2009/05/29
飛鳥遊訪マガジン Vol. 052
◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◆◇◆ ◆◇◆ 飛鳥遊訪マガジン Vol. 052 (2009.5.29.) ◇◆ ◆ 飛鳥好きの貴方に贈るメールマガジンです。 両槻会のイベントもご紹介します。 両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ ━━━━━◇━━━━━━━━━━◇━━━━━━━━━━◇━━━━━━━ 古代木簡に記された薬草を葛城山麓に訪ねる両槻会第14回定例会が終わっ たかと思うと、もう次回定例会の準備で事務局スタッフが動き始めています。 先日はその講演前の事前散策コースを下見で歩いて来ました。 水張りの時期を迎えた飛鳥路の田んぼは、すっかり犂き耕され、あちこち で田植の準備が進んでいます。飛鳥がこの国の都であったころには、こんな のどかな田園風景は望めなかったかと思うと不思議な気もしますが、この田 んぼの下には華やかな古代宮都の殷賑と血塗られた干戈の響きが眠っている ことを思い起こすことができるのも、明日香村がお隣の村境ぎりぎりまでの 無節操な開発から守られて来たおかげだと思います。 甘樫丘東麓遺跡から真神原の飛鳥周遊路に出ると、もう早苗がそよぐ田ん ぼを見ることができました。この辺りも間もなく一面の早苗田となり、甘樫 丘から眺めるといつもとは違った飛鳥の景観が眼下に広がっていることでし ょうね。 (太古) ┏◆━index ━━◆◇◆ 〈1〉寄稿 ・・飛鳥のみち 飛鳥へのみち2 / 近江俊秀先生 -------------------------------------------------------------------- 〈2〉飛鳥話 NO.1 ・・風人の飛鳥ぶらぶら散歩 / 真神原風人 -------------------------------------------------------------------- 〈3〉飛鳥話 NO.2 ・・Pの飛鳥・食物記 / P‐saphire -------------------------------------------------------------------- 〈4〉飛鳥咲読 / 真神原風人 -------------------------------------------------------------------- 〈5〉飛鳥情報 -------------------------------------------------------------------- 〈6〉両槻会からのお知らせ -------------------------------------------------------------------- 〈7〉編集後記 -------------------------------------------------------------------- ┗━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━ ┏◆━━━━━━━━━━ 〈1〉飛鳥のみち 飛鳥へのみち 2 / 近江俊秀先生 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 「下ツ道(4)−壬申の乱と下ツ道」 発掘現場の話はしばらくおいといて、下ツ道がつくられた時期に対する研 究の歴史を簡単に紹介しよう。下ツ道が、史料にはじめて現れるのは、連載 1回目で述べたように『日本書紀』「天武紀上巻」である。 名門大伴氏の一族でありながら、天智天皇の時代は不遇であった馬来田 (まくた)、吹負(ふけい)の兄弟は、大友、大海人ふたりの皇位継承争い に一族の命運をかけた勝負にでた。この争いで、畿内の氏族の多くは大友方 であり、さらに飛鳥古京も大友方によって既に制圧されていた状態で、大海 人方につくということは、よほどの覚悟があったと思える。大伴兄弟の兄、 馬来田は東国へ向かう大海人と行動をともにし、弟吹負は百済家に残った。 恐らく、吹負に与えられた任務は、来るべき大海人軍の大和侵攻の際まで勢 力を保ち、これに呼応することだったと思うが、吹負は自らの判断で飛鳥古 京を急襲し、大友方を追い出してしまった。 奇襲によりみごとに飛鳥古京の制圧に成功した吹負は、飛鳥に留まらずに 平城山を目差した。