2009/01/26
腎臓の値段
とうとうインフルエンザがはやってきました うちの子供の小学校でも 5%もの学生が休んでいるとか、、 早く暖かくならないかなあ、、、 今日はある物語を、、 昔々あるところにきれいな娘と優しい若者がおりました ふたりは自然とお互いを目にとめ 次第に愛し合うようになりました いつしか二人の頭には二人の将来を夢見るようになり ついに二人は結婚しました 月日は流れ 二人の幸せの毎日はそう長くは続きませんでした 娘が病気になってしまったのです 重い腎臓病となって、ついには腎不全となり 透析の毎日、、 そんな娘を思って若者は悩みました そして出した結論は 自分の腎臓を提供することでした 幸いにも若者の腎臓は娘に拒絶反応を引き起こさず 移植ができることが判明し とうとう、腎臓の移植手術が行われました。 手術のあとは順調に経過し、 娘は透析をしなくても良い元気な体になりました そうしてまた二人は幸せに暮らしました。 月日は流れ 娘には、若者よりももっと愛する人が現れました 娘も悩みましたが、 とうとう新しい愛する人のもとに行く決心をしました、 若者は取り残されてしまいました 若者は悲嘆にくれ、悩み、、、 そしてとうとう、 裁判を起こしました。 「あの時腎臓を提供したのは、 彼女と相思相愛だったから。 自分のもとを去った彼女はもう自分を愛する彼女ではない。 僕の腎臓を返してくれ」 お話の具体的なところは私の脚色ですが、 本当に今アメリカで話題になっているお話。 はたして、 裁判所の判断は? シェークスピアのように、 腎臓は若者のものだから若者は腎臓を取るが良い しかし、一滴の血も流すことは許されない、、、 と判断されるか? お金で解決されるのか? 元々腎臓提供の時には無償のはずだからと却下されるのか? とても興味のあるところです。 臓器移植は、いろいろと難しい問題を内包しています だから、 一般に、臓器移植の場合は、 臓器の提供者と臓器の受け入れた人はお互いに知らないことになっています 臓器の移植もたくさんの人、たくさんの識者、 議論のあるところです。 体の中に二つある腎臓、 亡くなった人からでもいただける角膜などはなんとかなりますが、 日本では心臓、肺などの移植は難しいところ。 脳死の定義自体はっきり決まりません。 移植に限らず、 救急や、実際の臨床の場でも 脳死、の定義が定まらないと、 どこで人工呼吸器をはずすか、 という議論も進みません。 しかし、 例えば、移植反対で、 人の臓器をもらってまで生きるのか、と考える人も、 自分の子供がそんな立場になると、 アメリカに行ってでも子供に臓器を手に入れてあげたい そう心変わりすることもあります。 これがよいことか わるいことか、 分かりません 今の医学はそこまで進歩してしまった。 医学の進歩に人が追いついていないのかもしれません 人は物事の判断基準を自分の境遇に起きます 新しい新薬がでる、 ある一定の人々には非常に有効、 でも副作用もひどいものがあった、 何でそんな副作用の強い薬を認可したんだと 新聞もマスコミもこぞって新薬の中止を訴える でも実はある一定の条件さえ満たせば良く効く人たちがいる なかなか人の立場での議論は難しいものです。 人の思考力を離れたところまで進歩した医療 一方では、 治療法ひとつがすでに個人では払いきれないほど 高額なものになってきています 一人の病気を治すために 何人もの協力が必要な現在 年金と同じで、どこまで他人が支えられるか、、 リンゴも食べたことがなければ味も分からなかったけれど 一度食べてしまえばもう忘れられない味となっている 誰もが一人一個食べられないなら どこかで分け合う線を決めないと、 いつまでまっても喧嘩になりますから、 どこかに線を引かなくてはいけないのですが。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 編集後記 自分でも悩ましくどうしようと考えてるテーマだったりすると メルマガでも、ポイントがぼけるような気もしますが。 世の中にはこんな実例がある と知ってもらうことで みんなにちょっとずつでも現実の医療の問題点を 知ってもらえればと思います。 ホームページ作ってます。 現役医師と一緒に特定健診を上手に使ってメタボリックシンドローム予防! http://seiten.xsrv.jp/metabolic/ 痔主とさよなら、現役医師の痔のお話 http://seiten.xsrv.jp/ji-mochi/ 癌の知識、情報、診断、治療、などなど、、 http://www.hokkariko.com/ ではまた、よろしくお願いします。


