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飛鳥地域の歴史・文化・景観が好きな皆さん♪「両槻会」は、そんな皆さんと一緒により飛鳥を楽しもうと活動しています。飛鳥遊訪マガジンでは、歴史だけではない飛鳥の魅力もお届け出来ればと思います。皆さん!ご一緒に、もっと飛鳥を楽しみませんか♪

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2009/10/02

飛鳥遊訪マガジン Vol. 063

 飛鳥好きの貴方に贈る■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
 ◇                               ◇
   飛鳥遊訪マガジン 
 ◇         Vol.063               ◇

 ◇                      2009.10.2.◇
                 両槻会 http://asuka.huuryuu.com/
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┏━┓飛鳥時遊録   真神原風人
┃□┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗━┛              飛鳥三昧 http://sanzan.gozaru.jp/

  皆さん、こんにちは♪ 飛鳥遊訪マガジン63号をお届けします。前号
 で、ご紹介しました「飛鳥光の回廊」や「彼岸花祭り」も賑やかに行われ、
 シルバーウィークは多くの方々が飛鳥を訪れたようです。

 飛鳥光の回廊
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/jiyu-roku/3/hikari-kairou.jpg

 彼岸花祭り 
  http://asuka.huuryuu.com/bunko/jiyu-roku/3/hibanbana-maturi.jpg

  年々、イベントも盛大になってきました。飛鳥に足を向けていただく良
 い機会だとは思うのですが、大勢になると急にマナーも悪くなってきます。
 彼岸花祭りで交通整理をされているお巡りさんが、「あまりに酷い駐車な
 ので運転手さん帰って来てください。」と何度も棚田に向かって呼びかけ
 ていました。見ると、片側の車線を完全に潰して駐車している車がありま
 した。
  聞いていると笑い話ですが、彼岸花が盛りになっている丘の前や田んぼ
 の畦の直ぐ前にも駐車している車が沢山あります。どうか、身勝手で安易
 な利便性だけで、このような光景を作り出すことの無いように、せめてこ
 のメルマガをお読みの皆様にお願いしたいと思います。

  さて、前号に引き続き、第17回定例会のウォーキングコースをご紹介
 します。
  水落遺跡からは南に下り、飛鳥寺西門の脇を通過して、飛鳥宮域に入っ
 て行きます。水落遺跡から飛鳥宮跡へは、だらだらと登って行くのを実感
 してください。山田先生から、今回は地形を体感するというのも大きなテ
 ーマであるとお聞きしています。歩いていると僅かな傾斜角ですが、その
 ような事も頭に入れて散策を楽しんでいただければと思っています。飛鳥
 宮跡を通り抜け、川原寺・橘寺の間の道に出てきます。この道路は古代か
 らある道路とほぼ重なっています。川原寺裏山遺跡から甘樫丘東麓遺跡へ、
 両槻会お得意の裏道コースを歩きます。(^^ゞ 東麓遺跡横から甘樫丘に登
 り、尾根筋を豊浦展望台に向かいます。展望台では、飛鳥を見下ろしなが
 ら先生に諸宮があった辺りを示していただき、全体像を把握していただけ
 ればと思っています。
  甘樫丘からは、豊浦宮跡・小墾田宮跡の候補地とされてきました古宮土
 壇付近を通り、舒明天皇の田中宮の痕跡を探ります。橿原市田中町の集落
 中を一巡りし、山田道にでます。厩坂宮の候補地近くを通り、最終ポイン
 トの橿原神宮前駅に到着の予定です。

  全長12~3キロ程度、登りもさほど長い距離ではありません。個人差
 がありますので一概には言えませんが、健脚コースという程でもないと思
 っています。解散予定時間は、4時半を若干過ぎる頃になるかと思います。
  ご紹介してきました各ポイントでは、山田先生に説明をいただくことに
 なっています。お楽しみにご参加ください。

