2009/02/21
鎌倉 その1長谷観音
昨年の秋、江ノ島・鎌倉に遊びに行ってきました。 久しぶりでした。以前行ったのは平成6年、もう14年も経っているんですね。 中学校時代の修学旅行も江ノ島、鎌倉、それに東京でした。 そのときは江ノ島、鶴岡八幡宮、羽田の飛行場を背に同級生で 記念写真を撮りました。 その写真を見ると懐かしさがこみあげてまいります。 同級生の皆さんはどうしているんでしょうね。 いま考えますと、どうして修学旅行が江ノ島、鎌倉、東京であったのかと思うところ があります。 東京は日本の首都であるから理解できます。 では、なぜ鎌倉であったのかと考えますと、もうひとつ理解できないところがあります。 江ノ島は付け足しにしても、鎌倉は抒情的な場所であるから、 かつて日本の政治の中心地であったから、それに東京から近いということで、 東京を目的地として考えた時に当時はあまり観るものがなかったので 鎌倉まで足を延ばしたということでしょうか。 いずれにしても、当時の先生に聞いてみなければ分かりません。 こちらの中学校の現在の修学旅行は関西です。 私たちの時代とは違います。 高校の修学旅行に至っては、海外に行く学校もあります。 まさに隔世の感があります。 鎌倉へはいつもは車で行きますが今回は電車でした。 藤沢から江ノ電に乗り換えます。 二輌編成のチンチン電車、外観は緑色とクリーム色のツートンカラーです。 古い電車ですね。初めて乗った電車ですが、なぜか郷愁のようなものを感じます。 鎌倉という古都に行くにはふさわしいかもしれません。 車内に乗り込むと、床は木製、オイルが敷いてあり、かすかにそのにおいが 漂っています。 乗車しているのは主に学生、観光客もいます。 やがて車窓から海が見えました。 観光客の中には立ちあがり、窓辺によって海を眺めている人もいます。 江ノ島で降り、島内を見て歩いたのち、昼食を食べました。 江ノ島名物のシラスどん、お酒も飲みました。 こうして旅に出た時は昼間から一杯ひっかけます。 幸福感がこみあげてまいります。 次に降りたのは「長谷(はせ)」。 最初に長谷寺に向かいます。 長谷寺は山号を海光山、院号を慈照院といいます。 寺の名前には山号、院号、寺号があります。 ○○山○○寺又は○○院○○寺と使われることが多いですね。 山号は最初に中国で使われました。 寺は街中に建立されるか山中に建立されるかどちらかでした。 仏教はもともと現在のように葬式中心ではなく、人としての生き方を 標榜する宗教でした。 街中の寺は概して庇護者がおりましたが、庇護者が権力闘争に敗れる ことによって寺は荒廃し、山中の寺が残っていったのです。 山中の寺は近隣や所在する山を山号としてつけたのです。 寺院によっては仏教用語を使用している寺もあります。 寺号もやはり中国から伝えられたものです。 漢の時代、他国からの国賓の宿泊する役所を指し、しだいに僧侶の 常駐するところを寺と呼ぶようになったのです。 院号については現在では人が亡くなった時に戒名の一部に使われたり、 寺を指します。 戒名については最初、天皇や后が亡くなった時に使用されていましたが、 しだいに臣下の間でも使用が許されるようになり、一般に普及していったものです。 また、院政という言葉が残っているように、天皇が上皇となった時に使用されました。 嵯峨天皇が嵯峨院と称せられたのが最初といわれ、その後、上皇に院をつけることが 定着しました。 寺で使用される院は、門跡と呼ばれる位階の高い寺院で使用されています。 長谷寺といえば長谷観音。長谷寺といわずして長谷観音という人が多いのです。 本尊である観音様の印象が強いんですね。 山門をくぐると右手に弁天堂があります。 別名出世弁天というそうです。 石段を登っていきますと地蔵堂があります。 堂の前には等身大の石の地蔵さんが据えられています。 右手には釈丈を持ち左手には宝玉を携え、半かふ座(片方の足だけ 組む座り方)です。 その周囲にはおびただしい数の手に載るほどの小さな石の地蔵さんが おかれています。 地蔵群の中には、そこかしこに艶やかな花が添えられていました。 石段を登り切ると本堂です。ここに長谷観音が安置されています。 736年(天平8年)、開山。 大和長谷寺で徳道上人が1本の楠から2体の観音像を彫り、1体は 大和長谷寺に安置し、もう1体を海に流したそうです。 その1体が三浦半島の長井ノ浜に漂着。 漂着した観音像を本尊として藤原房前(ふじわらのふささき、藤原不比等の 二男)は徳道上人を招請し開山したと寺伝にあります。 この寺の観音様は十一面観音、高さ9メートル余、大きく光り輝く像は千年以上 経ったものとは思われません。 十一面観音は正式には「十一面観世音菩薩」、「十一面観自在菩薩」、 「大光普照観世音菩薩」などの呼び名があります。 十一面観音は頭に10の顔があります。 それぞれの顔にはそれぞれの意味があります。 普通、観音様の顔はやさしい顔が多いのですが、長谷寺の観音様は どちらかというと男性的な顔立ちで硬い感じがいたします。 やはり15年もの間漂流していたからでしょうか。 私は本堂の前から眺める景色が好きです。 高台にあるためか、眼下に家々の甍(いらか)が広がり、目の高さには海が見えます。 見ていると、心が和やかになり平和な気持ちになります。



