2009/02/20
飛鳥遊訪マガジン Vol. 044
◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◆◇◆ ◆◇◆ 飛鳥遊訪マガジン Vol. 044 (2009.2.20) ◇◆ ◆ 飛鳥好きの貴方に贈るメールマガジンです。 両槻会のイベントもご紹介します。 両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ ━━━━━◇━━━━━━━━━━◇━━━━━━━━━━◇━━━━━━━ 飛鳥路のあちこちで梅の花が咲き始め、見ごろとなった梅の木も見かける ようになりました。田んぼの畦をよく見ると、枯れ草や葉の間からは淡い緑 の蕗の薹も顔をのぞかせています。いよいよ春に向けて季節が動き始めてい ます。 さて、メルマガ第44号をお届けします。 今回は、先日14日に行われた発掘調査の現地説明会に関連して、あい坊 さんがシリーズ「飛鳥・藤原の考古学」の臨時稿として「飛鳥宮の北辺地域」 についてタイミング良く寄稿してくださいました。 また、事務局からは風人が「石神遺跡第21次調査現地説明会」のレポー トを掲載しています。現地説明会といえば、暑いか寒いときの印象があるの ですが、この日は小春日和の穏やかな二連荘の現地説明会となり、大勢の考 古ファンで賑わいました。その余熱が残る関連記事をお届けすることができ ました。 事務局のネコからは飛鳥の畦道に見られる花の名前のお話です。日頃見か ける野辺の花には舌をかみそうな名前が付いているものもあります。これか らの飛鳥散策時には、記事を思い出しながら念仏のように唱えれば、きっと 花の名前も覚えていただけると思います。 次回定例会は、昨年、雨のため見送りとなった「天空の里・尾曽」を訪ね るウォーキングです。事務局TOMが連載している「咲読」も、いよいよ最 終の「上」編となりました。参加される方は予備知識として、また、御都合 で参加できない方も記事でお楽しみいただければ幸いです。 (太古) ┏◆━index ━━◆◇◆ 〈1〉寄稿 ・・・飛鳥・藤原の考古学 / あい坊 -------------------------------------------------------------------- 〈2〉飛鳥話 NO.1 ・・・風人の飛鳥ぶらぶら散歩 / 真神原風人 -------------------------------------------------------------------- 〈3〉飛鳥話 NO.2 ・・・ネコと歩こう飛鳥の畦道 / 笑いネコ -------------------------------------------------------------------- 〈4〉飛鳥咲読 / TOM -------------------------------------------------------------------- 〈5〉飛鳥情報 -------------------------------------------------------------------- 〈6〉両槻会からのお知らせ -------------------------------------------------------------------- 〈7〉編集後記 -------------------------------------------------------------------- ┗━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━ ┏◆━━━━━━━━━━ 〈1〉飛鳥宮の北辺地域 −最近の発掘調査から− / あい坊 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 橿原考古学研究所は飛鳥宮の北方で、石組東西溝や掘立柱建物・バラス敷 を確認したと発表しました。平成18年には、今回の調査地の西方で幅2m ちかくの石組東西溝を確認しており、この溝より北側では顕著な遺構が確認 できなかったことから、この石組溝が飛鳥宮の北限である可能性が指摘され ていました。今回の調査では、この石組溝の延長部とそのすぐ南に想定され る北面大垣が確認されることが予想されていたのです。 飛鳥京跡第161次発掘調査関連参考図 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/161ji.png しかし、石組溝は今回の調査地の西70mまでは直線で確認できるものの、 今回の調査地では確認出来ず、その推定地には南に庇をもつ大型建物が建て られていました。