  いよいよ10月に入りました。飛鳥散策に最も良い時候となります。そ
 の折には、下記でご紹介します「両槻会文化祭 ―飛鳥を翔けた1000
 日に軌跡展―」に是非お立ち寄りください。スタッフも日替わりで詰めて
 おりますので、お気軽に声をお掛けください。お待ちしております♪


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┏━┓INDEX
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┗━┛
    1:特別寄稿               鈴木裕明先生
    -----------------------------------------------------------+
    2:両槻会からのお知らせ  
    -----------------------------------------------------------+
    3:飛鳥咲読               山田隆文先生
    -----------------------------------------------------------+
    4:風人の飛鳥ぶらぶら散歩        真神原風人
    -----------------------------------------------------------+
    5:飛鳥情報
    -----------------------------------------------------------+
    6:編集後記
    -----------------------------------------------------------+

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     うちわのはなし
┏━┓          橿原考古学研究所 主任研究員 鈴木裕明先生
┃1┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗━┛         橿原考古学研究所 http://www.kashikoken.jp/

  高松塚古墳の壁画から話をはじめたいと思います。壁画には、青龍・白
 虎・玄武、男子・女子群像、星宿図などが描かれていますが、そのうち男
 子・女子群像の持ち物として、大型のうちわ、蓋(きぬがさ)、如意(に
 ょい、孫手のようなもの)、杖、払子(ほっす)、袋におさめられた刀な
 どが表現されています。このような道具立ては、『延喜式』大舎人寮の元
 正の条にみえる元日の朝議において天皇の前に立てられた大型のうちわ、
 蓋(きぬがさ)、弓、大刀、鉾、杖、如意、払子、挂甲などの「威儀物
 (いぎもの)」に共通します。古代の天皇クラスが行った儀式に用いられ
 た服飾具と武器・武具が、高松塚古墳壁画に表現されているということが
 できます。ここで注目するのは西壁の女子群像の一番手前にいる女子がも
 つ長い柄のうちわです。この大型のうちわは、扇部分は円形で、黒い縁取
 りがあり、そのなかは紫に彩色されています。さらに柄の上端部分で扇が
 挟まれ、長い柄がついています。この壁画に描かれている人物は、墓主人
 に対する従者を表現したものとみられます。したがってこの大型のうちわ
 も、描かれた女子自身に使用したものではなく、主人に対してかざしたも
 のでありましょう。
 
  高松塚古墳にみられるような大型のうちわは、現代にも伝わっておりま
 す。たとえば伊勢神宮において20年おきにおこなわれる式年遷宮の際、
 ご神体を新宮に遷し祭る行列に、ご神体を中心としてその前後をほかの威
 儀具とともに大型のうちわがたてられます。伊勢神宮ではこのような大型
 のうちわを、扇に使用した材料から羅紫翳(らむらさきのさしば、薄絹で
 扇を製作)、菅翳(すげのさしば、菅で扇を製作)と呼んでいます。大型
 のうちわは考古学では、伊勢神宮での呼び方と同じく、翳と表記すること
 が多いです。翳という字は翳(かざ)すとも読めますから、文字通り従者
 が主人に対してさしかけたものであるといえるでしょう。また羅紫翳は紫
 色の薄絹を扇としておりますが、高松塚古墳壁画の翳の扇部分の色彩表現
 はまさに羅紫であったとみられます。古代の翳の実物は正倉院宝物のなか
 に伝わっておりますし、法隆寺宝物のなかには近世に製作されたものと思
 われますが、高松塚古墳壁画にそっくりな翳があります。古代以降貴人あ
 るいは僧侶の威儀具として翳が伝えられてきたことがうかがえます。

