている。 若い頃は、その空白の三行を書かんかい!その三行を読みたいんだ! と思ったが、その三行を書いたBLでは、三行の部分しか書けない人が 出てきて、みんな同じじゃん、男女間のそれと変わらない描写じゃん。 だったらJUNEの方が良いよと思うようになったという話で 男で言うところの、 アダルトビデオと日活ロマンポルノのような…違うか。 そういう話を聞きつつ。 別の場所で別の女性から聞いた話で、 男同士の性描写で実際には出来ない体位が多く描かれているのを見ると この著者、男性経験ないんじゃない?と思って恥かしくなる。 という人と、いや、ありえない体位だからこそ ファンタジーとして美しいのではないかという話があったり。 エロつながりで エンターテーメント(セックスと暴力)もしくは 映画(濡れ場と殺陣)からセックスと暴力を除くと 何が残るのかみたいなことを書こうとしたが 私のいまの語彙力では通俗的な話にしかならないので断念。 2ゼロアカ道場の8冊レビュー 道場破り組の物も含めて8冊押さえたので、 レビューを書くかと思ったのですが 8冊とも基本、現代の文脈の中で物を書いていて それを語るためにも近代文学をおさらいしておいた方が 良いと思うので、 大雑把にいうと近代は帝国の時代で 複数の国や文化を植民地として束ねて 一種類の標準語・一種類の文化で統一するために 近代文学・国民文学があったとすると、 二度の世界大戦で、西洋史の中心であった フランス自体が壊滅的な打撃を受けて、 フランス文化が異文化(具体的にはゲルマン・ドイツ)に 吸収される恐怖を感じて、これは良くない、 マイノリティの文化も大事にしよう、文化の多様性を認めようという 方向へ向かった。 少数民族の保護や移民文化の保護という観点から クレオール文学やポストコロニアルという 正統派の文学史が一つある。 純文学雑誌でいうと文学界・新潮、 ゼロアカでいうとフランス乞食のPlateau。 性別的に少数派として文化の中心に置かれなかった 女性文化、その中でも女性向けのポルノである ボーイズ・ラブや百合小説に注目したのが 形而上学女郎館の「チョコレート・てろりすと」や やおいBL文学研究所の「腐女子の履歴書」。 場所をテーマにした「Xamoschi」も都市と地方、 中心と周縁、植民地支配をする側とされる側のヴァリアントとして そこにある。 従来、正統な文学ではないとして純文学雑誌から黙殺されていた ライトノベルやサウンドノベルを扱った 新文学や最終批評神話。 近代文学が大量印刷される安価な出版物である新聞・雑誌という マスメディアの力を利用して異なる文化圏を 単一の文化で塗り固めようとしていたとすれば、 その後、映画やラジオやテレビやインターネットという 新たなメディアが台頭し、 出版メディアよりも力を持った可能性があるとして インターネットから出てきたケータイ小説やニコニコ動画に 注目した筑波批評社や最終批評神話。 それらの時代状況を多角的に考察したケフィア。 という流れだと思う。 3二種類の現代文学 単一の共通の文化を共有しようとする近代帝国主義から 文化の多様性を認めるポストモダンへという流れの中で 従来メインストリームとみなされなかったジャンルの文学史が 生まれて、さらに個々のジャンルの文学史を横断する形の 文化史みたいなものをケフィアは扱おうとしている。 自分の中の一つの関心として、フランス中心の従来型の文学史として ポストコロニアルやクレオールやというのがあって 従来の純文学雑誌、文学界や新潮はその流れだと思うのですが それとは別の流れでアメリカ型と呼んでも良いと思うのですが スリップストリームとかアヴァンポップとか呼ばれる巽孝之の流れがある。 フランス型の文学史観や現代文学観のヴァリアントなのですが。 二度の大戦で多くの市民が理由もなく殺された。 理由なく殺されたことに対する違和から、 死に理由を求める心理が形成されて、 犯人が殺人に到る動機を描いた探偵小説が多く書かれたという 探偵小説論。笠井潔の「探偵小説論序説」ですが 二度の大戦に対する反省として生まれてきたのが現代文学なので 探偵小説・推理小説こそ現代文学なのだという主張が そこに盛り込まれているわけです。 似た話としてベトナム戦争のときに撮られたジョージ・A・ロメロ監督の 一連のゾンビ映画。これも大量の死体や理由なき殺人に対する反省が 盛り込まれた現代芸術だという通説がある。 二度の大戦間に生まれたSFのスペースオペラブーム。 これも第一次大戦で初めて戦争に本格導入された 飛行機、戦車、毒ガスなどの近代兵器との関連を考えれば 現代文学と呼べるわけで、これらのSF・探偵小説・ホラーも 現代文学の範疇に入れるべきだという文学観のもとに ファウストこそ現代文学=純文学雑誌であるという発想がある。 世界で一番初めに複数の場面からなる物語性のある映画となった 月世界旅行(1902年)がSFであったことからも分かるように SFというのは映画との相性が非常に良い。 ヒッチコックやジョージ・A・ロメロを見ても、 サスペンス(文学で言うなら探偵小説)やホラーも映画との相性が良い。 アメリカはハリウッドに代表される映画産業の国であり 近代において出版産業が同一の文化を同時に 国の隅々まで行き渡らせたような効果を持つのは 現代においては、むしろ映画ではないかという観点から見れば SF・探偵小説こそ、現代文学だという話は生まれてくる。 個人的に笠井潔の「探偵小説論序説」のSF版を 藤田直哉さんに書いて欲しいという期待はずっとあった。 