ココロの病と付き合う方法〜うつ病・アル中の場合 RSSを登録する

うつ病およびアルコール依存症を乗り切る方法やヒントをメンタルアナリストの川瀬タロウが自らの闘病日誌を含めて多彩な情報と共にお届けします。本文にも関係する、世界の格言つきです。

  • 周期 不定期
  • 最新号 2008/09/21
  • 発行部数 134
  • マガジンID 0000264142
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2008/06/22

★涙とともにパンを食べた者でなければ人生の味はわからない(ゲーテ)

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┃世┃界┃の┃格┃言┃今日のあなたの糧となりますように!
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■こんにちは!川瀬タロウです。
 私の入魂のメルマガ第7号をお読み頂き、ありがとうございます。

 雨でじめじめした日が続きますね。でも、梅雨明けはもうすぐ。
 今回も、まずは私の好きな言葉をあなたにお贈りします。
  
■「涙とともにパンを食べた者でなければ人生の味はわからない」
  (ゲーテ)・・・ドイツの詩人・小説家

・・・前回、私は自分が赤面で悩んでいた(今でも赤面することが
   あります)ことをお話しました。
    
   さて、今回は私の子供のころの話から始めさせてください。
   
   私は小学生3年まで、活発で元気で、近所にも友達がたく
   さんいて、そして勉強よりはふざけたり自然の中で遊んだ
   りする方が好きなこどもでした。

   ただ、少々はずかしがりやで泣き虫なところがあって、今
   思えば、それを隠すために、わざとふざけて人を笑わせた
   りしてごまかしていたのでしょうか・・・。

   小学校4年、父親の転勤で、北陸地方に引っ越すことにな
   りました。転校先で、私の性格は、がらりとかわりました。

   「はずかしがりや」の性格が、「これがお前の真の姿だ!」
   と言わんばかりに表に出てきたのです。

   声を出すのが恥ずかしくて人と普通に話せない(意思を伝え
   る方法として筆談を用いました)、もちろん、声を出して笑
   うこともない、私は「一人無声映画」状態になっていました。
   
   その後の私の人生は、まさに「シャイな男」そのものです。
   シャイであること、そしてそれを指摘されたりバカにされ
   たりすること、これは私にとって耐え難い苦痛以外の何物
   でもなく、日々、悩まされ続けることになるのです。
   
   苦痛を味わったのもでなければ真の人生の味というものは
   分からない・・・。

   私が「人生の味」などという大それたことをいうに足りる
   人間であるかどうかはさておき、「苦痛を味わう」という
   ことはすなわち「人の痛みを知ること」、人を思いやる心
   を培うことにつながるのではないでしょうか。

   わが身をつねって人の痛さを知る・・・というではないで
   すか・・・。

   ちなみに、シャイであることは視点を変えてみれば謙虚で
   あること、恥を知っていること、オトナであること、渋い
   こと、クール!なこと、憎めない奴!であること・・・と、
   色々な語彙に変形でるので、全然悲しむことないですよ!

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<川瀬タロウの怒涛の闘病記録〜うつ・アル中>

■前回までのはなし・・・病院の精神診療内科に駆けつけて「うつ
 病」と診断された私は4日ぶりにまともな食事をとり、抗精神薬
 を服用しました。すると、理由は不明ですが魔法がかかったかの
 ように元気になり、悩みが吹き飛ぶ感触を実感したのです。する
 と突然病院の医師から、ベッドが空いたから入院できるとの電話
 が・・・。
   
■私はうつ病と診断されたからといって、入院までするつもりは全
 くありませんでした。
 
■一番怖かったのは会社に病名が知れたときの周囲の目、そして処
 遇でした。収入が途絶えることも、心配でした。

■両親に何と言われて説得されたのか覚えていないのですが、私の
 祖父もうつ病(祖父の時代はうつ病という病名などなかったので
 はないでしょうか)で入院して回復したらしく、結局私も入院す
 ることになりました。
 
■ちょっといつもより話が短くなってしまいましたが、今回はここ
 までとさせてください。次回から、私の精神科病棟での入院生活
 や色々な人たちとの交流などお伝えしていきます。  (続く)

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┃本┃日┃の┃処┃方┃箋┃病気になってみて分かったことなど
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■この欄には、私が病気になって、もしくは病気になったからこそ分か
 ったことや見えてきたこと、ちょっと得た知識などを書いていきます。

■さて、前回はうつ病の話をしましたので今回はアルコール依存の話を
 しましょう。
 
■私が通っている「ビジネスミーティング(断酒会のような集い)」で
 もテーマとしてあげられたのですが、過度の飲酒は家族や会社の人、
 友人など、周囲の人にも影響を与えることがあります。

■それは「励まし」や「協力」であったり「軽蔑」や「監視」であった
 り、対する相手によって形はさまざまでしょう。

■私の場合、アルコール依存にかかったことについて、まず両親に知ら
 せました。「酒がやめられないがどうしよう」という相談をもちかけ
 たのです。

■次に知らせた、というより初めから知っていたのは妻です。妻は私が
 自暴自棄になるのを恐れて黙っていたのですが、ある日ついに「お酒
 くさいよ」と私に告げました。

■その後どういうことになってどんな治療がはじまったかは今後の闘病記
 で述べるとしまして、私が大変ショックを受けたことが一つあります。

■私が「アル中」になったということを、妻は妻の両親に告げてしまった
 のです。
 
■おそらく、妻の姉、そして弟も知ってしまったことでしょう。これはか
 なり恥ずかしいというか、情けなくて涙が出ました。

■「何でそんなに色々な人にしゃべってしまうんだ!恥ずかしくて、もう
 あの人たちには会えないじゃないか」私はそう思い、自らを悔みました。
 
■さて、それから1年・・・。今日、妻の弟さんが結婚されるというめで
 たいお話があったので早速先方に伺いました。

■恥ずかしくてもう会えない!と思った義父母、義姉弟、私は焼酎とビー
 ルを土産に堂々とみなさんに会いに行ったのです。

■恥ずかしい!という気持ちは時が解決したのでしょうか。それとも1年
 以上、酒を断ったことから自分に自信をもつことができたのでしょうか。

■わざわざお酒を土産に持っていったのは、「私はもう大丈夫なんですよ」
 という、ささやかなアピールでした。

■お酒をやめられずに困っている方、何でもいいからイベントを考えてみま
 せんか?たとえば、1年我慢したら奥さんに花を贈るとか、2年我慢した
 ら自分へのご褒美に高級時計を買うとか・・・。

■我慢というのは修行みたいでなんだかつらいですよね。ゲーム感覚で断酒
 を楽しんでしまうというのも一つの手段としてありだと思いますよ。

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★編集後記
 私はアルコール依存症は軽度のようですが、うつ病についてはある日
 突然といった感じで、悪魔のように襲ってくるのです。
 このメルマガは基本的に週刊(日曜発行)で続けていく予定ですが、
 体調により休刊する可能性がある旨、あらかじめご了承下さい。

 (今回はかなり遅れましたが、なんとか日曜発行は果たしました!)

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  ココロの病と付き合う方法〜うつ病・アル中の場合
     発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 
     配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000264142.html 
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