石組溝は途中で屈曲、あるいは直線ではなく大きく振れて いくのかもしれません。 これまで幅2mちかい石組溝は、飛鳥宮の東方(現天理教敷地内)で南北 溝、エビノコ郭の南辺で東西溝(斉明朝)が確認されています。これらは飛 鳥宮を取り巻くように配置された基幹水路と推定されています。エビノコ郭 南側の石組み溝は斉明朝のもので、天武朝には埋められ、エビノコ郭が造営 されています。よって、天武朝の飛鳥宮は東と北を石組溝、南は唯称寺川、 西を飛鳥川に囲まれた範囲が飛鳥宮であったと考えられます。つまり石組東 西溝はやはり北限遺構の一部と理解できます。ただし、東面大垣と石組南北 溝との間は18mもの距離があり、その間には南北道路などが推定されてい ます。このことを考えると、石組東西溝のすぐ南に接して北面大垣があるの ではなく、やや距離をもって北面大垣が存在したのかもしれません。つまり 今回の調査地の南側に北面大垣を想定することも可能なのではないでしょう か。 では、今回見つかった掘立柱建物はどのような性格なのでしょうか?残念 ながら、建物の性格を特定する資料はありません。飛鳥宮内郭の北方には各 種の官衙群が展開していたことは確認されています。さらに飛鳥宮東方の成 果をみると大垣の外側にも宮外官衙が展開していたことも間違いありません。 今回の建物も宮外北辺官衙の一部の可能性もあります。 いずれにしても、今後の調査によって、北面大垣の位置の確定と石組東西 溝の経路の確定が最重要課題となります。ただし、石組溝については、これ だけの規模を有するものなので、レーダー探査など最新の機器を使用すれば、 発掘をしなくてもある程度の確認はできるのではないでしょうか。 参考:橿原考古学研究所 飛鳥京跡第161次調査 現地説明会資料 http://www.kashikoken.jp/from-site/2008/asuka161/asuka161.pdf (飛鳥京跡第161次発掘調査関連参考図は、事務局が作成・付加させてい ただきました。m(__)m) ┏◇◆━━━━━━━━━━ 〈2〉風人の飛鳥ぶらぶら散歩 / 真神原風人 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 「石神遺跡第21次調査現地説明会レポート」 2008年2月12日夕刻から、各報道機関のネットニュースが「迎賓館の 門、瓦ぶき?石神遺跡、改築で立派に」などの見出しを付けて、配信され始 めました。 石神遺跡は、飛鳥寺の北西に位置して、須弥山石や石人像などが出土した ことでも知られ、飛鳥でも継続調査が行われる重要な遺跡の一つです。これ までの調査によって、主に、斉明朝の迎賓館的施設・天武朝・藤原京期の官 衙群など、3期の遺構が重層しているとされています。 石神遺構図 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/isigami.png 今回のニュースで目を引いたのは、お寺以外での瓦葺屋根の最初の例にな るのではないかと思われる門が検出されたことでした。これまでは、お寺以 外に瓦が使われるのは、藤原宮を待たなくてはならないとされてきました。 それを半世紀も先駆けることになります。 飛鳥遊訪マガジンでも、飛鳥発掘情報として注目してきましたので、風人 も現地説明会に参加してきました。 今回の調査区では、7世紀前半と後半に2度整地が行われ、合計で8時期 に区分される遺構が検出されました。この重複する遺構は、単に一見するだ けでは、とても理解が及ばないほど複雑な様相を示していました。現地説明 会用に、時期区分された色付テープで建物跡を示してもらっていてさえ、短 時間でそれを認識するのは難しいと思いました。担当された研究員さんのご 苦労が思いやられます。 参考:奈良文化財研究所 HPトピックス 現地説明会資料 http://www.nabunken.go.jp/topics/index.html#156gensets0214 参考資料の遺構変遷図をご覧になりながら、お読みください。 7世紀前半のII期とされる時期に、石神遺跡の東の端を限る南北塀が造ら れました。この塀1は、調査区を南北に貫いています。その塀に取り付く掘 立柱建物がありました。門かもしれないとされる建物1です。塀1に並行す るように、10mほど西に南北塀2があります。 これらの建物が建て替えられるIII期(7世紀中頃)となると、塀1は、 若干西にずれて塀4となり、建物1は若干北にずれて、建物2になります。 建物2は、東に庇を持つ建物で、総柱建物の一部のように見えますが、塀が 取り付いており、門だと判断されました。同時期には、東で塀4に取り付く 総柱建物と、西にII期と同じ塀2が南北に区画を造っていました。