  一方で高松塚古墳壁画を遡る飛鳥時代以前の翳は存在しているのでしょ
 うか。考古学者の共通理解となっているとは言い難いのですが、私は存在
 していると考えています。私事ですが、1993年奈良県に奉職した1年
 目に天理市乙木・佐保庄遺跡という古墳時代前期の集落遺跡を発掘しまし
 た。そのなかで大きな溝を掘っていると大量の土師器とともに沢山の木製
 品が出土しました。調査の最終段階になって、その溝に設けた土層観察用
 の畦をはずしていたところ、一木から長い柄とその上端に角状に二股に分
 かれた突起とさらにその上部に二枚板を作り出した非常に精巧なヒノキ製
 の木製品が出土しました。出土した段階では、これが一体何なのかわかり
 ませんでしたが、その精巧さゆえにほかの出土遺物よりも非常に丁寧に扱
 ったことを覚えています。その後研究所内で、何人かの方と検討し、共通
 の意見として高松塚古墳壁画の翳との関連性が指摘されました。もし実物
 の翳だとするとこの木製品は、発掘資料としてはほとんど例がなくかつ現
 状では最古のものとなり、その位置付けが非常に重要になります。ここか
 らこの木製品が翳か否か、現在まで続く試行錯誤がはじまりました。まず
 考古学の常道として、同じような木製品の類例を集めることから開始した
 のですが、結論から言うと同じ形態の木製品は今でもみつかっておりませ
 ん。ただ、柄は短いのですが同じ構造をもつ団扇(うちわ)形木製品が、
 弥生時代後期から古墳時代前期にかけて存在することがわかりました。さ
 らに1999年にはそのほぼ完全なものが桜井市勝山古墳の周濠から出土
 しました。その比較からどうも乙木・佐保庄遺跡の翳形木製品はこのよう
 な団扇形木製品の柄を長くしたものではないかと考えるようになりました。
 その後、詳細は省きますが、中国・朝鮮半島の資料との比較などから、団
 扇形木製品は中国後漢の終わりごろ(2世紀以降)から、さかんに古墳壁
 画に表現される扇部となる獣毛を柄に挟んだ団扇である麈尾(しゅび、元
 々は大鹿の尾を扇としたもの)であろうと考え、そして同じく獣毛を挟ん
 だ長い柄の翳も古墳壁画、石窟などに確認でき、乙木・佐保庄遺跡の翳形
 木製品も獣毛のような遺存しにくいものを扇として長い柄にはさんだまさ
 に翳であったのだろうと考えました。乙木・佐保庄遺跡例とは形が異なり
 ますが、翳の実物の資料は5世紀代の古墳時代中期にも存在していること
 も確認でき、少しずつですがその変遷がたどれるようになっています。ま
 た最近の研究で、古墳時代前期の巨大前方後円墳である桜井茶臼山古墳か
 ら出土している玉杖(ぎょくじょう)とよばれる石製品が、乙木・佐保庄
 遺跡の翳をモデルに製作されたものである可能性が高いことが判明しまし
 た。巨大古墳に葬られる王の持ち物のモデルとなった木製品であるとする
 ならば、おのずと翳はその出現段階から高松塚古墳壁画にみられるように
 高位の人物に用いられていた器物であったと考えることができます。
 
  このような種類の木製品研究はまだ端緒についたばかりではありますが、
 翳については中国・朝鮮半島の影響を受けながら、巨大古墳を営むような
 王の誕生のころに出現し、形態や扇の材質(獣毛から絹へ)が変化しつつ
 も、点々とではありますが飛鳥時代終末期古墳の高松塚古墳までつながっ
 ていることが、上記の事例から読み取れるのではないかと考えています。


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┏━┓両槻会からのお知らせ
┃2┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗━┛           両槻会サイト http://asuka.huuryuu.com/
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 ■ 第17回定例会
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     http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-17/yotei-17.html
  
