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2008/11/11

ゼロアカ&文学フリマ

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不定期刊行物【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験】
 第191号       2008/11/11日発行
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1ゼロアカ道場第四関門&文学フリマ
藤田ーざもすきペアがまさかの敗退。
涙目でテンパリドモリがちにしゃべる藤田さんが印象的でした。

講談社の打ち合わせ現場に
カメラを持ってアポ無し取材を行ったペナルティで
太田点ゼロ、東点50。
http://d.hatena.ne.jp/noir_k/20081022/1224641033
東点の最高獲得者が200点で、太田点も70点得ているので
本を一冊売るごとに一点加算だから
審査員点が一番高いところと低い所では
単純計算しても200冊分ぐらいのハンデがあって、
その結果の敗退。

渡邊利道さんが、「藤田さん的にもこれで良かったんじゃないの?」
と言っていたのが印象的でした。
ざもすきさんは、講談社新書辺りで本出んじゃないの?
藤田さんはSFマガジン新人賞評論部門受賞者だから、
評論家としての力量でなく、アポ無し取材が理由で落ちるのは
藤田さん的にも経歴に傷が付かないし、
講談社がまっさらな新人を採りたいのであれば
SFマガジンの顔を立てる意味でも、正しい判断だよ。
藤田さんの泣き顔をニコニコ動画でUPすれば、同情票も稼げるし
ある意味勝ち抜けだよ…みたいな話をしていて
まあ、ある意味うらやましい。

2情報を伝える
フリマの店番中、渡邊さんと話をさせていただいたのですが
「時間的空間的にどれだけ離れた所へ情報を届けられるのか」で
情報を伝える人間の価値が決まるみたいな話が出て

情報の加工産業 http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/diary2.htm#n2

自分も割りと普段からそういうことしか考えてないので
どれだけ離れたところから情報を取ってくるのかと
どれだけ離れた所へ情報を届けるのかを考えていて
1970年代までの雑誌編集者とか、
いまだと文系の大学教授とか院生とかの仕事は
母語ではまだ紹介されていない洋書や古文書を読んで紹介することで
これは日本以外でも同じだと思う。
日本だと英語が出来るのがインテリの条件で、
英語圏だとフランス語がそれに当る。
フランス語圏だと古代ローマ帝国時代に書かれた
古典ラテン語の文章を読むことが要求されるし、
ドイツ語圏だと古典ギリシャ語の文章を読むことが要求される。
古代ギリシャ哲学を読むのに、
古典ギリシャ語を勉強したのがハイデガーだとして、
そんなのはギリシャ人なら勉強しなくても読めるよと言えるかと言うと
読めない。紀元前に書かれたギリシャ語は
現代のギリシャ人にとって普通に外国語でしょう。
1001年に書かれた源氏物語が日本人にとって、外国語である以上に
2000年前に書かれたギリシャ語は
現代ギリシャ語とかけ離れていると思う。

日本だと江戸時代の古文書を読む技術は大学院で習う。
江戸時代の著作でも原文が活字で印刷された岩波文庫の本とかなら
普通に読めそうだが、活版印刷術の普及以前の
毛筆で手書きされたくずし文字を読む技術は、普通の人にはないと思う。
書道で認められた字体が主なものだけで
5つ(楷書・行書・草書・隷書・篆書)あって
地域や時代や個人差みたいな物も含めれば手書きの字体は無限にあるわけで
それらを読みこなす技術や雨や水にぬれて固まった本を
水でふやかして一ページ一ページをはがして行って
読めるようにする技術など、たがだか数百年前の江戸期の本を発掘して
読むだけでもそれなりの技術がいるわけで、
時間的空間的に離れた所から情報を取ってくるのが
学者の仕事だと思う。

「ポパイの時代」を読んでもそうだし、
宝島の植草甚一や初代編集長の室矢憲治さんを見ても、
基本、1970年代までの日本の出版メディア関係者は
外国語の翻訳者なんですよね。
1970年代に宝島で小説を連載していた片岡義男さんは
アメリカ育ちのアメリカ文化紹介者ですし
80年代に宝島で連載を持っていた村上春樹さんも米文学紹介者です。

それが1980年代にジャパン・アズ・ナンバーワンになって
日本経済はアメリカ経済を越えたみたいに言われるようになって
日本の雑誌編集者の職務が翻訳者から、広告代理店へ変わった気がします。
東浩紀さんや浅田彰さんが出版界にデビューしたのが28歳ぐらいで
いまのゼロアカ道場生が23・24歳あたりで
この年齢差は学歴に換算した時すごく大きくて
留年・浪人なしで大学四年生だと22歳。
大学院の修士課程で2年、博士課程で3年。
大学院の博士課程を卒業した社会人一年目が28歳ぐらい。
三流大学に四年行っただけの大学院未経験者が偉そうに書くのですが
通常、大学では日本語で書かれた学術書を読んで、
大学院に入って初めて外国語で書かれた学術書を読む。