建物3は、 東の柱列を塀と同一にする総柱建物で、珍しい建物です。建物は南北を長軸 とするようですから、もう少し南に伸びるのだろうと思われます。門の脇に 在る塀にくっついた建物とは、どのような性格の建物なのでしょうか。思い 浮かぶ事例が適当ではありませんが、橘寺(現)東門の横に付く倉庫を思い 出したのですが、まったく関係無い妄想だと思ってください。(^^ゞ II期・III期・IV期には、東へ約16mの地点に塀3があります。こちら も南北の掘立柱塀です。この約16mの空間には、施設が検出されず、道路 ではないかと判断されました。遺跡北部を東西に走る阿倍・山田道と飛鳥中 心部を結ぶための道路ではないかとされました。道路幅は、他の幹線道路幅 に近く、重要な道路として造られたように思われます。 さて、IV期(7世紀中頃・斉明朝)になると、塀や建物遺構は無くなり、 基壇を持つ門だと思われる跡がありました。検出されたのは、基壇周囲の雨 落ち溝だけだったのですが、この溝から瓦が多数出土しました。量的に屋根 一面に葺かれていたと仮定するには数量が足りず、棟などの一部に瓦が葺か れていたと推定されています。上部の遺構が削平されているので、断定は出 来ないようですが、礎石があった可能性も完全には否定出来ないようです。 この基壇の上に在ったと推測されたのが、今回話題となった瓦葺の迎賓館 東門ということになります。出土した瓦には、軒先に使う瓦は無く、棟だけ に瓦が葺かれていた可能性が指摘されました。基壇周囲の雨落ち溝には、東 に突出した部分があり、基壇に掛かる階段の跡だろうと説明がありました。 V期になると再度整地が行われ、門や道路も無くなります。溝で区切られた 建物が数棟建てられています。この時期は、7世紀後半になり、天武朝の官 衙群が存在していたものと思われます。 現地説明会に参加して、幾つか疑問に思ったことや考えが及ばなかった点 がありました。 1. I・II期は7世紀前半とされたが、建物や塀が正方位を向いており、 小墾田宮や飛鳥寺のような特別な事例に入るのか。 2. 建物1や建物2は、本当に門なのか。柱間が狭すぎないか。塀2との 間隔が狭すぎないか。塀2にも門のような入口が在ったのか。 3. 出土瓦は、7世紀前半とされているが、門の遺構は7世紀中頃の斉明 朝とされている。瓦の年代まで遡ることはないのか。 4. 斉明朝迎賓館の主要な門だとすると、建物群から北に離れすぎないか。 北端に近い場所から迎賓館に入ることになるが、正方位をとる建物群 を造った思想と矛盾しないのか。今回の調査区の南に正門があった可 能性は無いのか。 石神遺跡からは、第3次調査・第4次調査で、軒丸瓦が出土しています。 奧山廃寺式と呼ばれる飛鳥時代前半(おおよそ620〜630年代)に作ら れたとされている瓦です。数量は、64枚を数えます。花谷先生の試算によ れば、石神遺跡出土の全軒丸瓦を並べると、単純計算で27.3mになり、 飛鳥寺の東金堂の屋根の全長よりも長くなるとのこと。 斉明朝の迎賓館が出来る以前に、瓦葺の何らかの施設があった可能性は無 いのだろうか。それは、小墾田宮の一部である可能性は無いのだろうか。い ろいろな妄想が頭を支配してきたので、現地を後にしました。(笑) この日は、飛鳥京外郭北部の調査現地説明会も行われ、1600人を超え る見学者が飛鳥を訪ねたそうです。風人も、その一人となり、両槻会定例会 で顔馴染みの方たちと、一日を楽しく過ごしました。 難解ではありましたが、好奇心を掻き立てられた楽しい現地説明会でした。 とんちんかんな質問に、丁寧にご説明くださった先生方に感謝します。あり がとうございました。 ━━━◇『飛鳥三昧』 http://sanzan.gozaru.jp/ ┏◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈3〉ネコと歩こう飛鳥の畦道 / 笑いネコ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 立春も過ぎ、季節は確実に春へと向かっています。 奈良では「お水取りが済まないと春は来ない」と言いますが、確かに、お 水取りの頃には雪が降ったりすることがあり、暖かい日が続いても油断は出 来ません。 この時期、飛鳥の畦道に見られる野の花は、ハコベ、オオイヌノフグリ、 タネツケバナ、ホトケノザなどの早春から咲き始める花たちです。未だ少し 寂しいのですが、それでも春の足音が聞こえるような気がしますね。先日の 石神遺跡、飛鳥京北限の現地説明会には、ネコは行かれなかったのですが、 暖かいを通り越して、少し暑いくらいの陽気になって、現説周辺の畦道では、 更に花たちが元気に皆さんをお待ちしていたのではなかったでしょうか? って、見て下さったかなぁ、野の花も!