2008/09/16
産科医無罪判決 その4 刑事処分は悪質なケースに限るべきなのか
今回の判決を巡っては、「医療行為については悪質な行為 を除き刑事責任を問われるべきではない」という主張をあち こちでみかけましたが、果たしてそうでしょうか? 朝日新聞は判決翌日の8月21日付の社説で、「慣れない 手術でまるで練習台のように患者を使う。カルテを改ざんす る。こうした悪質な行為については、これまでどおり刑事責 任が問われるべきだが、そうでないケースについては捜査当 局は介入を控えるべきであろう。」という主張を展開しまし た。 さらに、同日付の別記事では、次のような専門家のコメン トが掲載されました。 「捜査に批判的だった東京都立府中病院の桑江千鶴子・ 産婦人科部長は『患者の命を助けようと思って進めた末に、 助けられないこともある。そのようなリスクを認めてもらえ なければ、医療は成り立たなくなる。』と指摘する。」 「医療と法の関係に詳しい樋口範雄・東大大学院教授(英米 法)は『判決は検察側の完敗だ。だが、有罪か無罪かより重 要なのは、医療事故の真相究明に裁判がそぐわないことがは っきりしたことだろう。』…」 つまり、悪意でなければ医師に刑事責任を問うてはならな い、というのです。しかし、これらの主張は、現行の法律制 度を無視してまで医師を救おうとする暴論であり、医師のプ ロとしての覚悟に疑問を抱かせる主張といわざるを得ません。 業務上過失致死傷罪は、社会生活上の地位に基づき反復継 続して行為を行う人間に対して、一般人より高い注意義務を 求める点に特徴があります。 例えば、私たちは運転中に事故を起こして人を傷つけます と業務上過失致傷罪に問われますが、これは運転中は通常生 活の場合と異なり、より高い注意義務が求められるからです。 これを悪質な場合に限るべきだとする意見は業務上過失致死 傷罪の存在を全く無視した暴論といえるでしょう。 また、業務上過失致死罪はその道のプロだけに課せられる ハードルであり、ある意味ではエリートの証ともとらえるこ とができます。 長崎新聞08年2月27日付紙面から、心臓バイパス手術 を年間200例以上もこなす心臓外科医・南淵明宏(49歳) 大和成和病院長と記者のやり取りの一部を紹介します。 −政府案(事故調査委員会の)に対し「医療従事者に刑事責 任を問うべきではない」との主張があるが。 「どのような職業でもリスクはある。良かれと思って一生 懸命やったことで人が死んだ場合に、医師だけが刑事責任を 免責される理由はないだろう。ある集会で『刑事罰を受ける 可能性があるなら萎縮して判決などかけない』と話した裁判 官がいたが、そんな心づもりではプロの裁判官とはいえない。 プロとは常に自分を追い詰め、ぎりぎりのところで仕事をし ている人のことだ」 医師としてのプロ意識を感じさせる言葉に反論の余地はな いと思われます。 ところが、判決を前にした8月17日付けの朝日新聞には、 産科医逮捕のおりの医療界の反発の様子が次にように伝えら れています。 「事件後、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会は『結 果の重大性のみに基づいて刑事責任が問われるのであれば、 今後、外科系の医療の場で必要な治療を回避する動きを招き かねない』との談話を発表。日本医学会も『過失のない不可 抗力であっても、たまたま死亡事例に遭遇したことで逮捕さ れるようでは、必要な医療は提供できない』と意見表明する など、地域の医師会らも相次いで抗議声明を出した。」 こうした医師側からの反発は、今の医師たちがいかにプロ としての意識が薄いかを表しているといえないでしょうか?