これは、何も大津宮を落とそうなどとの大胆な企みでは なく、交通網が発達した大和の地を守るためには、盆地への入口で敵を撃退 するしかないという、苦肉の判断だったのだろう。途中、稗田(環濠集落で 有名な大和郡山市稗田)に到達した日に、河内から大友方の大軍が押し寄せ てきていることを聞き、数少ない手勢から300人を裂き、それに当たらせ た。一方、自らは平城山へ向かい進軍したが、多勢に無勢、大友方に散々に 打ち破られ、ちりぢりになって墨坂(宇陀市西峠付近か?)まで逃げた。そ こで、たまたま大海人方から援軍として派遣された置始連兔(おきそめのむ らじうさぎ)の軍に出会い、兔軍とともに敗兵をかきあつめながら金綱井 (かなづなのい 橿原市金橋付近)まで戻り、駐屯した。援軍は続々と到着 し、力を得た吹負は、当麻街(たいまのちまた)で大友方を破り、そしてつ いに決戦の日を迎えた。 決戦は、飛鳥を目差し南下してくる大友方を、吹負軍が迎え撃つかたちと なり、吹負は軍をそれぞれ上ツ道、中ツ道、下ツ道の三道に分け配置し、自 らは中ツ道軍を指揮した。中ツ道を南下する大友方の将軍、犬養連五十君 (いぬかいのむらじいきみ)は村屋社(田原本町に村屋神社がある)に本陣 を置き、廬井造鯨(いおいのみやつこくじら)を派遣し吹負の陣を急襲した。 意表をつかれた吹負は、大井寺の奴らの奮戦でかろうじて持ちこたえていた が、そこに箸墓の戦いで勝利した、置始連兔らの上ツ道軍が到着し、鯨軍を 撃退した。この戦いをもって、大和の地は完全に大海人方の手に帰した。 以上が、壬申の乱における大和での戦いの概要である。下ツ道の名は、最 終決戦の舞台として、中ツ道・上ツ道とともに現れているが、これ以外でも、 吹負が平城山を目差したルートは、下ツ道であると考えられ、また、吹負の 逃走から当麻街での戦いに至るまでのルートは、横大路であると考えられる。 これらの記事から、壬申の乱の際には、すでに上・中・下ツ道と横大路と が存在していたことがわかる。そして、この記事は、多くの研究者がこれら の道路の敷設年代の下限を示す史料として扱っている。 参考地図 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/oumi-simotumichi/4.jpg ┏◇◆━━━━━━━━━━ 〈2〉風人の飛鳥ぶらぶら散歩 / 真神原風人 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 第14回定例会も、たくさんの参加者を得て、盛会の内に終えることが出 来ました。資料やレポートもサイトに掲載しましたので、どうぞご覧下さい。 第14回定例会資料・レポートページ http://asuka.huuryuu.com/kiroku/teireikai-14/teireikai14-1.html さて、今回の飛鳥話1ですが、風人が見た「野守は見ずや 名柄の遊猟」 を書いてみようと思います。ご存知の方は多いと思いますが、両槻会のスタ ッフは趣味や視点がバラバラです。だからこそバラエティー溢れる企画が生 まれるのですが、風人の場合、全く植物関係には疎く、古代史や考古学の方 面に興味がいきます。そこで、今回のテーマを風人が扱ったらどうなったか ということをお話してみたいと思います。 薬学や利用法としての今回の資料は、仲間が言うのはどうかと思いますが、 大変良く出来ています。ところが、風人の趣味に関してだけ言えば、少し物 足りないところがありました。 まず、資料の中で示された「両」「斤」などの度量衡の単位についてです。 「牛膝十三斤」と書かれた木簡資料を例にとると、「牛膝(ゴシツ)」とい う生薬名と「十三斤」という量が書かれています。風人は、「牛膝」の説明 は定例会資料で分かるのですが、「十三斤」とはどの程度の量なのかが分か りませんでした。それで、木簡に書かれた文字の説明としては、上手く実感 することが出来ませんでした。 そこで、藤原京の時代の度量衡を調べてみようと思いました。資料として 探せるのは、大宝律令になります。大宝律令そのものは残っていませんが、 一部が逸文として令集解古記などの他文献に残存しており、また757年に 施行された養老律令が大宝律令を継承しているとされています。 大宝律令の規定によれば、単位として「斤(きん)・両(りょう)・銖 (しゅ)」などがあったようです。 資料に使われた「十三斤」を例にとって説明してみます。実際の大宝律令 には、黍(きび)百粒の重さを一銖とし、二十四銖で一両、十六両で一斤と しているようです。