  橿原考古学研究所付属博物館主任学芸員 山田隆文先生のご案内による
 ウォーキングを下記要項で開催予定です。

 第17回定例会
 「飛鳥の諸宮をめぐる」

  開催日 : 11月14日(土)
  ご案内 : 山田隆文先生 (橿原考古学研究所主任学芸員) 
  集合場所: 桜井駅南口バス停付近 
  集合時間: 10時05分 
  定 員 : 30名 
  参加費用: 1,000円予定 (資料制作費など) 
  申込期間: 9月13日~11月7日(定員になり次第終了) 

  詳細は、決まり次第サイトやブログでご案内します。


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 ■ 両槻会文化祭 ー 飛鳥を翔けた1000日の軌跡展 ー 
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  この度「飛鳥を翔けた1000日の軌跡展」と銘打った文化祭を開催す
 ることにいたしました。

  両槻会設立より1,000日が経過しました。これまで定例会毎に作っ
 てきました資料の展示や飛鳥検定の模擬受検などを通して、両槻会の活動
 をご紹介したいと思っております。
  また、四季折々の飛鳥の素顔を記録した写真や手作りの品々など、スタ
 ッフや参加者の作品も合わせて展示(一部販売)致します。
  スタッフも交替で詰めています。飛鳥散策の折りに、是非お立ち寄りい
 ただければと思います。

  開催期間: 10月8日から10月12日まで。
  開催場所: Shop & Gallery「 輪-Rin 」
         明日香村岡385-4 (岡天理教会前)
          http://web1.kcn.jp/rin
  展示時間: 10:00~16:00まで
  観 覧 : 無料
  お問合せ: 両槻会事務局 asukakaze2@gmail.com

 文化祭予定ページ
  http://asuka.huuryuu.com/yotei/tokubetukai/tokubetukai-3.html


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   飛鳥咲読
┏━┓     橿原考古学研究所付属博物館 主任学芸員 山田隆文先生
┃3┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗━┛ 橿考研付属博物館  http://www.kashikoken.jp/museum/top.html

「飛鳥の諸宮をめぐる(第2回 飛鳥岡本宮と飛鳥板蓋宮)」

  今回は舒明天皇の飛鳥岡本宮とその后であった皇極天皇の飛鳥板蓋宮に
 ついてお話ししたいと思います。前回にも述べましたが、飛鳥岡本宮は奈
 良県立橿原考古学研究所(以下、橿考研)が調査をしている飛鳥京跡の最
 古段階であるI期遺構、飛鳥板蓋宮は飛鳥京跡のII期遺構であることが確
 実視されるようになっています。
  ただ、これらの遺構は、少ししか確認されていません。というのは、こ
 れらの上層にIII期遺構があるからです。少し説明をしますと、飛鳥京跡
 では調査した場所によって異なりますが、地表下およそ1メートルあまり
 で(もちろん、もっと深い所もありますが)、飛鳥時代の遺構面に達しま
 す。当たり前ですが、一番上にIII期遺構があります。そして、場所にも
 よりますが、このIII期の遺構面の下層にII期やI期の遺構が存在してい
 ます。つまりII期やI期の遺構を検出するためには、III期遺構の下を掘削
 し、調査しなくてはなりません。これは、発掘調査という手法をとる以上
 III期遺構を破壊しなくてはいけないことを意味しています。でも、実際
 は確認したIII期遺構を保存するためにそんな破壊行為はしていません。
 II期やI期の遺構は、III期遺構が後世の作用により残っていなかった場所
 を下層まで掘り下げて調査するか、発掘調査区の排水などのための側溝や
 断割などの断面などで確認するか、と限られた範囲での確認にとどまって
 います。それでも、これまでの調査成果と研究の積み重ねで多くのことが
 わかってきています。その成果について紹介したいと思います。

  このふたつの宮跡は同じ遺跡ですが、その様相には決定的な違いがあり
 ます。キーワードにするとすれば「斜方位から、正方位へ」というべきで
 しょうか。では、順にみていきたいと思います。