(^_^;) 春の花のお話には、未だ一寸早いので、今回も秋にご紹介した花たちのお 話をしてみようと思います。 今回は、キク科の花のお話です。最初は、名前にも「アキ」が付いている 「アキノノゲシ」から。 東アジアから東南アジアに掛けて広く分布する、メルマガ23号でご紹介 した「史前帰化植物」の一つです。1年草で、秋に花を咲かせたあとは枯れ てしまいます。この時出来た種は、秋の内に芽が出て「ロゼット」の状態で 冬を越します。ロゼットについては、飛鳥検定2の解説をご覧下さい。 「秋野芥子」という漢字を書くのですが、どう見ても「芥子」に似ている とは思えない植物ですね。なぜ、ちっとも「芥子」に似ていないのにこんな 名前が付いたのでしょう? それは、間にもう一つ別の植物が介在しているからなのです。その花の名 は「ノゲシ」。ヨーロッパ原産であろうと言われていますが、世界中至る所 に生えている植物です。日本には、かなり古い時代に中国経由で帰化したも のと思われています。で、この名前の「野芥子」は、葉っぱが「芥子」に似 ているから付いたのだそうです。この「ノゲシ」の別名は「ハルノノゲシ」 で、4月から7月くらいに咲きます。「アキノノゲシ」は花が似ていて、秋 に咲くことからこういう名前になったということですが、キク科の花でこう いうタイプのものは、どれも似ているといえば似ているのでして、特に「ノ ゲシ」と「アキノノゲシ」の花が似ている、というようには思えないのです が。しかも葉っぱの形は「ノゲシ」とは全く似ていないもので、「ホソバノ アキノノゲシ」という全く葉っぱにギザギザのない品種もあるくらいですか ら、「芥子」が付く名前になって、「アキノノゲシ」自身、変な気がしてる かも。(笑) 次の「ヤナギタンポポ(柳蒲公英)」というのも、葉っぱが柳に似ていて 花がタンポポに似ている、という納得して良いのか、どうなのか?というよ うな由来の名前を持つ植物です。 北海道から九州まで、至る所の草地や河原に生育する多年草で、花の付き 方は、タンポポのように根元から花茎が伸びて一つの花を付けるのではなく、 長く伸びた茎に葉っぱと花を付けるので、「ニガナ」の方が似ているような 気がします。「ニガナ」より「タンポポ」の方が一般に知られた名前だから、 こういう名前になったのでしょうか? 長くなってきたので、「野菊」のお話はまたの機会にして、最後にもう一 つ黄色い花を付ける「オニタビラコ」のお話をして、今回の締めにします。 「オニタビラコ」はそれこそ何処の道端にでも生えている1年草で、やは り秋に芽を出して「ロゼット」で冬越しします。 この花の名前も、やはりちょっと変なのです。「タビラコ」というのは、 春の七草の「ホトケノザ」です。早春に「オニタビラコ」より少し大きい黄 色の花を付けます。「オニタビラコ」は、花は小さいですが、植物全体は 「タビラコ」よりかなり大きくなるので、「鬼」と付けられているのも納得 出来るのです。「タビラコ」は「田平子」と書き、田圃に「ロゼット」が広 がる様子から付いた名だそうで、こういう形の植物は結構多いので何故これ が?と思わないこともないのですが、まあまだ納得がいくのです。変なのは その先。この「タビラコ」は別名で、「コオニタビラコ」が正式名称になっ ているのです。つまり、「オニタビラコ(鬼田平子)」より小さいから「コ オニタビラコ(小鬼田平子)」だというのですが、これって逆じゃないです か! ちなみに、「コオニタビラコ」になった理由は、「キュウリグサ」も「タ ビラコ」と呼ばれることがあるから、ということなんですが、牧野博士は 「キュウリグサをタビラコと呼ぶのは誤りである」とされています。 では、今回はここまで。 春よ来い、早く来い♪...三寒四温の毎日、体調に気を付けて、元気に 飛鳥の畦道を歩いて下さいませ。 ここに登場している植物写真は http://www.asukanet.gr.jp/warainekonoheya/zukan/chiiki/asuka/asuka-aki1.html http://www.asukanet.gr.jp/warainekonoheya/zukan/chiiki/asuka/asuka-B1.html http://www.asukanet.gr.jp/warainekonoheya/zukan/chiiki/asuka/asuka-Y1.html http://www.asukanet.gr.jp/warainekonoheya/zukan/chiiki/asuka/asuka-Y2.html 「ケシ(芥子)」は栽培禁止植物ですので、写真はありません。