2009/06/29
脳死について
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◆◆◆ ドクター国松の「日本の国はここがおかしい」 第90号 ◆◆◆
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−テーマ−
日本の国は何故だめなのか
--本日のテーマ-- 脳死について
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◆衆院本会議は18日、臓器移植法改正4法案を採決し、脳死を一般的な人の
死と認め、臓器提供の年齢制限を撤廃し、小児の提供に道を開いた。
これをうけ、臓器移植法改正案の参院での審議が26日の本会議で始まった。
審議は30日の参院厚生労働委員会から本格化する予定である。
◆この件については、様々な考え方があり、患者団体は会期が残り少なく、解
散のリスクもあり、迅速に集中審議して、ここで結論を出さないと、また廃
案になる、と懸念している。
◆何故、現在、死を定義することが必要となり、その定義内容が問題となるの
だろうか。
◆ほんの少し前までは、そんな厳密な死の定義は必要なかった。人が死ぬとき
は、まず心臓が止まり続いて脳が死ぬ。交通事故などで頭を強く打ち、脳が
機能停止した場合、仮にまだ心臓が動いていたとしても、すぐに停止し、死
の定義が問題になることはなかった。
◆しかし、現在では人工呼吸器をつけると呼吸を続けられるので、心臓は動き
続ける。しかし、脳は損傷しているので、もう元には戻らない。これが脳死と
言われているものである。
◆医学の進歩により、重い心臓病の人でも心臓移植をすれば助かる可能性がで
てきた。脳死を人の死とすれば、心臓移植が可能になる。
◆心臓は一度止まってしまったら他人に移植しても動かない。しかし、生きて
いる人から心臓を取ったら殺人になる。
◆心臓移植を行うためには、生きた心臓を持つ死体の存在が不可欠である。つ
まり、脳死を死と考えなければ日本では心臓移植ができないことになる。
◆法律上の未整備から、日本では臓器移植が困難であり、結果海外での移植に
依存してきたが、金で外国人の臓器を買うということへの反発が強くなり、
国内で臓器移植をまかなうために、死の定義を見直すことが必要になった。
◆ちなみに、脳死と植物状態は似ているが、以下の点で大きく異なる。
◆脳の構造を大きく分けると、大脳、小脳、脳幹の三つになる。大脳は、モノ
を考える所。小脳は体の運動を指令する所。脳幹は、内蔵の働きの管理など
人間の生命を維持する所で、この三つの脳の機能が全部死んでしまった状態
を脳死という。一方、植物状態とは、大脳の機能の一部又は全部を失って意
識がない状態を言うが、脳幹や小脳は機能が残っていて自発呼吸ができるこ
とが多く、意識こそないが、痛みを感じ、さまざまな刺激に人間的な反応を
示す。食物も管で胃に送り込むので、消化もできる。
◆宗教上や、個人の死生観の問題を除けば、懸念されているのは、臓器移植に
対する意思表示能力の問題である。
◆脳死か否かの判定は非常に難しく、医学的には絶対的な判断が難しいことか
ら、意思表示できない本人に代わって、利害関係者である親族が同意するこ
とで、事実上脳死段階で死亡が宣告されることになる。(同意がなければ法律
に関係なく、従来通りの安全な死の定義を使うことになるだろう。)
◆患者の権利が侵害されないか否か、というのが最大の問題である。移植をし
たい医者が主治医でれば、早く脳死だと断定するかもしれない。
◆遺産が早くほしい親族や、医療費負担をしたくない親族は、早く死んでほし
いために脳死判定を望むかもしれない。
◆しかし、これらの問題は、制度をきっちりと運営することで防ぐことができる。
◆脳死状態から、健康な体に回復する可能性はほとんどないことと、移植によ
り健康体に回復する患者が多く見込まれることを考慮すれば、脳死を死と認
める方向は間違った選択ではないと考える。
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