ですから、「十三斤」は、100×24×16×13になりますか ら、「黍499,200粒の重さ」と言うことになりますが、やはりこれでは実感出 来ませんでした。(^^ゞ 大宝律令では、一両は、中国隋代(唐代初期か)の一両に準じて、おおむ ね41〜42gくらいであったそうです。(唐代になり減少し37.3gとなり、後に 日本でもこれに近い値となったとされています。) では、これで計算してみましょう。41g×16×13=8,528g(約8.5kg)になり ました。ちなみに一銖(黍100粒)は、約2.93gになります。 「牛膝8.5kg」をもう少し見てみましょう。「牛膝」はイノコズチの根から採 れる生薬の名前ですから、乾かした根だけの重量となると、8.5kgは、かなり の量になるのではないかと思います。とても個人が使う量ではないでしょう ね。そのことが、重要な推測を生むかもしれません。 「一斤」=656g、「一両」=41g、「一銖」=2.93g さて、今回扱った木簡資料の大部分は、飛鳥藤原京発掘調査の第58−1次 調査で出土した木簡です。藤原宮西面南門の内側の大きな溝から発見されて います。 第58−1次調査 木簡出土地点付近(北から) http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/52/1.jpg 西面南門復元柱列(南から) http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/52/hukugen-hasira.jpg 両槻会でも講演をしていただきました市大樹先生は、これらの多くの木簡 は、物資の通行証とも言うべき、「門ぼう(*)木簡」であるとされ、物資 を宮外へ搬出する場合、中務省が門衛府の門司に宛てた門ぼう(*)を必要 とする仕組みであったとされています。では、十二門ある藤原宮の門の内、 なぜこの西面南門の付近から薬草名の書かれた木簡が出土するのでしょうか。 そのことに、非常に興味を覚えます。〔*ぼう=片偏に旁〕 大宝律令では、医薬の制度が布かれ(医疾令)、その中には大学があり、 また典薬寮を設け、薬園師、薬園生の官がおかれています。診療は医師・針 師・按摩師のほか、呪禁師も居たようです。 平安宮では、典薬寮は西南部に置かれており、平城宮でも同様に西南部に 置かれていたことが推測されているようです。藤原宮でも、やはり同様に配 置された可能性があるように思えます。それが上記した「重要な推測を生む」 にあたります。 第14回定例会で扱った木簡の他にも、同調査からは薬用 に用いられたと見られる鉱物名「石流黄□」・「黒石英十一斤」などと記し た木簡や、「病」・「外薬□(外薬寮=典薬寮の前段階の役所名)」と書か れた木簡も出土しています。この西面南門付近に、典薬寮という官衙が在っ たのではないでしょうか。 藤原宮内裏東外郭に沿う大きな南北溝からも薬草名が記された木簡が出土 し、また宮の北方には「テンヤク」という小字名が残っているようです。役 所が移転しているのかもしれませんね。 同溝からは、今回の定例会でも取り上げました「受被給薬/車前子一升○ 西辛一両/久参四両○右三種‖・多治麻内親王宮政人正八位 下陽胡甥」の 木簡も出土しています。 多治麻内親王は、父・天武天皇と母・氷上郎女との間に生まれた皇女です。 高市皇子の妻であったとされることが多いのですが、書紀には関連する記述 は無く、万葉集からの推測によるものです。異母兄弟の穂積皇子との不倫関 係がよく取りざたされますね。 木簡から読み取れることによれば、多治麻内親王の宮に仕える執事のよう な存在の「陽胡甥」が典薬寮に薬を請求しています。「車前子=オオバコ」 「西辛=ウスバサイシンなど」「久参=クララ」の三種を請求したわけです が、薬効を見てみると、消炎・利尿・止瀉・鎮痛・麻酔・平喘・鎮静・健胃 ・解熱・駆虫剤となります。腹痛とも思えますが、風邪の初期症状にも効き そうですね。如何なものでしょうか。単位が「両」なので、大した量ではな いようです。 このように見てくると、風人にはより取っ付きやすいのです。(^^ゞ そ の上で、植物その物を実際に見てみると、いよいよ分かりやすくなります。 これは、植物が苦手な風人の戯言であります。 いろいろな見方やアプローチがあって良いのだと思います♪ だから両槻 会は楽しいのですよ♪ ━━━◇『飛鳥三昧』 http://sanzan.gozaru.jp/ ┏◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈3〉Pの飛鳥・食物記 / P‐saphire ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 先日行われた定例会「野守は見ずや 名柄の遊猟(みかり)」では、超有 名な某生薬が全く説明も解説もなされていませんでした。