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飛鳥地域の歴史・文化・景観が好きな皆さん♪「両槻会」は、そんな皆さんと一緒により飛鳥を楽しもうと活動しています。飛鳥遊訪マガジンでは、歴史だけではない飛鳥の魅力もお届け出来ればと思います。皆さん!ご一緒に、もっと飛鳥を楽しみませんか♪

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2009/10/30

飛鳥遊訪マガジン Vol. 065

 飛鳥好きの貴方に贈る■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
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   飛鳥遊訪マガジン 
 ◇         Vol.065               ◇

 ◇                     2009.10.30.◇
                 両槻会 http://asuka.huuryuu.com/
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┏━┓飛鳥時遊録   真神原風人
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┗━┛              飛鳥三昧 http://sanzan.gozaru.jp/

  皆さん、こんにちは♪ 飛鳥遊訪マガジン65号です。ごゆっくりお楽
 しみください♪
  10月24日、第17回定例会「飛鳥の諸宮をめぐる」の下見を行いま
 した。全コースを歩いたわけではないのですが、定例会の核心の部分を念
 入りに巡ってきました。

  あいにく雨の降りそうな曇天で、やや肌寒く感じる天候でしたが、ウォ
 ーキングにはかえって快適でした。丁度、飛鳥は稲刈りの真っ最中です。
 黄金色に稔った稲穂と、刈り入れの終わった田んぼが入り混じっています。
 ハザ掛けのある風景も良いもので、豊かな秋を感じさせてくれました♪

 八釣の風景
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/jiyu-roku/65/yaturi.jpg

  第17回定例会では、飛鳥の地形に注目しますが、刈り入れが終わった
 田んぼは、地形がよく分かります。ご案内いただく山田隆文先生の説明を
 お聞きしながら、漫然と歩いていては気付かない地形の変化に注目し、そ
 こから宮都の復元を試みます。発掘調査では、上層遺構はよく分かるので
 すが、下層遺構は上層の遺構を保護するために充分な調査が行われない場
 合が多く有ります。地形を読み解くことで、それを補ってみようというわ
 けです。

 伝板蓋宮跡を西から
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/jiyu-roku/65/itabuki.jpg 

  下見にもご同行いただいた山田先生のご説明をお聞きしていると、飛鳥
 に残された地形には、古代飛鳥を読み取れる情報がたくさん秘められてい
 ることが分かりました。私達だけでは、見落としてしまいそうな田んぼの
 段差、畦や溝のうねり、僅かな傾斜、微高地などが、意味を持ってきます。
 下見では、1400年受け継がれたそれらが、再び息遣いを始めたかのよ
 うに感じられました。感動でした♪景観が残っていればこその感動である
 ように思います。大事にしなければなりませんね。

  第17回定例会は、11月14日実施です。定員まで若干余裕がありま
 すので、是非ご参加ください♪ご一緒に、「宮都飛鳥」を体感しましょう。(^^)

  さて、飛鳥では、考古学の話題も賑やかになってきました。詳しくは、
 飛鳥遊訪マガジンの飛鳥情報コーナーでお知らせしますが、檜隈遺跡群の
 調査では、11月3日に現地見学会が行われ、その遺跡の調査報告会が
 21日に行われます。また、同地域の檜隈寺周辺の調査では、竪穴住居が
 検出されL字型のカマドが設置されていたことが分かりました。その速報
 展示が奈文研都城発掘調査部で行われています。

 檜隈遺跡群(9月26日撮影)細い尾根の上に続く遺構群
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/jiyu-roku/65/hinokuma.jpg

  この秋は、東漢氏に注目して、檜隈を散策されるのも良いかもしれませ
 んね。近鉄飛鳥駅から、復元された高松塚古墳にも寄って檜隈寺跡へ。周
 辺の地形などを見ながら、栗原や大根田辺りを散策するのも、電線の少な
 い大きな空の下、気持ちの良いコースになります。そして、キトラ古墳を
 過ぎて、高取町の子島寺や顔石を訪ねられるのも良いでしょう。お奨めの
 コースです♪

