下町スタディーズ No.3
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☆下町スタディーズ☆
No.3
東京下町を探究する地域マガジン
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下町スタディーズ第3号をお届けします。
本号では、下町が生んだスターともいうべきビートたけしにとっての浅草とは
何かを考えてみました。ビートたけしは東京・足立区の出身で、浅草で芸人と
なったことはご存知の方も多いと思いますが、今回はこのうちの「浅草」にス
ポットを当ててみた次第です。あくまでもひとつの仮説にすぎませんが、お読
みいただければ幸いです。
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ビートたけしの浅草
1
ビートたけしは自伝『浅草キッド』のなかで芸人になるために浅草へ行ったと
きのことをこんなふうに述べている。
「なにもかもがなつかしい感じがあった。ほっとするものがあった。(改行)ガ
キのころから下町に育ち、中学校のときにもちょくちょく遊びにきた想いでが
ある」
しかし、「高校に行くくらいから、浅草なんて街は見向きもしなくなっていた。
とっくに終わっちまった街に見えたのだ」とも言う。にもかかわらず、大学を
中退して新宿あたりでフーテン暮らしをするうち、突然、「浅草へ行って芸人に
なろう」と考えついたのだ。「浅草しかない。浅草へ行ってひと勝負するしかな
い。なにがなんでも浅草だ」。
そしてとうとう浅草へ到着すると、「オレは帰ってきたんだ。いや、この街が、
いままでオイラのくるのを待っていやがったんだ。(中略)もっとはやく気がつ
きゃあよかったんだよな。なにを迷ってたんだろう」とまで言う。
そこまで思いつめて浅草で芸人となったのだが、結局ビートたけしは浅草を出
て行こうとする。そのときのたけしは決然としている。
「もう感覚的に時代が違うのだ。時代が違うというより、浅草の感覚とオレた
ちとは所詮違っていたのだ」
これはもうほとんど浅草を拒絶しているというべきだろう。かつてあんなに夢
中になっていた浅草に対してなんだか冷淡すぎるようにも思えるが、考えてみ
ると、冒頭に引用したとおり、たけしにとって浅草とはいったんは「とっくに
終わっちまった街」だったのだ。だから、その地点に戻ったといえなくもない。
だが、「とっくに終わっちまった街」を後に再評価してみせたところからしても、
彼の拒絶が最終的な結論だとはいえそうにない。むしろ、ビートたけしにとっ
て浅草とは常に肯定と否定、なつかしさと拒絶感の両方を抱かせる街というべ
きではないのか。
この両義性の例証をもうひとつだけ指摘しておこう。たけしは「(…)浅草にき
てわかったのは、浅草はなにもかもすべてが実践の場所だということだった」
としてこう言う。
「形も理屈もつねにあとからついてくる。目の前には実践の舞台があるだけだ
った。理屈よりもなにより、とにかくまずその場に出て行ってなにかをしなく
ちゃならない。やってから考える。これがオイラの感性にはピッタリだったの
だ。ヘタでもいいから、とにかく出てやってしまうのが浅草の芸だった」(引用
者注=原文にはこのなかの「やってから考える」に傍点が付されている)
この点は、たけしがいきなり浅草へ行ったとき、なぜ浅草なのか自分でもよく
わからないが、「思い立ってしまったのだからしかたがない。「見るまえに跳べ」
である」の心情に見事に呼応している。したがって、感性がピッタリというの
は理解できる。だが、それと同時に、先にみた「浅草の感覚とオレたちとは所
詮違っていたのだ」とはまるで正反対の意見ではないか(むろん文脈が異なる
ので、そう言い切るのも正確ではないかもしれないが)。
要するに、浅草が好きなのか嫌いなのか、彼の態度はいかにもどっちつかずの
「曖昧」なものなのだ。たけしは浅草がなつかしく、かつそこから脱出したい
という「両義的」な態度をもつのである。ここで、たけしの本心はどちらにあ
るかと問いただしても、それは無意味だろう。むしろ、たけし自身、つねに一
方から他方へ、他方から一方へと移動し続けているというべきなのだ。「両義的」
な2地点からいつもズレている、そのズレだけが「本当のたけし」なのだとい
いたい。
以上の「両義的」とか「曖昧」とか「ズレ」とかはビートたけしを考える上で
案外重要なキーワードになるのではないだろうか。
2
『浅草キッド』を読むと、当時のたけしは師匠をはじめ周囲の人びとからかわ
いがられており、暮らし向きも貧しいながらも結構快適だったことがわかる。
そう贅沢を望まなければ、浅草でそれなりの幸福な人生を過ごすこともできそ
うだったのだ。にもかかわらず、彼は浅草脱出を企図する。
浅草時代を小説化した『漫才病棟』にはこんな一節もある。
「要は、溜まり場の底にある演芸場の楽屋から俺が脱出できるかどうか、もっ
ともっと売れて出ていきたいってことだけだ。(中略)演芸場や木馬館にしがみ
ついていれば、一年三百六十五日の毎日を明るく元気に馬鹿馬鹿しく生きてい
けるだろう。その手の見本なら腐るほどある。だけど、まだ三十前の俺が演芸
場のお祭りだけで朽ちていくって訳にはいかないんだよ、この野郎」
どうもたけしは浅草を拒絶しているというより、結構居心地のいい浅草に安住
してしまいそうな自分を無理にでもそこから引き剥がそうとしているというべ
きなのかもしれない。つまり、たけしが拒絶しているのは自分の安定した「居