どうやら調べた木 簡の中には書かれていない様子。古くから日本に自生しているにも関わらず、 木簡に記述が無いってことは・・・日本全国どこにでも生えていて、やり取 りしなくとも容易に手に入った生薬なのかも知れない!って所に行き当たり ました。その一つを今日はお話したいと思います。 小さな頃、車が来ない路地裏が子供たちのメインストリートで、今時分の 季節になると、その路地裏の溝や湿った場所に、真っ白で十字架のようなお 花が沢山咲いていました。四枚の花びら(本当はホウ)の中心には黄色いシ ベ(本当はこれが花の集合体)は、子供心にも美しく映ったものです。しか し、その花を手で千切ろうものなら、周囲の大人たちが異口同音に「あかん! それ千切ったら臭いからやめときや!」と言いました。私は構わず千切って は花束にして、その匂いも楽しみましたが、周囲は異様な顔つきで遠巻きに 見るばかり。どうやらこの独特の香りには好き嫌いがあって、「好き」だと 言う人は圧倒的に少数だと言うことを身を持って体験しました。その植物が 【ドクダミ】で、生薬では<十薬:じゅうやく>と呼ばれています。 ドクダミ http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/52/dokudami.jpg ドクダミ・・・大和本草(やまとほんぞう)には次のように掲載されてい ます。私が訳したので細かい間違いがあるやも知れませんがご了承下さい。 「シュウ菜(*)はドクダミ、又は十薬とも言う。甚だ臭いが悪く、家の庭 に植えれば茂り過ぎてしまい、後で抜こうとしても抜きにくい。駿州(すん しゅう:静岡)甲州(こうしゅう:山梨)の山中に住む農民は、ドクダミの 根を掘り上げて飯の上に置き、蒸して食べれば甘い味がすると言う。本草 (網目?)にも柔滑菜類(中国では、若く柔らかい茎を蔬菜とした)に掲載 されている。しかし、日本人のほとんどは(これを)食べず、野菜とは思っ ていない。また少し毒があると言う。日本の馬医(ばい)がこれを馬に用い て飼うと、十種類の薬の効能があるとわかり、十薬と名をつけたと言う。」 〔*シュウ=草冠に、左側(ヘン)は口の下に耳、右側(ツクリ)は戈〕 先日、「ベトナムの留学生がドクダミを千切ってそのまま口に入れて食べ たのには、非常に驚いた」と、笑いネコさんが話してくれました。ベトナム では生でサラダに入れるそうで、日本のレタスやキュウリのような物らしい です。そう言えば、ベトナム料理の生春巻きに入ってたりしますので、不思 議ではないのですが・・・。前出の「庭に植えれば茂り過ぎてしまい、後で 抜こうとしても抜きにくい」ではありませんが、我が庭にも今が花盛りとば かりに、白い花が咲いています。どうせならお茶にしてやろうと、毎年開花 するのを待って根っこごと引き抜きます。この開花時期のドクダミが一番薬 効が強く、薬にするには良い時期なんです。綺麗に洗ったドクダミを、一握 りずつ束にして2日間天日干しして、後は涼しい場所でカラカラになるまで 干して3cmほどの長さに切り、中華鍋でさっと(短時間で)乾煎りして保 存します。そうするとカビが出ないし香ばしくなります。が・・・一種類だ けではどうも・・・と言う方が多いので、玄米やハトムギなどを補って飲む のをお勧めします。注意点ですが、長時間煎じたり炒ったりすると、タール 成分が出るので短時間(40分〜1時間)でやって下さいね。 春先の新芽は天ぷらにすると、あの苦味と香りが和らぎ美味しいですが、 花が咲く頃になると苦味と香りが増すので、今頃の葉茎は食べない方が良い と経験者Pは語ります。今の時期飛鳥を歩くと、民家の軒下や用水路辺りに 白い十字の花が咲いているのに出会えるはずです。さぁ、いざ飛鳥へ!!(笑) <効能>便秘、腫れ物、出来物、水虫、利尿、蓄膿、高血圧などに利あり。 <生の葉>葉緑素が含まれていて、傷の直りを早くする作用があります。 <乾燥葉>抗菌作用があるデカノイルアセトアルデヒドがメチルノニルケト ンに変化して抗菌作用が消えてしまいますが、解毒作用や炎症を抑える作用、 毛細血管を強くさせる作用があります。また、乾燥した葉をお風呂に入れる と、あせもや湿疹、肌荒れに効き目があるので、夏には最高のお風呂になり ます。 