  ところで、飛鳥遊訪マガジンをお読みの皆さんの地域では、稲束を干す
 ことをなんと呼んでいるでしょうか。「ハザ掛け」「稲荷」「稲架」「ス
 スキ」・・・。地域によって違うようですね。コメントなどで、教えて下
 さい♪

  稲の香りのする飛鳥遊歩道を巡っていると、日本の豊かな四季を実感し
 ます。新米はもう食べられましたか。ご飯だけでも美味しく食べられるよ
 うな気さえしますね。新米のおにぎりを持って、家族で飛鳥めぐりにお出
 かけください♪


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┏━┓INDEX
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    1:飛鳥・藤原の考古学        あい坊
    -----------------------------------------------------------+
    2:両槻会からのお知らせ  
    -----------------------------------------------------------+
    3:飛鳥咲読             山田隆文先生
    -----------------------------------------------------------+
    4:ひとり井戸端会議         明日香しぐれ
    -----------------------------------------------------------+
    5:飛鳥情報
    -----------------------------------------------------------+
    6:編集後記
    -----------------------------------------------------------+

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┏━┓飛鳥・藤原の考古学     あい坊
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┗━┛
「飛 鳥 の 運 河 2 -発掘成果から経路を考える-」

 「狂心渠(たぶれごころのみぞ)」と推定される大溝が、飛鳥坐神社の前に
 あたる飛鳥東垣内遺跡で確認されています。

 狂心渠推定ラインイラスト
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/kikou/aibou/taburegokoro.png

  ここでは、飛鳥寺の東面大垣に沿って、南北の大溝が流れています。も
 ともと小さな小川が流れていたところですが、7世紀中頃に掘削され、幅
 10m、深さ1.3mの大溝を造っています。その後、7世紀後半には西
 肩に杭を打ち、石積みの護岸を設けています。この石積みの中には天理市
 で採石される砂岩(石上山石)も含まれていました。これによって幅8.5m、
 深さ80cmの溝になっています。さらに奈良時代になると、幅6m、深
 さ60cmと小さくなっていますが、現在でも隣接地に水路が流れており、
 今にいたるまで利用されていることがわかります。

  では、この運河はどこからどこへと流れていたのでしょうか。これまで
 の調査では飛鳥東垣内遺跡よりも上流では、酒船石遺跡の東の谷、飛鳥池
 東方遺跡で大溝が部分的に確認されています。一方、下流部ではすぐ北の
 飛鳥宮ノ下遺跡、飛鳥寺北方、奥山廃寺西方などで数カ所ずつ確認されて
 います。この経路は現在の「中の川」に重なる経路で、大官大寺の南から
 西に回り込み、香具山西側にある奈良文化財研究所調査部敷地の下にある
 南北溝に繋がると考えられます。つまり、石上山の石垣を積んだ「宮東山
 (酒船石遺跡)」の東から、飛鳥寺の東から北へと回り、奥山廃寺の西方
 を通り、大官大寺の南から西を通過、香具山の西をさらに北上して米川に
 繋がると考えられます。現在の中の川は狂心渠を踏襲した河川といえます。

 狂心渠推定ラインイラスト2
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/kikou/aibou/taburegokoro2.png

  しかし、米川から天理市の石上までの経路は明確ではありません。米川・
 寺川を下り、そこから布留川を遡れば、天理石上方面へと河川で行くこと
 ができます。しかし、これでは非常に遠回りになるので、米川と寺川を繋
 ぐバイパス運河を掘った可能性もあります。このように河川と河川の間を
 バイパスで繋げば、最短距離で石上まで結ぶことができます。いずれにし
 ても現状では、「狂心渠」とは宮東山から米川まで4.5kmの小川を改
 修した運河であったと考えられます。

             (参考イラストは、事務局が作成しました。)

