ビルマ戦記  続・父親戦記 兵士たちへの鎮魂歌 RSSを登録する

昭和16年なかばより昭和21年なかばまで、ビルマ戦線で戦った兵士たちへの鎮魂歌であり、また父親の記録です。父親戦記のほうの続きとして書く予定でしたが、独立して書くことにしました。

  • 周期 月刊
  • 最新号 2008/09/13
  • 発行部数 32
  • マガジンID 0000261970
  • 個別ページ
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2008/09/02

8 ビルマ戦線崩壊の真相  田中豊 9・2

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先日 読売新聞の 神戸版に

田中豊さんという 90歳の方が この何年かをかけて

ビルマ戦争の思い出を整理して 本を出したとのこと


本代は 無料で 送料のみで 1000円とのことで

送りました

500部制作したそうで

前編 後編 の それぞれが  440ページ   409ページの力作

A5版で 大き目の貼箱に入れてあります

今日の昼に着たばかりなので まだ ちらちらを見ているだけですが

今年7月の発行

いま 御礼の電話をかけました

もうだいぶん なくなっているそうです


もしも お入用の方がいれば

078−691−8154  に 電話して たのめば

あるかもしれませんが

読売新聞の 神戸版に 載ったのですから

かなり 減ってるでしょう


後編の 最後に 参考書目が  かなり書かれていて

その中の 小さな本ですが 原書房刊  「アラカン作戦」も お読みらしいですが

この本の一部分に ぼくの父親 林伍長が 出てきます


この本は 知らない間に 行方不明ですが^^::


まあ 本は 貸すと戻らないもんです

本を大事にする人に貸すと 残りますが

本の値打ちをしらない人に貸すと かならず なくします!!


気をつけましょう


*************

ビルマ戦記 まだ 父親の話に入っていませんが

まあ 長い目で見てください^^

インド洋の話がまだ 終わっていませんでしたね

**********

はなしはちがいますが

最近書いた ことを すこし

***********

中国の置ける人口の推移

西暦前後に 人口が  6000万人ぐらい それから だいたい 平均して そのあたり
明末 に 1億人に達し  清時代 に  4億人まで増える
いちどだけ 激減したことがある  三国志の時代  推定 人口 600万人  10分の1に 激減していたわけだ  
  これで 三国に分かれて 戦争していたという すさまじい事実

まあ  日本の場合は       奈良時代に  700万あたり 鎌倉前期に 1000万   後期に  1500万  
  室町から 戦国時代にかけて 2000万になり
豊臣から徳川で  3000万近く   
  江戸時代は 2700万前後で 安定 (安定というのは エイジの間引きが覆いと言うことです)

そして 明治末期に 4000万 大正から昭和にかけて 6000万を超える 
なんとなく 中国という ばばちい 国の  10分の1  
 いま 中国 14億以上 日本 1,3億人ぐらい??  
  中国には一貫した政府がありません 
 日本はなぜか 天皇家があります 島国という 利点でしょうね  ドーバー海峡ほど 狭くもなかったし^^    

ちなみに 中国の人口は 登録していない人数も 数億人に上ると言われています

**************:

チベット仏教簡単史 ^^::


 日本へは  6世紀 チベットへは 7世紀に 公式に 仏教が入ったのですが 日本へは 中国経由で 
いろんな仏教(というのも なんですが ご存知の通り)が 入ってきました  そして 鎌倉期に いちおうの 仏教の完成を 見るのです

チベットへは 官製の 仏教輸入だけだったので    かなり 初期から 完璧に 誤解をしていたようです  

  教えた師匠さま(インド人)が  根本説一切有部(こんぽんせついっさいうぶ) の 戒律を  ほどこしてから    

 大乗仏教 特に むずかしい  中論関係を 教えたようです    それで 完全に仏教を誤解してしまい   
  つい 最近まで その誤解が わからなかった   という 悲劇

ここにも 官僚の悲劇がありますね   チベット仏教では  仏教僧は 官僚で 食うのに困らなくなって  
 お勉強ばかりしていたので( 存在の分析 ですねーー::)
 仏教が 低迷しつづけたという ような 感じらしいです  まあ 短く書くのは むずかしいですが  

 あの ラッサにある  大宮殿の中には  拷問部屋もあれば  入れば 一日で溺れ死ぬ  水牢も  あります    

また  ダライラマ専用の 暗殺部隊もいたというから  まあ おとろしい   

 ダライは モンゴル語で  「海」   まあ そういうことで   チベットと言う  不毛の国で  
 官僚は 贅沢をし 一般庶民は ほぼ 奴隷なみ   

  中国が 簡単に チベットを制圧したのも むべなるかなですが  

 征服後の  あとの 政治は  チベット人によるよりも 酷いものだった 奴隷以下で  馬以下  

 いま 弾圧されている チベットとして 喧伝されているのです ちなみに ダライラマの 選出も  ワイロです^^      まあ@おわり    

*************

いいかげんに インド洋の話を終えて ビルマ戦記の 話題に入ります

      いつも 感謝^^

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