誰もが読める日本語の本を資料として文章を書いている人間と
日本に紹介されていない未邦訳の本を資料に文章を書く人間では
出版界における価値が全く違うと思う。
若い批評家を育てようとした時に、16歳で未邦訳の学術書を
ガンガン読みこなしていて、
できればルックス的にもアイドル系の人がいれば
完璧だと思うのですが、そういう人は中々いない。
博士課程を出る前に、途中就職したり、浪人留年をしたりすれば
30歳を越えるのは普通で、その歳で
ユースカルチャーの批評家や担い手になるのは年齢的に厳しすぎる。

宝島の植草甚一特集の対談を見ていると、
昔の旧制高校(いまの大学に当る)だと、
学術書はいきなり原語で読まされるらしい。
明治大正期だと、日本語に翻訳されている学術書自体が少ないので
10代後半辺りから洋書を読んで、20代前半で
洋書を読める書き手として世に出ている。

日本語で読める西洋の学術書が多すぎる事に文句を言っていたのが
柄谷行人だが、日本語に翻訳された「世界文学全集」があったり
世界中の学術書が日本語で読めるという状況の功罪はあると思う。
日本と英語圏の人間以外は学術書は原語で読むと
柄谷だか誰かが言っていて、嘘だろと思ったが、
どうやら正しいらしい。
娯楽書より売れない学術書を翻訳して販売した時に
採算が合う国がそのぐらいしかないという話だ。
日本の人口は、アメリカの人口の約半分で、イギリスの人口の約倍だ。
ポップミュージック専業で喰えるミュージシャンは
日本とアメリカぐらいにしかいないらしい。
アメリカで成功していないイギリスのポップミュージシャンは
歌詞もMCも英語のままで、ヨーロッパツアーをやって
ドイツやフランスやイタリアに行く。
ヨーロッパは地続きで、人や文化の交流も多く
同じアルファベット文化圏なので、日本人が中国語で書かれた
「小学校」「手紙」などの単語を読むのと同程度ぐらいには
他国のアルファベットも読めるのだろう。

学術書が母語で読めることの特殊性を考えると
岩波文庫に代表されるように、もしくは世界文学全集に代表されるように
日本語で読める文庫や全集の学術書&古典は、
1920年〜1930年以前に書かれた書籍で、
明治・大正期に翻訳されている。
第二次大戦後に書かれた外国の学術書の多くは
文庫化されずにハードカバーで一冊三千円ほどする。
一冊380円で買える岩波文庫と、一冊3800円するハードカバーの
学術書との違いは、単に原著者や翻訳者の版権が
切れているか、いないかだけなのかも知れないが
1920年〜1930年(第一次大戦〜第二次大戦)辺りに大きな断絶が
あるような気がする。

世界文学全集というような文学の全体性や
世界の全体性、世界史や思想史や哲学史が単一のものとして
信じられていた時代と、そうではない時代の差というか。

英語圏の人間は、平気で翻訳などいらないと言う。
ネット上の文章はパソコンの自動翻訳ソフトを使えば
どんな言葉も英語に訳せるし、英語圏以外の人間なら
いったん英語に訳してから、母語に自動翻訳すれば良いから
世界中の言語は自動翻訳ソフトでつながっているんだよと
たやすく言う。

でも後期ハイデガー的な仕事は、自動翻訳ソフトでは出来ない。
ある翻訳された単語の意味を、原語にさかのぼって、語源を調べた時に
従来訳されていた意味とは違う意味がその単語から出てくることがある。
ベタな所だと、柄谷の使う「交通」は英語のトラフィックの訳だから
物流の意味だけでなく、通信の意味でも使われる。
最近気付いたものだと、ナショナルは通常「国家」と訳される。
ナショナリズムは「国粋主義」と訳される。
ベネディクト・アンダーソンの文脈だとナショナルは
「国民国家」もしくは「国民」と訳される。
最近wikiでナショナリズムを見たら、「国民主義」と訳されていた。
国粋主義と国民主義では意味が全く違う。悪い独裁者がトップにいて
ファシズムに導くのが国粋主義なら、
鉄道網・郵便網の発達によって、
全国一律で同じ出版物を同時に共有できる中、
男子普通選挙法が施行され、
郵便・出版によって生まれた国民と言う集団が
自らファシズムを選択し、実行したと解釈するのが国民主義になる。

学者や古い意味での出版関係者に、
外国語の日常会話のヒアリングや発音の能力が必要だとは思わないが
後期ハイデガー的な単語の意味を更新していく力は必要だと思う。

3ジェンダー(性別役割期待)
そういう意味でゼロアカを見ると、女性の道場生に目が行く。
ゼロアカは、雑誌ファウストやパンドラと近しい関係にあり、
パンドラの編集長は女性だが、投稿作に対する座談会を見ていると
少年漫画的な小説に比べて、少女漫画的な小説が極端にけなされている。
つまり、ゼロアカは少年向けカルチャーで、
そこに女性という異文化が入ってきたときに、
少年カルチャーの中に、
少女カルチャーを紹介する(やおい・BL文学研究所)か
女性が少年カルチャーの中に出てくるヒロインを演じる(形而上学女郎館)
かの二つに分かれる。