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┏━┓両槻会からのお知らせ
┃2┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗━┛           両槻会サイト http://asuka.huuryuu.com/
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 ■ 第17回定例会
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     http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-17/yotei-17.html
  
  橿原考古学研究所付属博物館主任学芸員 山田隆文先生のご案内による
 ウォーキングを下記要項で開催します。

 第17回定例会
 「飛鳥の諸宮をめぐる」

  開催日 : 11月14日(土)
  ご案内 : 山田隆文先生 (橿原考古学研究所付属博物館 主任学芸員) 
  集合場所: 桜井駅南口バス停付近 
  集合時間: 10時05分 
  定 員 : 30名 
  参加費用: 1,000円予定 (資料制作費など) 
  申込期間: 9月13日~11月7日(定員になり次第終了)

  参加申込は、定員になり次第締め切らせて頂きます。参加を検討されて
 いる皆さんは、お早めにお申込み下さるようお願い致します。

  詳細は、両槻会サイトの定例会予定からご覧ください。


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 ■ 特別回 旧道芋峠越え宮滝行
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   http://asuka.huuryuu.com/yotei/tokubetukai/tokubetukai-4.html

  特別回「旧暦10月19日に行う―芋峠越え宮滝行―」を12月5日に
 開催いたします。

  開催日12月5日は、旧暦10月19日にあたり、大海人皇子が大津宮
 から吉野へ出立した日です。このチャンスを逃がす両槻会ではありません♪

  26日から開始しました申込受付で、早くも10名に達してしまいまし
 た。峠越えになりますので、沢山の参加者は募れません。参加をご検討中
 の方は、急ぎお申込下さい。

 「旧道芋峠越え宮滝行―壬申の乱追体験ウォーキング♪―」

  日 程  : 2009年12月5日 (土曜日)  
  集合場所 : 飛鳥駅前広場 
  集合時間 : 9時35分 
  定 員  : 10名程度 
  参加費用 : 300円 (交通費各自負担) 
  申込期間 : 10月26日より定員まで 

  予定コース:飛鳥駅→バス→石舞台公園(嶋宮跡)→徒歩→栢森→
  (山道)→小峠→役行者像→芋峠→千股観音堂(昼食)→(一般道)→
  大名持神社→(立野口バス停から宮滝までバスも可)→宮滝→バス→ 
  上市駅(解散)→電車

  備 考  : 総距離約16km・標高500mの芋峠を越えます。
         山道あり。健脚向きです。
 
  特別回は、定例会のように万全の準備を致しません。スタッフも皆さん
 と同様に初めてのコースであったり、参加を楽しむだけの回となります。
 ご理解の上でご参加ください。


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   飛鳥咲読
┏━┓     橿原考古学研究所付属博物館 主任学芸員 山田隆文先生
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┗━┛ 橿考研付属博物館  http://www.kashikoken.jp/museum/top.html

「飛鳥の諸宮をめぐる (第4回 舒明天皇の宮)」

  舒明天皇は629年に即位して、飛鳥岡本宮を造営しますが、その8年
 (636)に飛鳥岡本宮が火事で焼失してしまいます。その痕跡が飛鳥京
 跡のI期遺構に見られることは第2回でも紹介したとおりです。その後、
 舒明天皇は宮を飛鳥に再建せず、飛鳥の外へと遷しました。それも三たび
 も。今回は舒明天皇の宮である田中宮、厩坂宮、百済宮についてみていき
 たいと思います。