【馬医:ばい】律令制で、左右馬寮(めりょう)の官馬の世話などをした役。 うまくすしとも言う。 【馬寮:めりょう】律令制で、官馬の飼養・調習や馬具のことを扱い、また、 諸国の御牧(みまき)の馬をつかさどった役所。左右に分かれ、それぞれ四等 官のほか、馬医(ばい)・馬部(めぶ)・使部(しぶ)などの職員が置かれた。 うまのつかさ。うまづかさ。まりょう。 ━━━◇『A misty rose』 http://pde.gozaru.jp/index.html ┏◇◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈4〉飛鳥咲読 / 真神原風人 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 第15回定例会に向けての飛鳥咲読の2回目です。 今回は、飛鳥時代の武器・防具について、種類や名称をご紹介しようと思 います。講演中に、先生のお話の中で該当の漢字を思い浮かべられず、イメ ージを掴めないまま講演が進行してしまうことがよくあります。そこで、そ の対策の一環として、大まかですが武器・防具の名称を紹介しながら話を進 めたいと思います。 まず、リンク先のイラストをご覧下さい。 武装図 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/52/buki-4.png 奈文研で復元された壬申の乱の武装を参考に、風人が描いたものです。正 確さに欠けているのはご容赦ください。m(__)m 甲(よろい)は、「挂甲(けいこう)」という小札(小さな鉄板)を紐で 綴り合わせた物で、後世の大鎧へと発展してゆく物が中心だったと思われま す。短甲(たんこう)と呼ばれるものも使われたようですが、飛鳥時代の後 半においては、主流は挂甲であったと推測されています。 冑(かぶと)は、「衝角付冑(しょうかくつきかぶと)」が主に用いられ たとされています。この「衝角付冑」とは、冑の前面が尖っているのですが、 軍艦の舳先(衝角)のような鋭い形をしているために、後世呼ばれるように なったそうです。 冑の左右・後方に下げて首筋を覆う部分を「錣(しころ)」と言います。 「錣」は、皮などに小札を綴り合わせた物ですが、冑の下縁に開けられた穴 に紐などで括り付けていたようです。 「眉庇付冑(まゆびさしつきかぶと)」という野球帽のような庇の大きな冑 もあったようですが、6世紀後半までで、飛鳥時代にはあまり用いられなか ったようです。 もちろんこのような装備が充分に出来た者は、限られていたでしょう。一 般の兵士は、厚手の綿生地に、金属片・革片を縫いつけた「綿甲(めんこう)」 と呼ばれる粗末な甲を身に着けていただけのようです。 皆さんは、刀と剣の違いをご存知でしょうか。風人は、正直に言うと、明 確に答えられませんでした。イメージとしては、刀は日本刀の様な物で、剣 は西洋の物を思い描く程度でした。簡単にいうと、剣は両刃(剣身の両側に 刃が付いている)であり、刀は片刃です。古代においては、直刀が主となっ ているようです。 剣と刀 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/52/tati-katana.png では、大刀と太刀の区別は出来るでしょうか。風人のパソコンでは、「た ち」は「太刀」と変換するのですが、「大刀」も「刀」も「打刀」も「たち」 と読みます。ややこしくなってきました。 絶対の概念とは言えないようなのですが、古墳時代から奈良時代頃までに 見られる直刀の大きな物を「大刀」と書き、平安以降の反り刀を「太刀」と 書き分けているようです。 では、「刀」と「大刀」は、大きさだけの違いなのでしょうか。「大刀」 を調べてみると、『「刀」は刃を上に向けて腰帯に差した「かたな」である とするのに対して、「大刀」は刃を下に向けて腰に吊り下げる刀剣。断つ意。』 とする解釈も、ネット版国語辞典などでは出ていました。 日本においては、時代が進むに連れて、刀が主な接近戦用の武器となって 行きます。刀は、切ることに優れ、反りを持たせることで、よりその威力を 高めさせてゆくようです。一方、剣は殴打や突くことに優れていたように思 います。これは、共に発展して行く防具との関係もあるのかも知れませんね。 中世ヨーロッパの鋼で全身を鎧うような防具には、切るという攻撃は無効だ ったでしょう。 では、飛鳥時代についてもう少し見ていくことにします。大刀は、黒漆塗 りの鞘に納められる「黒作大刀(くろつくりのたち・こくさくたち)」と呼 ばれる物が、実用的な刀として用いられたようです。