  I期遺構は、これまでの発掘調査で、掘立柱建物をはじめ、掘立柱塀、
 石敷、石組溝などが確認されています。これらの遺構に共通する特徴は、
 いずれも中軸線が北から西へ約20度振れているということです。これは
 そういう方向の統一地割があったのではなくて、飛鳥地域の自然地形、す
 なわち飛鳥川の流れる方向に即した結果だと考えられます。
  I期の遺構は、現状では限られた範囲で、しかも断片的なことしかわか
 っていませんが、第155次調査で一辺1.2mを超える大きな柱穴をも
 つ柱列が検出されていることから、宮跡である可能性が高いと考えられて
 います。
  また、その柱穴の抜き取り穴の埋土に焼土や炭が混入しており、これら
 の遺構が火災にあったとみられています。出土遺物の年代観などの検討か
 ら、『日本書紀』にみえる舒明天皇8年(636)の飛鳥岡本宮焼失の記
 事に合致することから、I期遺構は舒明天皇の飛鳥岡本宮である可能性が
 高いといえます。

  II期遺構も検出された遺構はわずかしかありませんが、これまでに掘立
 柱塀や回廊状の施設、掘立柱建物、石組溝などが検出されています。
  I期の遺構からの大きな変化は、宮全体におよぶであろう大規模な土地
 造成がおこなわれていることと、建物などの遺構の主軸方位が正方位を指
 向するということです。これは飛鳥を都として整備するために王権が発動
 されたことを意味していると考えられます。
  確認された遺構は、宮殿を区画する塀と溝がほとんどで内部の建物など
 はほとんど確認されておらず、不明な点がまだ多いのが現状です。今まで
 の調査で確認された遺構からは、区画は東西約190m、南北約198m
 以上の範囲であったことがわかっています。その内側からも東西幅130
 mあまりの規模の大きな石組溝の区画が確認されており、板蓋宮が二重以
 上の重郭構造であった可能性が高いと考えられます。南北幅は検出された
 遺構からはおよそ200m程度ですが、現在も残る段地形などから類推す
 ると、南北幅は400m程度あったものと、私は考えています。また、宮
 の東は東限区画のすぐそばに丘陵の裾が迫っていますが、西側は飛鳥川ま
 でに幅に余裕があり、北にも平地は広がっていることから、西と北にはも
 う一重区画が存在したかもしれません。ただ、区画の全域で宮の内部を構
 成する建物が、これまでひとつも確認されていないため、宮の建物配置な
 どは全くわかっていません。
  しかしながら、わずかな成果や地形から宮の構造が推定できるのは、例
 えば区画の東辺がIII期遺構の外郭東辺の位置とほぼ一致すること、区画 
 の西辺がIII期遺構の内郭の中軸線付近を通ることなど、土地利用のあり
 方が共通していることから、II期遺構の建物や塀など施設そのものがその
 まま引き継がれたことはないものの、地割はIII期に継承されたと考えら
 れるからです。11月のウォーキングでは、この今もわずかに残る地形の
 痕跡をぜひ感じていただきたいと思っています。

  次回は、この飛鳥板蓋宮の上層に造営された後飛鳥岡本宮、飛鳥浄御原
 宮についてみてみたいと思います。


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┏━┓風人の飛鳥ぶらぶら散歩          真神原風人
┃4┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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 「掃守寺妄想紀行」

  今回は、飛鳥地域を離れて、葛城市を歩いたお話を書かせていただきま
 す。皆さんは、掃守寺というお寺をご存知でしょうか。現在地上にそのお
 寺は存在しませんが、7世紀末から8世紀初頭に創建された長六角堂とい
 う他に例のない建築物を有します。また尾根を隔てた南北に伽藍が分かれ
 るという珍しい構造を持つお寺です。所在地は、二上山の東麓にあり、東
 西に伸びる谷の奥に位置しています。(葛城市加守)