  飛鳥岡本宮から遷った田中宮は、現在の橿原市田中町あたりと考えられ
 ています。ただ、これまでに田中町内で奈良文化財研究所や橿考研、橿原
 市教育委員会が多くの発掘調査を実施してきましたが、田中宮と確実に言
 えそうな遺構はまだ確認されていません。
  田中町は現在、中世以降の条里水田の景観の中にありますが、丹念に地
 形を観察してみると、周辺よりもやや高い微高地であることがわかります。
 この微高地の北西端に田中廃寺があります。田中廃寺と田中宮が同時に存
 在したかはわかりません。ただ、田中廃寺の発掘調査では寺に先行する遺
 構が検出されていないことから、田中廃寺とは別の場所に宮が造営されて
 いたようです。田中廃寺の東には、実は中世の城館の中心部ですが、「天
 皇の森」と呼ばれる場所があります。田中町の微高地の東半部に宮が存在
 していたのかもしれません。
  もうひとつ、田中町では興味深い発掘調査の成果があります。それは、
 集落の南側で、東西に建造予定の県道の事前発掘調査の成果です。この発
 掘調査では、藤原京の遺構が多数検出されましたが、それに先行する飛鳥
 時代の遺構もたくさん発見されています。これらの遺構は藤原京の遺構が
 すべて正方位を指向しているのに対して、飛鳥田中宮のものと同様に北で
 やや西に傾いているのが特徴です。今までの調査報告を見る限りでは、こ
 れらの遺構の評価は調査地の南に隣接する和田廃寺との関係を指摘するも
 のばかりです。しかし、検出された遺構も田中宮推定地もすべて甘樫丘方
 面から延びる同じ微高地の上に立地しています。さらに同じ微高地の丘陵
 麓には豊浦宮や以前は小墾田宮の最有力地であった古宮遺跡が存在してい
 ます。上記の遺構群はこれらの遺跡の中間点あたりに位置しており、和田
 廃寺に限定せず、議論しなければならないのではないかと私は考えていま
 す。

  厩坂宮は、田中宮の南西に位置する橿原市石川町のあたりと推定されて
 います。近鉄の橿原神宮前駅の東改札を出て東に向かうと、南北に走る国
 道165号線の「丈六」という交差点にあたりますが、その交差点は古代
 の下ツ道と阿倍山田道の交差点で、「軽の衢」と考えられています。この
 交差点の北東側に厩坂寺跡とされる土壇状の高まりがあります。ここに厩
 坂宮も築かれたと考えられています。
  しかし、厩坂宮の記録が『日本書紀』には次の百済宮の造営記事よりも
 後に出てくること、田中宮からの遷宮ではなく、伊予国への行幸の帰りに
 入っていることから、舒明天皇にとって正宮ではなく、仮宮や行宮のよう
 な性格のものだったのではないかと考えます。
  厩坂宮の推定地周辺では橿原市教育委員会が発掘調査を実施しています
 が、これまでのところ厩坂宮や厩坂寺に関わるような遺構、遺物は確認さ
 れていないようです。土壇状の高まりも自然地形の可能性が高いと私は考
 えており、厩坂宮の位置はこの周辺の別の場所の可能性もあります。

  百済宮の位置は、諸説あります。それは百済大寺がどこにあったかによ
 ります。というのは、『日本書紀』舒明天皇11年秋7月条に百済川のほ
 とりに大宮と大寺の造営を始めたという記述があるためです。百済大寺は、
 以前は北葛城郡広陵町百済にあったとするのが主流でしたが、近年、桜井
 市吉備で発見された吉備池廃寺が百済大寺との説が有力なものとなり、百
 済宮もその付近にあったものと推定されるようになりました。ただ、百済
 宮の存在を示すような遺構は、今のところ全く発見されていません。
  吉備池廃寺の周辺地形もよく観察すると、北へ延びる微高地上に立地し
 ていることがわかりますが、百済宮もこの微高地の範囲にあったのではな
 いかと私は考えています。
  さて、舒明天皇がその11年(639)に造営を始めた百済宮には伊予
 への行幸、厩坂宮への遷宮を経て、12年(640)10月に遷宮します。
 一見、舒明天皇は飛鳥岡本宮の焼失後、複数の宮を迷走しているような雰
 囲気もありますが、『日本書紀』に造営開始の記述がわざわざあることや、
 吉備池廃寺の規模などを考え合わせると、百済宮はかなり計画的に、舒明
 天皇の新たな正宮として造営しようとしたのではないかと考えています。
 ただ残念ながら、百済宮への遷宮のちょうど1年後に舒明天皇は崩御し、
 皇極天皇となる后は舒明が最初に宮を築いた地、飛鳥へと戻ったのです。