この黒作大刀は、正倉 院にも伝えられています。 黒作大刀(風人画) http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/52/kurotukuri2.png 黒作大刀は、刀装金具の材質が銅や鉄で、握りには糸・紐・革などが巻き つけられ、木で作った鞘に黒漆が塗られていました。黒漆の大刀とも呼ばれ るそうです。全長60〜70cm、重量は600〜700gであったようです。壬申の 乱でも、近接武器として用いられたと推測されるようですが、豪華な装飾が 施された高級品は実戦では使われなくなり、代わりとして質素で実用的な要 素を備えた黒作大刀が主要武器として用いられるようになったようです。 これに対して、高松塚古墳出土の銀装唐様大刀の飾金具は銀製品が使われ ており、大刀の柄の先端と鞘の先端を飾る金具や帯に取り付けるための山形 金具などが、発掘調査により出土しています。このような大刀は、実用的な 物ではなく、儀式に用いる装飾的な儀仗用の大刀であったようです。 柄のところにある紐ですが、これは本来、手首に通して大刀が手から離れ ないようにするための物で、黒作大刀にも切り込みや穴や金具が取り付けら れているものもあります。儀仗用であっても、形式は留めていたのでしょう か。 大刀細部名称図 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/52/meisyou.png (正倉院「金銀鈿荘唐大刀」や高松塚出土「銀装唐様大刀」を参考に、風人 が描いた物です。イメージ図だと思って見てください。) ここで、もう一本の大刀に注目したいと思います。それは、キトラ古墳の 副葬品として発掘され、今回の定例会の講師であります豊島直博先生によっ て復元された大刀です。 長さ約90センチ、幅4.4cm、重さ672g。ヒノキ製の鞘に黒漆で仕上げ、 柄は鮫皮が巻かれ、銀製の金具が取り付けられています。 シンプルですが、洗練された美しさを感じます。大変綺麗な大刀ですので、 是非下記リンクをたどってご覧下さい。 奈文研学術情報リポジトリ内 http://repository.nabunken.go.jp/modules/xoonips/detail.php?item_id=1186 (リンク先ページから、本文をダウンロードしてください。PDFファイルが開きます。) キトラ古墳のこれまでの発掘調査では、鞘や大刀の破片、金具など計8点 が出土しており、金具の種類から2本以上の大刀が副葬されていたと考えら れています。この内の細身の1本が、同時期の古墳で見つかった例を参考に して復元されたようです。 次回は、大刀以外の武器についてお話したいと思います。 ━━━◇『飛鳥三昧』 http://sanzan.gozaru.jp/ ┏◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈5〉飛鳥情報 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ ━◇ 大阪歴史博物館シンポジウム 明日、「畿内の都城と大道‐難波大道の発掘は何を語るか‐」と題したシ ンポジウムが、大阪歴史博物館で開催されます。 難波大道は、難波宮から南に真っ直ぐ伸び、現在の堺市辺りで大津道や丹 比道と接して飛鳥へと繋がったとされています。 このシンポジウムでは、飛鳥遊訪マガジンでもお馴染みの近江俊秀先生が 基調講演をされます。 日 時 : 5月30日(土)13:00〜16:45 会 場 : 大阪歴史博物館 4階 講堂 内 容 :「大和川今池遺跡の発掘成果とその意義」 大阪府文化財センター副主査 三宮昌弘氏 「難波大道と難波京」 大阪歴史博物館 企画広報課長代理 積山洋氏 「考古学からみた古代道路」 文化庁記念物課文化財調査官 近江俊秀氏 参加費 :無料(受付は12:30〜) 定 員 :250名(当日先着順) シンポジウム案内ページ http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/2009/sympo_naniwadaido.html 大阪歴史博物館HP http://www.mus-his.city.osaka.jp/ ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 橿原考古学研究所付属博物館 春季特別展 橿考研付属博物館にて開催されている春季特別展「吉野川紀行‐吉野宇智 をめぐる交流と信仰‐」も残すところ2週間ほどになりました。