  半月ほど前になりますが、飛鳥遊訪マガジンでもお馴染みの近江俊秀先
 生が、「掃守寺と石光寺-大津皇子の供養堂はどちらか?」という講演会
 を掃守寺の地元である葛城市で行われました。これまでに5回の発掘調査
 が行われていますが、近江先生も直接この遺跡の調査にたずさわっておら
 れました。
  講演は午後2時からでしたので、それまでの時間を利用して現地を見て
 おこうと、加守に出かけることにしました。妄想紀行ですので、近江先生
 の講演内容から逸れるのはご容赦ください。

  近鉄二上神社口駅で下車、10分弱ばかり西に緩やかに上った所に掃守
 神社があります。
  神社からの眺望はありませんが、付近からは大和盆地が見渡せ、東に大
 和三山の姿も視認できました。
  地図などを見ると掃守神社と書かれているのですが、この神社は、三社
 が祀られていて、掃守神社は摂社となっているようです。真中には、葛城
 倭文坐天羽雷命神社が、そして、もう一社二上神社があります。
  倭文(しとり)や天羽雷などの名は、どちらも織物に縁のあるものだと
 思われますが、これが今回の近江先生のお話に関連するのではないかと、
 風人は妄想に浸っています。(^^ゞ 

 http://asuka.huuryuu.com/bunko/staff/huuto/kamori-jinjya.jpg

  さて、肝心の掃守寺跡ですが、神社を北に出て、少し西に上った所にあ
 りました。二上山の雄岳の裾と言ってよい場所です。仰ぎ見るように雄岳
 が迫っていました。現在は、四天王堂という小さなお堂が残るだけですが、
 その西側に段状に連なる平地があり、長六角堂はそこに建立されたようで
 す。

 西から長六角堂跡を見下ろす 
  http://asuka.huuryuu.com/bunko/staff/huuto/kamori-ji.jpg

  掃守寺は、南北に伽藍が分かれていますが、谷の奥まったところに長六
 角堂を建てたため地形の影響を受けたのでしょう。後に、塔を建立し伽藍
 を整えるには、このような配置にならざるを得なかったのかも知れません。
 東には緩やかに傾斜する地形が広がっていますので、広い土地を求めよう
 とすれば出来たでしょう。二上山のより奥懐に建てるという拘りがこのよ
 うな伽藍を造り出したように思えてなりません。
  吉野龍門寺や龍蓋寺(岡寺)などと共に義淵僧正創建と伝わる龍本寺
 (龍峰寺)が掃守寺とされるのも、地形的にも肯けるところがあります。
 また義淵との繋がりは、この付近から出土する岡寺の物と酷似する五葉や
 六葉複弁蓮華文軒丸瓦や葡萄唐草文軒平瓦から考古学的にも裏付けられる
 ようです。
  鎌倉時代に書かれた醍醐寺本「諸寺縁起集」には、掃守寺は掃守司に造
 らせて義淵僧正に施されたものであると書かれているそうです。また、近
 江先生が講演で紹介されました「正倉院文書」などの記載から徐々に官寺
 的な色彩を帯びてくる様子などが窺え、謀反の罪で刑死した大津皇子を供
 養しようとする機運が国家的に高まって行った様子が感じられます。それ
 は、大津皇子への後ろめたさや恐れであったのでしょうか。大来皇女の創
 建とされる昌福寺(夏見廃寺)が、同時期に大きな伽藍増築がなされたの
 も、それを物語っているように思えます。

  加守の集落を抜け、掃守寺の北遺跡に向かいました。大きな灌漑用に使
 われている池の北西畔に塔はあったようです。

 塔跡が検出された場所付近から二上山雄岳を見上げる。
  http://asuka.huuryuu.com/bunko/staff/huuto/tou-ato.jpg