  次回、最後の咲読は「飛鳥」を冠する宮が登場する直前、推古天皇の豊
 浦宮と小墾田宮についてみてみたいと思います。


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┏━┓ ひとり井戸端会議      明日香しぐれ
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┗━┛             明日香 紅藍 http://www.kureai.jp/

  まかり出でましたるは、明日香の辺りに住まい致す、しぐれと申す者で
 ございます。
  こんにった、両槻会めるまが編集者なる人より、ものを書けとの命をう
 け、何か書かばやと存じ候らへども、居並ぶそうそうたる研究者、専門家
 も舌を巻く超マニア常連さんの中に入り、しぐれ如きが記すべきもののあ
 ろうはずもなしと、悩ましきところ、件の編集人氏の曰うに、

   両槻会のメルマガは、どんどんレベルが高くなって、
   もっと普通の人も読めるような、記事も載せたいの…。

 おお、さもあらん。
「レベル高過ぎじゃ」と、思うていたわたくしは、丁と膝を打ちました。

 『我が堂に入る者、蘇我太郎にしくは無し』
 『レベル下げるに、明日香しぐれにしくは無し』

  それじゃぁ、なんか書かせてもらいますぅ~。
  ということで、僭越ながら、リアルな明日香村の日々のよしなしごとを、
 そこはかとなく書きつけちゃおうかと存知ます。
 名付けて、ひとり井戸端会議。
  才高きメルマガ読者諸氏のご不興は、重々存知候らえども、かくのごと
 き次第なれば、何卒ご辛抱お付き合い頂きますよう、お願い申し上げます
 る。

  そもそも、かく申すしぐれは、江戸前で採れた者でございますが、奈良
 にはおよそ30年ほど前にやって参りました。予てよりの念願叶い、明日
 香村に住まい致して、ようよう5年が経つのでございます。

  さて、巷では、京都で「この前の戦」といえば、応仁の乱のことと申し
 ますが、わたくしは、明日香で「あの戦」と言えば、壬申の乱のことだと
 思うのでございます。時の流れが、些か他所とは異なるようでございます。

  過日、某おばぁちゃまが、
    ●●さんは、明日香の人やないんやで。
    あそこの家は、あんた等と同じで、最近よそからから来はってん。
 と、こっそり教えてくれたのでございます。
 そこで、しぐれは考えました。
 「最近」と言えば、この数年と思うのが常なれど、何せ壬申の乱の明日香
 村のこと、そうそう甘くはないに違いない…

    しぐれ  えーと、最近って、50年くらい前のこと?
    媼 A  ちゃうちゃう、もっとや、200年くらい前かいな!
    しぐれ  ………。

  また別の日、別のおばぁちゃまが夏みかんを下さいました。

    媼 B  うちの蜜柑、ほっといても毎年なるねん。
         ちょっと古い木やけど、甘くて、ようなるねん。
    しぐれ  あっ、嬉しいな♪ うれしいな♪ 
         どれくらい古い木~?
    媼 B  300年。
    しぐれ  …と、ときじくの木の実か……

  京都の桂離宮を見学致しました折り、その見事な襖絵や意匠のすばらし
 さに、思わず

   まぁ、新しいものは、モダンできれいねぇ~~
 と褒めたつもりが、案内のおじさんに睨まれてしまった、涙目のしぐれは、
 既に明日香村民の資格十分と、胸を張った次第でございます。
 そりゃ、明日香から見れば、京都はキャピキャピにモダンできれいねぇ~~~。


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┏━┓飛鳥情報
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 ■ 檜前遺跡群の現地見学会 
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                 明日香村 http://www.asukamura.jp/

