苦しくなった時いつも私のそばにミランがいた
どうも、R10+です。
CLの連覇というものはやはり凄い事なんだと実感する今日この頃。
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一つのクラブを愛する男たちがいる。
彼らを、人々は称え「バンディエラ」と呼ぶ。
『苦しくなった時いつも私のそばにミランがいた』
ACミランの栄光の背番号「6」が告げた、魂の言葉だ。
世界最高の、いや歴代最高のCB、フランコ・バレージ。
彼ほどバンディエラと呼ばれるに相応しい男はいないだろう。
彼を語るのに彼が所属したクラブ・ACミランは外せない。
彼の歴史は、そのままACミランの歴史でもあるからだ。
80年代後半から90年代前半まで、ACミランは世界を席巻した。
俗に「サッキのミラン」と呼ばれる時代の到来である。
その最強チームのカギを握る男が、まさに彼・バレージだった。
サッキは彼を称えてこう言っている。
「私のミランは、彼なしにはありえなかった」と。
それだけでは、この言葉には重みがなかっただろう。
バレージがバンディエラと呼ばれ、この言葉が魂の言葉と言える所以。
それは、彼が享受してきたモノが栄光よりも苦難の方が多かったことである。
選手の価値というものは、良くも悪くもクラブチームの価値で評価されるものである。
そういった意味で、クラブチームが1部リーグから2部リーグに降格する。
それはクラブチームの価値を著しく下げることを意味している。
バレージはそれを2度、ACミランで味わった。
どちらも、サッキのミラン以前の事であり。
一度目は「不法賭博スキャンダル」によって。
二度目は「チームの実力不足」という理由でだった。
サッカー界はシビアな世界だ。
クラブチームが2部降格となれば、優秀な選手は他のチームに旅立って行ってしまう。
それは選手として当然の選択だろうし、誰も文句を言うことはできない。
そういう彼らは、自分を愛する男たちだ。
だが、自分よりもチームを愛する男がここにいる。
バレージは降格するチームに残った。
その頃には、彼はACミランのキャプテンで、イタリア最高のDFとも呼ばれていた。
そんな彼に、強豪チームからオファーが来ないわけがない。
イタリア最高のDFであった彼には、条件がいいオファーなど山ほどあったに違いない。
だが、彼はACミランを選んだ。
それは、チームのキャプテンだからという責任感ではなく。
一人のミラニスタとして当然なことをしたのだ、と彼は言うのだろう。
彼は、チームを愛した。
一回目の降格で主力選手が去ったACミランに1部で戦いきる実力は残っていなかった。
屈辱の二度目の降格。
それでも、また、彼は残ったのだ。
『苦しくなった時いつも私のそばにミランがいた』
だから、この言葉は重い。
栄光も苦悩も全て、ACミランから享受した彼だからこそ。
フランコ・バレージ、彼はACミランの永遠となったのだ。


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