少年カルチャーと少女カルチャーの二つがあったとして、
少年側が少女カルチャーを輸入するのか
少女側(著者)が少年カルチャーを輸入するのか。
途中辞退したみなみさんはその意味で、選択が曖昧だった。
映像戦略は女性のままで、文章だけ少年になろうとしていた。

男性道場生の文章は、
井上ざもすきさんがファウストやパンドラの読者層より
かなり年上なのを除いて、同一文化圏の中で精度が高いか低いかだけの
勝負に見えた。異文化からの情報の輸入はやずやさんが、
eggに関する座談会をしていたぐらいだ。

少年カルチャーの中に女性が少女カルチャーを紹介する時、
少女文化を知らない人に、少女文化を紹介するわけだから
多少、厳密さを欠いてもつっこまれない。
少年文化の中に、少年文化に接した時間が相対的に少ないであろう女性が
少年文化を紹介するのは、相当のリスクと覚悟がいる。
形而上学女郎館の特集は百合で、百合は元々女性向けポルノだが
男性向けポルノとして解釈し直して、提示されている。
形而上学女郎館の表紙のイラストは明らかに男性目線を意識したものだし
雑賀さんは第四関門以前から、
少年文化の中に出てくるヒロインを意識した発言をしている。
男性向けの恋愛物の一つのフォーマットとして
主人公の男性が片思いしている女性A、
と主人公に片思いしている女性Bが出てくる形式がある。
Aは女性的でおしとやかで、主人公はその人の前では上手くしゃべれない。
Bは男性的でがさつで、主人公はその人の前では素直に自分を出せる。
最終回で主人公はBとくっつきハッピーエンドになる。
形而上学女郎館でいうと、雑賀さんがAを、
筑井さんがBを演じる役回りだ。
(エヴァでいうと、Aが綾波で、Bがアスカ。)
筑井さんの位置は、少年文化の中に少年として溶け込む女性で
僕女・俺女の系譜だと思う。そこでは当然、少年・男性を演じるのだが
そこで演じられる少年は、
少年文化の中に出てくるヒーローとしての少年でも
現実にいる少年でもなく、
少女文化の中に出てくるヒーローとしての少年であり
少女文化と少年文化の間における翻訳のズレが
何らかの生産的意味を持てば、突き抜けるのだろうなと思う。

4性的興奮(リピドー)
舞台芸術は、阿国歌舞伎にしろ、
オペラにしろ、クラッシックバレエにしろ
役者の性的魅力で観客を動員していたわけで
舞台芸術から派生した小説や映画も、
セックスと暴力の魅力で成り立っていると思う。
映画(エンターテーメント)とはセックスと暴力だとして
ハイカルチャー
(広く取れば、お茶の間文化や公的な文化、公的な場所でのスピーチなど)
は、エンターテーメントからセックスと暴力を除いたものだと思う。
セックスと暴力から、セックスと暴力を除くと
それらを覆っていたオブラートだけが残る。

個人的に直接セックスを描いているのもから性的興奮を覚えるよりも
オブラートの部分から性的興奮を感じることが多い。
ハイカルチャー、例えば批評空間に興味を持つきっかけも
そこに性的興奮を感じたからで、学習意欲や向上心とは無縁のものだった。
ある種のハイカルチャーを人に勧めるときに、
そのハイカルチャーのどこにどういう性的興奮を感じるのかについて
語る。その結果、そのハイカルチャーの作り手や、受け手から
嫌われて、信用をなくす。
個人的にそういう経験が多いのですが。

批評空間を読むきっかけが、アダルトビデオよりも批評空間の方が
性的興奮を感じたからなのですが、そんなのは自分だけかなと思ったら
某所でハイカルチャーの人がトークショーをやっていた時に
小太りの男性客が多いイベントだったのですが、
会場に一人だけ女性の方がいて、お酒を飲んでかなり酔っていて
「デブとオタクばっかじゃん。いい男、いない!
マッチョなスポーツマンはいないのか!」
と暴れられていた。帰宅後そのイベント名で検索したら
その女性のBLOGとおぼしき物が見つかって、
昔付き合っていた彼が、批評空間を好きで、
その関係で自分も興味を持ったが、いま彼と別れて
イベントに行ったがデブとオタクばっかで
詰まらなかったと書かれていた。
後にその女性は、その世界で著名になられるのですが
性欲からハイカルチャーに入るのは、俺だけじゃなくて
みんな同じなんだよねと、思いました。

加齢から来る性欲の減退でハイカルチャーに興味を持たなくなる
のもみんな同じなのかなと思う。
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【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験メルマガ】
登録ページ http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/mmg.htm
登録と解除は上のページで。

関連HP:掲示板に感想・御批判入れて下さい。
http://www.tcup3.com/356/kidana.html
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