  明日香村教育委員会により行われているキトラ古墳周辺や近隣公園整備
 に伴う今年度の調査で、檜隈寺の南方の地点から、東漢氏の居住地に関わ
 る建物群が発見されたようです。
 
 現地見学会が下記日程で行われます。

  日 時 : 11月3日(祝) 10:00~15:00 
  場 所 : 於美阿志神社の南方の丘陵上
         (奈良県高市郡明日香村大字桧前地内) 
  内 容 : 東漢氏の居住地に関わる建物群 

  檜隈寺跡を目指して行かれると良いかと思います。
  なお、今回は現地説明会ではなく、現地見学会です。ご注意下さい。

 檜前遺跡群発掘調査の現地見学会について
  http://www.asukamura.jp/hakkutsujoho/hakutsjoho_index.html


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 ■ 第28回 奈良県立橿原考古学研究所公開講演会
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            橿原考古学研究所 http://www.kashikoken.jp/

  橿原考古学研究所恒例の公開講演会が開催されます。テーマは、来年の
 平城遷都1300祭にあわせ「平城遷都」となっています。

「第28回 奈良県立橿原考古学研究所公開講演会」
  ―2010年平城遷都1300年祭記念「平城遷都」―

  日 時 : 11月3日(祝)13:00~16:30
  場 所 : 奈良県社会福祉総合センター6階大ホール
           (近鉄畝傍御陵前駅下車北東徒歩3分)
  申込など: 先着 550名 資料無料配布

  主な講演内容:
   「新薬師寺旧境内の発掘調査と伽藍をめぐって」
                   奈良教育大学准教授 金原正明氏
   「大宝律令と平城遷都」
                 奈良県立橿原考古学研究所 林部均氏
   「平城遷都の理由、平城還都の事情」
                  奈良県立図書情報館館長 千田稔氏


 第28回公開講演会のお知らせ
 http://www.kashikoken.jp/event/koukaikouenkai2009/koukaikouenkai2009.pdf

  聴講に関する詳細は、橿原考古学研究所公式サイトでご確認ください。


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 ■ 明日香村発掘調査報告会 2009
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                 明日香村 http://www.asukamura.jp/            

  毎年恒例の「明日香村発掘調査報告会」の日程が決まりました。
  今回は檜前や阿部山地域の調査の実施しに伴う東漢氏にかかわる住居や
 平安時代の墳墓などの成果についての報告がされるようです。

「明日香村発掘調査報告会2009」
  日 時 : 11月21日(土) 13:00~16:00
          (受付12:30より) 
  場 所 :  明日香村中央公民館
  定 員 : 300名(参加費無料・先着順)
  内 容 :調査報告 
        ・檜前遺跡群の調査 -大壁遺構を中心に-   
                明日香村教育委員会 長谷川透氏
        ・檜前遺跡群の調査 -掘立柱建物群を中心に-       
                明日香村教育委員会 高橋幸治氏
        ・阿部山遺跡群の調査                      
                明日香村教育委員会 西光慎治氏 

 明日香村発掘調査報告会2009の開催について
  http://www.asukamura.jp/hakkutsujoho/hakutsjoho_index.html


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┏━┓編集後記  もも
┃6┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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  秋深し・・・で、気になるのはお隣ばかりではなくて、飛鳥でも色々と
 楽しいことが行われるようです。日中は暖かくても日陰や日が落ちた途端
 に冷えが襲ってきます。お出掛けの際には、羽織るものを一枚余計に持た
 れてはと思います。

  さて今号は、スタッフによる飛鳥話をお休みして、明日香しぐれさんに
 ご投稿頂きました。有難うございました。(^^)
  明日香村在住のしぐれさんによる今の明日香話「ひとり井戸端会議」。
 今後もご登場願うことになっております。ご期待下さい♪

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 ご意見ご感想は、http://form.mag2.com/viuounelio
  または、両槻会事務局まで (asukakaze2@gmail.com)
          
         登録/解除は http://www.mag2.com/m/0000259444.html
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             発行:両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ 
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