フランス型のポストコロニアルや移民文学こそ現代文学だという ノーベル文学賞的な文学観と その影響を受けながらもジャンル小説を飲み込んだ文学こそ 現代文学なのだというアメリカ型の文学観の相違に興味がある。 4自然主義時代における文学の役割 自分の興味にそって、ゼロアカ関連の同人誌を読んで解説でもしようかと 思うのですが、近代文学のおさらいをしておいた方が良いだろうと思い いったん、自然主義時代の文学史に戻します。 自然主義時代は、フランスにおける産業革命から、 第一次世界大戦までの時期です。 自然主義時代を少しさかのぼるのですが、 この時期3つの革命が起きています。 宗教改革・フランス革命・産業革命。 参照 http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/168gou.txt の3一神教について http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/174gou.txt の3何故ドイツなのか 宗教改革とは司法制度改革で、 それまで教皇が好きなように判決を下せたのが 市民が法律を作って、法律の範囲内でしか判決を下せないよう 司法権に制限を加えたのが宗教改革です。 金貨で免罪符を買えば悪事を犯しても罪に問われなかったのが プロテスタントが教皇から司法権を奪ったのが 宗教改革の大雑把な流れで、このとき成文法を作る必要に迫られて 善悪を判断する法の根拠となったのが、グリム童話だった。 ドイツ民族に古くから伝わる民話の中で 何が善とされ、何が悪とされていたのかを根拠に 法は作られた。 そして明治期の日本が近代法を作る時に参考にしたのが ドイツの司法制度であった。 つまり、文学(グリム童話)には近代法の根拠としての役割があった。 フランス革命は男子普通選挙を生み出した。 普通選挙を行うには立候補者の情報をすべての有権者が 共有していなくてはならない。 そこで新聞が発達する。どんな僻地に住む者にも中央と同じ情報が 時間差なしで届けられる。 これによって国民という一塊の集団が形成される。 新聞こそが自然主義時代を代表するメディアであった。 Wikiより 1792年 フランス革命期の国民公会において、 世界初の男子普通選挙が実施された。有権者は25歳以上とされた。 1870年 アメリカで男子普通選挙が実施された。 1918年 イギリスで男子普通選挙が実施された。 1919年 ドイツ共和政において、世界初の完全普通選挙が実施された。 1920年 アメリカで女性に選挙権が認められる。 1928年 日本で衆議院選挙の際に男子25歳以上の者で実施された。 1928年 イギリスで女子(21歳以上)に選挙権が認められた。 1945年 日本において男女20歳以上の者に選挙権を与える規定に基づき 婦人参政権が成立した。 産業革命によって、従来の小作農が農地を追われて、単純労働者となり 労働問題が起きる。ラッダイト運動や第一次インターなどが起き 社会主義や無政府主義などの思想が生まれる。 社会主義の流れからプロレタリア文学などが生まれる。 宗教改革=司法制度、市民革命=行政、産業革命=経済 それぞれのジャンルにおいて、 市民が何らかの選択をしなくてはいけない環境が生まれたのがこの時期で それまで王様にまかせていれば良かったものが、 自己判断を迫られるようになり、判断の材料として 文学=新聞が選ばれた。 いま、選挙で何を選ぶと言っても、似たような選択肢しかないのですが この時代というのは、自由主義経済なのか社会主義経済なのか 私有財産を認めるのか認めないのかみたいなレベルの選挙なわけです。 wiki「第一インターナショナル」http://tinyurl.com/5h77on をみると、ナポレオン三世が社会主義・無政府主義者を集めた 会議の主催をしている訳です。 その成果としてアメリカの奴隷解放がある。 いまの常識で考えると、無政府主義も奴隷も非現実的で 馬鹿げているように見えるかも知れない。 社会主義・無政府主義は私有財産制度の撤廃を求めた。 これは現代の常識とはかけ離れた判断に見えるだろう。 しかし、奴隷解放とは人間というジャンルにおける 私有財産制度の撤廃で、これが社会主義・無政府主義の成果として wikiにあがっている。 1850年〜1910年 自然主義時代 1862年 第一インターナショナル 1863年 奴隷解放宣言(リンカーン) 似た話として、土地や工場や職場は私有財産として認めて良いのか 公共物として扱うべきなのか。すべての土地が私有財産なのなら 土地を持たない貧乏人は他人の土地に不法滞在するしかないのか。 生産手段、工場や商店などの職場を私有財産として認めるなら 職場の所有者は職場において、セクハラ・パワハラやりたい放題なのか。 いまのような細かい労働基準法や何かがない時代の 私有財産を認める認めないという両極端な判断は スリリングで面白かったと思うし、 そこで文学の果たす役割は非常に大きかったと思う。 ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験メルマガ】 登録ページ http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/mmg.htm 登録と解除は上のページで。 関連HP:掲示板に感想・御批判入れて下さい。 http://www.tcup3.com/356/kidana.html ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□