(^_^;) ━━━◇『笑いネコの部屋』 http://www.asukanet.gr.jp/warainekonoheya/ ┏◇◆◇◆━━━━━ 〈4〉 飛鳥咲読 / TOM ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 威徳院を後に山道を下っていくと、明日香村「上」という集落に出ます。 「上」と書いて「かむら」と読みます。辞書を引いても「上」を「かむら」 と言う読み方はありません。一字で「かむら」と読む字は他に甲賀市に「神」 と書いて「かむら」と呼ぶところがあります。 実は日本書紀の応神天皇16年の条に 「百済の阿花王が薨じた。天皇は直支王を呼んで国に戻って位につくように 言って東韓の地を賜った。東韓というのは、甘羅城、高難城、爾林城がそう である。」 と言う文があります。この甘羅城は「かむらのさし」と読み当時の百済に 「甘羅」(かむら)と言うところがあったことが分かります。 一方、矢作川の支流に「上村川」と言うのがあり、これを「かむらがわ」 と呼びます。又、大宇陀に「神楽寺」と言うのがあり、これも「かむらじ」 と言います。これらのことをあわせて考えると、百済の甘羅に住んでいた人 たちが帰化したとき「甘羅」に「上川」「神楽」を当て、後に「川」や「楽」 が略され「上」や「神」となり、音だけが「かむら」のまま残ったのかもし れません。「上」には細川谷古墳群と言うのがあって、そこから出てくる土 器に渡来系を示すミニュチュア食器があります。渡来系の人々が住んでいた ことは間違いなさそうです。 さて、「上」は石舞台の南で飛鳥川と合流する冬野川(古称、細川)の始 まるところでもあります。その流れの傍に気都倭既(けつわけ又は、きつわけ) 神社があります。御祭神は、物部系と考えられる気津別命と天津児屋根命が 夫々の祠に祭られてあります。天津児屋根命の方は、冬野や細川に祀られて いたものをこちらに移したそうです。けつわけの「け」は豊受の「け」と同 義で食物を表し、豊作の為には水が不可欠なので冬野川の守り神となってい るそうです。そしてこの神社を取り囲む森は「茂古森」(もうこのもり)と 呼ばれているところで、乙巳の変で切られた入鹿の首が鎌足を追いかけ、鎌 足はここまで逃げてきてようやく「もうこんだろう」と一安心したことから 「もうこの森」と呼ばれるようになったというエピソードがあります。更に 念入りなことに鎌足が一安心して座った石まで用意されています。本当に座 ってみたくなるような石です。 鎌足の腰掛石 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/kosikakeisi.jpg 神社の前には巨大な蔦の木が絡まって伸びており、入鹿の怨念を感じさせ るようで必見の光景です。 気都倭既神社を過ぎると、先程の細川谷古墳群のいくつかが見えてきます。 冬野川のせせらぎを聞きながら、のどかな風景を楽しみ今回の最終目的地石 舞台へと向かいます。途中「上居の立石」と呼ばれるものもありますのでゆ っくり楽しめます。 ┏◆◇◆◇◆━━━━━ 〈5〉飛鳥情報 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ ◇━ 飛鳥発掘情報 ━ 薩摩遺跡現地説明会のご案内 ━ 奈良県高市郡高取町の薩摩遺跡発掘調査に伴う現地説明会があります。 主要な遺構は、古墳時代とみられる大壁建物跡5棟などが検出されたよう です。大壁建物は、朝鮮半島から伝わった建築技術だとされ、今回検出され た大壁建物は、5棟のうち4棟が重複しており、3回以上建て替えられたと みられるようです。そのうちの1棟は、四辺ともに約15m以上あり、全国 でも最大規模のものだということです。 また、マスコミ報道では、古代の主要道路であった紀路が検出されたと報 じられています。調査により検出された溝は、南北方向に幅60cm、深さ 40cmを測り、同方向に並行した2本が、約20m続くことが確認された ようです。両溝間の幅は約9mで、これが奈良時代の紀路だと考えられると いうことです。 溝沿いには、一辺約1mの柱穴(堀形?)を持つ、四面共に5mを超える 庇を備えた大型建物跡や柵跡などと、溝からは8世紀後半の須恵器片も見つ かっているようです。紀路沿いに置かれた奈良時代の役所の倉庫跡とみるこ とも出来るとのことです。 紀路は、5世紀頃にはあったと考えられている古代の道で、瀬戸内海を通 じて大陸文化を取り入れる為、紀ノ川河口から飛鳥や内陸部への重要なルー トだったとされています。その後、難波を基点とした古代官道が整備される に連れて、紀路の重要性は減少していったともされています。 