香水ブランド?ファッション小物ブランド?【シャネル】の本当の魅力
現在、シャネルは口紅など化粧品で有名なブランドだが、
シャネル自身、「メイクに光を」と語るほど、化粧品の開発に熱心だった。
これは当時のアメリカは、すでに既製服が影響力を持ち出しており、
実用的、機能的なデザインにシフトしつつあったからである。
シャネルはスーツを中心に、64年A/Wの「パンタロン・ルック」などシンプルで着易い服を提案した。父は行商人。
ちなみに、シャネルの服を取り上げる上でキーワードとなる、シンプル、エレガンス、
実用的な服は、40年代後半のディオールのニュールックと対照的であった。
戦前のころと同様の、黒のテーラードスーツをメーンにしたコレクションは
ファッションジャーナリストからは「過去のシャネルと変化がく、期待はずれ」と評価されたが、アメリカでは好評を得る。
ラガーフェルドが加わってから、数年で、シャネルの売上は20%以上伸びた。
54年、シャネルがオートクチュールに復活。
71年、シャネルが他界。身軽で動きやすい服を求めて、
男性用の下着に使われていたジャージー素材にを取り入れたり、
紳士ものであるツイード素材を女性用スーツに仕立て、女性がパンツを履くなどのスタイルを提案した。
歌手をした時期に出会った、ブルジョワ出身の青年将校の愛人となり、その青年将校の出資を受けて、1909年に帽子店を開業。
シャネルの影響力が大きいのは、そのスタイルが評価されたこと以外に、
彼女自身が女性として持っていたカリスマ性や、その生き方、活動的な性格、からくるものからであろう。
2007S/Sコレクションを代表とするで白と黒を基調にしたミニスカート(ミニドレス)に大きなサイズのサングラスのスタイルは他ブランドにも大きな影響を与えた。
そのシンプルさは、彼女の考える女性の解放であり、女性のスタイルだった。
1919年、クチュリエとしてオートクチュールのコレクションを発表。
ブランドのラインナップとしても、時計や香水のラインを増やしていき、
「シャネルのエスプリ」のキャッチフレーズで有名な、「ココ」、
その他、「アリュール」、「ココ・マドモアゼル」、「チャンス」など現在でも人気の香水を発売していく。
21年、オードゥ・パルファムNO.5が登場。過去の成功したデザイナーは皇室、女優などの影響力利用して自身のスタイルを打ち出すことが多かったが、
シャネルの場合は、その美貌とカリスマ性で自分自身がブランドの広告塔となった。
シャネルは「コルセットから解放した」という指摘が多いが、
スタイルとしては、コルセットを外すなど、ファッションのムーブメントは、ポール・ポワレ、ランバンなどによりすでに始っていた動きで、
シャネルがの先陣をきったわけではない。
これがココ・シャネル(CC)の由来で、有名なモノグラムに繋がる。
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