   付近から出土した瓦には、官寺的な性格が強いとされる興福寺に使用
 された軒丸瓦がありました。
  先に書いたように、塔の造営段階では官の影響を色濃く受けていると言
 えるようです。
  午後から行われた近江先生の講演によれば、このタイプの軒丸瓦は、新
 田部親王邸跡や舎人親王邸跡からまとまって出土したそうで、天武天皇の
 皇子の邸宅に使用されていた可能性が強いということでした。
  奈良時代、瓦は寺院や役所、最上層の貴人邸など限られた建物にしか葺
 かれることはありません。また、地方豪族の氏寺では興福寺式軒丸瓦が使
 われることはほとんどなく、この事からも掃守寺が単なる掃守氏の氏寺で
 はないことが分かります。また、天武天皇の皇子である大津皇子との関連
 を窺うことも出来るでしょう。
  塔の大きさは、薬師寺と同規模で、塔だけを回廊で囲む「塔院」と呼ば
 れる様式であったそうです。

  二上山と大津皇子に思いを馳せながら、次の目的地「石光寺」に向かい
 ました。百日紅や寒牡丹で皆さんもよくご存知の古刹です。天智天皇の頃
 の創建と伝承されますが、このお寺も大津皇子菩提寺説があります。

  もう、紙面がありません。
  この後、只塚廃寺跡を見学し、講演会場へと向かいました。近江先生の
 講演は、いつもながらに楽しいお話でした。

  肝心なことが書けないのは、風人のいつものことですが、続きは又の機
 会と言うことに。m(__)m


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┏━┓飛鳥情報
┃5┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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 ■ 橿原考古学研究所付属博物館 
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              http://www.kashikoken.jp/museum/top.html

 平成21年度秋季特別展
 『銅鐸―弥生時代の青銅器生産―』

 会 期: 10月3日(土)~11月23日(月・祝)
 場 所: 博物館特別展示室
 時 間: 9:00~17:00(入館は16:30まで)

  また、関連で研究講座が開催されます。詳細は、橿考研付属博物館サイ
 トなどでご確認ください。


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 ■ 平城遷都1300年祭「関西・考古学の日」記念講演
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        関西・考古学の日 http://www.kyoto-arc.or.jp/kansai/    

  各地で開催されています「関西・考古学の日」のメインイベントとして、
 奈良大学講堂で記念講演会「関西考古学50年―考古学の発展と遺跡の保
 存を語る―」が開催されます。
       

  日 時 : 10月 10日(土)
        13:30~16:30(受付開始 13:00)
  場 所 :  奈良大学 講堂
        近鉄「高の原」駅より約20分。
          (奈良大学 http://www.nara-u.ac.jp/index.html)

  定 員 : 800名(申し込み不要)
  聴講料 : 500円
  問合せ : 財団法人元興寺文化財研究所 (0742-23-1376

  講 師 : 坪井清足氏(財団法人元興寺文化財研究所所長)
        福岡澄男氏(財団法人大阪府文化財センター理事)
        坂井秀弥氏(奈良大学教授)
  聴き手 : 狭川真一氏(財団法人元興寺文化財研究所)
 

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 ■ 飛鳥資料館
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             http://www.nabunken.go.jp/asuka/index.html

 平成21年度秋期特別展
 『北方騎馬民族のかがやき 三燕文化の考古新発見』

  会 期: 10月16日(金)~11月29日(日)(期間中無休)
  場 所: 飛鳥資料館 特別展示室
  時 間: 9:00~16:30(入館は16:00まで)
  展示品: 遼寧省出土三燕文化考古資料84点

  また、関連で「日中考古学記念講演会」が開催されます。詳細は、飛鳥
 資料館公式サイトでご確認ください。


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 ■ 第36回 鎮守の森を観に行こうかい
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      森とふれあう市民の会 http://morinokai.kir.jp/index.html

  神社やお寺周辺の緑の恵みを楽しむちょっとぜいたくな森散策を行なっ
 ている桜井市の「森とふれあう市民の会」さん主催の散策のご案内です。
 歴史や森林、植生、考古学等のご専門の方々が毎回解説陣として、同行し
 てくださるようです。