今回、この溝に挟まれた空間を紀路として報じられましたが、この報道に は、大きな疑義があります。橿原考古学研究所が近接地を調査しており、紀 路とすることに疑問があることを表明しています。真相はどうなのでしょう か。 紀路は別にしても、今回の調査では、最大級の大壁建物跡など興味深い調 査結果が出ています。実際に渡来系建物の痕跡を見るのも面白いかもしれま せん。 現地説明会は、22日(日)10:00と13:00の2回。少雨決行。 現地へは、近鉄吉野線市尾駅から東へ徒歩10分ほどの距離です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ━ 飛鳥京跡第161次・飛鳥・藤原第156次(石神遺跡第21次) 発掘調査現地説明会資料の公開 ━ 先週末に行われました「飛鳥京跡第161次発掘調査」と「飛鳥・藤原第 156次(石神遺跡第21次)発掘調査」の現地説明会資料が公開されてい ます。 「飛鳥京跡第161次調査」 現地説明会資料 http://www.kashikoken.jp/from-site/2008/asuka161/asuka161.pdf −橿原考古学研究所公式サイト http://www.kashikoken.jp/ 「飛鳥・藤原第156次(石神遺跡第21次)発掘調査」 現地説明会資料 http://repository.nabunken.go.jp/modules/xoonips/detail.php?item_id=1214 −奈良文化財研究所公式サイト http://www.nabunken.go.jp/ 今号でも、これらの調査に関連した記事を掲載しています。寄稿「飛鳥宮 の北辺地域 −最近の発掘調査から−」、飛鳥話No.1「石神遺跡第21次 調査現地説明会レポート」をあわせてお読みいただければと思います。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 飛鳥花便り 蕗の薹や梅、菜の花などの春を告げる草花が飛鳥路を彩り始めています。 先週末の陽気で一気に加速したかと思える春の訪れですが、いま暫くは、冬 と春を行き来しながらになるようですね。史跡巡りや展覧会巡りの合間に少 し飛鳥の野辺にも目を向けてみては如何でしょう。 向原寺境内の蕗の薹 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/kougenji-hukinotou.jpg 稲淵の蕗の薹 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/inahuti-hukinotou.jpg 池ノ窪の梅 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/ikenokubo-ume.jpg 飛鳥寺の白梅 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/asukaji-ume.jpg 檜前の菜の花 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/hinokuma-nanohana.jpg 稲淵のネコヤナギ http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/inahuti-nekoyanagi.jpg 石舞台公園のマンサク http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/44/isibutai-mansaku.jpg ┏◇◆◇◆◇◆━━━━ 〈6〉両槻会からのお知らせ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ ◇━第13回定例会 3月7日行います第13回定例会「天空の里を訪ねる」の定員まで、後一人 となりました。沢山のお申し込みを頂きありがとうございます。予定して下 さってる方で、お申し込みがまだの方は、至急お申し込みくださいますよう お願い致します。お申し込みは、先着順となりますことをご了承ください。 なお、お友達同士など複数での参加を希望される方は、一組として受付さ せて頂きます。 第13回定例会詳細案内 http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-13/yotei-13.html :::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 特別回 下ツ道ウォーキング 好評を頂き早々に定員に達しました「下ツ道ウォーキング-遥かなり朱雀門-」 の開催が、いよいよ明日に迫りました。 