残りの期間 中には、両槻会発足以来色々ご支援とご協力を頂き飛鳥遊訪マガジンでもお 馴染みの杉山洋先生の研究講座が行われます。 是非お出掛けになって下さい。(^^) ・研究講座 第3回 6月7日(日) 「金峯山経塚について」 奈良文化財研究所 杉山洋氏 「吉野川の地形と民俗」 吉野町教育委員会 池田淳氏 場所: 橿原考古学研究所1階講堂 時間: 13:00〜(聴講無料) ・ミニシンポジウム 日 時: 5月30日(土) ・13:30〜15:30 講演会とミニシンポジウム (吉野町中央公民館にて) テーマ 「吉野川の歴史と暮らし」(仮) パネラー 和田 萃氏(京都教育大学名誉教授) 浦西 勉氏(奈良県教育委員会) 松田 真一氏 (橿考研博物館館長) (講演会とミニシンポジウムは聴講無料。申し込み不要。) 詳細は、必ず下記アドレスでご確認下さい。 春季特別展「吉野川紀行 ‐吉野宇智をめぐる交流と信仰‐」 http://www.kashikoken.jp/museum/tenrankai/tenrankai-kiji/2009/09spring/index.html 橿原考古学研究所付属博物館公式サイト http://www.kashikoken.jp/museum/top.html ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 飛鳥資料館春期特別展 キトラ古墳壁画「青龍 白虎」の特別公開は、5月24日を持って終了し ましたが、大陸や韓半島、古代日本における青龍・白虎の歴史や資料を集め た春期特別展は、6月21日まで引き続き開催されています。見応えのある 展示になっていますので、会期中に是非足を運ばれては如何でしょうか。 「キトラ古墳壁画四神−青龍白虎−」 会 期 : 6月21日(日)まで 場 所 : 飛鳥資料館 特別展示室 主な展示品: 池上曽根遺跡出土「龍」絵画土器レプリカ・藤の木古墳出土馬具複製 河北省湾しょう(*)壁画墓青龍図模写 (*さんずいへんに章) 山東省済南市解放橋北唐墓石棺拓本・平安南道南浦市江西中墓白虎図模写 漢代・唐代銅鏡4枚 ・キトラ古墳壁画実大写真パネル 高松塚古墳壁画実大写真パネル 飛鳥資料館公式ホームページ http://www.nabunken.go.jp/asuka/index.html ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ━◇ かめバスの運行時間 明日香周遊バス(赤かめバス)の本数が春の観光シーズン終了に伴って、 6月より少なくなります。(6月1日から9月中頃まで) 飛鳥へお出掛けの際は、時刻表をお確かめになって下さい。 明日香周遊バス時刻表 http://www.asukamura.jp/kame_bus/asukameguri.pdf ┏◇◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈6〉両槻会からのお知らせ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ ━◆ 第15回定例会のご案内 奈良文化財研究所の豊島直博先生を講師にお招きして、第15回定例会を 下記日程で開催します。参加申し込みの締め切りは7月5日ですが、定員に 達し次第締め切らせていただきます。参加を検討されている皆様は、お早め にお申し込み下さるようにお願いいたします。 開催日 :7月11日(土) 演 題 :飛鳥時代の戦いと武器 ‐大化改新の時、蘇我氏はどのような武器で戦ったのか?‐ 講 師 :奈良文化財研究所都城発掘調査部 豊島 直博 先生 会 場 :飛鳥資料館講堂 開 演 :午後1時予定 定 員 :40名 参加費用:1,000円 (飛鳥資料館入館料別) また、講演会関連の遺跡を、事前散策として、講演会当日午前中に訪ねる 予定です。詳細は下記アドレスをご参照下さい。 第15回定例会予定ページ http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-15/yotei-15.html ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ━◆ 両槻会文化祭開催のお知らせ 両槻会スタッフが撮影した写真や手作りの作品を展示します。また、過去 に行いました定例会当日の配布資料なども展示したいと思っております。 