 第36回鎮守の森を見に行こうかい 
   「初瀬谷三輪山周辺へ」

  日 時 : 10月17日(土) 雨天決行  
  集合場所: 近鉄朝倉駅前  9:00集合
  参加費 : 300円 (保険代・資料代など。中学生以下は無料)
  申し込み: 当日受付・事前申込不要

  ルートや参加に関する詳細は、下記アドレスを必ずご覧下さい。

  第36回 鎮守の森を見に行こうかい
   http://morinokai.kir.jp/event/index.html


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 ■ 奈良芸術短期大学 歴史公開講座
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       奈良芸術短期大学 http://www.naragei.ac.jp/index.html

  橿原市久米町の奈良芸術短期大学で「唐文化との出会い」と題した歴史
 公開講座が開催されます。
 
  日 時 : 10月24日(土)13:00~16:30
  会 場 : 奈良芸術短期大学 1号館(1-1-1教室)
  定 員 : 100名(聴講無料・申込要・先着順)
  申 込 : 往復はがきに郵便番号、住所、氏名、電話番号、
        「歴史公 開講座希望」と明記
  申込先 : 〒634-0063 
        奈良県橿原市久米町222 奈良芸術短期大学 教務課
  内 容 :
   「慈覚大師円仁の足跡 ―赤山法花院と五台山―」
               前園実知雄氏(奈良芸術短期大学教授)
   「法隆寺壁画の文化的背景」
               東野治之氏(奈良大学文学部教授) 

 申込などの詳細は、必ず奈良芸術短期大学のサイトをご覧ください。


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 ■ 第28回 奈良県立橿原考古学研究所公開講演会
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            橿原考古学研究所 http://www.kashikoken.jp/

  橿原考古学研究所恒例の公開講演会が開催されます。テーマは、来年の
 平城遷都1300祭にあわせ「平城遷都」となっています。

「第28回 奈良県立橿原考古学研究所公開講演会」
  ―2010年平城遷都1300年祭記念「平城遷都」―

  日 時 : 11月3日(祝)13:00~16:30
  場 所 : 奈良県社会福祉総合センター6階大ホール
           (近鉄畝傍御陵前駅下車北東徒歩3分)
  申込など: 先着 550名 資料無料配布

  主な講演内容:
   「新薬師寺旧境内の発掘調査と伽藍をめぐって」
                   奈良教育大学准教授 金原正明氏
   「大宝律令と平城遷都」
                 奈良県立橿原考古学研究所 林部均氏
   「平城遷都の理由、平城還都の事情」
                  奈良県立図書情報館館長 千田稔氏

 聴講に関する詳細は、橿原考古学研究所公式サイトでご確認ください。


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┏━┓編集後記  もも
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┗━┛
  今号は、特別寄稿として橿考研の鈴木先生が「うちわ」のお話を書いて
 くださいました。鈴木先生は、木製埴輪をご専門に研究されてらっしゃる
 そうです。σ(^^)なぞは、うちわと聞くとどうしても風を起こすためのも
 のであって、復元展示品などを見ては「扇ぎにくいだろうな~」なんて思
 ったりしてました。ダメですね・・。(^_^;)
 鈴木先生、興味深いお話を分かり易くお話下さいまして有難うございまし
 た。m(__)m

  さて、明日は、中秋の名月だそうです。まん丸の小芋とまん丸のお団子
 にススキ。ももの記憶の片隅に残っている風景です。「もんび」の行事は
 きちんとしなさい・・って、育てられたはずなんですが、誰も反応しない
 我が家・・・(^_^;)今年は、ススキぐらい飾ろうかな?
  で、こういうお供え(?)って、誰に向けてしてるんでしょうね?小さ
 いころは、お月さんが偉いからや・・と勝手に思ってましたが。お月さん
 が偉いって、何やねん?って話ですね。^^;

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