皆さんと一緒に黄金に輝く朱雀門の鴟尾を目指したいと思います。ご参加 くださる皆様、どうぞよろしくお願い致します。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 事務局からのお知らせ 2月7日、両槻会発足2周年を期して、スタッフミーティングを行いまし た。会の運営方針や実施方法に若干の変更がありますので、飛鳥遊訪マガジ ンの紙面を借りましてご報告します。 ・定例会定員の設定 飛鳥資料館の講堂のスペースや机の使用数に限りがあります。また、野外 イベントの場合も、皆さんとお話出来る参加者数に限度がありますので、今 後の定例会参加者募集に定員を設定いたします。 講演会 40名 ウォーキング・野外イベント 30名 ・会費の変更 講演会・野外イベント共に、1,000円を基本とさせていただきます。 ただし、特別な会場を使用する場合には、使用料金を参加者で均等分担し ていただく場合があります。 また、バス・電車の運賃・寺院拝観料金・入場料金が発生する場合も、個 別にご負担いただきます。 飛鳥資料館での講演会の場合、今までは正門前で会の受付をしてきました が、次回より講演会場(講堂)前での受付となります。よって、飛鳥資料館 入場料金を個人で負担していただくことになります。 ・会への参加制限に関して 両槻会定例会は、参加者と事務局スタッフが「飛鳥」をキーワードとして 集い、一緒に楽しむために開催しています。ですから、楽しくなければなり ません。多数の参加者が集いますので、団体行動がお出来にならない方の参 加を制限させていただくことがあります。どうぞ、サイト予定ページの注意 事項をよくご覧になり、当日はスタッフの指示をお守りください。両槻会を ご理解いただき、共に楽しもうとしていただけない方は、参加していただけ ません。両槻会定例会が居心地の良い場所であるための数少ない申し合わせ です。ご理解くださいますように。 ・定例会特別回の実施に関して 特別回では、定例会講演会に関連する現地探訪や、定例会の枠にとらわれ ないイベントを企画して行きます。個々の予定は企画段階ですので、ご案内 や詳細予定は後日発表いたします。お楽しみにお待ちください。 本年予定 1:「下ツ道ウォーキング-遥かなり朱雀門-」(募集締切) 2:案山子プロジェクト (稲渕の案山子祭りに出品)夏から秋予定 3:両槻会文化祭 (写真・手作り品の展示会を開催する) 秋予定 ・飛鳥遊訪マガジンに関して 紙面の構成は今までと変わりませんが、担当スタッフのローテーションに 若干の変更があります。 ・スタッフに関して 会長・事務局長・飛鳥遊訪マガジン編集長に変更はありません。 サブスタッフを廃し、全ての事務局員はスタッフとなりました。 定例会の当日に、スタッフのお手伝いをしていただく「当日スタッフ」を 設けることにしました。 3年目を迎えました両槻会を今後ともよろしくお願いします。 (事務局一同) ┏◆◇◆◇◆◇◆━━━━ 〈7〉編集後記 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ メルマとまぐまぐの二つのシステムを利用させて頂いてる飛鳥遊訪マガジ ンですが、この度、メルマの方で、1月の地域情報のカテゴリーでランキン グ一位になりました♪(総合では、何と6位!) これも、一重に皆様の評価のお陰です。有難うございました。m(__)m また、沢山の方にお読みいただけているのも、ご寄稿頂いてる諸先生方の 記事があってこそ・・と思っています。いつもご支援有難うございます。m(__)m 飛鳥遊訪マガジンは、皆様に出来る限り旬の話題をお届けしたいと思って おります♪これからもよろしくお願いいたします。 (もも) ┏━━◆◇◆━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━┓ 発行 :両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ 飛鳥遊訪マガジンへのご意見ご感想は、 http://form.mag2.com/viuounelio または asukakaze2@gmail.com 両槻会事務局まで 登録/解除は http://www.mag2.com/m/0000259444.html 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ ┗━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ 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