ゆっくりご覧いただける展示会にしたいと思いますので、開催日に是非足 を運んでください。スタッフが交代で詰めておりますので、お声をお掛けく ださい。 開催期間 : 10月8日から10月12日まで。 開催場所 : Shop & Gallery「 輪-Rin 」 明日香村岡385−4 (岡天理教会前) http://web1.kcn.jp/rin 展示時間 : 午前10時〜午後4時まで 定例会にご参加いただきました皆さんの中で、10月7日(水)もしくは その直前の土日に作品をお持ちいただけ、12日夕方に搬出していただける 方は、一緒に作品を展示させていただきます。その場合は、必ず事前に事務 局までご連絡くださいますようにお願いいたします。持ち込んでいただける 作品は、お一人様一点とさせていただきます。 参加お申し込みのご連絡は、9月30日までにお願いします。 お問い合わせ:両槻会事務局 asukakaze2@gmail.com ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ━◆ メールマガジン「飛鳥遊訪マガジン」 ‐登録個人情報等に関するご説明‐ 当会発行のメールマガジン「飛鳥遊訪マガジン」も、発行から一年半を過 ぎ、300名を超える方にご購読いただいております。事務局一同心より感 謝しております。有難うございます。m(_ _)m さて、飛鳥遊訪マガジンは、「まぐまぐ!」と「メルマ」のメルマガ配信 システムを利用して、発行しております。これらのメルマガ配信システムで は、ご愛読下さる皆様のメールアドレスを始めとする個人情報は、発行者で あっても閲覧・変更が出来ないようになっています。どなたが購読してくだ さっているのかさえ分からない仕組みです。これは、個人情報が悪用されな いというシステム設計によるものです。 上記のような制限が加えられていることをご理解頂き、飛鳥遊訪マガジン の登録変更・解除などは、該当システムサイトの案内に沿って、個々に処理 していただくことになります。 発行者であります両槻会事務局が、購読者の皆さんに代わり、変更手続き を行うことは出来ません。ご了解くださいますようにお願いいたします。 登録メールアドレスの変更は、旧アドレスを登録解除していただいた後、 新アドレスで再度ご登録していただくことになります。よろしくお願いいた します。 また、上記のようなシステムですので、意図的に個別の方に配信を止めた り、遅らせることは出来ません。遅配・発行漏れなどの配信上のトラブルも、 発行者には対処出来ませんので、ご理解くださいますように重ねてお願い申 し上げます。 飛鳥遊訪マガジンは、第1・第3・第5金曜日午後4時に発行することに なっております。これからもお楽しみ頂ければ幸いです。 ┏◆◇◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈7〉編集後記 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ そろそろ、あちこちの春の特別展の会期が終了間近になってきましたね。 何とはなしに眺めてるだけで、帰宅後に色々と気付く・・・と言うことを今 回もやってしまいました。知って見るのと知らずに見る違い、大きいです。(>_<) ま、観覧後でも気付いただけ良しとしましょうか。^^; 樹々の木の葉も、緑を深めてきています。梅雨までの間ふらふらと風に誘 われて歩くには良い季節かもです。(^^) (もも) ┏━━◆◇◆━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━┓ 発行 :両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ 飛鳥遊訪マガジンへのご意見ご感想は、 http://form.mag2.com/viuounelio または asukakaze2@gmail.com 両槻会事務局まで 登録/解除は http://www.mag2.com/m/0000259444.html 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ ┗━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━◇◆◇━━┛ …─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…



