2009/10/30
【平野貞夫の国づくり人づくり政治講座】第35号 2009年10月30日発行
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平野貞夫の国づくり人づくり政治講座 第35号 2009年10月30日発行
筆者 : 土佐南学会代表 平野貞夫
発行 : 一般財団法人 国づくり人づくり財団
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《『政(まつりごと)の心』を求めて》 ― 日本の議会政治の反省(14) ―
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-「55年体制」崩壊への道-
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『 「55年体制」崩壊 』
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平成4年7月の参院選挙で、高知地方区から当選を果した私は、小沢一郎からす
ぐ上京するよう指示があった。要件は「社会党の若手が新しい政治グループをつ
くりたいとの動きがある。政界再編へのシナリオをつくれ」ということであった。
シナリオ作成中の8月末、金丸自民党副総裁の佐川急便問題が発覚する。経世会
が混乱し、その年の暮れには小沢一郎・羽田孜が政治改革を主張して「改革フォ
ーラム21」を結成する。そんな騒ぎの中、小沢らと政治改革を通して政党再編
への道筋を議論していく。
各方面の情報を整理すると、社会党の改革派を力づけるためには、連合の山岸章
会長を味方にする必要があることがわかった。
山岸連合会は小沢一郎に批判的で、憲法問題、消費税問題で誤解があり、また小
沢が連合の単産労組の幹部と会食していることが、山岸会長の面子を潰している。
との情報が入った。政治学者の内田健三氏に相談して、誤解を消すため山岸・小
沢会談を平成5年2月20日にセットした。
この会談が成功し、自社55体制を崩壊させるための基本戦略で合意した。
要点は、政治改革を断行して「小選挙区制と比例区制を併せた衆院の選挙制度の
改革を行い、政権交代の仕組みを実現」することであった。
山岸・小沢会談の合意後、1ヶ月も経たないで、大事件が発生した。3月6日、
金丸前自民党副総裁が脱税容疑で逮捕された。小沢は私を呼び「金丸には世話に
なったが、金銭上の関係はまったくない。政治改革を断行する時がきた。後戻り
しない。吊り橋を切り落としても進もう」と語った。自民党も政治改革から逃げ
ることができなくなり、宮沢首相が特別に記者会見して政治改革の実現を公約し
た。
ところが、自民党の梶山幹事長が反対で、かねてから親しい社会党の村山国対委
員長と裏で話をつけて抵抗した。山花貞夫社会党委員長は政治改革に理解を示し
ており、与党自民党と野党第一党の中にそれぞれ激しい対立を潜めて政治改革が
政局の中心問題となった。
衆院の政治改革特別委員会では、各党から選挙制度の改革案が提示され、熱心な
議論が行われたが、意見の一致は困難であった。原因は与党の梶山幹事長と社会
党の村山国対委員長が、政治改革を実現させないことで、話をつけていたことに
あった。その上で宮沢首相が、テレビなどで「改革を必ず成し遂げる」と発言し
ても無駄であった。
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『 形を変えた「自社55年体制」の復活 』
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小沢一郎は宮沢政権をつくった一人であり、宮沢首相と縁の深い私を酷使して、
ウルト ラ C ともいえる解決策を工作した。
梶山幹事長の力を押し返すことができないことを確認して、野党から宮沢内閣不
信任決議案を提出させることを決断した。
しかし、社会党が乗ってこないため小沢が考えたのは、盟友の市川公明党書記長
と米沢民社党書記長を口説いて、社会党を除いた野党で51名の提出条件を整え
てもらうことであった。こうなると社会党の立場がなくなる。社会党も提案者と
なった。
6月18日、宮沢内閣不信任決議案を上程することになった。梶山幹事長は自民
党で賛成するのは4~5名だと想定していた。ところが39名が賛成し、16名
が欠席して、可決した。自民党単独政権が崩壊する歴史的瞬間を、私は衆院本会
議の傍聴席で自分の眼と耳で確認した。宮沢首相は同夜、衆院を解散、自民党は
分裂して、武村の「新党さきがけ」と羽田・小沢の「新生党」が誕生した。
新党ブームの中で、7月18日、総選挙が行われた。自民党は追加公認を入れ2
28名、社会党は70名、新生党60名、公明党52名、統一会派日本新党・さ
きがけ52名(社民連4)、共産党15名、民社党19名、無所属8名となった。
自民党は過半数を割ったとはいえ、第一党であった。誰もが自民党政権が続くも
のと思っていた。ところが、小沢一郎の天才的政治判断と行動で、日本新党の細
川護熙代表を首班とする8党派による非自民連立政権を樹立させた。
7月27日に合意した「連立政権樹立に関する合意事項」等をつくるにあたって
の苦労は、言語にいいつくせない。細川政権を小沢がまとめるにあたり、もっと
も苦労したのは武村が総理になりたかったことだ。
8月5日に発足した細川連立政権は、平成6年4月に羽田連立政権に交代し、非
自民連立政権は6月に崩壊する。そして樹立したのが、自民・社会・新党さきが
けの三党による村山社会党委員長政権であった。
約30年続いた自社談合という裏政治が、自社さ連立政権という表の政権になっ
たわけだ。
形を変えた「自社55年体制」の復活 である。
(続く)
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