場所」を確保するような人生なのだ。
そんなたけしにとっての浅草を体現するのが師匠の深見千三郎だろう。師匠に
敬愛を抱くと同時に、師匠のもとから飛び出したいという「両義的」な態度。
それは浅草へのなつかしさと拒絶の「両義的」態度と通底しているはずだ。愛
着はあるけれど、いつまでもここにいられないというズレの感覚がビートたけ
しを駆動してきたエンジンなのだ。
『漫才病棟』の「文庫版へのあとがき」のなかでたけしが、先輩芸人たちにも
おもしろいエピソードはあるはずなのに、問いかけても彼らからは「これとい
う話があまり出てこない」と指摘した上でこう述べている。
「それって、自分が生きている世界への嵌まり具合ってことが関係しているよ
うな気がする。自分が生きている世界や時代に対して、どの程度、「客観的」で
いられるかってのが、かなりの勝負だと思うんだ。(中略)オレの場合、芸人の
世界にどっぷり嵌まりながら、なぜか「客観的」にズレた目を持っていて、そ
のズレたところをつなぎ合わせることが、例えば、小説を書くことになってい
るようだ」
興味深いことに、たけし自身が「ズレ」を意識していた。すると、そのズレた
自分を「客観的」に認識し得た場所が、ほかならぬ浅草だったといえよう。む
しろ、ズレを実感するための最適のフィールドとして直感的に浅草を選んだの
かもしれない。
もうひとつ、『漫才病棟』文庫版に野坂昭如が寄せた「解説」にも注目すべき一
節がある。
「私小説だから、一人称でつづられるのは当然だが、自分だけを特別に客観視
する、よくいう、もう一人の自分がみているというのではなく、まるごとなが
めつつ、ながめている自分についても、判らないまま突っ放し、たしかに、早
く売れっ子になりたいと、ひたむきに努力はともかく、ねがっているに違いな
いが、さらに、けじめのない日々を、酒にありつければシアワセと思い定め、
流されていく自分を否定はしない」
野坂の観察によって、たけしのあの「両義性」がさらに明確になっているとい
えるだろう。こうなると、いよいよビートたけしの本質を「両義的」で「曖昧」
な「ズレ」とする仮説が補強される(と思われる)。
3
たけしの来歴をごく簡単に列記すると、出身地の足立区から新宿へ、新宿から
浅草へ、浅草から全国区の人気者を経て世界へ、といえるだろう。もちろん、
活動するジャンルも、浅草時代の喜劇役者からはじまって、漫才師、小説家、
映画監督、画家と多彩だ。要するに、たけしは文字どおり常に移動しつづけて
いるのだ。こうした経歴は、中世の「遍歴する芸能民」を彷彿させないか。彼
の人生は恒常的な移動の連続であって、どうも安住の地というのは生涯なさそ
うだ。もし「ズレ」がなくなると、「永久機械=ビートたけし」もストップして
しまうにちがいない。
たけしの「両義性」という点で、ささやかなエピソードがある。
10年ほど前に彼は「浅草芸能大賞」を受賞した。これは浅草ゆかりの芸能人
に対してその功績を顕彰する賞であるが、授賞式の会場(浅草公会堂)にたけ
しは現れた(遠くからではあるが、わたしがナマたけしを見た唯一の機会であ
る)。受賞スピーチで彼はたしかこんなことをしゃべったと思う。
「自分は漫才師だから、こういう場所でひとりで話をするのは苦手です」
この発言は(正確ではないが)今もわたしの記憶に残っている。というのは、
この直前に彼は映画監督としてベネチア映画祭のグランプリを受賞していたか
らだ。ベネチアのグランプリの後が浅草芸能大賞というのが落差(失礼!)が
大きくて愉快だというだけでなく、映画監督として世界的名声を得たのとほぼ
同時期に、自分自身を芸人(漫才師)と規定したからだ。このズレはいかにも
この人にふさわしい。
ところで、たけしの数あるテレビ番組のなかに「世界の北野、足立区のたけし」
というのがあった。番組自体はほとんど見ていないのだが、このタイトルはお
もしろい。先の受賞歴と絡めて簡単に図式化してみると、
世界の北野=ベネチア映画祭グランプリ=映画監督
足立区のたけし=浅草芸能大賞=芸人(漫才師)
とでもなるだろうか。「世界」系と「足立区」系の共存は、これまで見てきたビ
ートたけしの「両義性」や「ズレ」の一端を整序したものといえよう。世界と
足立区、映画監督と漫才師、ベネチアと浅草・・・これらのあいだをつねに移
動し続けるのがビートたけしの本領なのだ。
たぶんこれからもたけしが「ズレ」を生き続ける以上、多様なフィールドを移
動し続けるだろうし、彼の内部に「両義性」の場所としての浅草(ズレを確認
させてくれる場所としての浅草)もまた生き続けることだろう。
(敬称略)
□■編集後記--------------------------------------------------------■
さて、本号では「ビートたけしの浅草」について考察してみました。しかしな
がら、本文で触れましたとおり、たけしのいう浅草とは「理屈よりも実践」の
舞台なのですから、多少理屈っぽい今回の記事はあまり「浅草的」とはいえな
いかもしれません。
その代償というわけではありませんが、いずれ別の機会に「ビートたけしの下
町を歩く」とでもいうような企画を立ててみたいと考えております。たとえば
今回読んだ『浅草キッド』や『漫才病棟』の舞台を具体的に辿ってみるといっ
た、理屈ぬきの、一種の文学散歩のような内容です。乞うご期待!
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