ビルマ戦記  続・父親戦記 兵士たちへの鎮魂歌 RSSを登録する

昭和16年なかばより昭和21年なかばまで、ビルマ戦線で戦った兵士たちへの鎮魂歌であり、また父親の記録です。父親戦記のほうの続きとして書く予定でしたが、独立して書くことにしました。

  • 周期 月刊
  • 最新号 2008/09/02
  • 発行部数 32
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2008/04/04

第2回 太平洋戦争の一部分としてのビルマ戦争?? 08・4・4

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第2回 太平洋戦争の一部分としてのビルマ戦争?? 08・4・4


* 記述には 将校は実名を使います 兵士の場合は 仮名をつかいます

* ぼくの父親に関しては 実名を使います


だいたい なんで ビルマで戦争をはじめたのか

知らない人がほとんどだと思いますので

その部分だけでも簡単に


太平洋戦争 あるいは 第2次世界大戦 あるいは 日中戦争

は 同じような戦争であり 複雑に入り混じった戦争でもあります


日中戦争の泥沼の中で 日本は

中国に 大量の武器弾薬を 援助している アメリカに 困っていました

しかしまあ 太平洋は 日本が押さえているので

また 中国沿海部は 日本が押さえているので

また ソ連からは 中国へ入るはずもなく(ソ連がネコババします)

実際の 中国への補給ルートは インドから ビルマの北部を通って

雲南省経由で 中国奥地へ やってくると なっていました



で 日本軍のアホ連中が 考えたのは

ビルマを押さえて ビルマ北部を切断して

インドから 雲南省への ルートを 押さえてしまうことだったのです


そうすると アメリカからの 援助物資が来ない 中国軍

おもに 蒋介石軍ですが  武器も弾薬もなくなって

日本軍の 勝利となる

という風な いまから 考えれば 

異常としか思えない 作戦を立てます


それで だいたい 5個師団ほどを(7万人前後でしょうか)

ビルマに投じるのです

その ひとつが 第55師団 竹内中将の ひきいる

香川県で 編成された師団です


この 竹内中将は 戦争が一休みしたころに

師団長を辞めて 日本に帰り

岡山か 広島かの 市長になったそうです

軍人全盛の 日本だったのですね


ということで おわかりでしょうか??

ビルマ戦争は中国の息の根を止めるための 作戦だったのです


だから ビルマとか インドは直接には関係ない


ところがですね

日本の軍隊というのは かなり おかしな組織となっていまして

陸軍には 参謀本部という 最高司令部があります

海軍には 軍令本部という 最高司令部があります

実際に戦争が起こった場合は 統括する 大本営というのがつくられまして

それは いちおう 陸軍参謀本部の ほうに おかれます

しかし 互いに独立しています 


大本営は 天皇陛下 及び 陸軍大臣の指揮下にあるといっていいでしょう

これが わけが わからんのですけどね〜〜

天皇陛下が 実験を握っているわけでもないし

陸軍大臣が実験を握っているのでもない

わけがわからんのですよ〜〜



そして しかしながら かな??

参謀本部は 大本営の いうことを 聞きません

軍令本部は 大本営の いうことも 陸軍参謀本部のいうことも ききません

まあ いえば 大本営と 軍令本部 参謀本部が にらみ合いのような感じになります


まあ いえば^^ ぐー ちょき ぱー の 状態で

いわゆる さんすくみ でありますですです〜〜::


そして

この 3つの組織は 連絡をしあうのが きらいで

なんでも 隠そうとします〜〜;;;;;



ついでに この 3つの組織は 陸軍大臣の言うことも

海軍大臣の言うことも 首相の言うことも聞きません

ついでにいえば 天皇陛下の 言うことさえ聞きません

この部分が わからんでしょう

ほんまに わからんのですよ

責任というものが どこに所在するのか

わからんようになっています

いまの 役所みたいなもんですね〜〜



3つともが 独立独歩で 戦争をするわけです


勝てるわけがないでしょう


これが 昭和の初期から 戦争が終わるまで(負けるまで)

つづいた 日本の軍隊の実情です


でありますからね^^

中国の 息の根を止めるのは

他に 簡単な方法があったのですよ

それを 陸軍も 海軍も 面子があったので

使わなかった



面子の為に 戦争が 勝とうが負けようが かまわなかったというのが

実情なんです

陸軍の敵は アメリカではなくて 中国でもなくて 海軍!!

海軍の敵は アメリカでもなくて イギリスでもなくて 陸軍!!

こういうのが 実情だったのです


別段 どうでもいい ビルマ戦役は こうしてはじまり

悲惨な結果となります


父のいた分隊は 13名 このうち 帰ったのは 2名でした

そして 補充兵が 同じ数ほどは来たので

事実上 最前線にいる 兵隊は 1割しか帰れなかったのです


全体的に言うと ビルマ戦争では 半分以上が 帰れませんでした


あの 有名な大悲惨な ガダルカナルの 生存兵士たちも

すべて ビルマに 再投入されて ぜったいに

生きて帰れない 最前線のそのまた 最前線に 行かされました

ほとんど全部が 死んでいます


こんな アホな 作戦を立てた 参謀本部の 連中は

戦後は 勝手に えらくなったり

あるいは 太平洋戦争史とかを 書いて

じぶんたちを もちあげていたのです


いまでは  うその皮は はぎとられていますが

その時には その連中ほとんど 死んでいましたから

かえるの面にしょんべん 状態でした


ビルマ戦争などしなくても 簡単に

中国に ギブアップさせる方法はあったのですが

それを 次回書いてみましょう

今回は 長くなったので これにておわり


        08・4・4 たいみそ拝

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